サステナビリティ開示で問われる経営の意思決定 第4回 経営判断の前提を作り直す ─ IT・業務・内部統制の再設計

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2026.06.24
  • SSBJ・ESRS対応
  • サステナビリティ経営
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第3回では、マテリアリティを報告のための概念から経営判断を動かす起点へと捉え直した。第4回では、その判断を実際に回し続けるために、IT・業務・内部統制をどう再設計するかを取り上げる。

サステナビリティ情報が「開示のために集められた断片的な情報」のままとなっている限り、サステナビリティに関する経営判断や投資効果に関連して、将来の企業価値に資する情報として資本市場に提供することは難しい。対外的に説明できない経営判断や投資効果は、投資家やその他のステークホルダーから見て予見可能性が低く、事後的な検証も戦略の修正も効きにくい。結果として、法的な説明責任だけが経営側に残り、現場の作業負荷だけが増える。

ここで問われているのは、単に情報を集めることではない。経営層が、どの判断を、どの前提で引き受けるのかを、説明可能な形で持ち続けられるかである。そのためには、経営判断に必要なサステナビリティ情報について、必要な粒度・頻度を定義したうえで、現場から適切なタイミングで収集し、経営判断に利活用できる状態にしなくてはならない。

執筆者情報

  • 森銅 真一朗

    森銅 真一朗

    Senior Manager

1. なぜ今のままではサステナビリティ情報が経営判断に使えないのか

では、なぜ今までのやり方では経営判断に使える情報の運用が回らないのか。ポイントは、大きく4つに集約される。

1-1. 説明責任が「継続運用」できない――前提・推論過程が属人化している

サステナビリティ・SSBJ開示では、将来情報・見積り・第三者データ(例:Scope3排出量、財務影響の定量化など)を含む情報が増えるほど、「なぜその数字/前提で判断したのか」が後から問われる。ところが実務では、前提、推論過程、入手経路が個人の経験や当時の事情として属人化しがちで、説明の再現性が担保されない。その結果、判断が組織知として蓄積されず、学習も改善も進まない。

例えば、Scope3の推計方法を変えた場合や、シナリオ分析の前提を更新した場合、その根拠・理由や影響評価が説明可能でなければ、判断の妥当性だけでなく説明不能性そのものが経営リスクにつながる。前提・推論過程・入手経路を説明できる形で残せないまま行った経営判断は、将来にわたって検証も修正もできず、説明責任だけが残る構造になり始めている。

1-2. 期限内に「非財務決算」を締められない――締め切りに間に合う運用へ収束しない

法定開示では、収集→集計→レビュー→承認→開示を、決算後の限られた期間(3か月以内)で回すことが前提になる。多部門・多拠点にまたがる情報を、Excel・手作業・メール承認で回し続けると、毎年「締め切りに間に合う運用」へ収束しにくい。

現場では、①収集依頼がメール中心で抜け漏れが出る、②拠点ごとに単位・算定方法が揃わず集計に時間がかかる、③Excelの誤操作や差分管理の混乱が起きる、④そもそも情報量が膨大で開示時期に間に合わない、といった詰まりが典型的に発生する。結果として、経営が議論したいタイミングではなく、提出期限に追われたタイミングで「とにかく作る」ことが優先され、経営判断に使える情報になりにくい。

1-3. 保証・監査への適合性が後付けになる――証跡が日常業務に埋まっていない

限定的保証や監査対応は、期末に資料をかき集めて整合させる話ではない。日常の業務プロセスの中に、統制と証跡が埋め込まれているかが問われる。

例えば、入力根拠指標(エビデンス)がどこにあるか、誰が照合・レビューして承認したか、差戻しは何が理由で発生したか、いつ誰がどの値を更新したか。これらが業務の結果として自然に残る仕組みがなければ、保証や監査の局面で「説明のための作業」が別途発生し、現場は疲弊する。さらに、経営層がサステナビリティ情報についても開示手続の整備と実効性確認を示すことが求められる以上、統制を後付けする運用では「確認した」と言える証跡が残らない。だからこそ、統制と証跡を日常業務に埋め込む設計が避けられない。

1-4. 「意思決定に使えるデータ」になっていない――集計のためのデータから、経営戦略を駆動させるためのデータへ変換できていない

サステナビリティ情報は、定性的情報や推計データが多く、複数システムやExcelに分散し、手作業の調整が残りやすい。財務情報のように成熟した業務規定やシステム連携が前提になっていないため、放置するとデータ品質が上がらない。

