現在、多くの企業でマテリアリティが定義されているものの、その実態は形骸化しつつある。最大の原因は、マテリアリティがサステナビリティ開示フレームワーク(GRI・SASB・TCFDなど)への対応表として設計・運用されてきた点にある。各フレームワークが求める開示項目を網羅するかたちでマテリアリティを並べた結果、それは「報告のためのリスト」に留まり、自社の事業戦略や価値創出の論理とは切り離されたまま存在している。
重要なのは、マテリアリティを定義しているかどうかではなく、次の投資判断や事業ポートフォリオの見直しの場面で、実際に参照される状態になっているかである。そうした状態になっていなければ、非財務KPIは現場の実感を伴わない数値目標と化す。「なぜこの指標を追うのか」という問いに経営も現場も答えられないまま、マテリアリティは年次レポートの一章として機能するに過ぎない。社会的価値にフォーカスを当てるという本来の趣旨は、皮肉にも開示義務への対応という文脈に回収されてしまっている。
しかし、投資家・規制当局・顧客・従業員といったステークホルダーの期待は変化している。問われているのは「何をマテリアルと定義したか」ではなく、「その重要課題への取り組みが、どのような経済的・社会的・環境的価値を生み出しているか」という一貫したストーリーである。すなわちマテリアリティは、事業成長による経済価値の創出がどのようなアウトカムを達成するのか、そしてそれがパーパスやミッション・ビジョン・バリューをどのように実現するのか、を語るものへと昇華される必要がある。
そのためには、マテリアリティを経済価値・社会価値・環境価値の創出を媒介するハブとして機能させる必要がある。事業ごとの競争力の源泉や成長ドライバーと結び付け、組織や個人のミッション、ひいては事業KPIにまで連動させることが欠かせない。この構造整理を通じてはじめて、非財務KPIの形骸化を防ぎ、経営・現場双方にとって「なぜ追う指標なのか」の腹落ちが可能となる。また、マテリアリティが価値創出のハブであり続けるためには、その見直しタイミングを外部環境の変化や自社戦略の変化に応じて適切に判断することが求められる。見直し要否の検討を経営管理サイクルに組み込むことが、実効性を担保するうえでの重要なポイントとなる。こうした再定義ができて初めて、マテリアリティは報告のための概念ではなく、経営判断を動かす仕組みとして機能する。次章では、これを実際の経営管理にどう落とし込むのかを見ていく。