【イベントレポート】中間管理職層の声が組織を動かす、 いすゞ自動車に見る課長層エンゲージメント向上の実践

インサイト
2026.01.07
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企業変革を実現するため、人的資本経営への注目が高まる中、多くの企業がその土台となる社員のエンゲージメント向上に取り組んでいる。だがそうしたプロセスの中で、経営層と一般社員の仲介役を果たす中間管理職層の実態は、意外にも見過ごされがちだ。

2025年11月に開催された「Qualtrics EX Conference 2025 〜AIと人のちからで、企業価値の向上へ〜」では、いすゞ自動車株式会社 人事部門VPの武田修氏と、アビームコンサルティング 人的資本経営戦略ユニット ダイレクターの佐藤一樹が登壇。「課長層の “声” が組織を動かす ~現場から始まる変革のストーリー」と題して、いすゞ自動車における、課長層のエンゲージメント向上の実践事例について紹介した。本インサイトでは、その内容をダイジェストでご紹介する。

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※講演動画はこちらにあります

経営環境の変化の中、課長層のエンゲージメント向上に着手したいすゞ自動車

いすゞ自動車におけるエンゲージメントサーベイの実施に当たっては、アビームコンサルティングが導入から結果の分析まで一連の取り組みを支援した。セッションの冒頭で佐藤は、中間管理職層が企業のエンゲージメント向上で重要な役割を担っている一方、これまでは彼ら自身の声に耳を傾けることが少なかった点に課題があると指摘した。

「中間管理職は、経営層の考えた戦略を現場に落とし込んでいく『翻訳者』であり、かつ現場の声を経営に届ける『代弁者』でもある」と、改めてその存在の重要性を挙げた。マネージャーがチームのエンゲージメントに影響を与える大きな要因であることや、マネージャーへの信頼が高いチームは、そうでないチームより多くの成果を出しているという調査結果もある。

「ところが、これまで中間管理職層は『問題の少ない層』と見なされがちで、エンゲージメント向上においても後回しにされてきた現状があります。中間管理職層は経営と現場の板ばさみで、心理的・物理的な負荷は大きいものの、スコア化すると一般社員よりもエンゲージメントは高い傾向があります。そのため、最もスコアが低い一般社員への対策が優先されがちでした」(佐藤)

そうした中、あえて課長層に注目したのがいすゞ自動車株式会社だ。同社の主力製品であるトラックのライフサイクルは20年にも及び、輸出を軸に高品質で耐久性のある製品を世に送り出している。しかし、自動運転などの技術革新が進む中、「運ぶ」ということの価値を総合的に再構築していく必要に迫られており、人事部門のリーダーを務める武田氏は「ビジネスも競合も変化する中で、自分たちも変わらなければいけない。変化によって会社を成長させていくにはどうすれば良いのか」と人事領域の課題を抱いていた。

そして、同社は、2023年にパーパスを「地球の『運ぶ』を創造する」に刷新し、その実現に向けて「人的資本経営の進化」を宣言。さらに、「2030年までに従業員エンゲージメントの肯定的回答率 70%」という高い目標を掲げた(図1)。

図1 「人的資本経営の進化」に向けて「2030年までに従業員エンゲージメントの肯定的回答率 70%」を宣言(出典:いすゞ自動車)

サーベイが明らかにした課長層の「感情」と対応のための7つの仮説

いすゞ自動車が初めてエンゲージメントサーベイを実施したのは、2024年春である。「第1回目の実施ながら、回答率は86%をマークしました」と武田氏は振り返る。工場など巨大なヘッドカウントを抱える中での86%という回答率は、かなり満足のいく滑り出しだった。だが、肝心のエンゲージメントスコアは、47%と想定より低かったという。

「今後もエンゲージメントサーベイを続けていく中で、個人的にはあと5%ほど高いスコアからスタートできると思っていましたが、実際には業界全体と比べても高いとはいえない数値でした。ただし、中立的回答が多いという特徴があったことから『何かできる余地がある』と前向きに捉えました」(武田氏)

さらに精査していくと、課長層に特徴的な傾向が見えてきたという。

「当初は一般社員から部長へと、職階を上がっていくごとにエンゲージメントも上がっていくものだと思っていました。ところが結果を見ると、課長層に落ち込みが見られました」(武田氏)

