「ケイパビリティ型人材マネジメント」で日本企業の低生産性・人材不足に挑む 第5回 人的資本投資のモニタリング ― その投資は企業価値につながっているか?

インサイト
2026.05.29
  • 人的資本経営
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日本企業が直面する低生産性と人材の需給ギャップの現状を踏まえ、本インサイトシリーズ(全6回)では、日本企業特有の構造問題を解決する新たなマネジメントモデルとして、「ケイパビリティ型人材マネジメント」について解説している。

参考インサイト:「ケイパビリティ型人材マネジメント」で日本企業の低生産性・人材不足に挑む 第1回 なぜ今ケイパビリティ型なのか、背景とアプローチの全体像

第5回では、「ケイパビリティ型人材マネジメント」の成果を経営に接続する最終論点となる「⑤投資とモニタリング」をテーマに人的資本投資のリターンをどう定義し、どのように企業価値への貢献として証明していくべきか、その考え方と実践アプローチについて解説する。

人的資本投資を「コスト」から「投資」へと転換するためには、人材への投資や施策の開示にとどまらず、ケイパビリティを軸に価値創造の繋がりを可視化することが不可欠である。具体的には、どの事業成果・財務成果に接続するケイパビリティかを特定し、それが企業価値のどの要素(収益性・成長性・持続性)に結びつくかを明らかにすることが求められる。本稿では、ケイパビリティを結節点として価値創造ストーリーを可視化し、PDCAモニタリングを通じて人的資本投資のリターンを継続的に証明していくための視点とアプローチを提示する。

図1 ケイパビリティ型人材マネジメントの全体像

執筆者情報

  • 羽田 康孝

    寄田 貴久

    Senior Manager
  • 森 里花

    森 里花

    Senior Consultant

はじめに:人的資本投資のリターンをいかに捉えるか

人的資本可視化指針の策定以降、多くの企業が人材戦略と事業戦略の連動、人材マテリアリティの特定、KPIの設定と開示に取り組んできた。アビームのこれまでの提言においても、人的資本を「情報開示のテーマ」から「経営戦略のテーマ」へと昇華し、事業戦略と連動したストーリーボードの構築の重要性を示してきた。しかし、ここで改めて問うべき論点がある。その人的資本投資は、本当に期待したリターンへと結びついているのか。企業価値との接続まで含めて、十分に検証できているだろうか。

多くの企業が人的資本経営に取り組み、人的投資を拡大する中で、労働生産性も徐々に向上しつつある。しかし、公益財団法人日本生産性本部が2025年に実施した「労働生産性の国際比較2025」によると日本の生産性低迷には複数の要因が存在するものの、人的資本投資と事業成果・企業価値との接続が十分に説明・検証されてこなかった点も、その一因である可能性がある。

人的資本投資のリターンとは何か

人的資本投資の「リターン」とは何か。本稿では、これを生産性向上や付加価値向上といった比較的短期で顕在化する「財務への直接的なリターン」と、将来の成長性や持続的競争優位を通じて中長期的に企業価値へ反映される「企業価値へのリターン」の二つで捉える。

財務への直接的なリターン

「財務ヘの直接的なリターン」は、一人当たりの利益(または付加価値)である。すなわち、売上/人、粗利/人、営業利益/人といった指標であり、投入した人材がどれだけの価値を生み出しているかを示す。例えば、スキル向上による単価上昇や配置最適化による稼働率向上など、比較的短期で成果が現れる。

この観点については、既に一部の企業において先進的な開示が進んでいる。例えば総合商社においては、一人当たり利益(労働生産性)や投資効率といった指標を通じて人材の生産性を継続的にモニタリングしている。また、人材サービス企業などにおいても、社員が生み出す利益額の期待値(LTV)を経営管理に組み込み、人的資本の効率性を可視化する取り組みが見られる。

一方で、これらの指標には本質的な限界もある。これらは単年のP/Lから算出されるものであり、あくまで「結果指標」であるという点である。確かに、経年でトラッキングすることで、人的資本投資の効果が現れているかどうかを示すことはできる。しかし、それはあくまで過去の実績の説明に留まり、将来に向けてどのようにリターンを最大化していくのかという観点では示しづらい。

企業価値へのリターン

そこで重要になるのが「企業価値へのリターン」である。これは、人的資本が企業価値にどのように寄与するかという視点である。

DCFモデルに基づくファイナンス理論の企業価値創造の考え方に従い、企業価値は以下の3つの要素とする。

  1. 資本コストを超える収益性:ROIC(投下資本利益率) > WACC(≒資本コスト)
  2. 成長:g(将来キャッシュフローがどれだけのペースで成長するか)
  3. 持続性: ROIC > WACCが継続する年数

企業価値は、単なる利益水準のみで決まるものではない。創出される収益が資本コストを上回っているか、将来に向けた成長余地を有しているか、さらにその超過収益を持続的に創出できるかによって規定される。この観点から、人的資本投資のリターンは以下の3つに分解できる。

  1. 資本コストを超える収益性への貢献:生産性向上・付加価値向上
  2. 成長性への貢献:新規事業・イノベーション創出
  3. 持続性への貢献:独自の優位性を創出し続ける組織・人材基盤強化

これはまさに、企業価値の構成要素そのものに対応している。

重要なのは、この二つのリターンは別個のものではなく連続している点である。ケイパビリティが発揮されることで事業成果・財務成果が実現し、さらに収益性・成長性・持続性が市場から評価されることで企業価値に接続する。しかし多くの企業は前者の説明で止まっており、後者への接続が弱い。

では、人的資本はどのようにして企業価値へと接続されるのか。重要なのは、人材投資そのものではなく、それによってどのような組織能力(ケイパビリティ)が形成され、それが事業成果や財務成果を通じて企業価値へ結びつくのかという「価値創造の因果構造」を明らかにすることである。

図2 企業価値の3要素

リターンを測るための人的資本経営のフレームワークとは?

