コーポレートガバナンス・コード改訂が問い直すCHRO・人事部門による新たなガバナンス形態の”模索・セルフデザイン”

インサイト
2026.05.19
  • 人的資本経営
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2026年4月10日、金融庁および東京証券取引所は、コーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)の改訂案を公表した。今回の改訂は、原則の整理や開示負担の軽減といった制度面の調整に関するものが多いが、それにとどまるものではない。実際の企業経営の現場では、成長投資や経営資源配分に関する意思決定が取締役会レベルで十分に議論されていないなど、質の観点で高いレベルで検討・実施されてこなかったという課題も見受けられる。今回の改訂は、こうした点について改めて問い直す契機と捉えるべきである。
筆者が特に注目したのは、CGコード改訂案の冒頭の本コードの目的において示された、「自律」や「能動」といったワードである。CGコードが“チェックリスト”のように活用されてしまっている現状を転換させ、各企業がそれぞれ置かれた状況を踏まえ、企業価値創造のナラティブな文脈づくりや自社経営方針に沿ったガバナンス形態を新たに“模索・セルフデザイン”し、資本市場の信任を得ていくことが要求されていると言える。
これまでのCGコード対応は、スキル・マトリックスの開示や委員会の設置など、一定の形式的整備を中心に進められてきた。しかし、形式的な遵守だけでは、企業価値向上にはつながらないという認識が、投資家・規制当局の双方で明確になっている。今回の改訂は、その延長線上にある。
これまでのCGコード改訂を踏まえ、CHROや人事部門にとって特に重要なのは、人的資本投資や後継者計画といったテーマが、単なる開示項目ではなく、取締役会がどのような判断を行ったか、そしてその背景を株主に説明できるかが問われる経営アジェンダとして位置付けられてきた点である。人的資本投資や後継者計画は、もはや人事部門内で完結する施策ではない。取締役会で議論され、経営資源配分と接続し、企業価値向上の文脈で説明可能な形に再設計・運営されることが求められている。

本インサイトでは、2026年改訂案のポイントを整理した上で、CHRO・人事部門がどのようにガバナンス執行に関与し、人的資本投資や後継者計画といったテーマをいかに取締役会レベルの意思決定に引き上げていくべきかを考察する。

執筆者情報

  • 砂田 浩行

    見城 大輔

    Principal

2026年改訂のポイント:形式から「意思決定の質」へ

2026年のCGコード改訂は、一見すると原則の整理や開示負担の軽減といった制度的な見直しに見えるが、その本質は、これまでのコーポレートガバナンスの在り方に対する明確な問題提起にある。形式的な遵守から脱却し、企業の意思決定の質そのものを問う段階へと移行した点にある。

① 形式的な遵守からの転換 ― プリンシプルベースへの回帰

CGコードはもともと、各企業が自律的に考え、説明することを前提とした「プリンシプルベース(原則主義)」の枠組みとして設計されている。実務においては、スキル・マトリックスや各種方針の開示など、形式的な対応が先行し、各社の実態や戦略との接続が十分でないケースも見られてきた。
今回の改訂では、補充原則を「解釈指針」へと整理し、コンプライ・オア・エクスプレインの対象を見直すなど、コード全体のスリム化が図られている。重要なのは、この整理が単なる負担軽減ではない点である。企業に対しては、画一的な対応ではなく、自社の状況に応じた意思決定と、その背景にある考え方を説明することが改めて求められている。つまり、「何を開示しているか」ではなく、「どのように意思決定しているか」が問われるフェーズに入ったといえる。

② 成長投資を軸とした取締役会機能の再定義

今回の改訂のもう一つの重要な背景は、日本企業における成長投資の不足に対する問題意識にある。現預金の積み上がりや資本効率の低さが指摘される中で、企業にはより積極的な経営資源配分が求められている。この文脈において、取締役会に求められる役割もより大きくなっている。
従来のように執行の監督にとどまるのではなく、企業の成長戦略の方向性の提示、資本コストを踏まえた資源配分の判断、成長投資や事業ポートフォリオの見直しを主導することが範疇となる。さらに、それらの妥当性を継続的に検証することで、企業価値創造の中核としての機能発揮が求められている。
今回の改訂は、取締役会を「監督する機関」から「意思決定の質を担保する機関」へと再定義するものと捉えるべきである。

