AI時代の人的資本経営とCHROの新たな役割 第2回 人材ポートフォリオを「情報管理」から「意思決定の土台」へ

インサイト
2026.02.24
  • 人的資本経営
  • AI
  • 経営戦略/経営改革
  • 人材/組織マネジメント
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生成AIの活用が重要な経営アジェンダとなる中、AIをいかに経営の中核に組み込み、競争力や持続的成長につなげられるかが問われている。
本インサイトシリーズ(全6回)は、AI時代の人的資本経営とCHROの役割を再定義し、人的資本の価値最大化に向けた方向性を提示するものである。

第1回では、生成AIは意思決定を代替する存在ではなく、複雑な情報を整理し、論点と選択肢を構造化することで、CHROの意思決定力を拡張する存在であることを示し、「拡張人的資本経営」という概念を提起した。
参考インサイト:AI時代の人的資本経営とCHROの新たな役割 第1回 「拡張人的資本経営」による知的資本の最大化

第2回では、CHROの意思決定力が問われるテーマの一つである「人材ポートフォリオ」に焦点を当てる。人材ポートフォリオは、人的資本経営を実践するうえでの中核概念である一方、経営の意思決定に十分に活かされていない現状が散見される。そこで本インサイトでは、生成AIが人材ポートフォリオを経営層の意思決定を支える枠組みとして機能させる方法を考察する。

執筆者情報

  • 佐藤 一樹

    佐藤 一樹

    Director
  • 小坂 駿輔

    小坂 駿輔

    Senior Consultant

人材ポートフォリオが「意思決定の土台」になっていない現実

本章では、人材ポートフォリオの定義や本来果たすべき役割を整理したうえで、それが多くの日本企業において経営の意思決定に十分活用されていない背景を明らかにする。あわせて、事業戦略と人事データ、環境変化、経営の論点との間に生じている構造的な断絶に着目し、人材ポートフォリオが「管理のための可視化」にとどまってしまう要因を紐解く。

人材ポートフォリオの本来の役割

人材ポートフォリオとは、企業が中長期的な経営戦略や事業戦略を遂行するために必要な人材を、「量(人数・工数)」と「質(スキル・経験・コンピテンシー)」の両面から可視化・分析し、どの事業領域にどのような強みを持つ人材をどの程度配分すべきか、という経営上の投資判断を支えるフレームワークである(図1)。人的資本を単なる「コスト」ではなく「資本」として捉え、その価値創出とリターンを最大化するための経営リソース配分の設計図として位置付けられる。

図1 人材ポートフォリオのイメージ

現場に横たわる「管理のための可視化」という壁

しかし、多くの日本企業において、人材ポートフォリオは経営の意思決定に直結していないのが実態である。その要因は、大きく分けて3つの断絶にある。

  1. 事業戦略と人事データの断絶
    多くの企業では、従業員の職務経歴書や評価結果、研修受講履歴などのデータ自体は蓄積している。しかし、それらはあくまで「人」に紐づく属性情報であり、「事業戦略を実行するために必要な具体的スキル」というフィルターで再構成されていない。
  2. 静的データと動的環境の断絶
    従来の手法は、数カ月かけてスキルの定義を行い、全従業員にアンケートを取ってスキルの可視化を試みるというやり方である。しかし、完成した頃には市場環境や技術トレンドは変化しており、データは既に「使えない過去の情報」となってしまっている。
  3. 「事実」と「論点」の断絶
    「現在、デジタルスキルを持つ人材が〇〇人いる」という事実が可視化されても、「その人数で来期の新規事業創出に足りるのか」「不足している場合、外部採用と内部育成のどちらが最適解なのか」といった、経営が判断すべき「論点」にまで昇華されていない。

この状態では、人材ポートフォリオは現状を整理した管理資料にとどまり、経営が将来に向けた選択肢を比較・検討するための土台として機能しない。その結果、経営資源の配分が事業戦略と乖離し、成長領域への人材投資や適時配置が遅れることで、中長期的な競争力の低下や機会損失を招くリスクが高まる。人材ポートフォリオの活用は、企業が持続的な成長を目指すうえで、欠かせない取り組みとなりつつある。

