サステナビリティ開示で問われる経営の意思決定 第3回 経営を動かすマテリアリティ

インサイト
2026.06.09
  • SSBJ・ESRS対応
  • サステナビリティ経営
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第2回では、SSBJ準拠性対応を通じて、経営判断の前提や根拠を説明可能な状態にしておくことを見てきた。第3回では、その判断を実際にどの論点で動かしていくのかという観点から、マテリアリティを取り上げる。

すでにほとんどの上場企業がマテリアリティを定義しており、定期的に見直しを行っている企業も増えてきている。しかし、経営層に問われるのは、そのマテリアリティがどの事業判断や投資判断に効いているかである。もしそれが事業戦略や価値創出の論理と切り離されたままなら、非財務KPIは現場に腹落ちせず、年次レポートの一章に留まり続ける。

問題は、マテリアリティが存在しないことではない。それがSDGsやサステナビリティ開示フレームワークへの対応表として設計されてきた結果、自社の事業戦略や価値創出の論理と切り離されたまま機能していることにある。本稿では、なぜマテリアリティが「報告のための概念」に陥りやすいのかという構造をひも解く。そのうえで、マテリアリティを経済価値・社会価値・環境価値の創出を媒介するハブとして再定義し、事業戦略・経営管理・組織のミッションと連動させるための考え方と、実際の経営管理への落とし込み方を明らかにしていく。

執筆者情報

  • 豊嶋 修平

    Principal
  • 桑原 ひとみ

    桑原 ひとみ

    Senior Manager

1. サステナビリティを成長戦略へ組み込む

サステナビリティ経営は、従来のCSRやリスク対応の延長ではなく、企業価値創造の中核に組み込み直す局面にある。規制対応や評価機関対応といった「外圧起点」の取り組みだけでは、経営資源配分や意思決定は変わらない。経営層に本当に問われるのは、社会・環境課題への対応を「コスト」として扱い続けるのか、それとも中長期的な競争力や成長機会を生む投資として位置づけ直すのか、である。事業を通じた環境・社会へのインパクトと事業価値の同時創出を、ロジックをもって説明できなければ、成長戦略としては成立しない。

一方で、サステナビリティの取り組みと事業の融合は掲げられてはいるものの、財務KPIと非財務KPIがつながるパスウェイの明確化や、サステナビリティから見たリスクと機会をマネジメントする仕組みまで落ちていないことが多い。例えば、事業拡大や新規投資の議論において、環境負荷や人的資本の論点が成長戦略と切り離されたままであれば、経営層はステークホルダーに対して投資の妥当性を十分に説明できないこととなる。

サステナビリティは経営戦略そのものと不可分であり、中長期的な成長に不可欠であることを経営層・事業側が共通認識として持つことが出発点となる。具体的には、企業理念やパーパス、ミッション・ビジョン・バリューに照らして、現在の事業・成長戦略はサステナビリティの観点においても適切かを見直すことが求められる。その具体的な起点となるのが、次章で論じるマテリアリティの再定義である。

2. マテリアリティを事業戦略の起点にする

現在、多くの企業でマテリアリティが定義されているものの、その実態は形骸化しつつある。最大の原因は、マテリアリティがサステナビリティ開示フレームワーク(GRI・SASB・TCFDなど)への対応表として設計・運用されてきた点にある。各フレームワークが求める開示項目を網羅するかたちでマテリアリティを並べた結果、それは「報告のためのリスト」に留まり、自社の事業戦略や価値創出の論理とは切り離されたまま存在している。

重要なのは、マテリアリティを定義しているかどうかではなく、次の投資判断や事業ポートフォリオの見直しの場面で、実際に参照される状態になっているかである。そうした状態になっていなければ、非財務KPIは現場の実感を伴わない数値目標と化す。「なぜこの指標を追うのか」という問いに経営も現場も答えられないまま、マテリアリティは年次レポートの一章として機能するに過ぎない。社会的価値にフォーカスを当てるという本来の趣旨は、皮肉にも開示義務への対応という文脈に回収されてしまっている。

