CXインサイト: 行動変容型ビジネスモデル

インサイト
2022.06.24
  • 小売・流通
1159550911

「パーパス経営」ブームが到来して久しい。パーパスを語らなければ、経営を語れないという「空気」が漂っている。曰く、「自社の存在意義を社内外に明示することで、関係者を糾合できる」と。確かに、パーパスは、企業の中長期戦略を全社視点で検討する際等には軸となるものであり、その重要性や有用性は高い。

しかし、戦略から実行まで支援し、インパクトにこだわるため現場に入り込むスタイルを重視するアビームコンサルティングの視点からは、「自社」の存在意義である「パーパス」に偏りすぎ、「顧客」の視点が弱くなっているケースが散見される。この顧客視点が弱くなる現象をパーパス偏重と呼んでいる。
特に、「顧客」が主語となるべきCX(カスタマー・エクスペリエンス)の実現に向けて、この傾向が強い。デザイナーが販促のクリエイティブやWebサイトのUI/UXをデザインする際、企業が掲げるパーパスによって表現方法が大きく異なってくるため、デザイナーがパーパスを重視することが、その背景にある。クリエイティブやUI/UXの制作過程におけるパーパスの重要性や有用性も、否定するものではない。しかし、CXとは販促やWebサイトなどの販促施策のように「自社」を主語としたものではなく、「顧客」を主語とした「顧客の体験」そのもののことである。そのため、CXにおいては、自社のパーパスだけでなく「顧客」の視点も重要であることは再確認する価値があるのではないだろうか。

そこで、本インサイトでは、パーパス偏重へのアンチテーゼとして、アビームコンサルティングが提唱しているCXコンセプトの1つの型である「行動変容型ビジネスモデル」を解説する。
まず、具体的なイメージを持って頂くため、先進事例として株式会社ベネッセコーポレーション(以下ベネッセ)の「チャレンジタッチ」についてご紹介する。次に、「行動変容型ビジネスモデル」を解説し、最後に行動変容型ビジネスモデルを実現するための必要条件を解説する。

  • 事例は、外部情報および筆者実体験をもとにアビームコンサルティングが解釈したものであり、当該企業が本コンセプトに基づいていることを示唆するものではない

執筆者情報

  • 財部 透

    Principal
  • 武藤 彰宏

    Director

事例:ベネッセ「チャレンジタッチ」に見る行動変容の本質

ベネッセの社名の由来は、bene「よく」+esse「生きる」という意味で、ベネッセグループの企業理念の中にも「私たちは、一人ひとりの『よく生きる』を実現するために人々の向上意欲と課題解決を生涯にわたって支援します」とある。進研ゼミ 小学講座は、「一人でも理解でき、教科書以上の力まで伸ばせる」「やる気を引き出し 学習習慣をつけられる」ことを特長としている。
チャレンジタッチは、ベネッセが提供する進研ゼミ小学講座のタブレット学習支援サービスである。赤ペン先生が理解度をチェックし記述力まで指導してくれるという長年の実績ある指導方法に加え、つまずきの原因を自動判定し最適な学習を提案するというデジタルの力を最大限に活用した教材である。
(出所: ベネッセグループHP)

特長である「学習習慣をつけられる」という点について、筆者も子どもを持つ一人の親として、ベネッセタッチを「行動変容」の先進事例と考えるのは、下の2点からである。

  • チャレンジタッチと赤ペン先生が、とにかく褒める: タブレットと一緒にプレゼントされた目覚まし時計が朝起きたら「褒める」、タブレットを立ち上げたら「褒める」、問題が解けたら「褒める」、間違えても解き直したら「褒める」、目標を達成したら「褒める」、赤ペン先生が手書きで「褒める」
  • 親にも、褒めさせる: 学習状況を親のスマホに連絡してくれるが、そこで連絡されるのは「褒めポイント」、返信はスタンプでできるがスタンプも「褒めスタンプ」中心

子どもに対して、「タイムリーに褒める」ことが、デジタルの力をフル活用して実現されているのである。

顧客起点でCXを検討する上で、ベネッセのチャレンジタッチから3つの学びが得られる。

  1. 子供は「良い点を取りたい」ということより、「褒められたい、認められたい」と切実に思っており、それを動機に勉強することができる。
    つまり、望ましい行動へと変容してもらうために注目するべきは、自社の機能ではなく、素直な行動原理である。
  2. 親は、「子どもが継続的に自分から勉強する」習慣を持つことを切実に望んであり、それが実現するのであれば、喜んで受講料を支払う。
    つまり、顧客が目指す望ましい方向に、行動を変容することができれば、マネタイズの可能性がある。
  3. 子どもも親も、タブレットという「モノ」に対しても、学習という「コト」に対しても「消費者」という感覚はもっていない。子どもの日常生活が主役であって、その中に「タブレット教材を使った勉強」というワンシーンがあるだけである。
    つまり、自社製品を主役に考えるのではなく、生活者を主役に考える必要がある。

