ここまで2回に渡り「2050年カーボンニュートラル実現」へのコミットによる「エネルギー需要家企業」におけるGX戦略の方向性ついて解説した。
第3回以降については、「エネルギー供給事業者」としての立場から、今後新たに生まれる「エネルギー需要家企業」におけるGX実現ニーズへどう対応すべきか、さらには自由化の進展による価格競争により事業収益性が低下する市場環境において、競業他社といかに差別化を図るべきかその戦略の方向性ついて解説していく。
ここまで2回に渡り「2050年カーボンニュートラル実現」へのコミットによる「エネルギー需要家企業」におけるGX戦略の方向性ついて解説した。
第3回以降については、「エネルギー供給事業者」としての立場から、今後新たに生まれる「エネルギー需要家企業」におけるGX実現ニーズへどう対応すべきか、さらには自由化の進展による価格競争により事業収益性が低下する市場環境において、競業他社といかに差別化を図るべきかその戦略の方向性ついて解説していく。
山本 英夫
2020年12月に政府により提示された「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」により、今後国内のエネルギー需要家企業における「再エネ」電力調達ニーズは急速に拡大するとともに、輸送、熱領域部門における「電化(電動化)」およびCO2フリー「水素」ニーズが段階的に拡大する。
その結果、電力ネットワークに直接接続されるフロント・オブ・メーター型の太陽光発電や風力発電等の再生可能電源が増加するとともに、需要家の敷地内にDER(分散型エネルギー資源)として自家消費型太陽光発電(PV)を設置し、余剰電力が発生した場合には系統へ逆潮するビハインド・ザ・メーター型PVを保有する需要家(プロシューマー)が拡大していく。
また、プロシューマー企業においては、PVの自家消費比率を向上させるためDERとして蓄電池、EV充電器、電気ボイラ、水電解装置等の「電化(電動化)」および「グリーン水素」設備も併設されていくと予想される。
さらに、政府による需給調整市場や、容量市場等の電力市場整備および2022年より施行されるエネルギー供給強靭化法に基づく再生可能エネルギーFIT制度からFIP制度への変更およびアグリゲーターライセンス制度の整備により、エネルギー需要家の設備(自家発、コージェネ、生産プロセス、蓄電池等)を活用し、調整力(ΔkW)や供給力(kW)を創出するVPP/DRアグリゲータービジネスの収益機会が整備される。
その結果、エネルギーバリューチェーンは従来の大型発電所から一方向型で電力供給する供給モデルから大多数のプロシューマーおよびVPP/DRアグリゲータと双方向型で電力取引を行う供給モデルへ変革していくと想定される。(図1)
これらのエネルギーバリューチェーンの変化は既存事業者における事業環境へ大きな影響を与える。
電力小売事業者にとっては需要家の熱需要および輸送領域での「電化(電動化)」や「グリーン水素」の需要拡大により販売電力市場ポテンシャルは拡大する一方、電力小売事業としての事業環境はより厳しくなると想定される。
電力自由化の進展に伴い、電力小売事業者間での価格競争だけでなく、PV自家消費型モデル事業者(オンサイト/オフサイトPPA事業者)との競争が更に激しくなる。また今後2021年1月に発生した電力卸市場(JEPX)価格高騰の再発も想定する必要がある。
そのため、既存電力小売事業者としてはエネルギー需要家企業のGX実現ニーズの対応するための新サービスを構築し競合企業との差別化を図り価格競争を回避するとともに、今後想定される市場価格高騰リスクを最小化する仕組みの構築が必要となる。
一方、送配電事業者にとっては、今後段階的に拡大していく自家消費型PVを設置するプロシューマーからの系統への逆潮の拡大や、需要家の熱需要および輸送領域での「電化(電動化)」や「グリーン水素」に伴う電力需要増加により発生する送配電設備の系統混雑に対して何らかのコントロールできる仕組みの構築が必要となる。
仮に今後のプロシューマーからの逆潮や需要家における電力需要の増大に対して、送配電事業者側が全くコントロールできる仕組みがない場合には、送配電事業者は需要家側で想定される最大需要(kW)に合わせて設備増強するしか解決できないため、送配電事業者が能動的に系統混雑を回避するための設備投資コストを最適化する対策の実施が限定的となる。