課長と部長のエンゲージメントスコアの差は、21ポイントにも及ぶ結果となった(図2)。また、業界平均と比較すると、8割の設問でエンゲージメントのスコアが日本製造業平均を下回っていた。これに対して武田氏は「特定の課長に問題があるという捉え方をするべきではないと考えました。原因は組織にあり、その影響が指標に表れていると理解しました」として、問題の本質を見誤らないよう意識したと説明する。

図2 2024年春のエンゲージメントサーベイの結果(出典:いすゞ自動車)

問題解決に向けて同社は、課長のエンゲージメントスコアが伸び悩んだ原因について、「7種類の否定的感情」という仮説を立てた。7種類とは「仕事の対価への不公正感」「経営戦略の非現実感」「現場/職場課題の放置感」「仕事の生産性への不満感」「キャリア実現への不安感」「経営理念・働き方の不納得感」、そして「称賛・感謝への諦めの感情」である。

同時に武田氏は、サーベイの結果の分析についても注意を払った。

「理系思考の企業では『正しい/正しくない』の2軸で判断してしまいがちです。しかしエンゲージメントはそれで割り切れるものではありません。感情的に受け入れられるか、気持ちよく取り組めるかといった点が大切です。こうした観点を重視して仮説化したものが、7種類の否定的感情です」(武田氏)

人事部門の課長への膝詰めのヒアリングを実施し「本当の気持ち」を把握

ただ、仮説を立てたものの、いくらマネジメント側で考えていても本当の「原因」は分からない。そこで武田氏は、人事部門の課長に直接ヒアリングし、膝詰めで話を聞かせてもらうことにしたという。

回答者へのヒアリングは、禁じ手ともいえる「サーベイの答え合わせ」を行うことになるため、対象者への心理的安全性の確保には細心の注意が必要となる。幸いにもいすゞ自動車には、誰かのために行動する貢献のカルチャーがあり、社員のエンゲージメント向上につながるのであればと、対象者の全面的な協力のもとに実施された。

ヒアリングの結果、7種類の仮説のうち6種類において、5割以上の回答者が「該当する」と答えた(図3)。こうして明らかになった現状に武田氏は、「感覚的に該当するだろうと考えていた項目についても、詳細なコメントでフィードバックを得ることができ、はっきりと課題を認識することができた」と意義を語った。この受け止めはヒアリングに応じた人事部の課長も同様であり、認識が共有された。

図3 7種類の仮説のうち、ヒアリング結果から特定できた課題(出典:いすゞ自動車)

生の声が経営を動かし、会社一丸の取り組みが2回目のサーベイ結果を変えた

今回いすゞ自動車が、「課長層のエンゲージメント向上」という課題を、経営課題にまで引き上げるに至った理由として、初回のエンゲージメントサーベイの結果を受けた経営層から「こんな数字を示されても信じられない。本当なのか実際の声を確かめてほしい」という反応があり、このことがきっかけで、課長に詳細なヒアリングを行ったことが大きかったという。

ヒアリングで得られた声は予想以上に生々しく、「解決すべき問題が多いという自覚はある。ただ、管理スパンが大きすぎる。少人数の運営に美学を感じる文化が存在する」や「経営理念の内容には賛同するが、派手な浸透活動は控えるべき。新しいことをやれ、ではなく、まずは目の前の業務を何とかしなければ」、また「堅実な業務をやって当たり前と言われることには反発がある。改善や挑戦に向け、叱られない心理的安全性を確保してほしい」などの声があった。

「他にも、ここでは言えないような内容もありました。そうした課長たちの生の声を、経営会議でトップに伝え続けた積み重ねが、経営陣の心を動かすことにつながりました」(武田氏)

これを受けて経営会議では、4回連続で集中的な議論が行われた。白熱したディスカッションを経て、会社として課長層の抱いている不満や問題意識に明確に答えることを宣言、またCHROから課長層へ向けて、直接メッセージを発信した。こうした取り組みの中で最も大切なことは、「手触り感をそのまま伝えること」だったと武田氏は強調する。

社を挙げた取り組みの成果は、2025年春に実施した2回目のエンゲージメントサーベイに表れた。まず驚くべきは、回答率が95%にまで跳ね上がったことであり、「何かしら言いたいことがあることが、はっきりと読みとれた」と武田氏は分析する。

エンゲージメントスコアについては前回より2ポイント上昇の49%だったが、武田氏が注目したのは中身の変化だったという(図4)。

図4 2024年春から2025年春のエンゲージメントサーベイ結果の変化(出典:いすゞ自動車)

