AI時代の人的資本経営とCHROの新たな役割 第5回 生成AI時代の人材育成 ―「学びの空洞化」に、どう向き合うか

インサイト
2026.08.25
  • 人的資本経営
  • 人材/組織マネジメント
GettyImages-2079932560

人材ポートフォリオを充足させる手段は、外部からの調達と内部での育成に大別される。これまで本シリーズでも、生成AIによるスキルギャップの可視化(第2回)や、生成AI時代の採用基準の再定義(第4回)について論じた。残る問いは、「内部の人材をどう育てるか」である。

本稿が焦点を当てるのは、生成AI時代の育成において新たに浮上する「学びの空洞化」である。
生成AIは、従来の育成課題を解決するための有力な手段である一方、若手が仕事を通じて学ぶ機会や、人との関わりを通じて学びを深める機会を見えにくくする可能性がある。AIを導入するだけでは、人は自動的に育たない。その「空洞」を埋める構造、つまりAI時代に人が育つ構造を意図的に設計し直すことが、CHROに求められる。
ここで直視すべきは、生成AIが育成を高度化する一方で、「仕事を通じて自然に人が育つ」という、多くの企業が暗黙のうちに依拠してきた前提そのものを変え始めていることである。

執筆者情報

  • 佐藤 一樹

    佐藤 一樹

    Director
  • 壽系 祐太

    壽系 祐太

    Senior Consultant

1. 生成AIは、従来の育成課題を高度化する

従来の人材育成には、Off-JTの画一性とOJTの属人性という課題があった。研修は一律になりやすく、現場での指導は上司の力量や配属先に左右される。結果として、誰にどの経験を与え、どのように学びへ転換するかは、現場の偶然や属人的な采配に委ねられてきた。
生成AIは、この課題を乗り越える可能性を持つ。Off-JTでは、生成AIがチューターとして一人ひとりの理解度を分析し、つまずきに応じた解説や演習問題をその場で生成し、学びを個人の習熟度に合わせて個別最適化する。OJTでも、社内ナレッジの検索、成果物のドラフト作成、レビューと改善案の提示、日常的な質問への即時対応まで、現場の指導者が担ってきた役割を幅広く支援する。
従来、部下が分からないことがあれば上司へ質問し、上司は自身の経験を基に説明や助言を行っていた。しかし生成AIは、膨大な知識を基に即座に回答を提示し、成果物のレビューや改善案の提示まで担えるようになっている。これまで人が担ってきた「教える」という活動は、高度化されるだけでなく、その一部が自動化されつつある。教える力が上司個人の力量に依存してきたことを踏まえれば、これは育成における大きな前進である。
もっとも、「教える」活動が高度化・自動化されれば、育成の課題はすべて解決へ向かうようにも見える。しかし、その裏側では、新たな問題も浮上する。それが「学びの空洞化」である。

2. 生成AI時代に浮上する「学びの空洞化」

学びの空洞化を理解するには、仕事が本来持つ二つの役割に立ち返る必要がある。仕事の役割は、成果を出すことだけではない。人を育てることもまた、仕事が担ってきた重要な役割である。企業にとって仕事は価値を生み出す単位であり、個人にとっては能力を獲得する機会である。一つの業務が、企業には成果を、個人には成長をもたらす。この二重性こそ、OJTを軸とする日本企業の育成モデルを支えてきた構造であり、生成AIはこの構造を揺るがしつつある。
学びの空洞化とは、生成AIによって業務や育成支援が効率化される一方で、従来の仕事や人との関わりに含まれていた学習機会が見えにくくなることである。この空洞化は、2つの形で現れる。

