ビジネスを取り巻く環境が急速に変化する中、変化に適応し、生き残るために、企業はさまざまな変革に取り組んでいる。そうした変革を支えるのが、人材であり、その価値を最大化すること、つまり人的資本経営の実践が、多くの企業で求められている。人的資本経営を実践していくうえでの要となるのが、人事戦略だ。
そこで本インサイトでは、人事戦略とは何か、人事戦略策定のプロセスなどを、実際の事例を交えながら紹介する。
ビジネスを取り巻く環境が急速に変化する中、変化に適応し、生き残るために、企業はさまざまな変革に取り組んでいる。そうした変革を支えるのが、人材であり、その価値を最大化すること、つまり人的資本経営の実践が、多くの企業で求められている。人的資本経営を実践していくうえでの要となるのが、人事戦略だ。
そこで本インサイトでは、人事戦略とは何か、人事戦略策定のプロセスなどを、実際の事例を交えながら紹介する。
人事戦略の重要性は言わずもがなではあるが、改めて人事戦略とは何かを解説する。
人事戦略とは、人的観点から、企業価値を向上するための「最重要課題(人材マテリアリティ)」を明らかにし、実現に向けた方策を立案・明文化したものを指す。人事戦略においては、人的投資の目標を明らかにしたうえで、目標を達成するための方策を立案し、人事のみならず経営全体でコミットすることが重要となる。
人事戦略と似た言葉で、戦略人事という言葉がある。戦略人事とは、「戦略的な人的資源管理(ヒューマン・リソース・マネジメント)」の略称である。経営戦略・事業戦略から求められる人材像を明らかにし、人材マネジメント、人事が持つ機能・仕組みによって、今いる人材リソースを最適に活用するための取り組み全体を指している。つまり、「今いる人材リソースの活用・最適化」にフォーカスしている点が、人事戦略と異なる。
いずれも経営戦略、事業戦略を実現し、企業価値向上に資するという点で目的意識が大きく異なるわけではないものの、企業内の人的リソース、または、人材を司る人事部のリソースが限られる中、変革に向けてより求められるのは、人事戦略とも言える。
では、なぜいま人事戦略が改めて重視されているのか。
理由として下記が挙げられる。
こうした環境の変化に伴い、企業全体の経営アジェンダが大きく変化している点から、人事戦略がこれまで以上に重視されていると言える。
ガートナー社の調査によると、いま世界のCEOの優先課題の1位は「成長」となっている(図1)。そして、企業の成長のために必要なのが、「事業ポートフォリオ変革」である。事業ポートフォリオを変革するためには、これまでの業務効率化の観点だけでなく、ビジネスモデルの転換、新規事業開発、利益構造の抜本的改革、経営管理の高度化などを推し進める必要がある。
そうした企業の成長をけん引するのが、「テクノロジー」と「従業員」の観点である。そのため、今ある人的資源をいかに効率的に最適化するかという従来の考え方ではなく、人事戦略の立案によって従業員1人ひとりの人的資本を最大化すること、そしてデジタルテクノロジーを活用すること、これらを原動力として、変革を実現していくことが求められている。
さらに、「人材への投資」という観点は、機関投資家が最も着目する情報という調査結果もある※。その理由は「企業の将来性に期待できる」という点であり、人的資本の価値が企業価値そのものに直結しているという考えが、投資家の間で浸透してきているという現状がある。
※内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局 経済産業省 経済産業政策局「基礎資料」2022年2月
企業が変革を成し遂げるうえで、人的資本の最大化が欠かせない要素となっていることを紹介してきたが、人事が解決すべき人的課題はますます多様かつ複雑になっている(図2)。下記に代表的なものを列記したが、このような人的課題は、多くの企業で大なり小なり解決策が求められるものとなっている。しかし、限られたリソースの中で、これらすべての課題に対応することは困難で、総花的に広く浅く対応することで、結果的に自社の目標達成を阻害する要因にもつながりかねない。
<人的課題の例>
