【イベントレポート】AIネイティブ企業への進化――メルカリの事例に学ぶ、人材マネジメントの再定義

インサイト
2026.01.20
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日本企業の労働生産性を向上させる上で、AI活用の定着と深化は不可欠かつ喫緊の要件となっている。だが、具体的にどう取り組めば良いのか悩んでいる企業は多い。その解決の鍵を握るのが「人材のAIネイティブ化」だ。

2025年11月に開催されたオンラインセミナー「日経ビジネスLIVE 2025 Winter」(主催:日経ビジネス、日本経済新聞社)では、株式会社メルカリ 執行役員 CHROの宮川愛氏と、アビームコンサルティング 執行役員 プリンシパル 人的資本経営戦略ユニット長の久保田勇輝が登壇。「日本企業に必要とされる"AIネイティブ化"とは ~日本の労働生産性を高める新たな人材マネジメント~」をテーマに、日本企業が直面する人材課題や、メルカリが実践するAIネイティブ化の取り組みの紹介とともに、いま求められる人材マネジメントのあり方と具体策について議論した。本インサイトでは、その内容をダイジェストでご紹介する。

※講演動画はこちらにあります

日本企業が直面する人材ミスマッチの現状――量・質・報酬の3つのミスマッチ

セッションの冒頭、久保田は日本企業が抱える人材課題を、アビームコンサルティングが独自に実施した「企業内の人材ミスマッチ実態調査」の結果*をもとに解説し、「6割の企業で、人材の不足と過剰が同時に発生しています」と指摘した。

参考:「企業内の人材ミスマッチ実態調査」 ~人的資本経営を進化させる新たな人材マネジメントモデル~

しかも、それが30代、40代という働き盛りの層でも多く発生している現状を明らかにした。このことから、同じ企業のある部署では人が足りず、別の部署では余剰が生じるアンバランスな状態があると判明した。

加えて質(能力・スキル)のミスマッチも発生しており、同調査では、8割の企業で職務要件と人材のスキルが合っていない実態が浮かび上がった。

また、報酬についても8割の企業で成果との間でミスマッチが起きていることが判明。職務に対して報酬が高い層は40代、50代に、逆に報酬が低い層は30代、40代が多かった。

こうした状況を受けて久保田は、「ジョブ型人事制度やスキル可視化の取り組みが進んでいるものの、これらのミスマッチは、今後の日本企業の流動性を阻害し、さらに大きな問題につながる懸念がある」と指摘。

こうしたミスマッチの解消に向けて、アビームコンサルティングが提唱する「ケイパビリティ型人材マネジメント」の必要性を説いた(図1)。これは、現在だけではなく将来の事業ポートフォリオ変革を見据え、事業が将来獲得すべき組織能力(ケイパビリティ)に主軸を置いた人材戦略を実現するための新たな人材マネジメントモデルである。「経営戦略・事業戦略との連動」「タレントポートフォリオマネジメント」、そして「タレントマーケットづくり」により、事業と人事を連動させ、社内の流動性を高める仕組みである。

久保田はこのモデルについて、「労働市場との接続で、社内外の情報流通を最適化してマッチングをより強固にする取り組みや、マッチングのモニタリング・投資対効果の測定も重要になります。このように事業と人事の連動を図り、社内の労働市場を創出して流動性を促すのが、ケイパビリティ型人材マネジメントです」と説明した。

参考:「ケイパビリティ型人材マネジメント」で日本企業の低生産性・人材不足に挑む 第1回 なぜ今ケイパビリティ型なのか、背景とアプローチの全体像

図1 事業と人事の連動で社内人材の流動性を高めるケイパビリティ型人材マネジメント

さらに近年、ここに「AIに関するアジェンダ」が新たに加わっている。

久保田は、AI時代がもたらす人材領域に関わる以下の6つのテーマを提示した。これらは、いずれも今後のAIネイティブ化の実現に向けた、重要な問いとなる。

  • AIが生産性に与えるインパクトは?
  • AIはツールかエージェントか?
  • AIにより人材のマッチングは進化するか?
  • AIに対する人材投資の効果とKPIは?
  • AI時代の人材調達・配置はどう変わるか?
  • AIネイティブなカルチャーとは?

