第3回のコラムでは、『社会課題』を起点とした事業開発の6つのポイントのうち、「経済的価値の獲得」の方法についてお伝えした。最終回となる今回は、「統合価値の効果の増幅」について解説していく。具体的には、「⑤社会的/経済的価値の可視化及び企業価値への融合」と「⑥積極的な外部発信(によるコーポレートブランドの強化)」がポイントとなる。
齋藤 直毅
第3回のコラムでは、『社会課題』を起点とした事業開発の6つのポイントのうち、「経済的価値の獲得」の方法についてお伝えした。最終回となる今回は、「統合価値の効果の増幅」について解説していく。具体的には、「⑤社会的/経済的価値の可視化及び企業価値への融合」と「⑥積極的な外部発信(によるコーポレートブランドの強化)」がポイントとなる。
統合価値の効果を増幅させる1つ目のポイントは、「社会的価値/経済的価値の可視化」である。経済的価値の可視化は企業経営で当たり前に行われることであるが、一方で社会的価値の可視化とはどのようなもので、なぜ企業において可視化が求められているのだろうか。その背景には、近年注目されている「ステークホルダー資本主義」の台頭が挙げられる。
従来の資本主義は、短期的な株主の利益を重視した「株主資本主義」が主流であったが、行き過ぎた利益追求は環境破壊や労働における人権侵害、不祥事などの社会課題を生み出すこととなった。その結果、従業員・顧客・取引先・地域社会など企業を取り巻くあらゆるステークホルダーを加味した新しい資本主義、すなわち「ステークホルダー資本主義」が注目されることとなった。それに伴い、企業にはより長期的かつ多角的な価値創出が求められてきている(図2)。
例えば従業員目線では、従来の「企業ブランド」「給与」「スキルアップ」だけではなく、「心身共に健康で良好な状態(Well-Being)で働き続けられるか」「事業を通じて社会課題を解決できるか」など、所属する企業への期待値はより多種多様なものへと変遷してきている。そのため、今後の企業経営/事業運営においては、従来の株主資本主義/短期的な利益追求に留まらない、様々な観点を加味した舵取りが求められているのである。
このように企業への期待値が多様化する中で、企業価値を測定する指標もまた多様化している。従来の株主資本主義においては短期目線での経済的価値が企業価値と直結していたため、KPI(重要業績評価指標)も自然と売上や利益など財務指標における主要項目に沿って設定されてきた。しかしながら社会的価値と経済的価値の双方の創出が求められるこれからの時代においては、ESG(環境・社会・ガバナンス)などの非財務指標についてもKPIとして設定することが求められる。これは二酸化炭素排出量や女性管理比率などの定量的な指標だけではなく、前例で示した「Well-Beingの度合い」「従業員の自己実現の度合い」など、抽象的かつ定性的なものも含まれる。しかし、こうした抽象的かつ定性的なものを含んだ社会的価値を測定するにあたっては、現状では「算定ロジック」と「評価手法」が確立できていないという難所があり、結果として社会的価値が経済的価値と比較して重要視されづらいというジレンマが存在している。
まず、1つ目の難所である「算定ロジック」は、「社会的インパクトを測定するための、標準化された計算式」と捉えることができる。このうち「標準化」の観点では、現在様々な組織が企業のESGパフォーマンスに関連する基準の標準化を進めてきている。代表的なものとしては、企業のESG情報の開示方針・項目を標準化する開示基準(例:米国サステナビリティ会計基準審議会(SASB)のインダストリー別基準、グローバル・レポーティング・イニシアチブ=GRIなど)、企業のESGの取り組みを評価する評価基準(例:FTSE Russell、S&P Global、CDP など)が存在する。これらの開示・評価基準は、2020年11月に前述のSASBと英国の国際統合評議会(IIRC)が「価値報告財団(VRF)」として統合されたことを皮切りに、2021年のCOP26のタイミングで国際会計基準財団(IFRS財団)による「国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)」の設置、2022年6月の「気候変動関連情報審議会(CDSB)」の価値報告財団(VRF)への統合など、統一に向けた動きが加速してきている。
