企業価値向上のドライバーを探す ~稼ぐ力と成長期待をいかに押し上げるか~

インサイト
2025.02.05
  • サステナビリティ経営
1459471512

環境変化が激しい昨今、日本企業には企業価値向上に向けた変革が求められ、「稼ぐ力の創出」や「成長期待の醸成」が重要な経営アジェンダとなっている。加えて、企業の資本効率や事業の収益性を表す「ROIC」を経営指標や事業別の資本収益性指標として活用し開示する企業が増えており、ROIC経営に注目が集まっている。東京証券取引所が「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願いについて」という通知文を企業に提示したことも、企業が経営のあり方を考える大きなきっかけとなっている。

アビームコンサルティングでは、「日本企業の価値向上」をテーマに、当社エグゼクティブアドバイザーであり、非財務資本と企業価値とを結ぶ「柳モデル」を確立した早稲田大学大学院会計研究科 客員教授の柳 良平氏と、同エグゼクティブアドバイザーで「逆ROICツリー展開」による現場レベルでのROIC向上支援を推進する日本CFO協会理事の日戸 興史氏によるセミナー「企業価値向上のドライバーを探す~稼ぐ力と成長期待をいかに押し上げるか~」を開催した。企業の稼ぐ力を示すROICの向上や企業価値を本質的に高めるために必要な取り組みや推進方法について、柳氏、日戸氏に加え、アビームコンサルティング 企業価値向上戦略ユニット長 斎藤 岳を交えて行われたパネルディスカッションの内容をもとに解説する。

(本稿は2024年9月24日開催セミナー「企業価値向上のドライバーを探す~稼ぐ力と成長期待をいかに押し上げるか~」をもとに再構成しています)

写真:左から当社エグゼクティブアドバイザー 柳氏、同 日戸氏

新たな成長の芽を生むためのステークホルダーコミュニケーション

企業が継続的な成長を実現するには、非財務資本を定量化するだけではなく、新たな成長の芽を生むためにステークホルダーといかにコミュニケーションを取っていくかが重要な鍵になる。エクイティスプレッド(投資指標)をプラスにする、つまりROE(自己資本利益率)8%以上にすることにより事業を拡大し、ハードルレートよりも高い収益性を上げていくことで、さらに投資ができるといったサイクルに繋がる。そして、投資をすることにより従業員が成長の機会を得て挑戦ができるようになり、新たな企業の成長の芽を生み出し、さらに収益性を上げるスプレッドを作っていくことで投資家から信任されるようになる。

「投資家から真に評価される価値創造ストーリーとは何か。そもそもステークホルダーは投資家だけではないが、例えば、長期的な投資家や株主にいかに非財務資本の価値を伝え、理解してもらうかということを中心に考えるべき。」と柳氏は語る。また社外のみならず、従業員に対して非財務の価値を説明し、自らの取り組みが企業価値につながっていること、社会的に意義深いことを意識させ、モチベーションを高めることも必要だという。さらに、「日本企業のESGは、ESGのためのESGにとどまっている。経営価値を創造するESGが必要。得てして日本企業は低いPBR、低いROEの“隠れみの”にESGを使っているのではないか。」という海外投資家の指摘を紹介する。

実際、日本の統合報告書の任意開示数は世界1位であるが、PBRやROEの値は少なくとも先進国レベルでは「最貧国」という状況にある。
柳氏が投資家に対して行ったアンケート結果1によると、過半数が「日本企業はESG非財務資本と企業価値との関連性を証明すべき」と回答している。「15年間毎年、世界の投資家100人から200人に取ったアンケートの結果で証明されたように、長期投資家に訴求すべき点は非財務資本と企業価値の関連性である」と柳氏は語る。そして、「日本企業は単年で数字を見がちであるため、取り組みの成果が数年後に表れる“遅延浸透効果”をもとに説明ができることが大事なポイントになる」と斎藤は述べる。

早稲田大学大学院会計研究科 客員教授
柳 良平氏

「ロングターミズムが柳モデルの必須条件で、ショートターミズムはその均衡を破壊する。柳モデルでは遅延浸透効果自体が織り込まれており、5年後・10年後に企業価値を高めることを証明している。5年・10年の経営で如何に企業価値を高めるかを、エビデンスベースと相関と因果のストーリーで説明していくことが必要。」と柳氏は語る。

これはショートターミストへのアンチテーゼにもなるという。例えば、人件費・研究開発費を切ったほうが利益は上がる。あるヘッジファンドでは、人件費・研究開発費の積極投入に対して、それらを過度に削減することでEPS(1株当たり純利益)を大幅に引き上げることを提案するが、それに対して柳氏はノーを突き付けるべきだと語る。なお、人件費・研究開発費は、将来企業価値を高める『将来のための投資』と語るだけだと説得力がない。柳モデルのエーザイの事例では、人件費は5年後、研究開発費は10数年でPBRを高めることを統計学的に証明している。研究開発のパイプラインや人材の定性的な説明に加えて、アカデミックな統計エビデンスがあるため、ロングタームの投資家はそれを支持する形になる。遅延浸透効果、ロングターミズムに基づいた説明ができる。

