第2回のインサイトでは、『社会課題』を起点とした事業開発の6つのポイントのうち、「社会的価値の設定」の方法についてお伝えした。第3回となる今回は、「経済的価値の獲得」方法について解説していく。具体的には、「③勝てる仕組み作り」と「④戦略的パートナリング」がポイントとなる。
齋藤 直毅
第2回のインサイトでは、『社会課題』を起点とした事業開発の6つのポイントのうち、「社会的価値の設定」の方法についてお伝えした。第3回となる今回は、「経済的価値の獲得」方法について解説していく。具体的には、「③勝てる仕組み作り」と「④戦略的パートナリング」がポイントとなる。
まずは、3つ目のポイントである「勝てる仕組み作り」について説明していく。「社会課題起点」の事業開発と言うと、従来の経済的価値のみを獲得するビジネスモデルと比べて特殊な考え方やフレームワークが存在するように思われがちである。しかし、持続可能な形で社会的価値を創出していくためには、同時に安定した事業運営をしていくための経済的価値を継続的に創出していくことも必須となる。そのため、ビジネスを具体化していく際には通常の新規事業開発と同様のフレームワークを活用しつつ、一部の要素において「社会課題起点」特有の要素を組み込んでいくことがポイントとなる。具体的には、ポイント②で説明した「共通価値の結節点の見極め」から見えてきたビジネスコンセプトをベースに、自社・パートナーの「活動」を通じて「顧客のペイン(切実な悩み)」を解決する「価値提供」の仕組み(ビジネスモデル)を構築することになる。
今回は、第2回のインサイトで取り上げたUber Healthを例に、ビジネスモデルの一般的なフレームワークであるBMC(Business Model Canvas)を用いて、検討すべきポイントから順番に説明していく(図2)。
参考:Healthcare Rides & Deliveries | Uber for Businessなど各種記事を基にアビームコンサルティング作成
-顧客セグメント(CS):
今回のビジネスにおけるターゲット顧客とその顧客のジョブ(実現したいこと)、ペイン(切実な悩み)などにあたる。具体的には、To C顧客は「自分の足で医療機関に出向くことができない患者/必要時に治療を受けたい」、To B顧客は「医療機関・医療従事者/機会損失を減らしたい・患者を救いたい」と考えられる。
ここでの社会課題起点特有のポイントは、「“社会課題”を起点とした顧客のペイン(切実な悩み)を設定すること」で、従来と異なるビジネスの着想を得ることになる。
-価値提案(VP):
CSの悩み(切実なペイン)に対して事業主体が提供する価値にあたる。具体的には、「事前にルート・料金の把握が可能なライドサービス」「必要時に確実に配車するシステム」「医療機関プラットフォーム」「患者に合った車両の提供」などが挙げられる。
-主要活動(KA):
VPを達成するために必要な活動/事業化に向けたKSF(主要成功要因)の充足に向けた活動にあたる。具体的には、事前にルート・料金の把握が可能なライドサービスや必要時に確実に配車するシステムの実現に向けては、「既存のライドシェアサービスをヘルスケア向けにカスタマイズすること」が挙げられる。また、医療機関プラットフォームや患者に合った車両の提供には、「病院や車両を持つ医療機関の巻き込み」が成功要因に挙げられる。さらに、適切に患者を医療機関に送迎するためには患者データを取得・管理することが必要となるが、米国ではHIPAA(Health Insurance Portability and Accountability Act)という電子化した医療情報に関するプライバシー保護・セキュリティ確保についての法律が存在するため、ヘルスケア事業を展開する際には「法規制に準拠した仕組み作り」をすることが成功要因に挙げられる。
-主なリソース(KR):
KAを達成するために必要な自社の経営資源にあたる。具体的には、合理的なルート・料金を事前に提示するためのUberの「既存のライドシェア・プラットフォーム」「価格設定・ルート検索・マッチングのアルゴリズム」や、「医療機関とのリレーション」「患者の状態に適した送迎を実現するためのヘルスケア知見」などが挙げられる。
