➀本社と事業部の間
本社は事業部に忖度して事業売却・撤退に及び腰になりがちだが、「この事業から撤退すると、事業の共通基盤を毀損するため、他の事業に悪影響がある」という懸念もそれを助長する。アビームコンサルティングが実施した「進化するROIC経営の実態調査」 (以下、当社調査)によると、実際にPBRが低め(PBR1.3倍未満)の企業は、PBRが高め(PBR1.3倍以上)の企業に比べて、事業撤退に及び腰になっている傾向がうかがえる(事業撤退経験のある比率は、後者が28.3%に対して、前者が11.3%)。
また、本社は事業部側の成長投資が不足しているのに非効率を残しがちであるが、この場合、事業部だけがROIC目標を達成するよう詰められても納得性が薄く、管理コストだけが嵩みかねない。
②事業部の間
日本企業は事業部が強いあまり、サイロ化して顧客視点が希薄化しがちである。つまり、各事業部が個別最適を図るあまり、顧客目線で手を取り合うべき事業部が、顧客を取り合い、コストを押し付け合い、更には成長投資を避けてしまう結果、顧客価値を最適化する機会を逸するというケースが多い。実際、当社調査によると、「改善余地企業」(PBR1.3倍未満かつ事業撤退の経験がない企業)は、「優良企業」(PBR1.3倍以上かつ事業撤退の経験がある企業)に比べて、KPIを絞り込めておらず総花的で、事業部の個別最適の動きをコントロールできていない傾向がうかがえる(事業特性に応じたKPIの絞り込みができている比率は、後者が56.5%に対して、前者が16.4%にすぎない)。
また、そもそも、資本コスト概念が現場に浸透しないどころか、事業部長からして腹落ちしない、ということもありがちである。事業への投下資本の「利回り」を追求すべきと理屈では理解しても、長年染みついたPL思考を払拭することは容易ではない。
③マネジメントとインフラの間
データの持ち方が硬直的で、M&Aなどの投資と事業・組織を柔軟に突き合わせにくい。コード体系が事業部によって異なる日本企業も未だに少なくない。事業別、事業連結のROICを追いかけられる仕組みの構築をデータインフラ投資が嵩むという理由で手控える企業も多いが、ROIC経営がメリハリ投資に必須であると考えれば、それは理由にならない。
当社調査によると、「改善余地企業」(PBR1.3倍未満かつ事業撤退の経験がない企業)は、「優良企業」(PBR1.3倍以上かつ事業撤退の経験がある企業)に比べて、データインフラへの投資を惜しんでいる傾向がうかがえる(Excelでなくシステム管理ができている比率は、後者が33.3%に対して、前者が9.1%)。
④事業部と子会社の間
複数の事業に跨る子会社は、事業部間の板挟みに合うのを嫌がり、個社最適に走りがちである。結果として、連結グループとして子会社での共通在庫の持ち合いが運転資本を嵩上げしてしまう、子会社でリソースを抱え込んだ結果、事業部は子会社のキャパシティが空いているのに外注せざるをえないといったことが起こりうる。
⑤ESGと事業部の間
事業部がESGに要するコスト負担に反発した結果、全社的なESG活動が求心力を失い骨抜きになりがちである。
⑥技術系CxOと事務系CxOの間
多くの大企業では、CxOの専門分化が進むにつれて、技術を所管するCTOやCDOと、経営判断を共に下す、事務系出身のCEOやCFOなどとの「その技術が何に役立つのか」「経営への示唆」面での対話が不十分になりつつある。この結果、R&DやDXなどの成長投資に必要以上に歯止めがかかりがちである。
実際、当社調査によると、「改善余地企業」は、「優良企業」に比べて、デジタル投資の事業貢献を引き出そうとする意欲が弱いことがうかがえる(デジタル投資のROI評価をしている比率は、後者が52.2%に対して、前者が14.6%)。
⑦投資家と経営者の間
投資家目線で、事業リスク相応のリターンが不明瞭になりがちである。成長投資をするにしても、その支出がいつどれくらいのリターンで跳ね返ってくるのか、どのようなリスクがあるのかを説明しきれているケースは多くない。これまでの統合報告書の「価値創造ストーリー」では抽象的すぎて不足、という声も聞く。
他方、KPIありきで従業員の納得感が疎かになり、長期目線の経営者がジレンマに陥りがちである。この場合、個別のKPIを積上げても、「部分最適」「総論賛成、各論反対」の罠に嵌り、「こちらを立てればあちらが立たず」と全社としてのKPI(ROIC)は上がらないことが多い。