DX時代を生き抜くための効果的な人材育成とは
第1回 IPA「デジタル時代のスキル変革等に関する調査レポート」に見る人材育成の方程式

 

2021年9月15日

デジタルテクノロジービジネスユニット ITMSセクター
井上 覚
鈴木 大介 日高 基成 浦田 康弘

 

人材育成は一朝一夕では進まない。これが言い訳となり、組織的な人材育成を行わず(もしくは散発的な育成を実施し)、デジタル時代をリードできる人材が社内にいないという、課題を抱えている企業は少なくない。
この課題に限らず、人材育成をしてこなかったことから、数々の失敗プロジェクトを生み、大きな負債を抱えてしまっているという事象が多く起こっているのではないだろうか。

図1 人材育成をしてこなかった事による負債の明細(イメージ)

人材育成をしてこなかった事による負債の明細(イメージ)

IPA(独立行政法人情報処理推進機構)から、「デジタル時代のスキル変革等に関する調査レポート」が2021年4月22日に公開された。このレポートからもIT人材育成への課題が浮き彫りになってきていることは明らかであり、各社で人材育成を担っている方々は、どのように人材育成へ取り組めば良いか頭を悩ませていることがうかがえる。
本インサイトでは、IT人材育成の効果的な進め方について、アビームコンサルティングの考えを解説する。第1回は、IPAの「デジタル時代のスキル変革等に関する調査レポート」で公開されている調査結果を要約した一枚図を参考に、調査から見える重要な要素を、アビームコンサルティングが考える人材育成の方程式の「組織の方向性」「個人の方向性」「制度」「環境」「学びのマインド」「学びのカルチャー」の6つの要素と、「学びの戦略」に当てはめ、各要素の内容と要素間の関係性について詳しく解説していく。方程式として見ることで、より自社のIT人材に関する課題が明確化できると考えている。

図2 IPA「デジタル時代のスキル変革等に関する調査レポート」をもとにアビームコンサルティングにて要素分け

図2 IPA「デジタル時代のスキル変革等に関する調査レポート」をもとにアビームコンサルティングにて要素分け
  • 「Copyright デジタル時代のスキル変革等に関する調査(2021年) IPA」※青枠部分当社加筆
    なお、IPAの著作物の利用については、必ず次の使用条件をお読みください。
    https://www.ipa.go.jp/jinzai/jigyou/back.html

アビームコンサルティングが考える人材育成の方程式

人材育成の方程式は、「①学びのマインド」、「②学びのカルチャー」、「A)組織の方向性」、「B)個人の方向性」、「C)制度」、「D)環境」の6つの要素で構成され、「①学びのマインド」+「②学びのカルチャー」を、「A)組織の方向性と、B)個人の方向性のシンクロ率」+学びを下支えする「C)制度」+「D)環境」の係数で掛け合わせたものとなる。ここでお伝えしたいのは、方程式によって具体的な数値を算出することが重要なのではなく、マインドやカルチャーは、組織と個人の方向性とのシンクロや、制度、環境の下支えがあって、はじめて育ち、人材育成が進むということである。
仮にマインドやカルチャーが育っており、社員の学びが進んでいたとしても、組織と個人の方向性がシンクロしていなければ、組織が求める人材要件とは掛け離れたものとなり、真に組織にとって必要な人材が育っているとは言えない。一方、制度や環境が不十分だと、学びは一過性のものとなり、育成の継続性は失われるであろう。
繰り返しとなるが、方程式の各要素が組み合わされることで、はじめて学びが進み、人材が育っていく。

図3 アビームコンサルティングが考える人材育成の方程式

図3 アビームコンサルティングが考える人材育成の方程式

次に、人材育成の方程式の6つの要素について詳しく解説する。

① 学びのマインド
学びのマインドとは、学習意欲のことである。現状に満足し学びに対する意識が低かったり、業務多忙を理由に学ぼうとしたりしなければ、当然ながら人材育成は進まない。
IPAのレポートでは「個人のニーズが低く、企業として学びに対する動機付けが必要」と記載されているが、学びのマインドが低くなる原因は、育成対象者個人だけにあるものではなく、人材育成責任者や指導者側の意識が低いことが起因する場合もある。育成対象者のみならず、人材育成責任者や指導者も含め、学びの必要性を理解し、学ぶことが自身や組織に対しどのような効果をもたらすのかを体験し、意識を変革していくことが必要である。