さらに重要なのは、これまでの多くの企業が「対外開示のために組織単位で集計する」ことを主目的にしてきた点だ。経営判断で必要になるのは、拠点別・事業別・製品別など、意思決定の単位に合わせた粒度と定義である。粒度・単位・計算方式・必要エビデンスが定義されないままでは、経営は分析したい問いを立てられない。結果として、サステナビリティ情報は「説明のための添え物」にとどまり、投資判断などの経営戦略上の意思決定に接続しない。
特に、多部門・多拠点で「レビュー→承認→差戻し」を回す部門横断の運用そのものが難所であり、組織内の具体的な役割分担(誰がレビュー・承認・差戻し責任を負うか)を定義しない限り、プロセスは回らない。そのため、IT・業務・内部統制の再設計は不可避であり、前提として、どのようなサステナビリティ経営を行っていくのか、サステナビリティ経営を持続的に推進するために、自社の各組織はどのような機能を担うべきかを再設計することが成功の鍵となる。

2. 「非財務決算」を回す業務・統制・IT/AIの再設計

では、どう再設計するのか。要点は、IT/AIを単なる作業効率化の道具として扱わないことだ。内部統制を業務に埋め込み、経営が安心して意思決定に使える鮮度の高いデータを生み出す経営基盤として、サステナビリティ関連業務・IT・内部統制を具体的に設計する。その実装は、概ね3層で整理できる。

2-1. 業務:まず「非財務決算(サステナ決算)」としてプロセスを定義する

収集→入力→加工→集計→レビュー→承認→開示。この一連を「非財務決算」として業務設計し、部門を跨ぐタスクと依存関係を明確にする。特に、社長・CFOの最終確認に至るまでの承認経路(どの会議体で何を承認するか)を、決算プロセスとして組み込む。

重要なのは、単にフロー図を作ることではない。誰が、どの基準で、どこまでレビューし、どこで差戻しが起き、どの情報が次年度にも再利用されるのかまで含めて運用の再現性を設計することである。

2-2. 統制:リスクアプローチで「必要十分」な内部統制に緩急をつける

非財務領域では、統制の正解が成熟していないからこそ、重要性とリスクで緩急をつける必要がある。

不正リスク(意図的な誤り)の有無、誤りが発生する可能性と影響規模、情報の不確実性(将来見積りの有無)、複雑性、グローバル連結の難易度などの観点で、それぞれの特性に合わせたリスクを評価し、重要領域は厚く、そうでない領域は過剰にならない水準に抑える。

この整理がないまま統制を一律に強化すると、現場の工数が先に限界を迎え、結果として制度対応疲労、すなわち形だけ回す状態に陥りやすい。

2-3. IT/AI:データ定義・ワークフロー・証跡を標準実装し、統制を業務プロセスに埋め込む

IT/AIで担うべき役割は、(a)データ定義、(b)ワークフロー、(c)証跡の3点を標準機能として実装し、統制を日常業務の中に埋め込むことである。

例えば、データポイント単位での入力フォーム(単位・粒度・計算方式の固定化)、入力時エラーチェック・完了判定(未入力や異常値の可視化)、根拠資料の添付とコメント、変更履歴(誰が・いつ・何を変更したか)、データ項目ごとの承認フロー(差戻し理由の記録、承認ログ)、集計・加工の自動化と開示基礎情報の生成。こうした機能が仕組みとしてあることで、保証・監査対応は期末の後付け作業ではなく、運用の結果として積み上がる。

加えて、ITそのものの信頼性を担保する統制(IT全般統制・IT業務処理統制)も、非財務の特性に合わせて、過剰にならない適正レベルで設計していくことが現実的だ。

3. 実装を定着させ、経営判断と投資判断を変える

この基盤が整うと、経営の意思決定は「開示に間に合わせる」から一段進み、経営・投資判断と事業ポートフォリオ更新をリアルに回る状態で運用できるようになる。開示で見えた課題を、戦略・戦術・戦法の見直しへフィードバックし続けることで、サステナビリティを「守り」で終わらせず、「攻め」の意思決定へ転用できる。

