生活者視点から見るモビリティサービスの未来 ~混沌の先に導く調和の視点~ 第2回 混沌を打開する「まち」の多様性の視点

インサイト
2022.04.27
  • 自動車
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執筆者情報

  • 小山 元

    Principal
  • 武藤 彰宏

    Director
  • 齋藤 沙織

    Manager

立ち返るべき視点: 「まち」の多様性

本シリーズの第1回では、モビリティの現在地として、様々なサービスが誕生してきている結果、生活者からすると混沌とした状態となっていることを解説した。第2回では、混沌とした世界の中に光明を見出すために必要な視点を解説する。

アビームコンサルティングでは、混沌とした世界の中に光明を見出すために、その第一歩として全てのステークホルダーが「まち」の多様性を真正面から受け入れることを提唱している。なぜならば、「まち」は、その地政学的要因・歴史的要因・人口動態的要因・文化的要因・環境的要因・政治的要因によって多様性を持ち、抱えている社会課題および目指したい「まち」の姿、さらにはそこに至るまでのプロセスも千差万別だからである。それらの多様性を受け入れずに、最適なモビリティサービスのパッケージを提案することは非現実的だろう。

アビームコンサルティングでは、モビリティサービスの設計に向け、「まち」の多様性が重要であることを理解するため、アジア中心に11※1の都市における下の各モビリティサービス拠点の密度を調査した(図1)。この調査結果が示していることは、「まち」ごとの公共交通機関の発展度や規制内容、既存事業者の動きなどの要因が相関しあった結果が、現在のモビリティサービスの姿となっていることである。

カーシェア
パリや東京など、公共交通が整備された都市で普及する傾向がある。パリや東京はそれぞれの国の中でも世帯あたりの自動車保有台数が低い都市であり、カーシェアは成熟した都市で自家用車ニーズをカバーしているものと考えられる。

シェアサイクル・マイクロモビリティ
地理的特徴のみならず政府の動向が与える影響が大きい。シェアサイクルは中国の都市で普及しているが、放置自転車が問題となり、地方政府によるシェアサイクルの台数制限が進められている。シンガポールでは、同様の問題に対してシェアサイクル事業者をライセンス制とし、手数料を課した結果、事業者・台数がコントロールされている。
電動スクーターをシェアするマイクロモビリティは、事故の増加により安全性の担保が課題となっており、パリやヘルシンキでは上限速度の規定など政府による規制が進められている。また、シンガポールのように禁止とする都市も出てきている。

ライドヘイリング(Uberなどのオンライン配車サービス)
公共交通の駅が少ないアジアの都市で普及しているように見受けられる。一方、政府に加えタクシー事業者との対立が見られ、パリではタクシー事業者によるデモもあり、想定ほど普及しなかった。

図1 世界11都市におけるモビリティサービス拠点の状況
図1※2 世界11都市におけるモビリティサービス拠点の状況
  • ※1

    パリ、ジャカルタ、東京23区、ニューヨーク、シンガポール、クアラルンプール、深セン、ホーチミン、上海、バンコク、ヘルシンキ

  • ※2

    当社調査(アジア都市を中心とした各モビリティサービス拠点密度(期間:2021/8/13-2021/8/27)

日本100都市のケーススタディと調和に向けたフレームワーク

ここでは、先に述べた「まちの多様性を真正面から受け止める」という価値観に基づき、日本の100都市を対象とするケーススタディから、モビリティサービスの混沌とした世界に光明を見出すためのフレームワークを導出する。