② 学びに対するカルチャー
学びに対するカルチャーとは、学びを組織でカルチャー化させるということである。カルチャー化とは、学びを常態化させることであり、「学び」が共通言語となり、組織全体で「学び」を意識した会話が行なわれ、学ぶこと自体が仕事の一環となっている状態のことである。例えば、誰かが社内ではじめての事例に携わり、そこで学んだことを組織内へ共有するというのはよくある話しだが、これを上司からの指示のもとで行うのではなく、自らが進んで事例として取りまとめ、発信するというようなことが当たり前に行われるということである。これらは所属するコミュニティ内(部や課など)のある程度気心が知れたメンバー間ではこれまでも行われてきているかもしれないが、部署の垣根を越え、組織全体で行うには至っていないところも多いだろう。組織全体に対して発信するとなると途端にハードルが上がり、実行に移しづらくなる。こうしたハードルを1つ1つ取り除いたり、下げたりすることで学びを進めやすい状況を作る必要がある。
それには、誰もが気軽に発信して良いという空気を作る必要があり、心理的安全性を確保しなければならない。
そして、学びを組織でカルチャー化させるためには、様々な活動が必要となる。そこかしこで「学び」がキーワードとして飛び交う状態を作れるよう、活動を一過性で終わらせずカルチャーとして根付くまで粘り強く続けなければならない。

図4 学びをカルチャー化させるために意識すべきこと

図4 学びをカルチャー化させるために意識すべきこと

A)組織の方向性
組織の方向性とは、組織がどのような人材を求めているのかを具体的に指し示し、それを育成対象者はもちろんのこと、人材育成責任者や指導者も含め、組織全体に浸透させ、どのような人材が求められ目指せば良いのか、共通理解を醸成することである。まず始めに組織の方向性を示さなければ人材育成は進まない。
組織の人材育成責任者や指導者は、これを意識し育成対象者に対しどのような教育を施せば、求められる人材に育て上げることができるのかを具体的にデザインし、指導にあたらなければならない。
仮に、求められる人材像が「デジタルテクノロジーとデータを活用し、ビジネスの変革を行うことができるDX推進リーダー」と定義されていたとしよう。この定義を見てどのように育成を進めれば良いか具体的にイメージする事はできるだろうか。求められる人材が備えるべきスキルや知識が何かを明確化して定義しなければ、何をどう育てれば良いのか、そのためにどのようなアクションを取るべきか具体的な育成のデザインはできない。人材育成を進めるには、まず人材像と人材像が備えるべきスキルや知識が何かを明確にすることが重要なのである。
求められる人材像は、ビジネスニーズの変化や新たなテクノロジーの創出などに伴い、時代とともに変革する。DX時代のいまが正にそうであるが、この変革は数十年や十数年単位で行われている訳ではない。過去を振り返ると、1990年代にはパーソナルコンピューターの普及がありシステムのオープン化が進み、2000年代前半はインターネットの普及によりWeb活用が進み、2000年代後半にはモバイルやSNSの普及、2010年代以降はクラウドや、IoT、AI、データ利活用も進んできている。過言かもしれないが、日々新たなテクノロジーが生まれ、ビジネスニーズが変革していると言える。このため、求められる人材像やスキル、知識は、この変革に合わせて継続的に改訂されていく必要がある。