必要人材調達/労働力確保/生産性向上/DEI(多様性、公正性、包括性)/エンゲージメント・文化醸成/意思決定の多様性/後継者育成/イノベーション創出
だからこそ、「解決することで自社の企業価値が向上する人的課題はどれか」を取捨選択し、解決するまでの目標と行程を明らかにすることが、人事戦略策定の目的となる。
何が最重要課題なのか、短・中期的な視点、長期的な視点を踏まえて検討し、「選択と集中」を行ったうえで人事戦略を立案していくことが求められている。
では、具体的にどのように人事戦略を立案し、実行していくのか、人事戦略の策定フローを紹介する。アビームコンサルティングでは人事戦略策定のフローを7つのステップで進めることを推奨している(図3)。今回は大きく3つのフローに分けて紹介する。
目標達成をコミットする人事戦略を策定するには、まず人的な重要課題の特定が不可欠である。重要課題を特定するためには、将来の人材ポートフォリオをどのように変革することが求められるのか、変革したい軸を明らかにしたうえで、バックキャスト(未来から逆算して現在すべきことを考える手法)で検討することが必要になる。例えば、事業ポートフォリオの変革に伴い、短・中期的に具体的な従業員が持つ能力・スキルの変革が求められるケースもあれば、永続的に、生産性や組織風土の変革が求められるケースもある。
この際、さまざまな検討テーマが挙がると想定されるが、先述した通り、「企業価値向上に資する最重要課題は何か」「優先して取り組むべき課題は何か」を明らかにすることが重要になる。そのためにも、人材の変革の「軸」をしっかり持つことが重要となる。定めた軸に対する現状とのギャップ=重要課題と言い換えることもできるだろう。
アビームコンサルティングでは、人事戦略策定に向けて、「人的資本経営ストーリーボード」のフレームワークの活用を推奨している(図4)。
まず人材マテリアリティの定義に向けては、その前提として、最上段にある企業全体のパーパス(存在意義)やビジョン(目指す姿)を明文化する。さらに、長期的、短・中期的という2つの観点から企業の目標を明らかにする必要がある。
1つは、ビジョン達成や企業存続、普遍的な競争優位性の維持といった「サステナビリティ目標」(長期的視点)である。
もう1つは「事業戦略」(短・中期的視点)で、事業戦略に照らし合わせて、今どのような人材ポートフォリオがベストなのかを見極め、現状とのギャップを認識することが必要になる。
これらを両輪として、自社の人的課題を列挙し、最優先の課題である人的マテリアリティを特定していくという流れになる。
人材マテリアリティを定義したうえで、定量的な指標を「KGI(重要目標達成指標)」として定めることが必要になる。目標を持つということは、その状況を測るモノサシが必要になる。課題解決の状況をあらわすモノサシがないと、成果を適切に評価できないからだ。そのためのモノサシがKGIである。そして、KGIに照らし合わせて、取り組むべきテーマが何であるかを明らかにし、KGI向上に資する実行計画を立案することこそが、人事戦略の立案そのものとなる。
人事戦略の具体的な例は後述する。
KGIを設定したのちに、実際に達成するための具体的な制度や施策を検討していく。その際、何を順に行うべきかを整理し、必要な施策の優先順位付け、取捨選択することが重要になる。さらに、KGIに資する施策の実行状況を推し量るために、施策ごとのKPI(重要業績評価指標)の設定も必要だ。
施策を検討する際には、人材要件を満たす方向性にそったものであると同時に、その施策がいかに従業員の成長のキーファクターに寄与していくのかを示すことも忘れてはならない。
また、これらの制度や施策は一度検討すれば終わりというものではなく、KGI・KPIに照らし合わせて、人材マテリアリティとの関連性や効果を再評価し、継続・改善・取りやめ・新制度/施策の追加など、施策の研ぎ澄ましを行っていく必要がある。
以下が人材マテリアリティと人事戦略・施策の関係性について示した図だ(図5)。これらの一連のサイクルをストーリーとして描くことが重要となる。
ここで、人材マテリアリティを「DX人材の獲得・育成」と設定したケースを例に挙げて、具体的に説明する(図6)。今回の場合、KGIには「人材ポートフォリオの充足率」という指標を設定した。さらに、施策を検討するために、人材マテリアリティを達成するための要素を分解し、要素ごとの施策を検討していく。