「経営側が話を聞いてくれるようになったことに対する期待値は、極めて大きなものがありました。ただ一方で、もう少し経営側からのメッセージをきちんと伝えてほしいという思いもくみ取れました」(武田氏)

手厳しい部分も含めてストレートな反応に対し、当初はエンゲージメントサーベイの結果に懐疑的だった経営側も今では前向きに捉えているとし、武田氏は「言いたいことを言ってくれるようになったことで、今後に向けた動きが感じられる」と、期待を示す。

その例として、組織の各所で見られる自律的な動きを挙げる。ある部門では、複数の課長とHRBP(ヒューマンリソース・ビジネス・パートナー)がタッグを組み、別の部門では若手の「チェンジアンバサダー」が起点となり、さらに別の部門ではマネジメント全員で議論を重ねながら、新しい取り組みを始めている。「こうして前向きな動きが起点となって勢いが増していけば、さらに大きな数値の変化につながるのではと考えています」と武田氏は語る。

データと対話の両輪で進めるエンゲージメント向上「3つのポイント」

武田氏は、これまでの実践から得た自らの知見を、以下の3つに集約できると述べた。

1つ目は、「エンゲージメントサーベイはただのデータに過ぎない。大事なのは、仮説検証のプロセスでしっかりと当事者自らが悩むこと」を挙げる。「もちろん私たちも、AIなどを活用して分析しましたが、結果は社員の心理の表れであり、数字だけでは片づけられないものがあります。数値をもとに仮説を立て、自分たちで悩むことが何より大事です」と強調した。

2つ目として挙げたのは、「遠回りのようでも、足を使って対話すること」である。「各所に出向いて議論を重ねていると、課長の発言が最も的を射ていることがよくあります。やはり、経営と現場の声をバランスよく聞いているからでしょう」と、改めて課長層の存在の重要性を実感し、武田氏は「課長を信用せよ」と常々主張しているという。

3つ目は、「経営トップに生の声を届けること」。せっかく現場の生の声を聞いているのに、スライド資料に綺麗な言葉でまとめてしまうと経営陣に伝わりづらくなると武田氏は危惧する。

「良いか悪いかはともかく、私たちは聞いた声をありのままに経営陣に届けました。その結果、データだけでは示せない、見えづらい、いわば『行間から読み取れる真実』が伝わり、経営者の心に響いたのだと思います」(武田氏)

エンゲージメント向上は一過性の施策ではなく、継続的な対話のプロセス

セッションの最後に、佐藤はいすゞ自動車の事例から読み取れる重要なポイントとして、「エンゲージメントサーベイによる見える化」と、「生の声を集めるために足を使うこと」の両輪で取り組むことの重要性を強調した。

「経営層や組織を動かすためには、正確なデータが必要なのは言うまでもありません。しかし、そうしたデータは現場の人々の中にこそあり、生の声を集めるために足を使って情報収集する地道で継続的な取り組みが重要です」(佐藤)

「エンゲージメントの見える化」は、自社のエンゲージメントを見直す第一歩であり、データ収集と分析によって現状が見えてくる。ただ、本当に大切なのは、エンゲージメント向上のために何をすべきかを見極める「選択と集中」による戦略の立案である。

ところが、この段階で行き詰まってしまう企業の人事部は少なくない。その多くはエンゲージメントが低い原因が組織にあると判断し、その仕組みだけを一方的に変えた結果、社員がついてこず、成果につながらないケースである、と佐藤は指摘する。「エンゲージメントサーベイの結果を受けて、戦略を実行に移す際、組織と人々のマインドを両輪として捉えて働きかけていく必要があります」という大原則を伝えた。

さらに戦略を実現した後も、効果測定とフィードバックおよび改善のサイクルを回すことで施策の形骸化を防ぐことが重要になる。最終的にはエンゲージメントの向上が、採用市場における企業ブランドの向上にもつながり、好循環を生み出していく。アビームコンサルティングでは、エンゲージメント向上に向けた一連の取り組みを伴走型で支援している(図5)。

図5 アビームコンサルティングのエンゲージメント向上支援

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エンゲージメント向上は一過性の施策ではなく、継続的な対話のプロセスである。今回のいすゞ自動車の取り組みは、中間管理職という「見過ごされがちな層」に光を当てた成功例といえる。

組織の課題は現場が知っており、そうした現場と経営とをつなぎ、持続的な成長と社員全体のエンゲージメント向上の鍵を握るのは中間管理職である。この事例は、そのことをはっきりと示した。

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