日本のスポーツビジネスの可能性を探る。グローバル展開とエモーショナルコンテンツ強化の重要性

顧客価値創造戦略ユニット Sports&Entertainment 久保田 圭一
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2024年、熱狂のうちに幕を閉じたパリで開催されたオリンピック・パラリンピック。日本選手の活躍を受けて注目されているのが、国内スポーツ市場の発展だ。プロスポーツチームのみならず、企業や行政など多岐にわたるプレーヤーがスポーツビジネスに関わっているが、海外と比べてその市場規模はまだまだ成長の余地があると言えるだろう。自身もプロスポーツリーグの運営に携わるアビームコンサルティングの久保田圭一氏は、市場発展の鍵を「グローバル化」と「コンテンツ強化」、そして「スポーツと企業の協業拡大」だと指摘する。日本のスポーツビジネスが秘める可能性とは。

(聞き手・執筆構成:多田 慎介)

 

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顧客価値創造戦略ユニット Sports&Entertainment
久保田 圭一

売上規模で日本の8倍。海外プレミアリーグ躍進の秘訣

2013年9月、ブエノスアイレスで開かれた国際オリンピック委員会(IOC)総会において、東京が2020年夏季オリンピック・パラリンピックの開催都市に選ばれました。これ以降、日本ではスポーツビジネスの機運が徐々に盛り上がり、2015年には文部科学省の外局としてスポーツ庁が発足しています。私自身もかねてより関心を寄せていたスポーツビジネスに、この頃から本格的に取り組み始めました。

あれから10年強、現在の日本では大別すると5種類のプレーヤーがスポーツビジネスに関わっています。

  1. リーグやクラブなどのスポーツ団体、競技統括団体
  2. スポーツ庁をはじめとした行政機関や自治体
  3. スポーツの会場となるスタジアム・アリーナ
  4. スポーツ用品メーカー、スポンサー企業を含むスポーツを活用して事業推進につなげたいと考える企業
  5. スポーツに関する情報を発信するメディア

これらのプレーヤーがさまざまな局面で協業し、スポーツビジネスの発展に向けて動いているのです。ただ、日本のスポーツビジネスの市場規模はまだまだポテンシャルがあると言えます。

海外のスポーツビジネスを例にとって比較してみましょう。日本のプロサッカーリーグであるJリーグの年間売上高が約1500億円。これに対して、イングランドのプロサッカーリーグ・プレミアリーグでは年間約1兆1500億円もの売上規模を誇っています。ともに90年代に発足したリーグであるにも関わらず、8倍もの差が開いてしまいました。

この違いを生み出す要因は、「グローバルでの取り組み」によるものと考えています。プレミアリーグでは、世界各地からの集客に成功しています。実際に現地でプレミアリーグの試合へ足を運ぶと、ローカルではないインバウンド観光客と見られるアジア系の観客の姿を多く目にします。逆に日本ではなかなか外国人をスタジアムやアリーナで見かけることは少ないと思います。グローバル規模で需要があるためチケット単価を高く設定でき、マンチェスター・シティFCのホームゲームの場合、2万円以上はしますが、Jリーグの場合どの試合も概ね5千円程度です。飲食付きのホスピタリティチケットでは10万円のチケットもあります。

リーグの主要収入源の一つである放映権料も同じロジックで跳ね上がっています。イングランドではスポーツベッティングが合法化されているため、ベッティングとセットで試合観戦をしたいという需要が生まれています。加えて、国際的に注目される試合であれば、テレビ放送やネット配信で視聴したいと考える人も必然的に増えるからです。グローバルでのファン層拡大がもたらす売上への貢献は計り知れません。

少子高齢化で国内マーケットが縮小していく日本のスポーツビジネスにおいては、グローバル化が喫緊の課題だと言えるでしょう。市場を海外に広げていかなければ未来はありません。前述のJリーグをはじめ、Bリーグ(日本のプロバスケットボールリーグ)などではアジアを中心に海外ファン層の拡大に取り組んでいる最中なので注目しているところです。

便利さだけがすべてではない。スポーツ集客に求められる「エモーショナル・バリュー」とは

スポーツビジネスの発展に向けては、行政・自治体とスタジアム・アリーナの連携を強化していくことも重要課題と考えています。

スポーツ観戦の舞台であるスタジアムやアリーナは、日本の場合その多くが「行きにくい場所」にあります。試合開催日には公共交通機関の過度な混雑や周辺道路の渋滞が問題視されることもあり、初めて足を運んだライトなファン層が「もう一度行きたい」と思わなくなる、つまりリピーターを獲得できなくなる要因となっています。

