前回のインサイトでは、人材ポートフォリオを通じて現在の生産性と将来のケイパビリティとのギャップを可視化する枠組みを示した。本稿では、そのギャップをどのように埋めるかという実装の論点として、「タレントマーケット」の設計を扱う。
現在、企業を取り巻く事業環境はかつてない速度で変化している。AIの進展や産業構造の再編などにより、事業の前提条件そのものが短期間で書き換えられる状況が続いている。このような環境下では、数年前には最適であった組織構造や人材配置が、すでに現状の事業環境との整合性を失っているケースも少なくない。
従来の人材配置は、比較的安定した事業構造を前提として、定義された職務に対して必要なスキルを持つ人材を配置するという設計であった。このモデルは、職務と求められるスキルの対応関係が長期間維持される環境では合理的であった。しかし、求められるスキルや役割が短期間で変化する現在では、固定的なポジション構造を前提とした配置では、戦略転換に組織が追随できない。
実際、多くの企業では、社内公募制度やキャリア申告制度を導入しても、人材が十分に動かないという悩みを抱えている。移動が個別調整や上司判断に依存し、事業戦略にもとづく再配置に結びついていないケースも少なくない。結果として、成長領域では人材不足が続く一方、既存領域では能力を持て余す人材が滞留し、「人が足りない」と「活かしきれていない」が同時発生している。
こうした課題の背景には、スキルや職務を固定的に捉える人材配置の前提がある。過去の連載インサイトではスキルではなく「ケイパビリティ」という概念の重要性について述べてきた。事業環境の変化に伴い企業が求める能力は継続的に更新されるため、組織は必要なケイパビリティを戦略に応じて再配置していく必要がある。この能力の再配置を企業組織内で機能させる仕組みがタレントマーケット、すなわち社内労働市場である。年に1度の定期異動だけでは、このような動的な再配置は実現しにくい。タレントマーケットにおいて重要なのは「企業が求めるケイパビリティ」と「人材が持つ、あるいは獲得しようとしているケイパビリティ」を動的かつ継続的に接続できる制度を整えることである。
この仕組みが機能すれば、戦略転換時に必要な能力を迅速に再配置できるだけでなく、部門間で生じている人材不足と人材過剰の同時発生を是正することも可能となる。結果として、挑戦と学習の循環が生まれ、組織全体のケイパビリティは持続的に拡張されていく。したがって、タレントマーケットは人事施策の一環ではなく、人的資本経営を実装段階へ進めるための経営のインフラとして位置付ける必要がある。