第1回のインサイトでは、社会的価値と経済的価値を両立する事業化の実現には6つのポイントがあることを概説した。今回は、『社会課題』を起点とした事業開発における「社会的価値の設定」の方法についてお伝えする。具体的には、「①強みを活かし規模も稼げる土俵選び」と「②共通価値の結節点の見極め」がポイントとなる。
齋藤 直毅
第1回のインサイトでは、社会的価値と経済的価値を両立する事業化の実現には6つのポイントがあることを概説した。今回は、『社会課題』を起点とした事業開発における「社会的価値の設定」の方法についてお伝えする。具体的には、「①強みを活かし規模も稼げる土俵選び」と「②共通価値の結節点の見極め」がポイントとなる。
近年トレンドのSDGsでは社会課題を大きく17のGoalに分類しているが、実際の社会課題はより詳細かつ複数の課題が絡み合う複雑な構造となっている。例えば、「少子高齢化」を例にとると、その原因には「女性の社会進出拡大の一方、周囲のサポートが不十分なため出産・育児をすることが困難」「晩婚化による高齢出産のリスク」「教育費負担の増加による生まない選択の増加」など様々な別の社会課題が存在する。このような複雑かつ多様な構造から成る社会課題の中から、事業化に向けて自社の強みを活かすことのできる領域/ビジネス化の土俵を選ぶことが要件となる。では、その土俵をどのように選択していくのが良いのだろうか。
的確な土俵選びのファーストステップは、「自社のパーパスに合致する社会課題を挙げること」である。ミッション・ビジョン・バリューに加えて、昨今企業理念を語る際に提唱されてきている「パーパス」とは、「企業の社会的意義」すなわち「なぜ私たち企業がこの社会に存在するのか?」を明確にするものと捉えられる。この「パーパス」を基軸に、その実現に向けて自社が取り組むべき社会課題の候補を洗い出していくことが求められる。
一方で、「パーパス」という理念のみを起点にすると、持続的に価値(特に経済的価値)を提供できる事業を生み出すことは難しいという実態がある。そのため、「パーパス」と並行して「自社の強み(技術・販路など)」及び「事業に足り得る市場規模(十分な規模のターゲット顧客が存在するか?ターゲット顧客は切実な悩みを抱えていて、その解消に費用を支払うか?など)」といった事業としての実現性も加味したうえで、最適な社会課題を選定することが重要である。
土俵の選定ができたら、次はその社会課題を起点にどのように事業を転換していくかを考える。ここでポイントとなるのは、既存の自社の強みと親和性のある領域で新規事業を検討していくことである。例えば写真フィルム事業を中心に展開していた富士写真フイルム株式会社(現・富士フイルム株式会社)は、主力市場の縮小に伴い2003年より「自社の強み」を活かした事業転換を行った。富士写真フイルムは写真フィルム事業の構成要素技術である「分子合成」「ナノテクノロジー」「解析」(=自社の強み)を基軸に、顧客が切実な悩みを抱える社会課題(=事業に足り得る市場規模)として「感染症予防」「バイオ医薬」「再生医療」を選定した。そして、選定した社会課題の解決を目指し、新たに医薬品事業の立ち上げを行った。その結果、2020年度の売上高ではヘルスケア関連事業が全体の半分近くを占める※1など主力事業への成長を遂げることに成功した。
参考 富士フイルムホームページほか
続いては「共通価値の結節点の見極め」について説明する。社会課題解決に関心のある方の多くは、“著名な社会起業家が社会課題を鮮やかに解決する事業を立ち上げられるのは、彼らが「天性のヒラメキ」を持った才能豊かな人間だからだ”と考えたことがあるのではないだろうか。しかし決してそのようなことはなく、「社会課題の解決策とビジネスモデルを結節させる1点を見極めること」をきちんと押さえることで、どのような企業でも/誰でも社会課題を解決する事業を構想できると言える。
この点について、先日初の最高医療責任者(CMO)を迎え入れたと発表した米Uberを例に考察してみる。今回のCMOの受け入れは、2018年頃より同社が参入しているヘルスケア事業「Uber Health」の強化・拡大を図ったものだが、このUber Healthが始動した背景にはアメリカの医療体制に関する社会課題があった。アメリカでは国民皆保険制度が存在せず、救急車が有料・高額であるため、医療機関へ出向く際は自家用車を使用するのが一般的である。しかし実際は重症者や急患が自分で医療機関まで運転をすることは困難であり、そのために必要時に治療を受けることができないケースが発生していた。また医療機関の視点からも、予約した患者が来院しないこと(=No Show)による経済的な機会損失(2018年は年間約360万件※2)及び、患者を救うことができないという社会的意義における課題があった。
これらの課題を紐解いていくと、いくつかの原因が導出される。まず患者が必要時に治療を享受できないのは国民皆保険制度の問題だけではなく、「対面以外の治療法が進んでいない」「自家用車以外の交通機関が利用できない」といった観点も考えられる。自家用車以外の交通機関についてさらに深掘りをすると、「電車やバスなどの公共交通機関が発達していない」ことに加え、「アメリカのタクシーが時に迂回路を選択し、高額請求するために信用できない」というような見解もある。次に医療機関側の視点から見てみると、患者を救うことができない背景には、「医療従事者が患者のところに行くことができない」という見方もできる。さらにその理由として、「病院自身で車両を保持していない」ことや、「医療機関の配車の仕組みが未整備」であることが考えられる。このようにいくつかの原因がある中で、「自社の強みを活用して解決可能な問題の“真因”を特定する」ことが重要であり、Uber Healthにおいては自社の強みである高品質なライドサービスとの関連が強い「アメリカのタクシーは信用できない」「配車の仕組みが未整備」を本件の真因に挙げたと考えられる。
そして特定した真因を顧客のペイン(切実な悩み)に組み込むことができれば、そこが「社会課題の解決策とビジネスモデルを結節させる1点」となる。ここでは、患者の「アメリカのタクシーは信用できない」というペインに対してUberの「事前に合理的な料金とルートを提示するライドサービス」が、医療機関の「配車の仕組みが未整備」というペインに対してUberの「必要時に確実に配車するサービス」が、その解決策となり得る。
また、この結節点を見つけるためには従来のビジネス観点とは異なる「知の厚み・人的ネットワーク」を活用することが求められる。既存の経営学やビジネス的思考に加え、「応用経済学の知見」や「社会課題の最前線にいるソーシャルセクターの知見者とのネットワーク」など、あらゆる要素を総動員することが、社会課題の本質的な真因を特定し、それを解決するビジネスモデルを作り上げる一歩となる。
今回のインサイトでは、社会課題起点の事業開発について「社会的価値の観点」からポイントを説明した。次回は実際にどのように経済的価値を獲得していくか、そのポイントとしての「勝てる仕組み作り」と「戦略的パートナリング」について解説していく。
※本インサイトは下のコラムの再掲になります。
『社会課題』を起点とした事業開発を成功させるには 第2回 社会的価値の設定|共創型イノベーションプラットフォーム ABeam Co-Creation Hub
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