これはスポーツ界全体の大きな問題であり、解決するためには、行政・自治体を含めた街ぐるみでのエモーショナルな雰囲気作りが必要でしょう。

私は2024年夏にパリで開催されたパラリンピックを視察しました。今回のパリ大会のコンセプトは「街全体を会場にする」というもの。この構想は結果的に成功だったと感じています。

率直に言って、パリという街は東京と比べて、決して便利だとは言えません。地下鉄に乗ろうとしてもチケットの買い方が分かりづらく、街なかには公衆トイレが少ない、コンビニも少ない、試合会場の入場口も分かりにくいものでした。便利さが行き届いた東京に慣れている身としては、何かと不便に感じることもありました。

しかし、街全体でパラリンピックを盛り上げようとする雰囲気に満ちたパリを歩いていると、そうした不便さがまったく気にならなくなったのです。なぜなのか考えてみると、我々のような外国人はそもそもパリという街の景観に感動しますし、それに加えて行き交う人々が一様に選手を応援し楽しんでいるというお祭り感がありました。そんな雰囲気を全身で感じることで気分が高揚したのだと思います。この体験から、私は「先進性や便利さだけを追求しても感動は与えられない」と改めて学ばせてもらったように思います。

私が抱いた感動は、エモーショナル・バリュー(感動を生み出す価値)によって生み出されたものです。パリ大会では新しい施設をほとんど作らず、やむを得ず必要になった場合も仮設の建物で済ませていました。それでも我々に感動をもたらしたのは、ターゲットを外国人に定め、外国人が感動するために何を提供すれば良いかを考え、パリという街全体を徹底的に活用する方がエモーショナル・バリューを与えられるという判断だったのではないかと推測しています。

日本を含めた多くの国では、国際的なスポーツイベントを開催する際には、多額の予算を投じて最新の施設を作ろうとするケースがほとんどのように思います。国際大会では明確にインバウンドはターゲットになります。しかし、海外からの参加者は、本当に日本に利便性や先進性を求めているのでしょうか。ターゲットが日本に期待する体験というものを追求し、便利さといった機能的価値だけでなく、日本らしさを感じられる風景や街の雰囲気を活用しながらエモーショナル・バリューをどう提供するかを検討する余地があると思います。

ファンを引きつける“エモーショナル戦略”の重要性

たとえば、近年人気が高まっているスケートボード、ブレイキンといったアーバンスポーツ(都市で開催できる、速さや高さを極限まで追求した華やかな離れ技を競うエクストリームスポーツ)も、新しいステージを作るだけでなく、歴史的な建造物や観光スポットを舞台にしての開催もできるかもしれません。その光景が世界中に伝われば、「日本でスポーツ観戦を楽しみたい」と考える人が増えるかもしれません。

そのためには、行政・自治体を含め、街全体でスポーツイベントを盛り上げていく機運が不可欠です。最寄り駅からスタジアムまで遠いという不便さがあるのなら、その間の路上を埋めるお祭りイベントを毎回開催する手もあるでしょう。あるいは、位置情報を活用したスタンプラリーなどを用意し子どもたちを楽しませることもできると思いますし、どうすればエモーショナル・バリューを生み出せるかを考え、実行していく必要があると思います。

また、試合の集客拡大施策として、クラブがホームタウンである自治体の住民や子どもたちを対象とした「無料招待キャンペーン」などを実施することはよくあります。私自身もFリーグ(日本フットサルトップリーグ)の副理事長としてこうした施策は検討しています。その競技を知らない人に、一度会場まで足を運んでもらう施策として無料招待には大きな意味があると考えています。ただし、その接点で観客にエモーショナル・バリューを提供できなければ、2回目の来訪にはつながりません。

たとえば子どもたちを対象とした無料招待なら、試合前後に選手とコミュニケーションを取れる機会を作ることも有効です。一流選手とふれあうことは、子どもたちにとって特別な体験となるからです。こういった、まずは会場に足を運んでもらうための“トリガーコンテンツ”と、そこからファンになってもらうための“エモーショナルコンテンツ”を組み合わせて設計していくことが、継続的な集客力向上には欠かせません。