まず、モビリティサービスへの需要の大きさを把握するため、簡易的に、a.モビリティサービスが顧客とし得る人数規模、b.モビリティサービスを活用する必然性、でそれぞれの「まち」を整理した。
具体的には、地域や人口密度の網羅性や分散を考慮した上で、日本の100市区町村をサンプリング※3し、図2の通りa.は横軸の可住地人口密度、b.は縦軸の1世帯当たりの自家用車保有台数を代理変数とした。図中に示すように、両変数の相関係数は0.702と、高い相関を示した。これは、モビリティサービスへの需要が大きいほど、実際にモビリティサービスが提供され、世帯当たりの自動車保有台数が減っていき、結果としてモビリティサービスの供給量と自家用車保有台数のバランスがとられることを示している。
しかし、実際には前述した「まち」の多様性を背景に、このようなメカニズムが完全には機能していない。図中の右下がりの近似曲線の上側は、日本の平均的な「まち」と比較して、交通手段を自家用車に依存していることを示している。逆に、下側は、平均的な「まち」と比較して、公共交通含むモビリティサービスに依存していることを示している。また、可住地人口密度2,000人/㎢を境に、それ以下の可住地人口密度になると、平均的な「まち」との乖離が大きくなり、それぞれの「まち」の要素が色濃く出てくることが分かる。
上記考察結果から、本インサイトでは、フレームワーク導出のための初期的な分析として、近似曲線と可住地人口密度2,000人/㎢を基準線とに100市区町村を5つのグループ(①低密度・低保有率②低密度・高保有率③中密度・低保有率④中密度・高保有率⑤高密度)に分類した。

図2 自家用車保有台数と可住地人口密度の関係と、5つのグループ
図2※4 自家用車保有台数と可住地人口密度の関係と、5つのグループ

各グループに含まれる「まち」の一例
例えば、図3に記載の通り、各グループには、長崎県長崎市、新潟県阿賀野市、愛知県春日井市、熊本県天草市、東京23区のような「まち」が含まれている。

図3 各グループを代表する都市とその特徴
図3※5 各グループを代表する都市とその特徴
各グループを代表する都市とその特徴

都市交通ネットワークを加味したグループ別の特徴
次に、各グループの特徴に迫るため、モビリティサービスの前提となる公共交通機関へのアクセス容易度を加える。なぜなら、現時点では鉄道・バスの公共交通が人々の移動基盤となっていると言えるからである。図4が示すように、2020年度にCOVID-19の影響で鉄道・バスの輸送人員数が大幅に減少したとは言え、約200億人を輸送しており、日本の全人口が2日に1回利用した規模に近しい。また、人を運ぶモビリティサービスは、鉄道・バスなどの公共交通との連携を前提とすることが多いこともポイントである。

図4 鉄道・バス輸送人員数
図4※6 鉄道・バス輸送人員数

ケーススタディを通じた、「調和に向けたフレームワーク」
本インサイトでは、それぞれのグループに属する各市区町村における移動基盤(鉄道・バス)の状況を考察するために、鉄道駅とバス停の出現率を算出する都市ネットワーク分析※7(以下、CTN分析)を行った(図5)。具体的には、「可住地面積÷都市に存在する鉄道駅(バス停)の数=鉄道駅(バス停)の出現率」とし、何km²に1駅(バス停)存在するかを算出した。さらに、生活者の鉄道駅(バス停)へのアクセス容易度を推察するために、鉄道駅の出現率5km²※8、バスの出現率 0.8 km²※9を基準として、鉄道駅・バス停に対するアクセス容易度を4象限に分類した。

図5 グループ別移動基盤へのアクセス容易度合(CTN分析) 図5 グループ別移動基盤へのアクセス容易度合(CTN分析)

公共交通機関へのアクセス容易度=都市ネットワーク分析(CTN分析)
ここまでのグループ分けとCTN分析結果を統合し、改めて可住地面積比率および高齢世帯比率を組み合わせた結果が図6である。本結果から、グループごとに「まち」の課題が浮かびあがってくる。

図6 グループ別CTN分析結果と特徴
図6※10 グループ別CTN分析結果と特徴

グループ①: 人口密度:低 車保有率:低

事実 約7割の「まち」が公共交通としてバスに依存し、約2割は鉄道にもバスにもアクセスしづらい。その状況において、日本の平均的な「まち」より、自家用車保有率は少ない。

推定 可住面積率は相当程度低く、山間部など車が通りづらい道の作りになっていることが想定される。高齢世帯比率もグループ中最上位のため、日本が抱える過疎化、高齢化の影響が最も顕著に表れている。「まち」や地方自治体が単独で取り組むレベルの問題ではなく、より広域なエリアや国との検討・合意形成が必要となる可能性が高い。

グループ②: 人口密度:低 車保有率:高

事実 グループ①と同様に、約8割の「まち」が公共交通としてバスに依存し、約2割は鉄道にもバスにもアクセスしづらい。グループ①とは異なり、世帯当たりの平均自家用車保有台数は、日本の平均的な「まち」より多い。