AIが可能にするスキル可視化と配置検討の進化

前章で述べた「断絶」を埋め、人材ポートフォリオを機能させる役割を担うのが、生成AIである(図2)。ここで重要なのは、AIは「正解(誰をどこに配置すべきか)」を自動的に決める存在ではないという点だ。AIの本質的な価値は、分散した情報を統合し、人間が深い思考に集中するための「判断材料」を高度に構造化することにある。

図2 人材ポートフォリオを「情報管理」から「意思決定の土台」へ変えるAI活用の全体像

非構造化データからのスキル抽出(情報の構造化)

従来、従業員のスキルの可視化には膨大な手作業が必要であった。一方、生成AIであれば、職務経歴、業務日報、プロジェクトの成果物、さらには評価者による定性的なコメントといった「非構造化データ」を自然言語処理によって解析し、動的なスキルマップを自動生成することが可能である。
例えば、本人が「プログラミングができる」と申告していなくても、過去のプロジェクト実績や技術的なフィードバックの内容から、AIはその人物の潜在的な専門性や、未知の領域に対する適応能力(ラーナビリティ)を推論できる。これにより、従来の画一的なスキル定義ではこぼれ落ちていた「隠れた才能」の可視化が実現する。

未来のギャップ分析と論点整理(補助線の提示)

さらにAIは、内部データだけでなく、市場のトレンドや競合他社の動向、技術論文などの外部データを参照し、「将来必要となるスキルの予測」を行うことが可能である。
例えば、 「現在の事業構造を維持した場合」と「急進的なDXを推進した場合」で、数年後にどのようなスキルギャップが生じるかをシミュレーションし、論点や未来の選択肢、すなわち経営が判断すべき補助線を提示する。これにより、人材ポートフォリオは「現状報告」から「未来のシナリオ検討」のためのツールへと進化するだろう。

【製造業における実践例】スキル推論による戦略的議論

我々が支援したある大手製造業の事例を紹介する。この企業では、長年培ってきた技術力はあったものの、それが具体的にどの程度のレベルで、どの部門に偏在しているのかがブラックボックス化していた。 そこで生成AIを活用し、過去数年分の人事評価コメントを解析。従業員一人ひとりのスキルセットを推論し、組織全体の「スキルヒートマップ」を作成した。その結果、全社的には十分だと思われていた特定の高度技術が、実は退職間近のベテラン層にのみ集中しており、次世代の重点事業を支える若手・中堅層には致命的な不足があることが浮き彫りになった。 この「事実」にもとづき、経営会議では「外部からの専門人材の獲得」と「抜本的なリスキリングプログラムの開始」という、具体的かつ緊急性の高い投資判断が行われた。

もっとも、人材ポートフォリオの高度化を最初から完成形で実現する必要はない。データやスキル定義の粗さを前提としつつ、仮説として使い、対話を重ねながら解像度を高めていく姿勢こそが、AI活用を定着させる現実的なアプローチである。

人材配置を経営の選択肢として捉え直す

ここまで紹介してきたように、AIが整理した人材ポートフォリオや配置シナリオをもとにすることで、CHROは経営陣や事業責任者と、より具体的な議論を行いやすくなる。人材配置を、現場の欠員補充という「調整」のレベルから、経営戦略にもとづく「資本配分の最適化」へと引き上げるのである。

人材ポートフォリオの可視化が生む「戦略的シミュレーション」

全社のスキル資産を可視化することができれば、AIは単なる「適性判断」を超え、組織全体のレジリエンス(復元力)や成長性を考慮した多角的な配置案を提示できる。

例えば、我々が支援したあるメーカーの会社では、新規成長事業への人材配置を検討する際、AIを活用して全社のスキル分布と各事業の稼働状況をクロス分析した。そこでAIは、人材ポートフォリオの解像度が高いからこそ導き出せる、以下の2つの対照的な配置シナリオを提示した。結果、既存事業では仕組み化と脱属人化、さらにAI活用による省人化を同時に推進することを前提に、即効性を重視して既存事業から人材を新規事業へと配置するシナリオAを選択した。

シナリオA:新規事業に必要なスキルの充足度が高い人材の即時投入案

人材ポートフォリオ分析により、既存の成熟事業に従事する人材の中から、新規事業に即転用可能なスキルを既に80%以上保持している層を特定して配置する案である。
経営的論点:立ち上がりは最速で、短期的な成果は出やすい。しかし、既存事業側の「人材余力」を限界まで削ることになるため、既存事業の保守品質の維持や納期遅延のリスクをどの程度許容するかというシビアな判断が迫られた。

