自動車販売デジタルシフトがもたらすビジネスモデル変革 第2回 オンライン販売(前編):オンライン販売を実現するための論点

インサイト
2021.08.03
  • 自動車
  • 経営戦略/経営改革
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執筆者情報

  • 武藤 彰宏

    Director

家族と一緒に、自宅のリビングで、パソコンやスマホで欲しいブランド・モデルの車を探して、外装や内装のカッコよさに盛り上がり、家族の好みが分かれるボディカラーは多数決で決着をつけ、お気に入りの車ができたら「ポチっと」購入する。

そのような姿を、想像できるだろうか?
これまでは、ファミリー層が自動車を購入する際は、「お父さん」が一人でディーラーに行って車種や仕様をおおよそ決め、帰って家族に相談する(より正確に表現すれば、営業スタッフのように家族に車を売り込む)という姿が一般的であった。それが、家族でワイワイと議論しながら、家族のための車を家族で選ぶ姿に変化する。
 
そのような姿を、求める消費者は多いのではないだろうか?
自動車は、数百万円もする嗜好性が高い商品である。また、一歩間違えれば人命にかかわる商品であり、万が一の時には自分や家族だけでなく歩行者なども含めた命を守ってくれる最後の砦である。さらに、自動車の平均車齢は伸張を続けており、直近では8.6年となっている。つまり、一度買えば、8年前後は「カーライフ」を伴にする家族のような存在である。そのような車の選択を、家族とより一緒になって行えるようになる。

このファミリー層がオンラインで車を購入する姿は、消費者にとっての意義(メリット)の1つである。また、自動車に詳しい層が、ディーラーに行って営業スタッフの説明を聞かなくとも欲しい車種を特定できる。さらに、新型コロナウィルス感染症対策としてできるだけ対面接触を減らしたいという状況で、オンライン販売を選択できることも、1つの意義である。
消費者の価値観や生活様式が多様化する中で、消費者にとってのオンライン販売の意義は複数存在している。もはや、オンライン販売の要否を問う時代ではなく、お客様に購入方法の1つの選択肢として提供すべき時代と言えるだろう。

一方で、そのような姿を、実現できるだろうか?
自動車は登録しナンバープレートを取り付けなければ、公道は走れない。登録には管轄の警察署が発行する車庫証明書などの書類が必要であり、その後も、車両・ナンバープレート・封印/封緘・書類などの物理的な存在が前提となる。さらに、自動車購入は車両のみの購入ではなく、ローン・保険(自賠責・任意)・サービス商品などを同時に購入する複雑な手続きを要し、中には対面説明が必要な手続きも含まれる。新車を購入する際、オプションが多い国産車では試乗から帰ってきて注文書への捺印が完了し、当日の手続きが諸々完了するまでに、1~2時間は要するほどである。さらに、多くの場合は下取車が存在するため、下取に必要な書類のやり取りや、下取車の査定という物理行為も発生する。
また、別の観点として、オンライン販売には、既存ディーラーネットワークとのカニバリゼーションの懸念が存在する。ディーラーから見ると、「メーカーがオンライン販売で自分たちの領域を侵食しにきたのではないか、自分たちの取り分を減らそうとしているのではないか?」という懸念である。これらの制約条件の中で、かつては日本ではオンライン販売は実現できないと考えられていた。

しかし、できるか/できないかという問いにも、もはやあまり意味がない。日本国内においても、既に自動車のオンライン販売を実現しているブランドが存在し、それらのブランドは上記のような制約を乗り越えているのである。
これまで、オンライン販売の取り組みは、輸入車インポーター中心になされてきていた。例えば、BMWでは、2020年5月から限定車を対象に12店舗の周辺地域に限定したオンライン販売を試験的に導入し、同年7月からは対象モデルをほぼ全モデルに拡大するとともにエリアの制限もなくしている。さらに、2020年代に入り、日系OEMがオンライン販売の取り組みを鮮明にしてきており、ホンダは国内でのオンライン販売を2021年秋ごろに開始すると2021年4月に発表している。他メーカーについても、同様にオンライン販売の検討が進んでいるものと考えられる。

実現性の観点からは、オンライン販売はできるか/できないかではなく、いかに実現するか?が問いである。
既に日本国内においても自動車のオンライン販売は輸入車インポーターを中心に実現されていると述べたが、上記のような制約条件への対応方法の違いから、その実現方法には図1に示すように、いくつかのパターンが存在する。
まず、図1左側で登録・納車までの流れで、どこまでをメーカーが主導するかで大きく2つのパターンに区分した。