-パートナー(KP):
KAを達成するために、KRだけでは不足する要素を補完するための外部とのパートナリングにあたる。Uber Healthでは、患者と医療従事者を繋ぐドライバーに加え、スタートアップやソーシャルビジネスの領域のプレイヤーも参画している。例えば、車いす患者用の車両を提供するMV Transportation(米)、オンライン処方箋配達サービスを手掛けるNimble Rx(米)などが挙げられる。また、ソーシャルセクターのプレイヤーである非営利ボランティア団体LBFE(Little Brothers – Friends of the Elderly)と連携することで、独居高齢者に介護や日常生活のサポートの提供を可能としている。
このように「ビジネスセクターに留まらず多様なセクターのプレイヤーを巻き込んだパートナリングを実現すること」が、社会課題起点特有のポイントである。
-チャネル(CH):
顧客へのサービス提供方法・伝達経路にあたる。具体的には、患者向けには「従来のAndroid/iOSアプリ」に加え、高齢者などアプリをインストールしていない層を考慮した「テキスト・ボイスメッセージ」が提供されている。また、「SNS」や「広告を用いたPR」も少なからず存在するだろう。他方、医療機関向けには「パートナーシップを構築するための営業活動」が考えられる。
-顧客リレーション(CR):
どのように顧客を獲得・維持・育成するかの仕掛けにあたる。具体的には、「使用することでマッチング精度が向上されるプラットフォーム」や「ダッシュボードによるデータの可視化・管理サービス」は、医療機関に継続的に使い続けてもらう仕掛けと言える。また、患者向けには「治りたい」「生きたい」といった顧客のペイン(切実な悩み)が解消されるという提供価値自体が、継続的に使い続けてもらう仕掛けになると考えられる。
-コスト構造(C$):
今回のビジネスに必要なコストにあたる。具体的には、「ヘルスケア版プラットフォームの開発費・運用費」「社内各種人件費」「ドライバーへの支払い」「広告宣伝費」などが考えられる。
-影響・効果(Impact):
今回のビジネスにより得られるインパクトにあたる。Uber Healthの経済的インパクトとしては、「医療機関側からのパートナーシップ契約料」「ライドサービスにかかる運賃+手数料」、同様に患者が車両を依頼する際の「運賃+手数料」も売上となる。また、社会的インパクトとしては、患者が必要時に確実に医療機会を受けることが可能となるため、「患者の治癒・延命」に寄与していると言える。一例を挙げると、医療機関MedStar Health(米)ではUber Healthを利用したことで診療率が5~10%向上し、オンライン処方箋配達サービスNimble Rx(米)では、提携以降15,000件の処方箋の配達を達成しており、これは社会的インパクトを創出した好事例である。
一般的なBMCでは、当フィールドは「利益構造(Revenue Stream)」が使われる。一方で、社会課題起点での事業開発では、従来の経済的インパクト(売上・利益など)に加えて、社会的インパクトも加味した成果を設定・可視化し、コストと比較して事業化の是非を判断することが重要なポイントとなる。
このように社会課題起点の事業開発では、従来の経済的価値を獲得するためのビジネスモデルを着実に作りこみつつ、並行して社会課題起点特有の3つのポイント(「“社会課題”を起点とした顧客のペイン(切実な悩み)の設定)」「ビジネスセクターに留まらず多様なセクターのプレイヤーを巻き込んだパートナリングの実現」「従来の経済的インパクト(売上・利益など)に加えて、社会的インパクトも加味した成果を基にした意思決定」)を抑えることが求められる。
続いて4つ目のポイント「戦略的パートナリング」について説明する。事業開発をする上で自社リソースではまかなえない活動については、パートナーと継続的に協業できる仕組みを築くことが必要となる。第2回のインサイトでも触れたように、社会課題起点の事業開発には、ビジネスセクターの垣根を越え「社会課題の最前線にいるソーシャルセクターの知見者」など多様なプレイヤーとのネットワークが求められる。