「トップのコミットメントは大事。社外取締役ともエンゲージすることで支援を得ることになる。」と話す。柳氏がエーザイCFO当時、従業員向けに決算労使協議会において決算書の説明に加え、柳モデルとインパクト会計により雇用と従業員教育の重要性を説明したことで、組合も支持を表明するなど社員のモチベーション向上にも繋がった。「会社は人なり。最終的には社員のエンゲージメントが一番重要」と語った。

先述したように、ESGの取り組みはそれ自体が目的ではなく企業が中長期的に成長するための投資であり、5年後、10年後にいかに成長していくのかをしっかりと従業員にも説明することで、長期志向の株主に説明することが好循環を呼ぶことになる。

1 柳良平,『CFOポリシー〈第3版〉: 財務・非財務戦略による価値創造』, 中央経済社, 2023年.

企業価値を最大化するROICマネジメント

アビームコンサルティングでは、日本企業のROIC経営と企業変革に向けた取り組みの実態を把握し、企業価値向上の実現との相関を明らかにすることを目的に、「進化するROIC経営の実態調査」を2023年10月に実施し、当セミナーでもこの結果に触れている。調査の結果から、PBR1.3倍以上の企業と、PBR1.3倍未満の企業の比較を通じて、メリハリのある事業ポートフォリオの組替の有無とともに、事業撤退の意思決定の有無がPBRに影響を及ぼしていることが判明した。

当社の斎藤は、オムロン株式会社の車載事業撤退の事例を出し、撤退がもたらしたPBRの影響について日戸氏に聞いた。
日戸氏は、「投資家は当然、事業の競争力に着目するが、その中でも特に経営者の執行力を見る。PBRは投資家の評価であるため、経営者がいくら事業に愛着を持っており、企業にとっての痛みが強くても、撤退すべき事業を手放す意思決定をすることのPBRへの影響は非常に大きい。オムロンのケースで見ると、車載事業の売却を発表後、投資家から経営陣の有言実行力が評価され、企業価値(時価総額)が大きく向上した。」と話す。

日本CFO協会理事
日戸 興史氏

日戸氏は投資家とコミュニケーションをする中で、オムロンの事業ポートフォリオのうち、制御機器事業とヘルスケア事業の成長率が高く収益性も高い事業であることから、車載事業など他の事業をなぜ持ち続けているか、毎年質問されプレッシャーを受けていたと話す。実際は、車載事業はROIC が10%以上あり売上高成長率も高かったため、「企業価値向上のために事業継続する」という回答をしていた。ただ、自動車業界における構造や事業環境は激変しており、市場シェア・市場成長率の観点では不透明な部分が多かった。業界構造が今後どのように大きく変化していくのか、今は儲かっていても5年先は儲け続けることができるのか。制御機器事業とヘルスケア事業の儲けをつぎ込むのか、といった点について、仮説を立てて検証し、議論を重ねた。その結果、継続的成長のために必要十分な資金や人材を投資できないと判断し、撤退という決断を行った。これがステークホルダーから大きく評価され、メリハリのある事業ポートフォリオを実現した好事例となった。

次に、SBU(ストラテジック・ビジネス・ユニット)のリーダーがROICに対する意識を高める方法について日戸氏に聞いた。日戸氏はオムロンの例を挙げた。事業計画の策定では、4つのビジネスカンパニー内の事業を約60事業セグメントにブレイクダウンし、その責任者がROIC向上のための成長プランを織り込んだ。「4つのビジネスカンパニーの中にビジネスプロセスがあり、共有の資産や共通のプロセスが山ほどある中で、ROIC自体を細かく分解し、共通コストを配賦しても全く意味がない。」と日戸氏。

ROICはあくまでも4つのビジネスカンパニー単位で算出しており、カンパニー下にある合計60の事業は、ROICの構成要素である売上総利益(率)、研究開発費(率)、販売促進費(率)を中心に、ROICの分子を構成するカンパニーの中での収益性を評価していた。ROICの分母(投下資本)側は、60事業で在庫は分けて管理するものの、カンパニーでの分母全体にどうアタックして競争力を上げていくかを検討していた。
目指すROIC経営があったからこそ、全部門が前提、目的、目標、実行計画を共有し、全体の目標達成に向け協力して取り組み、部分最適にならないように工夫することができた。指標を作りモニタリングをするだけではROICマネジメントは実現しない。「ROICを上げるための打ち手は何か」「いかに成長にリソースを配分するか」という問いを考え、実行し続けることが重要である。(図1)