本稿では人的資本の価値創造を、インプット、プロセス、ケイパビリティ、事業成果、財務成果という一連の流れで捉える。まずインプットとして、個人のスキルや動機、組織文化や制度といった人的資本の基盤が存在する。次にプロセスとして、挑戦行動や知識共有が継続的に生まれている状態など、組織内での日常的な行動・相互作用がある。インプット・プロセスの相互作用により、組織として再現可能な能力、すなわちケイパビリティが形成される。

重要なのは、事業成果や財務成果の源泉が、個々の人材ではなく、人材・組織・仕組みが一体となって発揮される組織能力(ケイパビリティ)にある点である。売上成長や生産性向上は、こうした組織能力が機能して初めて実現される。しかし多くの人的資本開示は、人材構成やエンゲージメントなど人材の保有・状態を示す指標の説明にとどまっており、このプロセスおよびケイパビリティの部分が十分に説明されていない。その結果、人的資本がどのように事業成果や財務成果に結びつくのかが見えにくくなっている。人的資本を「コスト」ではなく「投資」として説明するためには、施策や投入額そのものではなく、どのようなケイパビリティが形成され、それがどのように事業成果へとつながるのかという因果構造を明らかにする必要がある。

ケイパビリティを設定することの意義

ケイパビリティを設定することの意義は、単に因果を可視化することにとどまらない。

第一に、「どのような人材・組織文化を整え(インプット・プロセス)、どのような組織能力(ケイパビリティ)を発現させ、それがどの事業成果・財務成果を経て、どの企業価値要素(資本コストを超える収益性・成長性・持続性)に接続するのか」という価値創造ストーリーを、経営・事業・人事が共通言語として共有できるようになる。

第二に、ケイパビリティを中心に置くことで、インプット(人材構成やスキル)からアウトカム(企業価値)までを一貫してモニタリングできるようになる。従来はエンゲージメントや離職率といった人事KPIと、ROICや売上成長といった経営KPIが分断されがちであったが、両者を媒介するケイパビリティを定義することで、「どのインプットが期待したケイパビリティを形成しているか」「そのケイパビリティは想定した事業成果を生んでいるか」をPDCAとして検証できる。すなわちケイパビリティは、価値創造ストーリーの結節点であると同時に、人的資本投資のPDCAを回すための共通指標となるのである。

ケイパビリティを機能させるための体制

ケイパビリティは人事部門のみ、経営・事業部門のみで完結的に設計できるものではなく、企業経営の中核に位置づけられる横断的な経営基盤である。財務成果は経営・事業部門の責任、人的資本投資は人事部門の責任として分業されてきた中で、その両者を媒介する組織能力(ケイパビリティ)は、設計主体や責任所在が明確に定義されないまま置き去りにされてきた。

この分断を越え、経営・事業・人事の三者が共通の視座でケイパビリティを定義し、設計・運用に責任を持つ体制を構築することが、人的資本投資を持続的に企業価値へと転換していくための前提条件となる。

図3 人的資本投資による企業価値向上ストーリー

リターン最大化に向けて日本企業が取り組むべきこと

前章で述べたとおり、ケイパビリティは価値創造ストーリーの結節点であり、経営・事業・人事の共通言語として機能する。ただし、ケイパビリティを定義すること自体が直ちに企業価値の向上につながるわけではない。重要なのは、そのケイパビリティが、企業価値を構成する三つの要素——①資本コストを超える収益性、②成長性、③持続性——のいずれに効くのかを明確に位置付けることである。この接続が示されることで、人的資本投資は「価値証明」を伴う意思のある投資として成立する。

リターン最大化の観点から本質的に問われるのは、どの価値要素を高めるのか戦略的に定め、それに対して適切な投資の量と質を決めることである。闇雲に人的資本投資を拡大するのではなく、狙うべき要素を特定し、過不足のない投資を配分してこそ、限られた経営資源から最大のリターンが得られる。

したがって、三つの要素のそれぞれに対して「いかなるケイパビリティを、どのようなインプットによって形成し、どの事業成果・財務成果を経て、どの価値要素に接続するか」というストーリーを設計することが求められる。これこそが、人的資本を「コスト」から「投資」へと転換するための本質的アプローチである。

図4 人的資本投資のリターンを最大化するためのアプローチ

まとめ

2023年が「人的資本開示元年」と言われて以降、人的資本経営は投資拡大のフェーズからリターンが問われるフェーズへと移行している。その鍵となるのはケイパビリティである。「どのような人材を擁しているか」ではなく、その人材がどのような行動で、どのように事業成果を生み出し、企業価値——資本コストを超える収益性・成長性・持続性——へと接続されるのか。

この価値創造のストーリーを経営・事業・人事の共同責任のもとで設計・運用し、継続的に検証できる企業こそが、人的資本を「コスト」から「投資」へと転換できる。

しかし、その問いに答えられる企業はまだ多くない。ABeamは、ケイパビリティを起点とした価値創造ストーリーの構築を通じて、人的資本投資を企業価値へと接続するプロセスを支援する。

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