メルカリが挑む組織改革――100名規模のAIタスクフォースが変えた現場

前段の問題提起を受け、株式会社メルカリ 執行役員 CHROの宮川愛氏は、メルカリが現在全社を挙げて進めている「AIネイティブカンパニーへの進化」の取り組みを紹介した。

同社では、2024年12月に代表執行役CEO山田進太郎氏から「プロダクト、仕事のやり方、組織すべてをAI中心に再構築し、AIの進化を最大限に活用することで、これまでにない成果を目指す」という決意表明が全社で発表され、これが一連の変革の出発点となった。そして、2025年8月公開の決算資料では、全社のAIネイティブ化を宣言。

すでにプロダクトにおいてはAIの積極活用を進めてきた同社だが、今回は100名規模のAIタスクフォースを中心に「組織改革」にも対象を広げるものとなった。

「約50人のソフトウエアエンジニアを現業から離し、このAIタスクフォースの仕事にコミットさせました。そして彼らが所属する各々の組織ごとに代表者を選出し、例えば人事であれば人事のワークフロー、経理であれば経理のワークフローを徹底的に棚卸しすることで、AIで変革可能な領域と機会の洗い出しを進めていきました」(宮川氏)

目標は、2025年末までに、AIを前提とした業務プロセスの再構築を行うことだった。しかし、想定を超えるAIの進化から、当初設定した課題が次々に実現していく様子を目の当たりにしてタスクフォースの活動期間を延長、メンバーの交代を行いながら継続している。

取り組みの成果は数字に表れている。現時点での従業員のAIツール利用率は95%に達しており、同時にプロダクト開発においては、コード生成の70%がAIによるものとなった。この結果、エンジニア1人当たりの生産性が著しく向上し、開発量が前年比で64%も増加したという(図2)。

図2 メルカリのAIネイティブ化に向けた取り組み(出典:メルカリ)

AIネイティブ人材を育てるHRロードマップ――カルチャーを基盤とする4つの柱

メルカリの考える「AIネイティブな組織」「AIネイティブな人材」について宮川氏は、前者の定義を「AIでは代替できない人の意思と行動を起点に、AIと人が協業し新たな価値を創造する組織」と説明。後者については「AIとともに、役割や組織の境界を越えて新たな価値を生み出す人材」と定義し次のように語った。

「例えば、これまでエンジニアや人事などといった職種では、同じ職種でキャリアを終えることがほとんどでした。しかしAI時代には職種に縛られることなく、AIを駆使して専門外の職種に『染み出して』いき、新たな視点で新たな価値を生み出していくことが求められます」(宮川氏)

メルカリが考えるAIネイティブ人材に求められる要素は、大きく4つある。まず起点となるのが「人としての意思」。すなわちAIにはない、人間だけが持ち得る価値だ。その上で「創造性」「探究力」「共創力」という3つの能力が必要になってくる(図3)。

図3 メルカリが考えるAIネイティブ人材に求められる4つの要素(出典:メルカリ)

「特に共創力は必須の要素です。多様な立場でチームをつないだり、組織を超えて対話したりする中で、いかにこの能力を高めていくかが重要になります」(宮川氏)

こうした人材を育成するためにメルカリが掲げる「HRロードマップ」には、4つの柱がある(図4)。

最も重要な基盤となるのが「カルチャー」だ。AIの驚異的な進化をキャッチアップし、自分自身の成長につなげてゆく「グロースマインドセット」、お互いに高め合う「フィードバック文化の実装」や「コミュニケーションの再設計」などが、その重要な要件になる。

2つ目の柱には「仕組み・制度の進化」が挙がる。ここでキーとなるのは、「採用」「評価報酬」「データ基盤」「異動プロセス」の4つであり、ここにAIを組み込んでいくことになる。

3つ目が「組織開発」だ。常に変化し続ける中で、AI時代の組織体制は、従来の階層型からどう変わっていくのか。現在はまだ模索中だが、これについて同社では、「いざ変化が起きたときにその変化に対応できるアジリティ(機敏性)のある組織」を目指して、チェンジマネジメントの準備を進めている。

そして4つ目が、「人材開発」だ。ここでは上述の「カルチャー」にもあるような、人としての強みを活かせるAIネイティブ人材をいかに育成していくかがテーマとなる。

図4 メルカリのAIネイティブ化に向けたロードマップ(出典:メルカリ)

また、AIネイティブな組織では、従来とは異なるリーダーシップが要求される。メルカリでは、AI時代のリーダーシップの3要素として、「戦略構想力」「変革推進力」、そして両者の中心に位置する「対話力」を挙げる(図5)。

図5 AIネイティブな組織で必要とされる「リーダーシップの3要素」(出典:メルカリ)

AI時代の人材マネジメント――組織定義、カルチャーを問い直す

セッションの後半では、宮川氏と久保田によるディスカッションが行われた。まず久保田は、「AIネイティブ化で職種の境界線があいまいになる中、組織あるいは職種をどのように定義していくべきか」と問いかけた。