行動変容型ビジネスモデル

上記の学びをフレームワーク化すると、図1のような「行動変容型ビジネスモデル」となる。

図1 行動変容型ビジネスモデル 図1 行動変容型ビジネスモデル

ポイント① 上段に置かれた「生活者の行動」
図1では、望ましい「生活者の行動」へと変容してもらうことができれば、継続的なビジネスモデルを構築できることを示している。ベネッセの事例では、「子どもが自分から勉強する」ことである。 ベネッセの3点目の学びにあるように、ここでは「消費者」や「顧客」という自社視点の呼称ではなく、「生活者」という呼称を意図的に使用している。実際に自社製品・サービスを購入・利用している人々の関心は、それを購入する瞬間でもそれを利用している瞬間だけでもなく、生活全体である。その意味において、「消費者」「顧客」という呼称は、視野狭窄につながる懸念がある。そこで、生活全体に目を向けるべく「生活者」を呼称している。この考えに基づくと、これまでの「カスタマージャーニー」は、あくまでも「顧客」の購買行動を中心として、その一連の流れがストレスなく流れることを重視してきてきおり、「生活者」に向き合うと言うには部分的である。生活の流れの中で、望ましい行動が自然ととられ、それが結果としてビジネスにつながっている姿を構想するべきである。

ポイント② 「生活者の行動」を変容してもらう仕掛け
上記の望ましい「生活者の行動」へと変容してもらうには、ベネッセの1点目の学びにあるように、生活者の素直な行動原理に則する必要がある。生活者は単一目標の最大化を常に考えて行動しているホモエコノミクスではない。生活の各場面で、色々な価値観や制約条件の中で、行動している。しかし、その中でも、多くの生活者がもっている行動原理が存在する。ベネッセの事例では「褒められたい、認められたい」ということであろうし、「自己実現」にフォーカスした事例も存在する。その行動原理を生活者目線で見極め、その行動原理に則したコンテンツを仕掛けとして提供するのである。ベネッセの事例では、「子どもを褒め、認めるコンテンツ」である。

ポイント③ 「生活者の行動」から収穫する仕掛け
あとは、望ましい「生活者の行動」に価値を感じ、素直な経済原理に基づいて、対価を支払ってくれる人から収穫する仕掛けを作ればマネタイズにつながる。ベネッセの事例では、自明のことながら、親から料金を頂く仕掛けである。

ポイント④ 下段で支える「自社社員・ビジネスパートナーの行動」
行動変容型ビジネスモデルは2つのサイクルで成立している。ポイント①~③で説明してきた生活者の行動変容を中心とするサイクル。もう一つは、このサイクルとともに動く「自社・ビジネスパートナーの行動変容」を中心とするサイクルである。

「生活者の行動」を変容してもらうコンテンツ、そこから収穫するための仕掛け、いずれも作り上げるのは自社社員やビジネスパートナーである。経営層が方針を出しても、現場が思い通りに動かないことは日常茶飯事である。現場にいる自社社員やビジネスパートナーが、方針に基づいた行動をとってくれて初めてビジネスは成立する。自社・ビジネスパートナーに対しても、素直な行動原理に基づいて、素晴らしいコンテンツを作成する行動へと変容してもらう仕掛けが必要ということである。

ベネッセの事例でも、これまでの紙教材からデジタル教材に変わる中で、「赤ペン先生に代表されるノウハウを強みに」「デジタルの力を最大限に活用」を、教材制作者の素直な行動原理と両立させるための工夫がなされたものと推察される。

行動変容型ビジネスモデル実現の必要条件:現場力転換

ここまで解説してきた「行動変容型ビジネスモデル」の本質は、「顧客」起点で考えるというビジネスの原理原則に立ち返るということである。デジタル技術の進展により、このビジネスの原理原則が、より高速に、正確に、大量に、精度高く、そしてより個(個人・個々の行動)に対して、行えるようになってきた。生活者のことを理解し、生活者に働きかけることもできるようになってきたとも言える。また、生活者の反応をタイムリーに自社社員・ビジネスパートナーにフィードバックしやすくなったことで、自社社員・ビジネスパートナーの行動変容をさらに促すことも可能になっている。

この潮流をチャンスとするには、デジタル技術の活用に加えて、ビジネスを構築し運営する現場力が必要である。従来のビジネスモデルから「行動変容型ビジネスモデル」のような別のビジネスモデルに転換する際には、これまでの現場力を「強化」するだけでは不十分であり、新たなビジネスモデルに適合した現場力へと「転換」する必要がある。
例えば、生活者の現場の反応に対して、自社社員が行動ベースで反応を起こすには、フィードバックの仕掛けや行動につながるKPI設計が必要である。一方で、行動ベースでのKPIをトレースするデータが揃っていないということがあるかもしれない。また、生活者を「消費者」としてしか捉えない矮小化したカスタマージャーニーに基づいてトレーニングされてきた自社社員に対して、「生活者」として見る視野に慣れてもらう必要があるかもしれない。

アビームコンサルティングでは、ビジネスモデル転換に向けた必要条件は、現場力「強化」ではなく、現場力「転換」にあり、それは「強化」以上に時間を要するため、経営者が覚悟を持って取り組むべきアジェンダだと考えている。

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