図1 国内における輸入車インポーターの「オンライン販売」パターン例 図1 国内における輸入車インポーターの「オンライン販売」パターン例

本インサイトでは、オンライン販売を「メーカー主導で、契約に至るまでの流れをデジタル空間上で完結できる状態」と定義し、メーカー主導ということをポイントとした(第1回インサイト参照)。この定義に基づくと、実は国内で「オンライン販売」と呼ばれているものの大半が、図1中のパターン②であり、ディーラー店舗への送客までである。これは、これまでのメーカーWebサイトからのカタログ請求などの問い合わせをディーラーに引き渡し、送客につなげる思想の延長である。このパターンでも、オンライン上で車種特定がなされており、さらに申込金をもらっているという点で、これまでとは格段に成約確度が高く、商談として「温まった」状態になっており、有効な取り組みである。
ここで注目するべきは、本インサイトの定義における「オンライン販売」を実現しているパターン①のブランドが存在するということである。この内の1社は、既存ディーラーネットワークを有する老舗ブランドである。
さらに、オンライン販売の姿は、契約主体・在庫主体・下取査定有無・対象モデル・担当ディーラーの5つの要素に要素分解することができる。

 

  • 契約主体: オンライン上で車両注文する際、消費者はメーカーと契約することになるのか?ディーラーと契約することになるのか?
  • 在庫主体: 在庫モデルをとる場合の区分。メーカー(もしくはインポーター)が在庫を保有し、そこから引き当てていくのか?ディーラーが在庫を保有するのか?
  • 下取査定有無: 物理的な車両の状態確認を要する下取査定を受け入れるか、受け入れないか?
  • 対象モデル: 店舗と同じ全モデルを対象とするか?店舗では売りづらいような一部のモデルやEVなどに限定するか?
  • 担当ディーラー: 購入後、アフターサービスなどを担当するディーラー。お客様の自宅の最寄り店舗か?在庫を有している店舗か?

 

この5要素は、自社の既存ディーラーネットワークの地域網羅度や関係性、およびモデル数などを加味したうえで、上記の制約条件に対応する最適な姿として選択されてくるものである。既存ネットワークがない新興メーカーであれば、A社のようなパターンが組めるが、既存メーカーにとっては難易度が高いパターンでもある。

ここまで、オンライン販売はお客様の購入方法の1つの選択肢として提供されるべきものであるが、その姿は既存事業との関係の中で最適な姿が選択されてくるということを解説してきた。

本インサイトおよび、次の第3回では、オンライン販売の潜在能力を引き出す論点とチャンスについて解説する。
まず、本インサイトでは、オンライン販売への理解を深めるため、オンライン販売を実現するために何が論点となるかを解説する。第3回では、オンライン販売の潜在能力を、ビジネスモデル変革の端緒となることと位置付けたうえで、そのために必要な視点について解説していく。

なお、各社のオンライン販売の状況を、グローバルと国内の状況を比較しても、実は図1のパターン①②には、それほど大きな差はない。いずれの国でも同様の制約条件の中で、現在の姿が最適解として既に設定されている可能性はある。よって、いくつかのブランドにとっては、パターン②(送客モデル)が最適解であり、最終形である可能性がある。そうであっても、その潜在能力を引き出すための論点は、パターン①と同様である。より先鋭化した形で解説するため、パターン①(本インサイトにおけるオンライン販売の定義)で解説を進めるが、その示唆はパターン②であっても有効なものと考えている。

オンライン販売導入時の論点

第1回インサイトにて定義した通り、本インサイトで解説するオンライン販売の特徴は、契約までの流れをメーカーが主導することである。この場合のメーカーとディーラーの役割分担の変化を概念的に整理すると、図2のようになる。

図2 「オンライン販売」での境界線の変化 図2 「オンライン販売」での境界線の変化

図2の詳細を見ていくと、従来、ディーラーが担っていた商品説明・試乗・査定・見積・クロージングという営業スタッフが最も情熱を傾ける「華やかな」シーンがメーカーの役割に移り、逆に登録・納車や既納客向けコンタクト(車検や代替促進など)という地味で根気がいる役割がディーラーの役割として残ることが分かる。
この役割分担の変化に起因して、自動車販売に関する各制度の再設計が必要となってくる。ここでは、いくつかの制度再設計の論点について解説する。