第1に、若手が仕事を通じて学ぶ機会が失われやすくなる。若手が担ってきた議事録作成、資料下書き、細かな調整といった仕事は、一見すると雑務に見える。しかし、それらはスキルが未熟な若手が組織に貢献し、社会人としての基礎を身に付ける入口でもあった。生成AIがこれらの業務を支援・代替するほど、若手は初期の価値発揮の場や、仕事を通じて学ぶ足場を失いやすくなる。
これらの仕事が学びの入口となり得たのは、その過程に学習機会が埋め込まれていたからである。議事録の作成で議論の論点を整理する力を、調査や資料作成で情報を構造化する力を、レビューと修正の往復で品質基準や判断の勘所を、相談のやり取りで文書には残らない暗黙知を、若手は少しずつ身に付けていた。成果を出すプロセスそのものが、育成のプロセスでもあったのである。
生成AIは、この構造を静かに変える。成果物は短時間で生み出される一方、そこに至る試行錯誤、上司への相談、レビューと修正の往復は大幅に圧縮される。企業から見れば成果物は残り、品質はむしろ向上することさえある。失われるのは成果ではなく、成果に至る過程に埋め込まれていた学習機会である。

では、AIで代替できる仕事を、育成目的で若手に残せばよいのだろうか。企業の視点に立てば、上記業務は、人が従来どおり担うことによる付加価値が相対的に低下している。それを育成目的だけで残すことは、限られた人的資源と時間を、価値創出につながらない活動へ投じることになりかねない。本人にとっても、AIの方が速く正確にこなせると知りながら担う仕事から、貢献実感や成長実感を得ることは難しい。取るべき道は、過去の仕事を残すことではなく、人が担うべき業務から逆算して経験そのものを再設計することである。

第2に、人との関わりを通じて学びを深める接点が希薄化しやすくなる。部下が生成AIに相談し、疑問を自己解決できるようになれば、上司や周囲との細かな接点は減りやすくなる。しかし、その接点は単なる用件処理ではなかった。そこでは、仕事の意味づけ、信頼形成、内省の促進が行われていた。人との関わりが減ると、上司や周囲との関係性が希薄化する。また仕事は処理すべきタスクに見えやすくなる。なぜこの業務を行うのか、顧客や事業にどうつながるのか、自分の成長にどう結びつくのかを理解しにくくなり、目的意識やモチベーションも生まれにくくなる。
この2つの問題に対処するには、育成をAI導入や研修の高度化だけで捉えるのでは不十分である。生成AI時代の育成に求められるのは、研修施策の見直しだけではなく、人がどのような業務を経験し、その経験を通じて何を獲得するのかという育成構造そのものの再設計である。CHROには、生成AI時代の新たな育成アジェンダとして、経験機会の再設計と学習支援の再設計が求められる。

3. アジェンダ①:経験機会の再設計

AIと人の役割を切り分け、人が担う「判断に至る経験」を設計する

第1のアジェンダは、経験機会の再設計である。重要なのは、AIが担える業務を育成目的で人に残すことではない。まず、AIが担う業務と人が担う業務を切り分ける必要がある。そのうえで、人が担うべき業務に必要なスキルや判断力を定義し、そこに至る経験を業務価値のある形で設計し、人材ポートフォリオの充足につながる育成構造として組み込むことが重要である。
切り分けの起点となるのは、生成AI時代に人が担うべき能力の定義である。AIが情報収集や選択肢の提示を担うほど、人に求められる能力の重心は、AIの回答を鵜呑みにせず検証するクリティカルシンキング、問いを立てる力、仮説を構築する力、不確実な状況下で意思決定する判断力、顧客や関係者との対話を通じて合意を形成する力などへと移っていく。
これらの能力を先に定義すれば、与えるべき経験も具体化できる。例えば、AIの回答を鵜呑みにせず根拠を確かめて誤りを見つける経験、複数のAI案を比較して選択の理由を自分の言葉で説明する経験、AIの分析結果を顧客の文脈に置き直して説明する経験、そして小さな範囲でも自ら意思決定し、結果に責任を持つ経験である。
例えば会議メモでいえば、文字起こしや要約のたたき台はAIが担える。一方で、人が担うべきなのは、何が本当の論点だったのか、意思決定の前提は何か、次に確認すべきリスクは何かを見極めることである。したがって、若手に与える経験も、一から議事録を清書することではなく、AIが作成した会議メモをもとに、論点の抜けや意思決定の曖昧さを見抜き、確認すべき問いを立てる経験へと変わる。
これは、単に作業を残すことではない。人が担うべき判断に至る経験を、品質を担保しながら段階的に渡していくことである。