これに対して宮川氏は、現在日本企業の多くが人事制度をジョブ型へと転換しようとしているが、今後はジョブ(職種)よりさらに細分化されたスキルによって分類するスキル型へと進化していくと見ていることを明かした。

「これは従来の日本企業におけるメンバーシップ型の職能の概念に、再び近づいていくものではないかと感じます。そうなった際に必要なのは、多様なスキルを持った人材が『染み出せる』仕組みをいかに迅速につくれるかであり、そうした人材が、しっかりと輝いて評価される土壌をつくることだと考えています」(宮川氏)

AIが進化すればするほど、専門知識の価値はAI側に移っていく。そうなった時に、個々人に求められるスキルは、いかにAIを使って業務を遂行していくのかということになる。この際に欠かせないスキルとして久保田は、宮川氏の発言を引用して「戦略構想力や変革の実現力」が必要と強調した。

さらに、こうした意識の変革を推進・浸透させるためにメルカリが不可欠と考えたのは、「マインドセットシフト」であると宮川氏は説明する。AIの導入が進み、他の部署や領域から「染み出して」くるようになると、必然的に「自分の仕事が取られるのではないか」という拒否反応が起きる。

「この時、『AIに仕事を奪われるのではなく、本当に大事な仕事ができるようになる』と、発想を転換してもらうように働きかけるのです。今は120%で稼働している忙しさをAIで軽減すれば、自分がより時間をかけて取り組みたいタスクに集中できることに気づいてもらう。そういうマインドセットシフトが重要だと思っています」(宮川氏)

この点について久保田は、AI時代とIT時代の違いを指摘する。

「専門知識が必要だった従来のITとは異なり、AIは年齢を問わず活用しやすい。そのためスキルを持たない若手社員でも、この業務を効率化するにはどうしたら良いかという柔軟な思考力(マインドアジリティ)さえあれば、AIを使って価値を生み出せます」(久保田)

加えて、宮川氏は、AIを使った価値創造について「グロースマインドセット、すなわち『自分は新たな形で進化していける』と信じられるかどうかが鍵」と示唆。そのためにメルカリが重視しているのが、小さな成功体験の創出であり、具体的な施策を紹介した。

「現在、ハッカソンを社内で開催しています。エンジニアがサポートしながら、2時間ぐらいでAIを使って実際に何かをつくってみる試みです。体験した社員は成功体験を得て、『これなら自分もできる』と思うようになります」(宮川氏)

座学による講座もあるが、メルカリのAIネイティブ人材育成では、実際に試す機会をつくることを重要視している。その上で、AIを使って業務を効率化している社員をクローズアップし、その成果を社内に共有していく。役員が率先垂範して見せる。これも同じ哲学の延長線上にある。

AI時代の新卒採用と人材育成――アジリティと思考力が鍵

次のテーマとして掲げられたのは、「AIネイティブ時代の新卒採用」だ。これに対して宮川氏は、「新卒ほどAIネイティブな人材はいない」と前向きに語る。

「今の新卒ほど、AIネイティブな人材はいません。業務や社会人としての経験がなくても、それをカバーするだけの思考力とAIスキルを持っている人材が多くいます。私たちが10年、20年かけてきたことを、彼らは簡単になし得てしまうのではないでしょうか」(宮川氏)

とりわけメルカリが新卒採用で注目するポイントは、チャレンジ精神・好奇心といった「マインドのアジリティ」、1つの職種に固執せず影響を広げる「越境力」、そして最後に「思考力」とする。

「思考力は、いろいろな課題を抽象化したり具体に戻したりできる能力です。AIは多種多様な企画案や考え方を提示してくれますが、その分人は、それに対する判断の軸となる思考力をしっかり持っていることが価値になります。採用に当たって、その素養をどう測っていくのか。いま議論しているところです」(宮川氏)

これに対して久保田も、「今後の大学教育も、AIネイティブを育てるという点を意識して、教育や研究を深掘りしていくといったチャレンジが必要になるのではないか」と応じた。

最後に、今回のまとめとして宮川氏は、これからAIネイティブ化に取り組む企業に向けてメッセージを送る。

「やはり、小さな一歩から始めることが大切だと思います。そのために、アジリティを高め実現できる組織体制の整備と、その中で一人ひとりの取り組みをそれぞれのキャリアとしてどう積み上げ、高めていけるのか。具体的には、日々の業務でAIを、小さな形であっても試していく機会を数多く提供することが大切になります」(宮川氏)

久保田も「AIを単なるツールとして使うのではなく、パートナーとして共存しながら、カルチャーや仕組みの変革まで視野に入れて推進していくことが大切です。メルカリの実践を参考に、共にAIネイティブ化を実現していきましょう」と力強く呼びかけ、セッションを締めくくった。

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