これらのエネルギーバリューチェーンに関与するすべての事業者における課題をWin-Win型で解決するためには、エネルギー需要家のアセットを利用したDSF(デマンドサイドフレキシビリィ)の活用によるエネルギーバリューチェーン変革が必要となる。
DSFとは、既にエネルギー小売自由化およびカーボンニュートラル実現に向けた再エネ普及拡大が先行する欧州エネルギー市場にて活用されているビジネスモデルである。
エネルギー需要家の敷地内(ビハインド・ザ・メーター)にあるアセット(自家発、コージェネ、生産プロセス、蓄電池等)を制御し電力負荷パターンをコントロールすることで、電力システムへ価値提供することで金銭的な収益を得るビジネスモデルと定義される。(図2)
現在国内においても検討が進んでいるDR/VPPアグリゲータからの発動司令に基づき負荷制御を実施する「インセンティブ型DR」だけではなく、電力料金により誘導する「電気料金型DR」も包含して活用されている。
欧州においては電力システムにおけるDSF活用に関する市場整備が進んでおり、最も整備されている地域ではDSFは5つの用途に活用され既に収益化が実現されており、DSF活用による収益パターンは「コスト回避」と「収益獲得」の2つに区分される。(図3)
1つ目の「コスト回避」はDSFを需要家への電力供給におけるコスト削減に活用する方法である。
この方法には、①「託送料金削減」と②「卸電力市場・バランシング市場」の2種類がある。これらの方法では需給の前日もしくは当日の電力需要および市場価格に基づきDSF創出の判断をする。
①については電力需要が契約デマンド(kW)を超過する恐れがある場合に、DSFにより需要を抑制することで託送料金の基本料金上昇を回避する。
②については電力卸市場やバランシング市場の時間別価格のボラティリティ(変動性)を活用し電力量(kWh)調達コストを削減するだけでなく、アービトラージ取引(裁量取引)による収益獲得も可能となる。
一方、2つ目の「収益獲得」はDSF創出について事前に提供先であるTSO(送電事業者)やDSO(配電事業者)と事前に契約し、発動指令に基づきDSFを創出することで収益(インセンティブ)を獲得する方法である。
この方法には、③「アンシラリーサービス(需給調整市場)」、④「容量市場」、⑤「DSOサービス」の3種類がある。
③については、TSOが需給調整において必要となる調整力(ΔkW)を提供、④については、容量市場において必要となる供給力(kW)を提供することでそれぞれインセンティブを獲得する。
⑤については、DSOにおいて電力需要増大に伴い配電設備を増強する代替手段として、DSFを提供することで設備投資を回避もしくは延期することでDSOからインセンティブを獲得する。最も市場整備が進んでいる英国では⑤の活用が2019年より商用化しており、複数のDSOにおいて既に活用されている。
すでに国内市場においてもDSF活用の市場整備は進みつつある。
①、②については電力小売と組み合わせることで提供は可能である。
③については既に調整力公募として既に活用されており、2021年より需給調整力の整備により段階的に活用できる市場環境が整備されていく。
④については2020年の容量市場で既にアグリゲータによる落札実績があり、2024年より利用される見通しである。
⑤についても2022年より施行されるエネルギー供給強靭化法に基づく託送料金制度の変更に伴い今後送配電事業者においてDSFの活用が検討されていくと想定される。
しかし、現時点の国内市場ではこれらのDSFは電力小売とは基本的に別のサービスとして提供されており、統合されていない。
今後エネルギーバリューチェーンにおける課題を解決するためには、既存のエネルギー小売事業者においてDSFの積極的な活用によりエネルギーバリューチェーンを変革することが必要となると考えられる。
特に重要なテーマは以下の2点と考える。
1)「電力小売+DSFスマートバンドリング」によるビジネスモデル変革
2)再エネ電源とDSFとの統合による「エネルギーコミュニティ」構築
次回以降のインサイトではDSFを活用した2つのエネルギーバリューチェーン変革の方向性について解説していく。
相談やお問い合わせはこちらへ