ESGのリーダーたちと考える
「サステナビリティ経営」のリアル

(BUSINESS INSIDER JAPAN)

2022年12月19日

サステナビリティ経営へのシフトが喫緊の課題となり、確かな戦略と実践力が求められている。

そうした課題意識のもと、有識者と日本発のグローバルコンサルティングファームであるアビームコンサルティングのメンバーがディスカッションするイベント「Build Beyond.サステナビリティ経営の戦略と実践。その先にあるもの」が11月16日、オンライン開催された。

経営戦略は「価値創造ストーリー」から「価値共創ストーリー」へ

2001年9月11日の同時多発テロの前後で、「さまざまな価値観が大きく変わった」と口を揃えるのは、基調セッション「サステナビリティ経営における日本の課題と展望」を行ったMPower Partners ゼネラル・パートナー 村上由美子氏と、アビームコンサルティング 代表取締役副社長 山田貴博氏

二人とも1990年代前後半から2000年代の前半にかけて、米ニューヨークを拠点に仕事をしていた。その後、気候変動や災害紛争等も加わり、経済的な成長と環境的価値や社会的価値を両立させる、ESG経営へと繋がっていった。

アビームコンサルティング 代表取締役副社長の山田貴博氏

アビームコンサルティング 代表取締役副社長の山田貴博氏。
 

「非財務情報について、欧州を中心に開示におけるガイドラインを定める動きが出てきています。IRによる統合報告書などにおける開示だけでなく、広く開示を義務化していく。

さらにその中でも、企業価値や社会的な影響を定量化する、インパクト会計の算出の動きが活発になっています」(山田氏)

情報開示の義務化はヨーロッパだけでなく、アメリカのSEC(米国証券取引委員会)でも進められ、日本でも金融庁が開示に関する制度整備を進めている。村上氏は、日本の企業や組織におけるスピード感を次のように指摘する。

MPower Partners ゼネラル・パートナー 村上由美子氏(右側)

MPower Partners ゼネラル・パートナー 村上由美子氏(右側)。
 

「少し残念なのは“やらされ感”満載の雰囲気を感じることです。

なぜESGを議論しているのかという問いに対し、それぞれの会社でビジネスパーソンがどのような取り組み意識を持ち、どのようなアプローチで答えることができるのかから始めて、ESGが自社の存在意義や付加価値にどう繋がるかを腹落ち感を持って認識する。

それができると、ESGはコストではなくベネフィット、相対優位性に繋がるという流れが日本の中でも出てくると思います」(村上氏)

山田氏も同意し、次のように語った。

「非財務情報との相関関係を分析して、開示の高度化や社員のエンゲージメント向上、その先の企業の継続持続的な成長、もしくは社会への貢献といった変革テーマに取り組みたいと考えている企業が少しずつ増えてきています。

ESGを経営戦略として定義して、ありたいゴールに向かってロードマップを描き、変革を実現していく取り組みが今まさに求められています」(山田氏)

とはいえ、事業活動の中でKPIとその先のKGIをどう設定していくのか。

「『価値創造ストーリー』として、個人、企業や組織自らが価値創造のプロセスを変えていく必要性があります。

一方で、サステナビリティ経営のゴールは、一企業だけでは推進や達成ができないことがたくさん出てくるので、バリューチェーン上の複数のプレイヤー、消費者も巻き込みながら取り組みを進めていき、価値創造ストーリーを『価値共創ストーリー』に変えていく必要性もまたあるのではないかと思います」(山田氏)

村上氏は「日本はESG後進国と思う必要はありません。逆に日本から世界に向けてベストプラクティスを発信することもできると思います。そのためには、ESGを理解するための共通の物差しを学ぶこと。この点をもう少し努力すれば、日本は世界に対して大きな貢献ができるのではないかと思います」として基調セッションを締めくくった。

非財務情報を見える化するには? 日清食品の事例にヒントあり

セッション2「Digital ESGが導くSX〜日清の企業事例から紐解く〜」には日清食品ホールディングスが登壇。アビームコンサルティングと一緒に取り組む、ESGと企業価値の関連性を可視化するプロジェクトを通して、どのように企業価値向上に繋げていくかについて議論した。

左から、ファシリテーターを務めたアビームコンサルティング 執行役員 プリンシパルの堀江啓二氏、日清食品ホールディングス 取締役・CSO 兼 常務執行役員 横山之雄氏、プロジェクトのリーダーを務めたアビームコンサルティング シニアマネージャーの今野愛美氏。

左から、ファシリテーターを務めたアビームコンサルティング 執行役員 プリンシパルの堀江啓二氏、日清食品ホールディングス 取締役・CSO 兼 常務執行役員 横山之雄氏、プロジェクトのリーダーを務めたアビームコンサルティング シニアマネージャーの今野愛美氏。
 