しかし、投資家・規制当局・顧客・従業員といったステークホルダーの期待は変化している。問われているのは「何をマテリアルと定義したか」ではなく、「その重要課題への取り組みが、どのような経済的・社会的・環境的価値を生み出しているか」という一貫したストーリーである。すなわちマテリアリティは、事業成長による経済価値の創出がどのようなアウトカムを達成するのか、そしてそれがパーパスやミッション・ビジョン・バリューをどのように実現するのか、を語るものへと昇華される必要がある。

そのためには、マテリアリティを経済価値・社会価値・環境価値の創出を媒介するハブとして機能させる必要がある。事業ごとの競争力の源泉や成長ドライバーと結び付け、組織や個人のミッション、ひいては事業KPIにまで連動させることが欠かせない。この構造整理を通じてはじめて、非財務KPIの形骸化を防ぎ、経営・現場双方にとって「なぜ追う指標なのか」の腹落ちが可能となる。また、マテリアリティが価値創出のハブであり続けるためには、その見直しタイミングを外部環境の変化や自社戦略の変化に応じて適切に判断することが求められる。見直し要否の検討を経営管理サイクルに組み込むことが、実効性を担保するうえでの重要なポイントとなる。こうした再定義ができて初めて、マテリアリティは報告のための概念ではなく、経営判断を動かす仕組みとして機能する。次章では、これを実際の経営管理にどう落とし込むのかを見ていく。

3. マテリアリティを経営に実装するポイント

整理したマテリアリティを実際の経営にどう実装するのか。ここで経営層に求められるのは、重要な論点を見極め、その判断の前提を説明できる状態にしたうえで、中期経営計画や投資判断、業績レビューに継続的に反映することである。

重要なのは、サステナビリティ専担部門が全社の非財務指標管理を行うにとどまらず、事業部門が自らの戦略・戦術の文脈の中で、マテリアリティへの対応を含めた企業価値への貢献を語り、状況判断・意思決定できる「仕組み」を構築することである。具体的には、既存の経営管理プロセス(中期経営計画、投資判断、業績管理、評価・報酬)にマテリアリティの要素を組み込んで運用することが求められる。例えば、マテリアリティを中期経営計画の重点テーマに落とし込み、各事業の投資判断や業績レビューの場で、財務KPIと非財務KPIを合わせて確認する。さらに、その進捗や乖離を経営会議や取締役会で定期的に点検し、必要に応じて戦略や優先順位を見直すことで、マテリアリティは初めて経営の意思決定に組み込まれる。こうした運用が定着して初めて、マテリアリティは一度定義して終わるものではなく、経営判断に使い続けられる仕組みとして機能する。その結果として、自社の中長期的な成長へのコミットメントについて、ステークホルダーに対して一貫した説明が可能となる。

アビームコンサルティングは、サステナビリティ開示規制への対応のみならず、パーパスやミッション・ビジョン・バリューといった理念体系の整理を起点に、非財務価値も含めた中長期戦略の策定、非財務価値の可視化と定量化、事業ポートフォリオ変革、マテリアリティの見直しから、マテリアリティに基づく経営管理・ガバナンスプロセスの設計、さらには事業サイドでの変革実行までを一貫して支援できる体制を有している。戦略策定にとどまらず、現場の意思決定や行動変容まで踏み込むことで、サステナビリティを「管理対象」ではなく「企業価値向上を駆動する経営の仕組み」として定着させることが可能である。

マテリアリティを事業ポートフォリオや投資判断に結び付けていくには、それを支える情報の集め方、業務の回し方、統制の置き方まで含めて見直す必要がある。第4回では、サステナビリティ経営と開示を実際に回すために、IT・業務・内部統制をどのように再設計し、経営判断の前提をどう作り直すのかを見ていく。

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