しかしながら、これらの基準はあくまで投資家向けに企業のESGのパフォーマンス・取り組みの対応状況を評価する役割に留まっており、本インサイトのテーマである個々の事業による社会インパクトを可視化するための基準とは成り得ていない。そこで必要となるのが、ESGの観点での事業のインパクトを測定するための「算定ロジック」である。例えば、ハーバード・ビジネス・スクール主体のインパクト加重会計イニシアチブ(IWAI)では、インパクト加重フレームワーク(IWAF)を用いて非財務指標の金銭価値への転換を目指して研究を進めている。こうした社会的価値の金銭価値への換算が実現されることで、社会課題解決というビジョンの下で行われた事業が、実際に社会にどれだけプラスのインパクトを与えたのかを可視化することが可能となる。更には、こうしたインパクト測定の方法論が進化した暁には、事業を通じた社会的インパクトの度合いを金銭価値以外の指標で測定できる時代が到来することも考えられる(図3)。
このように事業を通じた社会的インパクトの算定においては、昨今世の中で謳われている開示・評価基準とは異なる算定ロジックを作り上げていくことが必要となる。この算定ロジックは、解決を目指す社会課題や解決策としての事業モデルによって千差万別であるため、企業は標準化されつつある開示・評価基準の要素を参考にしながらも、自社の事業に最適なKPIやロジックを考え抜くことが求められるのである。
2つ目の難所は、社会的価値の「評価手法」が十分に確立されていないことである。多様なステークホルダーの期待に応える企業活動を行い、その成果としての社会的価値を企業価値に取り込むためには、極力成果を定量化することが求められる。一方で現状の社会的価値の評価の一部項目においてはアンケートやヒアリングなどで得た定性的情報をベースに実施されているため、客観的視点が欠ける可能性がある。その結果、せっかく社会的に意義のある活動を行ったとしても、そこから生まれる社会的価値を経済的価値と同等のものとして扱うことができなかったり、逆に本質的な社会的インパクトに繋がらない活動が、“見せ方”の上手さで過剰に評価されたりと、社会的価値を企業価値に正しく取り込むことが出来ていないという実態が存在する。
この難所に対しては、デジタル基盤の活用が突破口と成り得る。定性データの取得・測定・可視化・連携をデジタル化することで、正確かつ客観的なインパクトへの落とし込みが可能となる。これらの難所が解消されることで、社会的価値は経済的価値と同様に測定され、「双方の価値が融合された真の企業価値」の下、企業経営/事業運営が行われる時代が到来すると考えられる(図4)。
統合価値の効果を増幅させる2つ目のポイントは「積極的な対外発信」である。ここまでの5つのポイントを意識した社会課題起点の事業を無事立ち上げることができたら、その事業内容を投資家に留まらない多様なステークホルダーに向けて積極的に発信することで、コーポレートブランドを強化していくことも重要なポイントとなる。しかしながら、日本企業の外部情報発信の傾向として「控えめに発信する」ことが見受けられる。古くからの日本の考え方である「陰徳(=人に知られないようにひそかに行う善行)の美学」にあるように、せっかく社会的に意義がある取り組みを行い十分な成果を出していたとしても、それを対外的にアピールすることを惜しんでしまう傾向が存在する。さらに、目標未達を懸念する風土から売上計画など定量判断されるものに対しては手堅い目標を設定する傾向も見受けられ、結果的に抜本的なイノベーションを起こしづらいという点も特徴として挙げられる。
そんな中、トヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ)は2020年に「ESGブランド調査」(n=20,000)で、2021年には企業ブランド調査「Japan Sustainable Brands Index(JSBI)」(n=9,000)のランキングでそれぞれ1位を獲得している。後者は日本国内に展開する企業ブランド180社について、取り組みや商品のブランド価値を評価したもので、同社は「SDGs貢献イメージ」において高評価を獲得している。では、なぜトヨタはここまでイメージを確立できたのだろうか。鍵となるのは、「企業の価値観(=大義)に基づき、目指す姿を対外的に宣言し行動を促すこと」である。