例えば、「DX関連部署の重要人材の定義」「労働市場におけるブランド力向上」「入社後の定着率向上」「DX選抜研修」などの施策である。さらに、それぞれの施策に対しては、KPIを設定し、経年ごとの目標や5年後など中長期的な目標を設定し、進捗を確認していく。KPIは、これらの施策が人材マテリアリティの解決に寄与しているかどうかを推し量ることができる指標にもなる。
ここまで人事戦略策定と実行のプロセスを紹介してきたが、本章で今一度全体像を振り返っておきたい。今回は、人事戦略策定のポイントの中から特に重要な2点を取り上げる(図7)。
また、アビームコンサルティングが実際に人事戦略策定を支援した実例も紹介する。
人事戦略を立案する際に留意すべき点はいくつかあるが、重要な観点のひとつは、経営・事業戦略との連動だ。自社の経営や事業に対して、具体的な貢献指標(事業に必要な人材の充足率など)を定量的に設定し、モニタリングしながら人事戦略を推進することが重要だ。
さらに、事業戦略と人事戦略については共通の土台で並行して議論し、KPIも毎年のサイクルで見直すことで、経営戦略との連動を実現することができるだろう。
従来の考え方では、いずれの領域にも平等かつ分散的に投資することが多かったが、「選択と集中」を念頭に「どの領域に投資するのか」「誰に投資するのか」を明確にして、メリハリのある投資によって、人的価値の最大化を図ることが求められている。
また、事業戦略と連動した要員計画においても、新卒一括採用や職種別採用による雇用を前提とした充足だけでなく、従業員以外との共創や兼業、グローバル調達など、育成計画を含めて柔軟に検討する必要性もある。
最後にアビームコンサルティングが人的資本経営ストーリーにもとづき人事戦略策定を支援した実例を紹介しておきたい。
2023年1月に昭和電工株式会社と昭和電工マテリアルズ株式会社が統合して誕生した株式会社レゾナック・ホールディングスは、新会社として初めて公表した統合報告書で人的資本経営の実現を鮮明に打ち出した。「グローバルで競争・共創できる機能性化学メーカーを目指す」というポートフォリオ上の戦略に照らし合わせ、従来とは違う発想で技術を組み合わせ、新たな機能を提供していく「共創型人材」の創出を人材戦略として発表している。
アビームコンサルティングは同社のパートナーとして、人的資本経営ストーリーボードにもとづいた人材マテリアリティの絞り込み・人材戦略の策定から、社内外のストーリー素案の検討・策定、人的資本投資の価値関連を可視化し、社内外からの共感を得るための統合報告書原案作成まで、伴走支援した(図8、9)。
今後は、同社の人的資本経営の推進を確固たるものとすべく、人材マテリアリティ解決のために打ち出された具体的な施策群の企画・実施を支援する予定である。
支援内容の詳細は、事例ページもご覧いただきたい。
昨今、多くの企業では、持続的な企業成長・価値向上に向けた事業ポートフォリオ変革が求められ、その原動力となるのが人的資本の最大化、人的資本経営の実践である。今回は、その要ともなる人事戦略の考え方や戦略策定のアプローチについて紹介してきた。
アビームコンサルティングは、これまで日本企業の変革を共に実現してきた実績と、専門的な人事改革・DX知見をかけ合わせ、人的資本経営の取り組みに向けた戦略の企画、実行、ステークホルダーとの対話まで、一貫して支援している。日本の独自性を踏まえた最適なアプローチ、かつグローバルで通用する人的資本経営のあり方を提案するとともに、クラウドやAIの活用を通じたデジタライゼーションを推進し、多様化する従業員一人ひとりにパーソナライズされた効果的かつ独自の施策立案を支援している。
取り組みの詳細については、我々が出版した書籍「人材マテリアリティ 選択と集中による人的資本経営」や人的資本経営の実践ポイントについて動画付きで解説した全5回のインサイトシリーズも参照いただきたい。
今後も企業の変革パートナーとして、真の人的資本経営の実現に向けて貢献していきたい。
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