日清食品ホールディングスは中長期戦略の一つとして環境戦略「EARTH FOOD CHALLENGE 2030」を発表し、ESGへの取り組みを強化していた。もともとESGにおいて指標データはできていたものの、この指標がどのように企業価値向上に結びつくのかを、可視化して明確に説明できておらず、社内外で必ずしも十分な理解が得られていないと感じていたことに課題があった。

その時、製薬会社のエーザイがアビームコンサルティングとともに非財務と企業価値の関連性を定量化する取り組みをしていることを知り、2020年6月から非財務情報と財務指標やKPIなどとの関連性を分析するプロジェクトをスタートさせた。

今野氏によれば、「非財務関連の定量データをどれくらい集められるかが、データ分析と活用をしていく上で肝心」であり、日清食品ホールディングスでは約270〜280の指標を集めたという。

Return On Sustainability Index(俯瞰型分析)

提供:日清食品ホールディングス
 

Return On Sustainability Index Correlation(価値関連性分析)

提供:日清食品ホールディングス
 

「『俯瞰型分析』と我々は名付けていますが、例えばCO2削減が1%改善すると、8年後のPBRが向上している、研究開発費を1%上げていくと7年後のPBRが向上するなど、取り組んでいる非財務が何年後にどのぐらい企業価値に効いてくるのか直接的な関係性を見出していったところが1つ。

もう1つ、『価値関連性分析』と呼ぶ分析手法により、非財務に注力することでいろいろな要素に価値の連鎖が起きて、最終的に企業価値に効いていくはずだという道筋を解き明かしていきました」(今野氏)

このプロジェクトによって日清食品グループ全体としての大きな方向性が見えるようになった。今は次なるステップを目指しているところだという。

「ESG施策を見える化し、価値としてしっかり見ていくことによって、どのESG施策を先行させるべきか明確になっていく。今後もデータを蓄積しながらもっと深く掘り下げていきたい。

また、人的資本経営においても人的資本を見える化するだけではなく、人事施策の効果をいかに定量的に見える化し、ストーリー性を持って説明できるかが重要になってくる。人的資本領域にもデータを生かし、投資家や社会が求めているものに対してしっかりと開示していきたい」(横山氏)

サステナブル・サプライチェーンに必要な3つのデータとは

セッション3「サステナブル・サプライチェーンの実現に向けて」では、自社だけでなく、サプライチェーンまでを含めた変革が必要とされる中、サプライチェーンの現場では何が起きているのか、持続可能なビジネスを続けるためにどのような視点と取り組みが必要なのかを議論した。

左から、アビームコンサルティング執行役員 プリンシパルの西岡千尋氏、同社ダイレクターの今村達也氏。

左から、アビームコンサルティング執行役員 プリンシパルの西岡千尋氏、同社ダイレクターの今村達也氏。
 

今村氏は、以下の背景から、企業として自社の短期的な利益の追求ではなく、中長期的に見た安全性信頼性が求められていると説明した。

①国際情勢における不確実性の高まり

②経済活動におけるサステナビリティに関する共通価値の高まり

③サプライチェーンの複雑化

自社のサプライチェーンに対して社会的責任を果たしていくため欠かせないのがデータの活用だとし、西岡氏はサプライチェーンでデータを活用するには2つの視点があるとした。

1つは自社内に閉じたデータの活用。調達から生産、輸送までデータを繋ぎ、需要予測をAIで行えば、調達や生産計画が最適化され、無駄な在庫を持たずに済み、生産工程においてCO2排出量や水資源の利用を減らして環境負荷を低減できる。

この点はすでに多くの企業が取り組み、成果も出つつあるところである。もう1つは、上流の調達先から下流の出荷先まで企業横断的にデータを連携していくことだ。

「企業横断とは、自社でのデータ利用の範囲を単に広げればいいわけではありません。

例えば取引先から調達した原材料や製品が適切な生産工程を経ているのか、適切な労働対価が払われて作られたものか、その情報まで連携しないと自社のリスクとなります。

そう考えると、サステナブルなサプライチェーンにおいて必要なデータや仕組みは3つ挙げられます。

1つ目は適切な取引だと認証できる仕組み。これによってコンプライアンスやトレーサビリティを確保する。

2つ目はAIによる予測と最適化による環境負荷低減

3つ目は、ステークホルダーと共に最適化していくための標準化とデータ連携、それを成立させるためのプラットフォーム

これらは一社で実現できる話ではないので、業界団体を巻き込んで議論を進めていくことが重要です」(西岡氏)