B)個人の方向性
個人の方向性は、自身が何を目指し、いつまでにどの程度の成長を目指すのか目標を立て、その目標をどのように実現するかをプランニングすることである。そのためには、自身の現在地を理解し、目標とのGAPを把握することが重要である。組織が求める人材像と人材像が備えるべきスキルや知識に対して何が充足できており、何が不足しているのか客観的に捉え、不足する部分を補うために、どのようなアクションを取れば良いのかを具体的にプランニングする必要がある。
個人の目標は、高ければ高いほど良いというものではない。仮にIT部門に所属する入社1年目の新人が「RPAやAIを活用して業務改革を推進するプロジェクトリーダーになる」という目標を立てたとしよう。入社1年目の新人となると、まだRPAやAIがどのようなもので何ができるかも十分な把握ができておらず、会社の事業や業務の理解もなく業務システムに触れたことすらないかもしれない。また、業務改革をどのように進めれば良いかも分かっておらず、プロジェクトをリードする上で必要となるプロジェクトマネジメントに関する素養も備わっていないであろう。このような状態で高い目標を掲げても、そこへ到達するために、まず何から取り掛かれば良いかをイメージすることは難しい。何年か先の成りたい姿についてイメージを持つことは良い事ではあるが、人材育成を進めるためには、個人の目標はある程度、達成可能な地に足の付いたレベルとし、目標達成のために、まず何を行い、次にどうすれば良いか具体的なアクションプランが立てられるようにしなければならない。このアクションプランがないと、育成のための活動が進んでいるかのモニタリングも儘ならない。
IPAのレポートに「個人のニーズと企業との間にギャップが見られる」との記載もあるが、個人の方向性と組織の方向性は必ずしも一致しない。個人が目指す先が明確で、組織の方向性と大きく異なる場合は、無理に組織が求める教育を押し付けても育成は進まない。人材流出につながる場合もある。このような事態にならないように、個人の意見も尊重し、個人が主体的に業務を選択できるような仕組みを作りができると良いだろう。人材市場が枯渇する中、組織が求める人材の確保は難しい。従業員体験(EX:Employee Experience)の向上も企業に求められている人材育成のファクターの1つになり得る。

C)制度
人材育成には、様々な阻害要因がある。例えば、個人の方向性でもお伝えした自身の現在地の把握だが、育成管理者の依頼で自身にスキルや知識がどれくらい備わっているかを定期的にチェックし、育成が進んでいるかを上司および育成管理者は確認しなければならない。しかしながら、これにはある程度の現場負荷がかかることであり、まじめに取り組まれない可能性や、現場に受け入れられず実施されないケースもある。
本インサイトの読者の中にも、過去に人材像や人材像に求められえるスキルや知識を定義し、チェックを行ったが一過性で終わってしまい、上手く活用できなかったという経験をお持ちの方もいるのではなかろうか。他にも、育成対象者や指導者がいくら頑張っても、「組織から評価されないため人材育成に対するモチベーションが上がらない」「スキルマッチした指導者がいないため、育成が進まない」など、人材育成が進まない要因は様々にある。
このような人材育成を阻害する要因のいくつかは、対応する制度の導入により取り除くことが可能である。ただ、対応にはかなりの労力やコストがかかることから、すべてを一斉に実施することは難しい。自社の現状を分析し、何から手掛けると効果が高いのか、クイックに対応できるかなど、対応の順番を見極めていくことが重要である。

D)環境
環境とは、Learning Management Systemなどの「ハード」だけではなく、学びの教材などの「ソフト」に加え、学習時にサポートを受けられる「支援体制」のことである。仮に、「ハード」と「ソフト」は揃っていたとしても、学習時にサポートが受けられる支援体制がなければ、どのように業務で活用すれば良いかなど、学習教材に書かれている以上のことは理解できないだろう。「ハード」「ソフト」「支援体制」が一体となってはじめて、業務に活かせる学びが進み、組織が求める人材が育つ。学びに必要な環境の準備を個人に委ねているようでは、人材育成は進まない。組織が求める人材を育てるために、どのような環境が必要かよく考え、提供しなければならない。
学びに対するカルチャーで学びを状態化することの必要性をお伝えしたが、学びを状態化するためには、いつでも必要な時に学べる環境の提供がある程度必要である。
テレワークが進む中、学びを進めるには、これまでとは異なる環境も必要となってくる。例えば、これまで集合研修で使っていたホワイトボードはオンラインホワイトボードに代わり、ホワイトボード用マーカーはペンタブレットのペンに代わってくるかもしれない。数名ごとのチームに分かれてのグループディスカッションには、チームごとのオンライン会議室やチャットルームが必要となってくるだろう。環境の導入は、コストや運用の負荷もかかってくる。全社一斉にではなく部分的に導入し、効果をモニタリングしながら段階的に広げていくのも1つの手である。