第1に、試乗拠点、(インポーターでは)在庫拠点の役割分担。これまで、試乗車はディーラーが仕入れ・登録して、お客様に乗って頂いていた。どのモデル・カラーの試乗車を何台、どの店舗に配置するかは、ディーラー本部の重要な検討事項であった。店舗では、どのようなルートを通り、どのポイントで何を訴求するか、帰り道のリラックスした雰囲気の中でどれだけお客様から情報を引き出せるかが営業スタッフの腕の見せ所であった。また、どのモデルの在庫を何台構えておくかも、ディーラー本部の重要な検討事項であった。その検討や努力または投資をディーラーが行い、それらの販売努力に対してメーカーからディーラーに販売奨励金が支払われる構造になっている。よって、それらの検討や努力または投資の範疇がメーカーに移るとすると、販売奨励金の制度を再設計する必要がある。さらに、販売の全量がオンラインにシフトするわけではなく、店舗での販売がメインであり続けることが制度設計を複雑なものとする。
なお、在庫モデルを取る場合、ディーラーから見ると「売らねばならぬ商材」が目の前に存在することになり、この存在がディーラーにとって売るプレッシャーになっている面もある。そのため、在庫拠点がメーカーに移ると、このプレッシャーが弱まることになる。この影響を、販売奨励金でカバーしようとする場合、販売奨励金体系の再設計はより複雑となる。

第2に、消費者・メーカー・ディーラー間の契約体系、および個人情報の管理体制。メーカーが契約までを主導するため、消費者とメーカーが契約するということが想定される。この場合でも、登録・納車やアフターサービス、また代替に向けた顧客フォローはディーラーの役割とすることが自然な流れと想定される。その場合、消費者・メーカー間で契約が成立したタイミングで、ディーラーとも契約関係が成立していることが望ましい。また、消費者の個人情報がメーカー側でも保持されることになり、少なくとも契約まではメーカー側がフォローすることになる。しかし、現在のメーカーの組織体制は、大量の個人情報を保持・管理することを前提としていないため、組織・人材の観点も含めた個人情報保護の制度再設計も必要となる。

第3に、第1、2の取り組みを含めたメーカー側投資の回収スキーム。第1の論点で言及した試乗拠点をメーカーが構える場合の投資や、オンライン販売に必要なシステムの構築、または契約管理・個人情報管理のための投資など、オンライン販売にともなってメーカーが負担する投資が少なからず存在する。それは、これまでディーラーが負担していたものをメーカーが肩代わりすることにもなり、ディーラーの負担が軽くなるため、メーカーとしてはその回収をディーラーと協議する動機付けが存在する。その手法としては、前述の販売奨励金体系の見直しの中に織り込む手法、システム利用料として徴収する手法など、いくつか想定されるが、その手法およびその料率が論点となる。

第4に、ディーラーの経営管理・営業管理制度。一般的に、新車販売の領域では、売上計上が登録基準であれば受注台数・登録台数、およびその先行指標として来場者数・試乗/査定/見積件数、または来場確約数などを重視してきた。売上計上が納車基準であれば、登録台数の重要性が下がり受注台数が重要となるが、そこに至るプロセス指標は変わらない。売れる店舗では、これらの指標をデータに基づいて管理し、店長主導でデータに基づく指示出しがなされている。基本的に、この思想に基づいて、ディーラーの経営管理および営業管理は構築されている。そのため、契約までをメーカーが主導するようになると、これまで構築してきた経営管理・営業管理の仕組みでは捕捉しきれない部分で、ディーラー収益が左右されることになる。よって、ディーラー収益構造の問い直しと、そこからの経営管理・営業管理の制度の再設計が論点となる。

第5に、ディーラーの営業スタッフの採用・育成制度。これまでの「良い営業スタッフ」は、来場されたお客様から、ライフスタイルや現有車への不満、次の車への希望などを聞き出し、カタログ・展示車・試乗車やショールーム・工場などの店舗全体までも使いながら、お客様の志向にあわせた話法でブランド・商品の訴求を行い、最終的にはきっちりと決着させるスタッフのことであった。そのような営業スタッフを育成するため、ポテンシャルがある人材を採用し、メーカーが提供するトレーニングに参加させ、店舗でもロールプレイングを中心とするトレーニングを積み重ねてきた。しかし、前述のように、これまで新車領域で営業スタッフが最も情熱を傾けるこれらの華やかなシーンがメーカーの役割に移る。そのため、必要なスキルセットが変化し、営業スタッフの再教育が論点となる。さらに、これまでは営業スタッフの給与は販売台数によって大きく変動することが一般的であった。オンライン販売では、営業スタッフが、自身が販売していないお客様の登録手続きを行い、納車をしていくことが想定される。代替需要が見込まれるとしても、早くて2、3年後、平均的には約9年後の話である。給与体系の見直しも論点となる。

他にも制度再設計上の論点は存在するが、ここではその他の論点は割愛させて頂く。但し、いずれの論点も、ディーラーが力を入れてきた領域をメーカーが主導することになること、メーカー側でそのような領域を受ける構えがとられていないこと、による論点である。さらに、販売の全てがオンライン販売に移行するわけではなく、お客様の購入方法の1つの選択肢であり、リアル店舗での販売と混在する状況となることが論点を複雑にしていることが共通している。