その実現のために、解決しなければならない課題と解決策とはなんだろうか。

今村氏によると1つ目が組織・プロセスの壁。これに対してはトップを巻き込んだ組織体制構築とプロセス整備が有効だという。

2つ目はデータ可視化の壁。こちらに対しては、パンデミック・紛争・自然災害等のBCP対応の一環としてあるいは強化されるカーボンニュートラル対応や環境規制に紐づけて協力を仰ぐ、また、データ連携、情報開示を契約条件に盛り込む、事業支援と共創など双務的な関係性を構築するといった取引先との情報連携の取り組みが重要だと説明があった。

DE&Iがどう企業価値の向上につながるのか

セッション4「企業価値向上と人財価値向上、Diversity, Equity & Inclusion」では、企業価値を向上するイノベーションの源泉であり、非財務情報として注目され、人的資本の観点からも重要視されるDE&Iについて、SDGインパクトジャパンの共同設立者 兼 Co CEOの小木曽麻里氏と、アビームコンサルティング執行役員 CWOの岩井かおり氏が登壇。

同社での現在までの取り組みと成果、今後の価値創造への期待を語った。

岩井氏はコンサルタントとして日本企業における意識や実態について「DE&Iに取り組むことは必須である」としながらも、「自社にとって多様性を高めることがどういうことに繋がるのか、どういう目的でどういう多様性を実現していきたいのかというストーリーにおいてはまだ十分に考えきれてない」と指摘した。

SDGインパクトジャパンの共同設立者 兼 Co CEOの小木曽麻里氏

SDGインパクトジャパンの共同設立者 兼 Co CEOの小木曽麻里氏
 

「頭では大事だとわかっても腹落ちしていない状況の企業がまだまだ多くあります。日本の場合は社会規範も根強く、無意識の偏見が強い国民性なので、ジェンダーに対する偏見の是正が収益性とどういうふうに結び付くのかという議論がもっと起こらないと、なかなか進みません。

収益性の議論については、多様な考え方が入ることでイノベーションが生まれる、多様性を非常に重んじるZ世代からいい人材が採用できるなどいろいろな要因がありますが、企業ごとにストーリーがあると思うので、もっと咀嚼され実際の戦略に落ちる取り組みが必要です」(小木曽氏)

そんな中、アビームコンサルティングでは、「ABeam Business Athlete®(ビジネスアスリート)」を標榜してワークスタイル変革を行っている。

アビームコンサルティング執行役員 CWOの岩井かおり氏

アビームコンサルティング執行役員 CWOの岩井かおり氏
 

「ビジネスアスリートという名のもと、社員一人ひとりがビジネス界におけるアスリートであるかのように自律的にコンディションを高め、多様なメンバーが個の強みを活かしてチームとして成果を出していくことを目指しています。

この活動は、スマートワーク、ダイバーシティ&インクルージョン、ウェルビーイングの3つの柱で推進しています」(岩井氏)

DE&Iに取り組み始めた頃は、ワークライフバランスの両立支援に力を入れていたが、両立支援策が一通り整備された次のステップとしては、一人ひとりが自分のキャリアにオーナーシップを持って個人の多様性を高めていくことを目的に、社内では得られない経験に自らチャレンジし、それを持ち帰ってきてもらうために副業制度や自己研鑽のための休職制度を整備。

人的資本の最大化‐ABeam Business Athlete Workstyle Innovation

アビームコンサルティングでは、女性リーダー層がチャレンジする場を作り、社内の上位層が意識や視座を引き上げるスポンサーシップ制度と、チャレンジに前向きになれるように社外のメンター制度を用意。数字として女性リーダー数を増やすだけではなく、チャレンジ精神を醸成しチャレンジの場を作ることを仕組みとして支える取り組みを進めている。
提供:アビームコンサルティング
 

「重要なのは、外部に開示するためにDE&Iに取り組むのではなく、DE&Iの取り組みが企業価値につながる価値創造ストーリーを作っていくことです。

また、多様性というと目に見える属性を意識した議論をしがちですが、リスクをヘッジし、イノベーションを高めていく意味では、いろいろな視点、いろいろな知を取り込む認知多様性が求められます。多様性を広める活動が認知多様性に繋がっているか、考えながら推進していかなければなりません」(岩井氏)

現在ではジェンダーダイバーシティに続いてLGBTQや障害者、ニューロ・ダイバーシティと広がりが出てきている、と小木曽氏も続ける。

「もちろんダイバーシティは人権的な側面を忘れてはいけませんが、企業価値の側面としては何ができるのか。ここを伝えるストーリーがもっといろいろと出てくればいいと考えています。

SDGsを進めるときには、若い世代と経営層のギャップを感じることが多くあります。Z世代も含めた声を拾うシステムを作る。そういう活動を進めてメリットを実感し始めている企業が出てきている状況です」(小木曽氏)

4つのセッションを通して、日本企業のESG経営における課題とその改善のポイントが明確になった。企業の経済的価値と社会的価値をともに向上させ、社会課題解決を図っていくこと、そのための実行力が今、求められている。

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