③ 「量」から「質」へ ― コーポレートガバナンスの高度化

これまでのコーポレートガバナンス改革では、独立社外取締役の人数や委員会の設置といった「量」の整備が進められてきた。一方で、それらが実質的な議論や意思決定につながっているかについては課題も指摘されている。今回の改訂ではこの点に踏み込み、「質」が明確に問われている。

例えば、具体的には以下のような変化がみられる。

独立社外取締役:人数ではなく、建設的な議論に貢献でき、投資家と対話するために必要な資質が重視される
スキル・マトリックス:形式的な項目ではなく、各企業の経営戦略と連動した実質的な内容が求められる
取締役会の実効性評価:形式的な実施ではなく、取締役会が果たすべき機能を前提とした評価へと高度化が求められる

これらに共通するのは、「形式面を整備しているか」ではなく、「実質的に機能しているか」が問われている点である。

④ 取締役会を支える機能としてのコーポレートセクレタリーの重要性

今回の改訂で新たに明確化された論点の一つが、取締役会事務局、いわゆるコーポレートセクレタリー機能の強化である。従来、この機能は会議運営や事務対応といった役割にとどまるケースも多かった。しかし、取締役会において実質的な議論を行うためには、適切なアジェンダの設計、必要な情報の整理・提供、社外取締役と執行側との情報連携といった役割が不可欠となる。
事務機能ではなく、取締役会の意思決定の質を支える「戦略的機能」を備えたコーポレートセクレタリー機能を各社が整備することが求められている。

図1 CGコード改訂によるコーポレートガバナンスの転換
Before(従来) →After(今回の改訂)を整理

以上の点を踏まえると、2026年改訂の本質は明確である。
企業に対して改めて問われているのは、制度や仕組みの有無ではなく、コーポレートガバナンスが企業価値向上に資する形で「機能」しているかどうかである。そしてこの問いは、人的資本投資や後継者計画といった領域において、CHRO・人事部門の役割にも直接的な変化をもたらす。
次章では、この変化が具体的にどのような論点として突きつけられているのかを整理する。

CHROや人事部門に影響する論点

2026年のCGコード改訂は、コーポレートガバナンスの実効性を高めるため、取締役会の機能を「企業価値創造の中核」へと引き上げるものであった。この変化は、人的資本投資や後継者計画に関する領域にも直接的に及ぶ。
従来、これらは主として執行側、とりわけ人事部門の責任のもとで設計・運用されてきた。しかし2015年以降のCGコード制定から今回の改訂までに渡り、これらのテーマは取締役会が主体的に関与し、株主に対して説明責任を果たすべき領域へと位置づけが変わっている。
この変化を踏まえると、CHRO・人事部門に求められる役割は、こうしたテーマの施策を単に企画・実行することに留まらず、これらを取締役会の意思決定に接続することへと大きく転換する。以下で、その中でも特に重要な2つの論点を整理する。

① 人的資本投資を「経営資源配分」として再設計する

これまで人的資本経営は、KPIの設定や情報開示を中心に議論されることが多かった。しかし今回の改訂では、それだけでは不十分であることが明確になった。求められているのは、人的資本投資を他の経営資源(財務資本・設備投資等)と同列に扱い、具体的にどのような資源配分を行うかが意思決定されること、そしてそれらを取締役会が株主に説明できるようにすることである。
そのためには、人的資本投資を経営戦略と接続する、具体的な投資対象(採用・育成・配置・リスキリング等)の優先順位を明確にする、投資の成果がどのように企業価値に結びつくかを言語化するといった設計が不可欠となる。さらに重要なのは、これらを取締役会で議論可能な形に構造化することである。通り一遍の施策の説明ではなく、「なぜこの投資を行うのか」「どのようなリターンを期待するのか」といった観点で整理されなければ、取締役会アジェンダとして成立しない。
そのため、CHROや人事部門は、人的資本を単なる開示項目として捉えた対応では足りず、経営資源配分の一部として投資の目的やリターンを検討し、取締役会に上程していく役割が求められていると言える。