学びの戦略

今回ご紹介した人材育成の方程式に加えて、もう1つ重要なのが「学ぶ内容の鮮度」である。いくら組織内で人材育成がなされていても、学んだ内容自体が古くなってしまうと、その価値は下がってしまうということだ。時代の変化に合わせて必要なスキルや知識も変化し、過去に学んだスキルや知識が重要視されなくなったり、役に立たなくなったりしていく。また当然ながら周囲も同様にスキルや知識を学ぶため、過去の学びは「持っていて当たり前」の価値に変化していくのだ。
ひと昔前は、一度学べば数年は食べていけるという時代もあった。しかしながら、近年では進化のスピードが非常に速く、常に学ばなければ通用しなくなる。更に他社と差別化を図っていくためには、時代を先読みし今後必要となるであろうスキルや知識が何かを考えたうえで、更なる学びが求められる。
このように常に学び続けることが求められる時代とも言えるため、限られた時間を有効に学びに充てる必要がある。どこを目指すべきかを良く考え、そのために何を、どのように学ぶのかの「学びの戦略」が重要となってくる。

図5 学びの戦略

図5 学びの戦略

『雇用の未来』の論文で「2050年までにAIにより47%の仕事が失われる」と論じたことで有名なオックスフォード大学のマイケル・オズボーン博士が発表した論文に『スキルの未来』というものがある。論文中には2030年に必要とされるスキルや知識がランキングされており、1位には「戦略的学習能力」が上げられる。「戦略的学習能力」とは、現状と未来を客観的に捉えて俯瞰し、何を学ぶべきか、どのように学ぶべきか考え学び続ける能力であり、先に述べた「学びの戦略」に通ずるものがある。『スキルの未来』は個人のスキルについて論じられているものと思うが、個人のみならず企業にも必要な能力と考える。また、論文では2030年に必要な能力とされているが、ランキングの順位は別として、「戦略的学習能力」は今まさに必要とされる能力なのである。
『スキルの未来』には、2030年に不要となるスキルや知識についても論じられている。これらのスキルや知識は全く不要となるかと言うとそうではないが、AIが取って代わることで仕事をするうえでの需要が低くなると考えられるものである。
お伝えしたいのは、先を見据えずに、闇雲に学習を進め、将来的に需要が低くなるスキルや知識を頑張って身に付けても無駄になってしまう恐れがあるということである。

人材育成課題への対応

今回は、IPA「デジタル時代のスキル変革等に関する調査レポート」から見える人材育成の方程式を示した。人材育成の方程式の6つの要素はそれぞれに関連性があり、組み合わされることで、はじめて学びが進み、人材が育つということを良くわかっていただけたのではなかろうか。
また、これにより自社のどこに課題がありそうだという目星はつけられたかもしれない。しかしながら、人材育成は闇雲に進めても思うように成果がでない。これは多くの方が痛感されており、どうやって課題と向き合い、何から手掛け、どのように対応すれば良いか悩まれているところだろう。IPAのレポートにも「人材不足と言う前に人材要件の明確化が必要」と示されているが、最初の一歩として取り掛かるべきは、「組織の方向性を示す」ことである。方向性が示せていないようであれば、組織が求める人材は育たない。まずは「組織の方向性を示す」、ここからはじめていただきたい。


次回は、アビームコンサルティングの事例も交えながら、効果的なIT人材育成の進め方について更に深堀していく。

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