「ケイパビリティ型人材マネジメント」で日本企業の低生産性・人材不足に挑む 第2回 ①経営・事業戦略と連動した人材戦略の実践プロセス

インサイト
2026.01.29
  • 人的資本経営
  • 人材/組織マネジメント
  • 経営戦略/経営改革

日本企業が直面する低生産性と人材の需給ギャップの現状を踏まえ、本インサイトシリーズ(全6回)では、日本企業特有の構造問題を解決する新たなマネジメントモデルとして、「ケイパビリティ型人材マネジメント」について解説している。

参考インサイト:ケイパビリティ型人材マネジメント」で日本企業の低生産性・人材不足に挑む 第1回 なぜ今ケイパビリティ型なのか、背景とアプローチの全体像

第2回では、「ケイパビリティ型人材マネジメント」を進めるうえで起点となる「①経営・事業戦略と連動した人材戦略」をテーマに、なぜ経営・事業戦略との連動が必要なのか、その背景・目的や具体的な実践プロセスについて解説する(図1)。
経営・事業戦略と人材戦略のギャップを埋める要である「ケイパビリティ(組織能力)」を軸に、実効性のある人材戦略へと落とし込むために重要な視点とアプローチを提示する。

図1 ケイパビリティ型人材マネジメントの全体像

執筆者情報

  • 羽田 康孝

    寄田 貴久

    Senior Manager
  • 羽田 康孝

    山本 倫弘

    Senior Manager
  • 羽田 康孝

    福留 和季

    Senior Consultant

はじめに:なぜ今「経営・事業戦略との連動」が求められるのか

「可視化」から「連動」へ――投資家が求める開示の質的転換

伊藤レポートや人的資本可視化指針の公表以降、日本企業における人的資本情報の開示は大幅に進んだ。しかし、初期段階における「データの可視化」が一巡したいま、焦点は開示の「質」へと移行している。

特筆すべきは、2026年3月期より有価証券報告書において、経営戦略と人的資本の「連動性」に関する記載が実質的に義務化される予定である(出典:金融庁「第1回 金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ(令和7年度)事務局説明資料」)。
この背景には、投資家やアナリストからの強い課題認識が存在すると考えられる。2025年4月に金融庁が発表した「人的資本開示に対する海外投資家の着眼点及び開示に関する調査」の結果が示唆するように、資本市場は単なるKPIの羅列や、他社横並びの開示を求めてはいない。彼らが注視しているのは、「その人的資本への投資が、いかなる因果関係をもって経営戦略の実現に寄与するのか」という論理的な関連性である。

投資家への説明責任だけでなく、経営そのものの実効性を高めるためには、戦略の連動は不可欠である。これまで多くの企業が、DX推進やダイバーシティといった流行のテーマに対し、横並びで総花的な投資を行ってきた。しかし、それが本質的な競争力強化に寄与したかについては、懐疑的な見方も多い。人的資本を「コスト」ではなく「投資」と定義するならば、経営はその「投資リターン」を厳格に可視化せねばならないフェーズに入っている。見せかけの対応を脱し、企業価値を真に向上させるためには、投下した資本がどうキャッシュフローを生むのか、その因果関係を経営の意志として明確にする必要がある。さもなくば、リソースを浪費したあげく、肝心のビジネスでは競争力を失っていくという、本末転倒な結果に陥ってしまうだろう。

経営と人事を分断する「画一的指標」の罠

しかし、真の意味で経営と人事を連動できている企業は稀有だ。その主因は、企業の業態や事業フェーズにより「競争力を高めるための能力」は千差万別であるにもかかわらず、多くの企業が「人材ポートフォリオの充足率」や「エンゲージメントスコア」といった画一的な指標で、戦略実行の要諦となる組織能力を管理しようとする点にある。戦略の文脈を無視した一律の指標では、本質的な競争優位は築けない。

本インサイトでは、この不整合を解消し、自社の勝ち筋に直結した能力を特定するためのフレームワークを提示する。

経営・事業戦略と連動した人材戦略とは

企業の状態に応じた「ケイパビリティ」を見極めること。これこそが、我々のコンサルティング経験から得られた、長年分断されてきた経営・事業戦略と人材戦略を真の意味で連動させる解である。本章では、この「ケイパビリティ」について詳述する。