図1:Enterprise Value Mapによる競争力特定

企業競争力の源泉の追求

企業のパーパスや戦う場を定め、企業価値向上のメカニズムを明らかにしたうえで、拡大再生産と競争力の二つをマネジメントし、スパイラルアップを持続的に行っていくことが企業の競争力を維持拡大するポイントとなる。(図2)

オムロンでの制御機器事業は、モノ売りからコト売りにシフトさせ、収益性も高めていく戦略に舵を切った。「コト売り」には特に主要な業界トップ企業との共同研究をしていくことが不可欠であり、同時に顧客課題の理解が必要だ。
ただ、「部品売り」をしているとなかなか顧客のことを理解できないため、客先に定期的に訪問し、営業力を強化することによって、顧客を理解する。また、モノ売りからコト売りへシフトさせるにあたり、ソフトウェアの質が一つのキーワードになるが、競争力のあるソフトウェア技術者を増やし育てていく、さらには自前主義から脱却してパートナーと連携することにより、強固なソリューションを作り出す。その結果、業界トップ企業との共同研究を増やすことができた。
日戸氏は「何を競争力の源泉にするのか、何が必要でそれをどうお金に変えていくのかというシナリオ感を明確にすることが重要。」と話す。

企業には「深層の競争力」と「表層の競争力」があるが、深層の競争力をどう構築するかが大事になるという。例えば、企業価値の中長期的な向上に貢献するとされている女性管理職比率、育児時短制度利用などについて、外見上の数字だけを追いかけているだけでは競争力には繋がらない。
「因果と相関、両方必要で、柳モデルのエーザイの事例では女性管理職比率が1割改善すると7年後に企業価値が向上することを証明しているが、それに対する研修や育児時短制度、サポートシステム、トップの考え方など、数字の裏にある業務プロセスやカルチャーを変革することにより、どのような価値を生み出したいかを考えることが大事」だと柳氏も語る。

また、投資家目線では長期投資がポイントになる。例えば特許、消費ビジネスモデルなどは参入障壁が高く、成長の源泉を持っている。また、製薬会社のパイプラインも同じであり、イノベーション・R&Dありきで非財務資本と結びついてくるが、イノベーション・R&Dの採択基準や投資額が投資家に効いてくるのだ。

「非財務と財務には連鎖がある。イノベーションの源泉は優れた商品やサービス、ビジネスモデルだが、その担い手であるガバナンス体制が機能するためには、最終的にそれらを結びつけるパーパスまで踏み込み、理念の浸透度、実際のビジネスへの落としこみも重要になる。非財務資本高度化のストーリーを描き実現することによって、競争の源泉や事業参入障壁を作れる」と柳氏。
また、日戸氏も「今後は業務プロセスの競争力・スピードを構築していくことが一つの視点になる。」と話す。変化が激しい世の中を見た時に、どう自社を変化させ、価値を創造していくのか。事業価値と社会的価値を可視化・定量化することがその解を紐解く第一歩となる。また、これらが競争力、将来への源泉に如何に繋がっていくのかを株主や従業員に伝えること、人的資本や知的資本も含めた変革への投資もポイントになるだろう。

図2:「拡大再生産サイクル」と「競争力」の二つのマネジメント

まとめ

柳氏、日戸氏の対談を通じて、企業のPBR(株価純資産倍率)を向上させるためには、非財務情報や無形資産を「見える化」することが重要であること、また、そのためには定量的なKPIを設定し、企業の競争力の源泉がどのように関連するかという説明が求められることがわかった。実現にあたっては、そのストーリーを株主や従業員に共有し、経営陣が積極的に投資する姿勢が重要である上、単発的な施策にとどまらず、変革力を維持し、非財務資本への投資を行い、企業が継続的に成長を目指すことが求められる。

アビームコンサルティングは、これまで数多くの経営改革によって培ってきた知見・ノウハウをもとに、ROIC経営や企業価値の向上に資する支援を行っている。
企業ごとの目的や推進ステージに沿ったコンサルティングサービスの提供を通じて、スピーディーかつ確実なROIC経営の実現に貢献していく。

アビームコンサルティングが、2023年10月に実施した日本企業のROIC経営と企業変革に向けた取り組みの実態調査の結果は以下。
日本企業の企業価値(PBR)向上に向けた「進化するROIC経営の実態調査」

企業が社会全体にもたらすインパクトを金銭価値に換算・可視化することで、企業価値の向上を支援するサービスは以下。
インパクト加重会計コンサルティングサービス | ソリューション | アビームコンサルティング (abeam.com)


専門コンサルタント

  • 斎藤 岳

    Principal 顧客価値創造戦略ユニット/企業価値向上戦略ユニット長
  • 小宮 伸一

    Principal
  • 今野 愛美

    Director

Contact

相談やお問い合わせはこちらへ