失われた30年を取り戻すための“真”の人的資本経営 第1回 “真”の人的資本経営とは?背景や定義、実践ポイントを解説

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2024.06.19
  • 人的資本経営
  • 経営戦略/経営改革

昨今、多くの企業では、持続的な企業成長・価値向上に向けた「事業ポートフォリオ変革」が求められ、その原動力となるのが人的資本の最大化、人的資本経営の実践である。アビームコンサルティングは、日本のバブル経済崩壊後の「失われた30年」から日本経済の勢いを取り戻すという強い思いを持って、企業の人的資本経営を支援している。本シリーズでは、そのような企業の成長に資する“真”の人的資本経営について、その定義や重要性、実践ポイントについて、全5回にわたって解説していく。
第1回となる今回は、概論として、日本企業がなぜ人的資本経営に取り組むべきなのか、背景や実践ポイントについて、人的資本経営戦略ユニット長の久保田 勇輝が解説する。

人的資本経営こそ、失われた30年脱却の原動力

企業経営者にとって最も大きな課題は自社の「成長」であり、それをなし得るためには、事業環境の変化やそのスピードに対応する事業ポートフォリオ変革が欠かせない。変革とは、事業の微調整や修正といった単なる業務改善のレベルではなく、新しいビジネスモデルへの転換や新規事業の開発、利益構造の抜本的な改善などである。そして、もちろん変革によって生まれた事業が、新たな成長のエンジンになってこそ、事業ポートフォリオ変革といえる。

では、企業経営者の「成長」に続く課題は何か。それは「テクノロジー」と「従業員」である。これは、事業ポートフォリオ変革と密接に結びついており、それぞれ「デジタルケイパビリティの強化」「人的資本の最大化」と言い換えることができる。

本インサイトで取り上げたいのは後者である。「人的資本の最大化」とは、従来のように必要な事業に人員を量的に充足すれば良いということではない。例えば第4次産業などにおいては、少人数であっても優秀なリソースが確保できれば、事業ポートフォリオ変革もなし得る。このように、人的資本経営の実践によって適切な人的資本投資がなされることで、事業環境の著しい変化の中でも、自社を成長軌道へと導くことができる。

しかしながら多くの企業において、人的資本経営がサステナビリティの観点のみで捉えられ、推進されていることがある。もちろんサステナビリティの観点も重要だが、経済的な価値よりも環境的な価値、社会的な価値を重要視する経営へと意識が向きすぎてしまう。環境や社会にポジティブなインパクトをもたらすことも重要であるが、人的資本経営は事業戦略と連動し、経営に貢献するものでなければならない。サステナビリティ経営(長期視点)と事業戦略(短・中期視点)、この両軸での観点で推進することで、事業の成長につながる人的資本経営の実践、事業ポートフォリオ変革を実現することができる。

人的資本経営の実践における3つのポイント

ここで、改めて人的資本経営の定義をおさらいしておきたい(図1)。経済産業省は、「人的資本経営とは、人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」と定義している。これを踏まえた上で、我々は人的資本経営の実践には、3つのポイントがあると考える。

図1 人的資本経営の定義

1つ目のポイントは、人材を「量」だけではなく「質」で捉え、適切な投資によってパフォーマンスの最大化を目指すという観点だ。これまでの要員計画では、人数で議論されることが一般的だったが、テクノロジーの高度化や経営課題の複雑化などに対応して事業戦略を実現するには、もはや人数をそろえるだけという認識では十分とはいえない。どのようなスキルや知見を持ったリソースがどれだけいるのか、質に踏み込んで検証し、不足があれば、採用や教育などに投資して戦略をかなえる人材を集めていかなければならない。

2つ目のポイントは、人的資本経営を行う際の施策のあり方だ。これまで企業の人事部門では、有用な人材の獲得やリテンション、成果につながる配置など、数え切れないほどの人事施策を推進してきた。しかし、それらは十分な効果を発揮しただろうか。施策が効果につながらない原因はさまざまなものが想定されるが、1つには、経営の目指す方向性と事業の連動が不足している点が挙げられる。