4. アジェンダ②:学習支援の再設計

暗黙的な育成接点を、業務プロセスに組み込む

第2のアジェンダは、学習支援の再設計である。経験機会を与えるだけでは、人は十分には育たない。その経験が何を意味し、どの能力につながり、次にどう活かされるのかを理解して初めて、経験は学びに変わる。重要なのは、こうした学習支援を、現場の偶然や上司個人の力量に委ねるのではなく、業務プロセスの中に再現可能な仕組みとして組み込むことである。育成の質を個人の善意や経験に依存させず、組織として設計する視点が求められる。

従来、学習支援は、雑務の依頼、進捗確認、手戻り、ちょっとした相談といった日常接点の中で、ある程度自然に行われてきた。上司や周囲は、そうした接点を通じて仕事の背景を伝え、本人がやり切れるよう支援し、経験を振り返るきっかけを与えていた。
生成AIが疑問解消、情報収集、資料作成、論点整理を担うほど、こうした接点は減りやすくなる。だからこそ、学習支援を偶然任せにせず、業務プロセスの中に組み込む必要がある。具体的には、経験前には仕事の目的と期待する学びを明確にする。経験中には、AIの出力をどう評価し、どこで判断に迷ったのかを確認しながら完遂を支援する。経験後には、何を学び、次にどう活かすのかを振り返る。

重要なのは、これらの接点における上司の関わり方である。意味づけでは、作業の指示ではなく、仕事の目的、本人のキャリアにとっての意味、そして期待を言葉にして伝える。完遂支援では、AIが答えを提示する時代には、上司がさらに答えを与えることよりも、本人の思考や判断を深める支援が重要になる。本人がどう考え、どこで判断に迷ったのかを問い返し、レビューを通じて思考を深めさせ、やり切らせる。内省では、日ごろの振る舞いや成果物を題材にした会話や1on1を通じて経験を言語化させ、次の実践につなげる経験学習のサイクルを回す。

そして、この三つの接点がもたらすものは、経験を学びへ変えることだけではない。これらを通じて部下は、「見てもらえている」「挑戦しても支えてもらえる」「質問してよい」「成長を期待されている」という感覚を得る。この感覚が上司との信頼関係を形成し、主体的に学ぼうとする土台となる。
前章で述べたとおり、主体性は個人の資質だけでは決まらない。学習支援の再設計とは、減っていく人との接点を、信頼と主体性を生む接点として業務プロセスへ埋め込み直すことでもある。主体性が生まれるからこそ経験は学びへ変わり続け、結果として人材の成長速度も高まっていく。

おわりに

生成AIは、人材育成を不要にするものではない。むしろ、人が何を経験し、誰とどのように学ぶのかを、これまで以上に意図的に設計することを求めている。
CHROに問われるのは、生成AIを業務効率化や研修高度化の手段にとどめず、人材ポートフォリオを持続的に充足させるための育成構造へと組み込むことである。AIに任せる領域と人が担う領域を見極め、業務価値を持つ経験機会と、それを学びに変える支援を設計すること。それが、生成AI時代の育成の要諦である。生成AI時代に競争優位を生むのは、AIの性能そのものではなく、人が経験から学び、成長し続けられるよう設計された組織である。

アビームコンサルティングは、AIと人的資本経営を融合した「拡張人的資本経営」の推進を通じて、育てるべき能力の定義から、経験機会と学習支援の設計、データ基盤の整備、効果モニタリングまで、一貫して伴走支援する。

Contact

相談やお問い合わせはこちらへ