昨今、社会課題解決の文脈におけるパートナリング強化の潮流として、「コレクティブ・インパクト」という概念が謳われている。コレクティブ・インパクトとは、「行政機関、民間企業、NPO法人、財団など立場の異なるプレイヤーが強みを活かして社会課題解決を目指すアプローチ」であり、大きく分けて5つの重要要素があると言われている。第一に「全ての参加者がビジョンを共有し“共通のアジェンダ”が確立されていること」、第二に「各プレイヤーの取り組みにおける評価システムが共有されていること」、第三に「各自の強みを生かすことで、活動を補完し合い連動出来ていること」、第四に「常に継続的にコミュニケーションを行われていること」、そして第五に「活動全体をサポートする専任のチームがあること」である。
日本におけるコレクティブ・インパクトの好事例の一つである東京都文京区の「こども宅食」の例を基に、詳しく見ていく(図3)。今回東京都がアプローチした社会課題は日本の「相対的貧困」である。相対的貧困とは、その国や地域の水準と比較して大多数よりも貧しい状態であることで、実に日本の子どもの7人に1人(ひとり親家庭の2人に1人)はこの相対的貧困状態と言われている。文京区はこの相対的貧困を「共通のアジェンダ」として設定し、コレクティブ・インパクトのアプローチを通じて、困窮する子育て世帯への食品提供を実施した。当事業では、「活動を支える組織=コレクティブ・インパクトの創出主体」として、行政や企業との連携や企画の運営などを新公益連盟(NPO版の経団連)が担い、さまざまな運営団体・パートナー企業を巻き込んだ。例えば、企業連携・全体企画には、社会課題解決事業を手掛ける一般社団法人RCFや、子育て・子どもの貧困などの課題に対して訪問型保育や特別養子縁組などの事業を展開しているNPO法人Florenceが参画した。また物流管理や食品配送の観点で西濃運輸株式会社と協力したことで、それまでボランティアにより1日かかっていた箱詰め作業が5時間で終わり、より迅速かつ規模の大きな支援を実現した。リソースについては、文京区が返礼品なしのふるさと納税を活用して資金を集め、株式会社ロッテやキリンホールディングス株式会社など大手食品メーカーから食品をはじめとしたモノや体験の寄付を募った。そして、インパクトの評価については日本ファンドレイジング協会などがその専門性を活かして測定を行ってきた。
この「こども宅食」の取り組みは、サステナビリティ感度の高い現代社会において各々が相互に利益を享受しながら社会的インパクトを創出した好事例と言える。この取り組みは、2021年6月時点で、文京区内において約669世帯の支援に繋がっており、また同様の取り組みが全国各地で展開されるなどの広がりを見せてきている。
このように単一のプレイヤーだけでは解決が難しかったアジェンダを共通のゴールとして設定し、各プレイヤーが特長を活かしながら社会的にインパクトを与えていく「エコシステム」の構築が、社会課題解決を起点とした事業の理想の形となる。具体的には、支援先に対してリソースを提供する行政・法人・個人、社会課題解決を目指す事業体、制度設計を行う主体が相互に協力し合うことで、コレクティブ・インパクトが創出されると考えられる(図4)。
今回のインサイトでは、社会課題起点の事業開発について「経済的価値の観点」からポイントを説明した。最終回となる次回は、これまでお伝えした社会的価値と経済的価値を増幅させる方法として、「社会的・経済的価値の可視化及び企業価値への融合」と「積極的な外部発信」について解説する。
※本インサイトは下のコラムの再掲になります。
『社会課題』を起点とした事業開発を成功させるには 第3回 経済的価値の獲得|共創型イノベーションプラットフォーム ABeam Co-Creation Hub
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