経営と事業の動きがより緊密になれば、人事も本当に行うべき施策を見通すことができ、施策の選択と集中が可能になる。こうして経営の向かうべき方向性とリンクした打ち手を適時適切に繰り出すことができれば、優先度の低い施策に人事部門のリソースを奪われることはなくなり、本来行うべき施策に力を注ぐことができる。

3つ目のポイントは時間軸だ。人事の施策はすぐに結果が表れるものではなく、5年後や10年後といった長いスパンで経営戦略に資する効果を発揮する。そのため、長期的な目標に合わせてどのような人事施策が必要になるのか、長期的なスコープで捉え、戦略を遂行するための高い解像度でビジョンや事業を具体化していくことが重要である。

人的資本経営の実現に向けて、こうした経営や事業の戦略、またビジョンにひもづく適切な人材投資を行うには、経営と各事業がリンクし、解像度の高い戦略を策定する必要がある。そして、5年後、10年後のありたい姿からバックキャストし、「だからこそ今年は、この打ち手を人事施策として実施する必要がある」と明確にし、組織全体に共有することが望ましい。

CxO体制の経営チームによるマテリアリティ(重要課題)の選択と集中

では、具体的にどのように道筋を描いていくのか。下図は、企業が事業ポートフォリオ変革を行う際に必要となる「企業変革ストーリー」を示したものである(図2)。

図2 事業ポートフォリオ変革に必要な企業変革ストーリー

事業ポートフォリオ変革に取り組むには、企業の軸となるサステナビリティ戦略および事業戦略の立案は欠かせない。そして、人や技術、知財など機能別のマテリアリティの選択と集中を行っていく必要がある。それらの実行に向けては、経営体制がカギを握るが、従来の経営チームの構成では、事業ポートフォリオ変革を見据えた経営戦略の立案に至らない可能性がある。

これまで多くの日本企業に見られた経営チームは、各事業の執行のトップの集まりであったが、事業ポートフォリオ変革を視野に入れた経営チームの体制は、特定の事業にひもづかないCEO、CSO、CHRO、CDOといった、CxOによるものが望ましい。この体制の中で全社をフラットに俯瞰し、組織をけん引していく。

事業戦略や人事戦略など、各領域の全ての戦略の根幹となる経営戦略をこの経営チームで定め、それにもとづいて人や技術、知財など機能別のマテリアリティの選択と集中を行う。これこそが、人的資本経営を実現する経営チームのあり方となる。

人的資本経営の高度化に欠かせないモニタリング

加えて、その進捗のモニタリングと管理を確実にするためにPDCAサイクルを回していくことも欠かせない。進捗のモニタリング対象となるアジェンダの例として挙げられるのは、「後継者の育成」「人材の内部調達」「外部人材調達のための魅力発信」「カルチャーの変革による生産性向上」「人材のウェルビーイング向上と代謝」といったものになる。こうしたアジェンダの改善に向けて進捗を確認し、連続的に適時適切な施策を打っていくことになる。

もちろん、人的資本経営の実践に向けては、経営層だけでなく、HR領域にも変革が求められる。例えば、今までのような人事、労務といった体制だけではなく、事業に資するための人事の役割として、機能別の組織へと再構築する必要がある。

また、労働市場に対してのコミュニケーションを含めたHRBP(HRビジネスパートナー)の整備や、従業員に対して自社の魅力をいかに伝えていくかを考え実行するHRコミュニケーション、また、HRのDXを図り、企業全体に対して人事のケイパビリティの発揮をサポートするHRIS(人事情報システム)の導入などがそれに当たる。

こうして、経営戦略と事業戦略の連動、経営チームや人事部の組織変革、PDCAサイクル、取り組みを効率化する仕組みの導入といった総合的な取り組みによって、企業は事業ポートフォリオ変革に向かっていく。

本シリーズの第1回では、失われた30年を取り戻し、変化に柔軟に対応できる組織へと企業を導く、人的資本経営の定義や背景、実践ポイントについて紹介した。我々が執筆した書籍『人材マテリアリティ 選択と集中による人的資本経営』でも、実際の取り組み事例などから、企業の人的資本経営のあり方について解説している。ぜひ参考にしていただきたい。

次回は、人的資本経営における「人材マテリアリティの特定と人材ポートフォリオ策定」について掘り下げていく。

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