経営・事業戦略と人材戦略の連動の要となる「ケイパビリティ」

経営・事業戦略と人材戦略が連動している状態を、我々は「個人と組織が一体となって機能し、『変革に必要な組織能力(ケイパビリティ)』が明確化されている状態」と定義する。
このメカニズムを解明するためには、ケイパビリティを以下の三層構造で捉える必要がある(図2)。

1. インプット:個人の状態 × 組織の土壌

まず起点となるのは、「個人の状態」と「組織の土壌」の掛け合わせだ。ここで言う「個人の状態」とは、各自が有する専門スキルのみならず、コンピテンシーやモチベーション、ウェルビーイングを含んだ包括的な概念である。どれほど従業員個人のスキルが高くとも、意欲が欠如し疲弊していれば、そのポテンシャルは十分に発揮されない。同時に、それを受け止める組織側の支援や風土が整っていなければ、個の力は空転する。

2. プロセス:チームの状態

個人と組織が一体となって機能した時、初めて理想とする「チームの状態」が形成される。 例えば、「挑戦行動が頻繁に見られる」といった集団的な振る舞いである。しかし、留意すべきは、この「チームの状態」そのものは、まだケイパビリティの前段階(先行指標)に過ぎないということだ。単に「挑戦している」だけでは、それが成果に結びつくとは限らないからだ。

3. アウトプット:ケイパビリティ

「個人の状態」「組織の土壌」「チームの状態」の相互作用により、持続的な価値創出の源泉となったものが「ケイパビリティ」である。 例えば、挑戦行動が増えるというチームの状態だけでなく、挑戦を成果に繋げるためのスキルやコンピテンシーの伸長という個人の状態変化や、挑戦を持続的に促すための失敗を許容する土壌といったものが掛け合わされることで初めて、「新たなイノベーションが次々と生まれる土壌」というケイパビリティが導き出される。

図2 ケイパビリティの構造

企業類型に応じた「ケイパビリティ」

では、企業には具体的にどのようなケイパビリティが求められるのか。我々のコンサルティング支援実績から明らかになったのは、すべての企業に共通する「正解」は存在しないという事実だ。企業の置かれた状態、すなわち「4つの企業類型」によって、獲得すべきケイパビリティは変化する(図3)。

図3 4つの企業類型モデルと必要なケイパビリティ

例えば、類型①「事業ポートフォリオ変革型」に該当する自動車メーカーのケースを紹介する。EV化(電気自動車)やSDV化(ソフトウェア定義車両)への転換というパラダイムシフトの中、彼らに求められるのは、既存の延長ではない新たな提供価値の確立だ。そのため、ソフトウェア開発などの技術的競争優位をいかに早く確立できるかが、生死を分かつことになる。

一方、類型②「グループシナジー最大化型」に属する総合商社や金融グループは異なる。彼らの主戦場は、急激な技術的断絶への対応よりも、保有する多様なアセットを組み合わせ、「1+1」を「3」以上にするコングロマリット・プレミアム(複合事業によるシナジーで企業価値が高まる効果)の創出にある。ここでは、組織間の壁を越えたシナジー創出が鍵となる。

しかし、一企業が単一の類型に当てはまるわけではない点に注意が必要だ。 自動車メーカーも既存事業ではシナジーによる収益向上が求められ、逆に総合商社や金融機関も、脱炭素やAI領域では新たな技術的競争優位の獲得が必須となる局面がある。

つまり、一社の中に「複数の戦い方」が混在しており、文脈に応じて必要となるケイパビリティも複数リストアップされる。 だが、企業のリソースは有限であるため、経営と人事を真に連動させるラストワンマイルは、これら複数のケイパビリティに対し「投資の優先順位」をつけるプロセスにある。 次章では、この優先順位付けを含めた実践プロセスについて紹介する。

経営・事業戦略連動型人材マネジメントの実践プロセスと戦略的観点

本章では、ケイパビリティ特定の実践プロセスや、その後続フェーズである人材ポートフォリオの策定において外してはならない考え方を解説する。

ⅰ実践プロセス━━経営・事業戦略の解像度向上とケイパビリティ特定

ここでは、前章で触れた企業類型①「事業ポートフォリオ変革型(自動車メーカー)」と、類型②「グループシナジー最大化型(金融機関)」を例に、そのプロセスを辿っていく。