3-1. 現状整理――まず、現実を見える化する

最初にやるべきは、理想論の議論ではなく、現状の業務・システム・統制を指標ごとに棚卸しすることである。具体的には、各指標について データの発生源/記録主体/粒度・単位/リスク/現行統制」 を並べ、重要度で優先順位をつける。これをやらずに整備を始めると、後から粒度のズレや責任の空白、証跡の不足が顕在化し、結局、手戻りが最大になる。

3-2. 機能設計――部門間の「見ているものの違い」を前提にする

複数部門を巻き込むこと自体が目的ではない。問題は、部門ごとに見ているものが違うため、放っておくと必ずズレが起きる点にある。経理部門(有価証券報告書の主管部門)は締め切りと整合性、サステナビリティ部門は開示要件、事業部門は現場実態と実行可能性、IT部門は仕組みと標準化、内部監査部門・監査役は統制と証跡――この前提の違いを設計で吸収する必要がある。

具体的には、経理とのスケジュール・役割調整、内部監査・監査役対応の分担、ITの活用を前提にしたワークフロー設計(承認ログ・差戻し理由・変更履歴)まで、最初から一枚絵に落とすことが必要である。

3-3. テストラン/ドライラン――保証・監査に耐える運用の実効性を先に検証する

統制は、文書を作った瞬間にできたことにはならない。マニュアル作成→非財務決算テストラン→証跡記録→課題管理→改善を回し、運用として機能することを先に証明する。

3-4. 企業にとっての本質的効果――「守り」を「攻め」へ転用できる状態になる

この基盤が整うと、二つの効果が生まれる。

効果1は、説明能力が上がり、保証対応力が運用の結果として積み上がることである。前提・推論過程・入手経路・承認の証跡がプロセスに残ることで、外部保証・内部監査・監査役対応が後付け作業にならない。

効果2は、意思決定基盤が高度化し、経営者がどの判断を、どの前提で行ったかを明らかにすることで意思決定の質が高まることである。経営が成果を生み出し、意思決定に活用できるデータを生む基盤としてITと統制が機能すると、サステナビリティ情報は開示のための情報から経営の前提情報へ昇格する。結果として、投資の優先順位などの経営戦略を駆動する意思決定を、財務・非財務をまたぐロジックで説明でき、環境変化があっても「なぜ判断を変えたか」を一貫したストーリーで語れるようになる。ここが、守りで終わらせず、攻めへ転換する核心である。

つまり、この基盤が整うことで、CxOはどの投資を優先し、どの事業を見直すのかを、財務・非財務をまたぐ一貫したロジックで説明できるようになる。環境変化があっても「なぜ判断を変えたか」を説明し続けられること。これが、サステナビリティを経営の仕組みとして定着させる核心であり、本シリーズが一貫して問うてきた「引き受ける」ということの実装にほかならない。

4. 経営判断を回し続ける仕組みをつくり、企業価値向上につなげる

第4回では、経営判断を説明可能な形で回し続けるために、IT・業務・内部統制を前提条件としてどう再設計するかを扱ってきた。サステナビリティ情報が意思決定に落ちない根本的な原因は、情報の不足でも制度対応の遅れでもない。経営判断の前提を説明可能な形で回し続ける仕組みが欠けていることにある。制度対応が当たり前になりつつある今こそ、IT・業務・内部統制の基盤を経営判断の前提条件として再設計できるかが、サステナビリティを「管理対象」ではなく「企業価値向上を駆動する経営の仕組み」に変えられるかどうかの分水嶺になる。

本インサイトシリーズでは、サステナビリティ情報開示を起点に、経営の意思決定がなぜ説明できない状態に陥りやすいのかを整理してきた。第1回で評価軸が変わる環境変化を捉え、第2回で準拠性対応として経営層が引き受けるべき説明責任を明らかにし、第3回でマテリアリティを経営判断を動かす起点として再定義し、第4回でその判断を支えるIT・業務・内部統制の前提を作り直す必要性を示した。

サステナビリティ開示は、もはや制度対応の論点ではなく、事業ポートフォリオと企業価値のつくり方を見直す経営アジェンダである。アビームコンサルティングは、SSBJの開示対応にとどまらず、経営判断の見直しから、マテリアリティの再定義、戦略・KPI設計、非財務決算を支える業務・統制・IT基盤の再設計、さらには現場への実装と定着までを一貫して支援していく。

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