トヨタは2020年の決算説明会にて、創業当初から経営のDNAとして受け継いできた「豊田綱領」の下、Vision「可動性(モビリティ)を社会の可能性に変える」とMission「幸せを量産する」を置いた「トヨタフィロソフィー」を公表した。そこでは、顧客・社会のニーズが不確実で多様化する世界において、従来の「自動車会社」から人・企業・自治体・コミュニティを巻き込んだ「モビリティカンパニー」に生まれ変わるという大義を掲げている。特に地球規模の重要課題である気候変動問題については、「環境チャレンジ2050」として、2050年までに新車の走行時におけるCO2排出量を90%削減する(2010年比)というチャレンジングな目標を宣言した。その上であらゆるユニークな方法で、取り組み内容を発信している。例えばトップ自らが「トヨタイムズ」のCMに出演し、水素カーや電気自動車(BEV)など環境に配慮した未来事業に対する考えを発信し、またトヨタの理念とSDGsを掛け合わせた専門のコラムコーナーを設置するなど、取り組みは多岐に渡っている。また非財務情報の開示についても積極的で、統合報告書やWebサイトでの発信の他に、年一回に縛られないタイムリーな「Sustainability Data Book」の更新を実施している。このような対外的な宣言の下、実際にハイブリッド車や電気自動車などのフルラインアップ化や、「社会の可能性の変革」を目指した未来都市事業「Woven City」、障がいのある方などダイバーシティへ配慮した新しい移動手段の提供などを推し進め、前述の理念を事業に落とし込んでいる。またESGを促進する「Chief Sustainability Officer」と「Deputy Chief Sustainability Officer」を設置することで、組織・人材面においてもサステナビリティにおける改革を図っている。
このように企業の価値観(=大義)をトップから事業部、そして組織・人材などの経営基盤まで一貫させた上でぶれない発信をすることで、顧客に「イメージベネフィット」を与えることが可能となる。そして、自社社員を含むステークホルダーが結集し、事業を超え企業として強くなっていくのである。
これまで、4回にわたって「社会課題起点の新規事業開発」におけるポイントを解説してきた。従来の社会においては、「経済的価値の創出者=企業に代表されるビジネスセクター」「社会的価値の創出者=NGO/NPOなどのソーシャルセクター」と分断されて語られることが多かったと言える。しかし、昨今のSDGsの潮流や、社会課題への感度が高いZ世代の台頭といった社会の変化に伴い、全てのセクターが社会的価値を創出すべき時代が訪れている。当インサイト内でも述べたように、社会課題は様々な要素が複雑に絡み合っており、その真因を特定し有効な解決策を講じるためには、企業単体ではないセクターの垣根を超えた共創/エコシステムの構築が必須である。中でも、解決にあたり必要となるヒト・モノ・カネといったリソースを豊富に有しているビジネスセクターの関与がなくてはならないものとなっている。
アビームコンサルティングでは、企業が社会的価値と経済的価値を両立した真のサステナビリティ経営を実現するために、経営方針(目指すべきゴールと道筋・変革シナリオ)・事業活動(個別の社会課題の解決に向けたビジネスモデルやオペレーションの変革)・経営基盤(サステナビリティ視点での企業内のストラクチャー/システム/カルチャーの変革)に向けた様々なソリューションを提供している。当インサイトが、企業の方々にとって「社会課題解決」に取り組む処方箋となり、社会をより良くする一歩に貢献できれば幸いである。
※本インサイトは下のコラムの内容を一部更新したものです。
『社会課題』を起点とした事業開発を成功させるには 第4回 統合価値の効果の増幅|共創型イノベーションプラットフォーム ABeam Co-Creation Hub
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