ⅰ-1. 経営・事業戦略の解像度向上(「土俵」と「勝ち技」の見極め)

ケイパビリティの特定において陥りがちな罠は、戦略の「言葉」だけを拾い、表層的なスキルを定義してしまうことだ。そのために、まず着手すべきは、戦略の解像度を上げ、「どこで戦うか(土俵)」と「どう勝つか(勝ち技)」を明確にすることである。

自動車メーカーの例で見れば、EV化やSDV化へのシフトは不可逆な潮流だ。足元ではEVの成長に減速傾向が見られるものの、中長期的な脱炭素化やデジタル化の対応は企業存続に不可欠である。重要なのは、その「強度と速度感」の意思決定だ。全EV化か、ハイブリッドを残しSDVで差別化するか。この濃淡が「土俵」と「勝ち技」を決定する。

一方、金融機関の場合はどうか。金利復活などの好材料はあるが、既存事業だけでは成長に限界がある。求められているのは、単なる異業種参入ではない。銀行×商流など、既存事業の掛け合わせで「新たな土俵」自体を創出することが重要になる。具体的にどの事業を創出し、既存事業をどう位置づけるか、明確な意思決定が求められる。

漠然と「EV化に対応する」「新規事業を創出する」というレベル感ではケイパビリティを特定することはできない。どの領域でどのような競争優位で勝つのかを特定することが重要である。

ⅰ-2. ケイパビリティの特定

次に、その土俵で勝つための競争優位を踏まえて、必要なケイパビリティをリストアップする。

自動車メーカーがEV/SDV領域で、「運転の楽しさ」や「シームレスな体験」といった質の高さを競争優位とするなら、技術を自社でコントロールするための「電動化技術」や「SW内製開発力」などが必須のケイパビリティとなる。 対して、もし「圧倒的な価格競争力」や「量産規模」で勝負するなら、自前主義にこだわる必要はない。むしろ、他社との提携や買収を迅速に進めるための「PMI(M&A後の統合プロセス)実務力」や、異質な組織を融合させる「カルチャー融合」こそが、勝敗を分かつケイパビリティとなるだろう。

金融機関の場合、前述のように「既存事業の掛け合わせによる新事業創出」が勝ち技となるならば、複数事業を横断して価値を構想する「イノベーション創出力」がケイパビリティの中心となるだろう。

だが、自社内でのリソースは有限だ。そのため、候補となるケイパビリティには、投資の優先順位づけが不可欠となる。その判断軸となるフレームワークが、「ケイパビリティポートフォリオ」である(図4)。

図4 ケイパビリティポートフォリオによる投資の優先順位付け

優先付けは、ケイパビリティの候補を「経営・事業戦略上の重要度」と「競争優位への貢献度」で評価するという方法で行う。「経営・事業戦略上の重要度」と「競争優位への貢献度」がともに高いケイパビリティは優先投資領域に属し、「経営・事業戦略上の重要度」は高いが「競争優位への貢献度」が低いケイパビリティは現状維持・投資効率最大化領域に属する。その他のケイパビリティは、事業領域に応じた選択的投資や、AIや外部リソースへの代替などによる投資適正化を行う必要がある。
例えば、EV化・SDV化の推進を経営戦略のコアとし、質の高い新たな運転体験を競争優位とすることを目指す自動車メーカーであれば、「電動化技術」「SW開発力」などが優先投資領域になり、自前でのケイパビリティ獲得に向けたあらゆる投資を行うことになる。一方で、直近数年間は従来のICE(内燃機関)車やハイブリッド車で収益を立てていくことになるため、「高度なすり合わせによる内燃機関開発力」や「グローバルでの大量生産能力」は、現状維持・投資効率最大化領域となるだろう。
これらのケイパビリティはいずれも欠かすことができないため、同時並行で全てのケイパビリティに投資することになるが、このような優先付けにより、投資額の大きさ・投資スピードを決め、動的な投資配分を進めていくことが重要である。

ⅱ人材ポートフォリオの策定・管理における3つの戦略的観点

ケイパビリティが特定されたとしても、その獲得をスローガンとして掲げるだけでは意味がない。人事が運用可能な「人材ポートフォリオ」へと変換・接続させ、人材マネジメントへ落とし込むことが必要である。