オンライン販売導入に向けた制度再設計で重要な視点

これまでの自動車販売におけるメーカーとディーラーの役割分担を大雑把に表現すると、お客様が店舗に来場するまではメーカーの役割、店舗に来場された後はディーラー・店舗の役割となっていた。そのため、メーカーが自分事としてとらえている店舗KPIは、新規来場数が中心であった。そのため、メーカーが主導するオンライン販売は新規のお客様を対象に考えられることが多い傾向にある。
しかしながら、新車販売における新規と顧客の割合はブランドによって違いはあるものの、新規客だけを追っていればよいブランドは存在しない。ディーラービジネスは販売台数のみに依存するフロー型のビジネスではなく、管理顧客にも依存するストック型のビジネスだからである。

代替提案に向けて重要なことは、何より顧客と店舗・営業スタッフとの人間関係である。
車は、販売プロセスに加えて、法定点検・車検などで購入後も店舗と接点を持つ商材である。また、各メーカーともコールセンターを用意しているものの、消費者にとっては、ちょっとした故障などでは担当営業スタッフの携帯電話が最も安心できる問い合わせ先である。そのような中で構築した人間関係に基づいて、お客様や車の状態を知り、車検やローン満了のタイミングをターゲットに代替を提案していくのである。この流れは、古典的な姿ではあるが、当面は変わらないと想定される。

前述のオンライン販売導入に向けた制度再設計に向けては、顧客代替の視点とその前提となる人間関係づくりの視点を持つことが重要である。なぜならば、従来の店舗販売であれば、販売プロセスの中で、ブランド・商品に加えて、店舗・スタッフを気に入ってもらって購入されているのに対し、オンライン販売では店舗・スタッフの要素がなくなる。そのため、納車後にあらためて店舗やスタッフを気に入ってもらう必要がある。
人間関係づくりができなければ、代替検討時も、オンライン上でドライにブランド・商品を比較して、より良いブランド・商品に出会えば、流出していくことになる。この視点を欠いた場合の影響を、最も分かりやすいテーマとして、担当営業スタッフを決めるルールで例示する。

  • 店長から見ると、オンライン販売で既に受注頂いたお客様は、あとは登録して納車するだけである。そこは淡々と事務作業をこなすだけの業務であり、営業スタッフの熟練した腕を要する世界でもない。
  • そうであれば、成約率が高いベテランスタッフをその担当にして事務作業に時間を使わせることは、店舗全体の成約率を低下させることになる。
  • そこで、成約率が低い若手スタッフを担当にすることになる。若手スタッフは、一般的に管理顧客数がベテランスタッフより少ないため、管理顧客数を平準化することにもなる。
  • しかし、前述の通り、オンライン販売で購入したお客様はまだ店舗・スタッフを気に入ったわけではなく、むしろ店舗に行くことや営業スタッフとコミュニケーションすることを面倒に思っているかもしれない。極端な表現をすれば、メーカーからの「引継客」とすら表現できる。そのようなお客様に、人間関係づくりの腕が未熟な若手スタッフをつければ、どうなるか。十分な信頼関係を構築できず、代替提案に必要な情報も収集できず、車検のタイミングで流出させてしまう確度が高くなる姿は想像に難くない。

顧客代替・人間関係づくりまで含めた制度再設計を考えるということは、前述の論点をさらに複雑なものとする。
例えば、先の販売奨励金の例で言えば、新規客向け新車販売台数の内、オンライン販売分はメーカー主導分になるため対象台数としない。一方で、顧客向け代替台数は全数を対象台数とする、さらにオンライン販売客からの代替についてはポイント加算するといった方法が考えられる。しかし、このような新規客・顧客×オンライン販売・店舗販売の4象限での設計は複雑すぎて、運用に耐えられない可能性がある。

この考え方の限界は、ディーラービジネスを新車販売台数だけに限定して考えており、顧客とのつながりを中心に置いたストック型ビジネスモデルとしては「つながり」の入り口だけしか捕捉していないことである。
オンライン販売は、お客様との「つながり」に重きを置いたビジネスモデルの実現に向けた変革の端緒となる可能性を秘めている。この潜在能力を引き出すためには、オンライン販売を上記のような新車販売に限定した視野で考えず、「リアル店舗の存在意義」を問い直すきっかけとすることが重要である。

次回の第3回インサイトでは、リアル店舗の存在意義を問い直すことから、ビジネスモデル変革へとつながることを解説する。

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