推定 ガソリンスタンドやスーパー・郵便局などの生活インフラが、点在していることが想定されるも、現時点では自家用車で移動することができると予想される。将来的に、高齢化に伴い、自家用車の保有率が減少すると、バスが移動の生命線となってくる可能性が高いと推測される。ただし、人口密度が高くないため、採算性の問題からバスの減便が検討されることも考えられ、早い段階での対策が求められる。

グループ③: 人口密度:中 車保有率:低

事実 鉄道にもバスにもアクセスできない市区町村は存在せず、大多数の人が公共交通を利用して移動できる状況。

推定 将来的に自家用車を手放したとしても公共交通で代替できる可能性が高いと推測される。

グループ④: 人口密度:中 車保有率:高

事実 人口密度が一定あるにも関わらず、20%近い市区町村が鉄道にもバスにもアクセスできない状況。

推定 マイカー文化も色濃く、マイカーを前提とした道路設計や街づくりがなされているグループと予想される。高齢化が進んだ将来、人々がマイカーを手放すと、交通網から取り残され、移動難民となる人が増加する可能性をはらんでいる。

グループ⑤: 人口密度:高

事実 グループ③と同様に、大多数の人が公共交通を利用して移動できる状況。しかし、グループ③と比較して、駅やバス停は倍以上の密度で存在する。

推定 カーシェアやシェアサイクルといったサービスも続々と展開されているため、多様な移動手段を選択できる状況にある

  • ※3

    総務省の各種統計上の区分(特別区、政令指定都市、中核市、施行時特例市、中都市、小都市・町村(人口1万人以上・1万人未満)、47都道府県、人口密度の網羅性を担保した上で100市区町村をランダムに選出

  • ※4

    総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数(令和3年1月1日現在)」、国土地理院技術資料「令和3年全国都道府県市区町村別面積調(4月1日時点)」、e-Stat統計でみる市区町村のすがた2021、総務省「【総計】令和3年住民基本台帳人口・世帯数、令和2年人口動態(市区町村別)」全国軽自動車協会連合会「市区町村別軽自動車車両数」、自動車検査登録情報協会「自動車保有車両数 市区町村別」より当社分析

  • ※5

    各市の人口:総務省「【総計】令和3年住民基本台帳人口・世帯数、令和2年人口動態(市区町村別)」、各市の面積:国土地理院技術資料「令和3年全国都道府県市区町村別面積調(4月1日時点)」
    東京23区 特別区長会HP、東京都産業労働局「グラフィック 東京の産業と雇用就業」、LUUP社HP
    天草市HP、「天草市地域公共交通網形成計画」、天草宝島観光協会HP、熊本県農林水産部「熊本県の水産」
    阿賀野市HP、「阿賀野市地域公共交通網形成計画」
    長崎市HP、「長崎市第四次総合計画 後期基本計画」、「長崎市地域公共交通計画」
    春日井市HP、「春日井市第六次総合計画」、「春日井市地域公共工交通計画」、春日井市特産品HP
    国土交通省「令和元年度 スマートシティ先行モデルプロジェクト」資料、都民経済計算報(2018)、PROJECT TOEI HP,DIAMOND SIGNAL「電動キックボードシェアサービス、ついに東京で開始へ」(2021年10月時点)より当社作成

  • ※6

    国土交通省鉄道輸送統計調査より

  • ※7

    生活者の、基盤公共交通(鉄道とバス)へのアクセスの容易度合いを考察するために当社が行った分析

  • ※8

    徒歩で10分程度の圏内(成人の平均的な歩く速度80m/秒換算)

  • ※9

    徒歩で1.5分程度の圏内(成人の平均的な歩く速度80m/秒換算)

  • ※10

    当社実施「都市交通ネットワーク調査・分析」(期間:2021/8/13-2021/8/27)、e-Stat 「統計でみる市区町村のすがた2021」より当社作成

多様性理解の先に

ここまで、モビリティサービスの未来を考えるためには、それぞれの「まち」の多様性を真正面から受け入れる必要があることを解説し、簡易的な分析に基づく、「まち」のグループ化を試みた。次回は、このグループごとに、混沌の先を見据えるための視点が異なることや、それぞれに必要なモビリティサービス実行のための座組を提示する。

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