また、スタジアムやアリーナへの集客は、スポーツコンテンツだけを考えていては不可能です。その点では、国内でもいくつかの好例が生まれています。

さいたまスーパーアリーナ(さいたま市)では、謎解きイベントなどを独自企画し、集客コンテンツとして活用することで、新たな収入源となっています。

また、2024年10月には、サッカースタジアムやアリーナ、ホテル、商業施設、オフィスなどの複合施設「長崎スタジアムシティ」(長崎市)が開業しました。これはジャパネットグループが手がける事業であり、スタジアムを横断するジップラインを用意し、スポーツコンテンツに限らないコンテンツで多様な収益源を確保するなど、新たなモデルケースとなることが期待されています。

瞬間風速的な集客だけでなく、継続的に街を訪れる人を増やす。スタジアム・アリーナビジネスはそんな可能性を秘めているのです。

クラブと企業の“共創”で築く、新たなスポーツビジネス

アビームコンサルティングでは、2017年のスポーツエンターテインメント部門の立ち上げからこれまでに獲得した知見を生かし、クラブチームやプロスポーツリーグの収益基盤強化に向けた支援にも力を入れています。

基本コンセプトは「Direct to Fan」。リーグやクラブは、試合映像や選手の肖像などのIP(Intellectual Property:知的財産)を所有しています。このIPを活用して新たなコンテンツを作り、直接ファンへ提供することで、稼ぐ力を高めてほしいと考えています。

その一例として、当社では「ライブオークション」という仕組みを展開しています。たとえば、試合後のロッカールームで選手が脱いだ実物のユニフォームにサインをし、ライブ配信でオークション販売することも可能です。

企業側に目を向ければ、スポンサーとして資金提供するだけでなく、さらに幅広い観点でスポーツビジネスに関わろうとする企業も増えています。

アビームコンサルティングもそうした企業の1社です。イングランド・プレミアリーグのトップチームであるマンチェスター・シティFCとの間で、日本における「オフィシャル・マネジメントコンサルティングサービス・パートナー」契約を締結し、同チームがグローバルで培ってきたファンエンゲージメントを高めるCX(カスタマーエクスペリエンス)や組織力を向上させるDX(デジタルトランスフォーメーション)の知見と、当社のコンサルティングサービスを組み合わせ、スポーツ団体や企業に対して、デジタルを活用したCX向上に関する構想策定などに貢献しています。 

マンチェスター・シティFCは、2022-23シーズンには史上8クラブ目となるトレブル(プレミアリーグ、FAカップ、UEFAチャンピオンズリーグの三冠)を達成、また2023-24シーズンの優勝によってプレミアリーグ4連覇という前人未到の快挙を果たし、世界最高レベルのクラブの一つとして、ファン層や事業規模を飛躍的に拡大しています。

その取り組みには日本のスポーツビジネスを発展させる大きなヒントがあると考え、2024年10月にはパートナーシップを更改し、さらなる取り組みを進めているところです。

スポーツビジネスにおけるクラブチームと企業の協業は、このように新しい事業をともに手がけるパートナーシップに変わってきていると思います。また、企業の支援がなければ、スポーツビジネスは成立しません。スポーツ界の発展のため、スポーツ団体側はどのような価値を提供できるのかを考える必要がありますし、企業側にはスポーツは事業に活用できるものだという理解を深めてもらう必要があります。

そのため、私たち自身がビッグクラブとのパートナーシップで得た知見や、パートナーシップを実現するために必要な過程についての知見も、スポーツ界や企業に還元していきたいと考えています。


略歴

久保田 圭一
アビームコンサルティング 執行役員 プリンシパル
顧客価値創造戦略ユニット Sports&Entertainment
一般社団法人 日本フットサルトップリーグ 副理事長
1975年長崎生まれのブラジル育ち。小学生時代をブラジルで過ごし、サッカーの持つ力を肌で感じながら育つ。2004年よりアビームコンサルティングに参画。2013年の東京でのオリンピック・パラリンピック決定をきっかけに本格的にスポーツ領域での事業開拓を開始。2017年にSports & Entertainmentを専門領域としたコンサルティング部門を立ち上げる。プロスポーツリーグ・クラブ、中央競技団体の経営・マーケティング支援、企業スポーツ改革、スポーツを活用した新規事業開発、スタジアム・アリーナの構想策定・ICT計画など、スポーツ産業における全ステークホルダーをターゲットとし、資金循環を生み出すための課題解決に取り組んでいる。著書に『究極の”コト消費”であるスポーツビジネス 成功のシナリオ』(2019、日経BP)がある。


「聞き手・記事構成者」について

多田 慎介(ただ・しんすけ)
求人広告代理店と編集プロダクション勤務を経て、2015年よりフリーランスのライターとして活動。大手企業からスタートアップ、教育現場まで、幅広く取材・執筆を手がける。

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