② CEO・経営層の後継者計画(サクセッション)を「意思決定プロセス」として実装する

CEOの選解任および後継者計画は、CGコードにおいて一貫して最重要テーマの一つとされてきた。今回の改訂でも、その位置づけはより明確化されている。特に注目すべきは、これらが単なる制度や方針ではなく、取締役会が主体的に関与すべき戦略的意思決定プロセスであると定義された点である。多くの企業で後継者計画は形式的に整備されつつあるものの、候補者の選定基準が曖昧である、育成プロセスがビジネスや経営戦略と接続していない、指名委員会での議論が形式的にとどまるといった課題が見られる。
今回までのCGコード改訂を踏まえると、求められるのは、「CEOおよび経営層に求める要件の明確化」「候補者の継続的な評価・育成の仕組み化」「指名委員会・取締役会における客観的かつ実質的な議論」「外部に対して説明可能なプロセスの構築」といった、実効性のある運用である。
すでに経営リーダー育成や後継者計画を形式的に導入している企業は少なくないが、今後はこれらを制度として整備するだけでなく、取締役会で議論、意思決定される実効的な機能となる必要があり、CHROがその仕組みの設計者としての役割を担う必要がある。

以上の論点に共通するのは、人的資本投資や後継者計画に関するテーマが、いずれも取締役会の意思決定と不可分になっている点である。この変化は、CHRO・人事部門の役割を根本から問い直す。もはや、施策を企画・実行するだけでは十分ではない。人的資本投資や後継者計画を、経営資源配分やコーポレートガバナンスの文脈に接続させ、取締役会が議論し、意思決定し、株主・投資家に説明できるよう、仕組みを再設計することが求められている。
そのためには、CHROが「人事責任者」から一歩踏み込み、人的資本投資や後継者計画を取締役会の意思決定につないでいく「設計者」へと進化していく必要がある。企業価値創造という文脈の中で、人財とコーポレートガバナンスをどう位置づけるかを構想すること自体が、CHROの中心的な役割になりつつあるのだ。

図2 CHROの役割変化
従来のCHROの役割→今後のCHROの役割を整理

CHROに求められる役割の転換

CGコード改訂の背景から、CHROは「人事責任者」にとどまらず、企業価値創造を支える経営の「設計者」としての役割を担うことになることは先に述べた。もっとも、この転換は一朝一夕に実現できるものではない。経営戦略と人的資本投資を一体的に構想していくことや、コーポレートセクレタリー機能などと連携強化し、取締役会や委員会アジェンダ設定にも関与していくことなど、CHROは経営全体の構造を設計する視点をもって取り組んでいく必要がある。

このようにCHROに求められる役割は、昨今ますます高度化していると言える。アビームコンサルティングでは、現在「C-suiteサーベイ/企業価値を高める『稼ぐ力』向上に向けた経営体制の実態調査」を実施している。そこでは、事業成長に向けた投資に対して執行側がどのように取り組むべきか、企業価値を高めるために求められる執行役員の役割は何かといった点とともに、CHROに求められる役割はどのように変革していくべきかについて、企業と投資家に調査を実施している。本稿でも触れてきたCHROに求められる役割についても、企業と投資家双方の観点で紐解いていく予定である。読者の方々にも是非、ご協力をいただければ幸いである。

CGコード改訂は、制度対応の延長線上で捉えるべきものではなく、企業価値創造の在り方そのものを問い直す契機である。この変化を機会と捉え、コーポレートガバナンスと人的資本投資や後継者計画を経営の中核として再設計できるかどうかが、今後の企業価値を大きく左右することになるだろう。


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