シナリオB:人材ポートフォリオの「隣接スキル」を活用した育成併用案

現在は新規事業のスキルを直接は持たないが、スキルの習得構造上「隣接」しており、短期間のリスキリングで転換可能なポテンシャル層を全社から抽出して配置する案である。
経営的論点:事業の立ち上がりは緩やかになる。しかし、既存事業のエース級人材を温存しつつ、全社的なスキルポートフォリオを次世代型へと「底上げ」し、将来の技術人材を強化できる。どの時間軸で投資を回収し、組織をトランスフォームさせるかという論点を提示した。

経営陣の意思決定をつなぐ「共通言語」としての人材ポートフォリオ

AIがこれら2つのプランを提示した際、どちらを選ぶべきかは、データだけでは決まらない。企業として目指す将来像や時間軸、現時点での財務上の余力、さらには組織文化やリスク許容度を踏まえ、最終的な判断を下すのはCHROをはじめとする経営陣である。このとき、人材ポートフォリオは単なる人事管理の資料ではなく、経営陣が将来の選択肢を議論するための共通言語として機能する。
AIが「もしAを選べばこうなる、Bならこうなる」という補助線を引くことで、経営陣は「短期的利益を優先するのか、それとも5年後の組織の姿を優先するのか」といった、極めて経営的かつ哲学的な問いに集中できるようになる。CEOは企業としての将来像や時間軸を描き、CFOは投資回収やリスク許容の観点から判断を行い、事業責任者は現実的な実行可能性を踏まえて議論に加わる。その対話を、人材の量と質という観点から構造化し、橋渡しする役割を担うのがCHROである。
「この事業に本当に必要なスキルは何か」「短期的な成果と、中長期的な人材の充足のどちらを優先するのか」。こうした問いに対し、経営陣が共通の材料を持って対話できる状態そのものが、AIによる意思決定力の拡張である。AIは複雑な情報を統合し、論点や選択肢を構造化し、シナリオとして提示する。
そのうえで、企業としての価値観や時間軸を踏まえ決定するのが経営陣である。この協働関係によって、人材ポートフォリオは初めて経営の言語として機能し始める。これこそが、AIによる「意思決定力の拡張」の真髄である。

人材ポートフォリオが変える、従業員の納得感とキャリア認識

さらに、こうした変化は、経営層やCHROの意思決定の高度化にとどまらず、従業員一人ひとりの受け止め方にも影響を及ぼす。人材ポートフォリオが「管理のための可視化」から「意思決定の土台」へと進化することで、なぜその配置や異動が行われたのか、なぜ特定の育成投資が選択されたのかといった背景を上司が説明可能となる。従業員にとって、会社の事業戦略や将来像と結び付けて異動理由が伝えられることで、従業員は自分のキャリアをより主体的に考えやすくなる。その積み重ねが、納得感を生み、エンゲージメントを支える土台となる。人材ポートフォリオを経営の言語として機能させることは、経営と現場、戦略と個人を結び直す取り組みとも言える。

おわりに

人的資本経営の高度化が進む中で、人材ポートフォリオは「管理できているか」ではなく、「経営の意思決定に活かされているか」が問われる段階に入っている。その中でCHROは、企業がどのような未来を選び、どの事業に注力するのかを、人材の観点から具体化するための意思決定役を担う。生成AIは、そうした転換を後押しする強力な手段である。AIが経営陣の議論の質を高めるための補助線を引く役割を担い、CHROが人材ポリシーや自社のカルチャーを踏まえ、AIが示す補助線を解釈し、関係各所と対話を行う。その往復の中で、人材ポートフォリオは初めて経営の中核として位置づけられる。

アビームコンサルティングは、AIと人的資本経営を融合した「拡張人的資本経営」の推進を通じて、企業の戦略的人材マネジメントを再設計し、戦略構想からデータ基盤整備、AIネイティブ企業へのカルチャー変革まで、一貫して伴走支援する。こうした取り組みにより、AI時代における企業全体の新たな価値発揮を支えていきたい。

次回以降は、この「拡張人的資本経営」の枠組みを、育成やエンゲージメントといった他の領域にも広げ、AIが人的資本経営全体の意思決定をどのように高度化し、組織のエンゲージメント向上や育成の高度化をさせていくかについて、さらに詳しく解説していく。

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