しかし、人材ポートフォリオを策定する際、多くの企業が陥るのが「人数あわせ」の罠である。単に「何人足りない」という需給調整に終始しては、戦略的な価値はない。

詳細な実践プロセスは、本シリーズの次回テーマ「人材ポートフォリオ」にて解説するため、本インサイトでは経営・事業戦略と連動した人材ポートフォリオの策定における3つの戦略的観点を紹介する。

A. 経営・事業戦略との連動:ケイパビリティに応じた管理単位設定

「新たなイノベーションが次々と生まれる土壌」といったケイパビリティの粒度では、個々の従業員と紐づけ、実際に人材マネジメントへ落とし込むことは困難だ。したがって、ケイパビリティを、人材マネジメントを実行するための適切な粒度に、つまり人材ポートフォリオの管理単位へとブレイクダウンする必要がある。

肝要なのは、ケイパビリティごとに管理単位を変えることだ。自動車メーカーのように、高度専門職の採用が前提なら、「バッテリーエンジニア」など社外労働市場と共通の「ロール」や「スキル」単位で管理すべきだ。 一方、金融機関のように、複雑な調整や構想力が求められ、社内育成を前提とするなら、「ビジネス開発」や「次世代リーダー」といった自社固有の人材像で管理するのが適している。他社の模倣ではなく、自社ケイパビリティに即した設定が求められる。

B. 経営・財務目標との連動:適正な労働分配率にもとづくアロケーション(資源配分)

管理単位の設定のほかに、将来的にその人材が何人必要か(To-Be要員数)を算出する必要があるが、ポイントは、適正な労働分配率を設定することである。

例えば、既存事業の競争力強化が必要な場合は、経営目標となっているP/L(損益計算書)から逆算される想定人件費を上限に、適切なアロケーションをすることが必要である。
新規事業の立ち上げが必要な場合も基本的な考え方は同様である。必要な人材像をバリューチェーンごとに分解したうえで、将来想定する事業規模・利益目標から逆算し、各人材像の必要数を定め、その中での投資アロケーションを行う。

各事業・部門側の言いなりで要員数を定めるのではなく、経営・事業目標と連動して全社最適な要員計画を作成することこそが、人的資本経営の実践の要である。

C. 外部環境との同期:環境変化を踏まえた人材の質・量の設定

上記A、Bにも関わる観点だが、外部環境の不可逆的変化も無視できない。特に「人材不足の深刻化」と「生成AIの台頭」は、質・量を左右する決定的な変数だ。 労働人口減少により、人材の「量」の確保は物理的限界にある。加えて、生成AIは「質」と「量」の定義を劇的に書き換える。AI代替による省人化が進む一方、人間に求められる付加価値ハードルは上がっている。

そのため、人材ポートフォリオは、過去の延長ではなく、市場・技術変化を組み込み、ゼロベースで需給を再定義する動的プロセスでなければならない。

まとめ

本インサイトでは、経営・事業戦略と人材戦略を真の意味で連動させるための意義と、その具体的なプロセスについて詳述してきた。

改めて強調したいのは、経営・事業戦略上の目標を、いきなり人材像や細かなスキル要件に分解しようとしても、そこには大きな乖離が生まれるという現実だ。このギャップを埋める要諦こそが、「ケイパビリティ」の特定にある。

自社が現在置かれている状態や事業フェーズを正しく見極め、将来獲得すべき「ケイパビリティ」を特定すること。そのうえで、「ケイパビリティ」を経営・事業と人事を結びつける共通指標として設定することで初めて、絵に描いた餅ではない、実効性のある人材ポートフォリオが描けるようになる。

アビームコンサルティングは、「事業×人」の視点から経営・事業戦略と人材戦略の高度な連動の実現を支援し、日本企業特有の課題を踏まえ、抽象的な戦略を現場で勝てる「ケイパビリティ」へと具体化するための知見を有する。構想を机上の空論で終わらせることなく、実装から成果創出まで徹底的に伴走し、変革を完遂させるまで支援する。

次回以降は、この戦略連動を具体的な「実行」のフェーズへと移していく。次回のテーマは、人材マネジメントを考えるうえで前提となる「人材ポートフォリオマネジメント」である。As-Is(現状)とTo-Be(あるべき姿)のギャップを可視化し、動的な最適配置を実現するための実践論を展開する。

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