企業がスポーツの価値を享受するために 第2回 企業のスポーツ活用におけるコンテンツ価値の向上

インサイト
2025.02.13
  • スポーツ&エンターテインメント
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前回のインサイト(第1回)では、企業とスポーツの歴史を踏まえながらスポーツが持つ7つの価値と、企業がスポーツを活用する際の観点について紹介し、企業がマテリアリティや課題に取り組む際の経営資源としてスポーツを活用できることを説明した。

当社はスポーツの価値を最大限享受するために、企業が保有するスポーツのコンテンツ価値を高めていく必要があると考えている。本稿では、そのための重要なポイントを紹介する。
なお、本稿におけるコンテンツとは、企業が保有するスポーツチームやアスリート、スポンサーシップで得た権利、試合/イベント、競技以外活動やその成果を指している。

執筆者情報

  • 宮原 直之

    Senior Manager

1.スポーツのコンテンツ価値

当社は、チームや選手などのスポーツ活動の主体が、競技や競技外の活動を通じて生み出す「魅力」と、その「魅力」に惹かれ共感して「支援者」となった人の数、「支援者」がもたらす「資金」をスポーツのコンテンツ価値と考えている。また、それらスポーツのコンテンツ価値である「魅力」「支援者」「資金」の3つの要素について、魅力を活かして支援者と資金を増やすことでさらに魅力を高めるという要素間の関係性を「クラブマネジメントサイクル」として整理している。

図1:クラブマネジメントサイクル(当社整理)

そしてスポーツのコンテンツ価値の総量は、関係人口の多さ(量)=「支援者」と、その人々に与える影響(質)=「魅力」で決まり、支援者が増加し、魅力が大きくなるほどコンテンツの価値は高まっていると考えられる。

例えば、企業の陸上部が地域の走り方教室を主催したとき、企業単体で数人の子供たちに教えるよりも、自治体や学校を巻き込み、より多くの子供や保護者を呼び込んで実施したほうが、企業の活動を周知する範囲も広がる。また、外国人選手を起用することで走り方教室に国際交流という付加価値も付与できる。このように、工夫次第で支援者や魅力を増加させ、スポーツのコンテンツ価値を高めることができる。

また、スポーツの魅力が高まり支援者が増えることで、入場料収入や物販収入、スポンサー収入といった資金の増加にもつながり、増収することでさらなる魅力向上に投資できる好循環を生み出すことができる。このサイクルを自社内にも適用し、経営や関係部署にスポーツのコンテンツ価値を示して理解を得ることで、活動資金を増やし、さらに魅力を高めることができる。

さらに、スポーツコンテンツの魅力は、競技力と競技力以外の2つに分類でき、当社は特に競技力以外の魅力を向上させることがポイントであると考えている。
一般的には、スポーツの本質である競技力が高まれば、スポーツコンテンツの魅力の一つであるチームや選手のブランド力が高まるという考え方が主流だが、スポーツの勝敗は「筋書きのないドラマ」と言われているとおり、勝利が確約されているわけではない。実際に、競技から企業名が連想される企業は、スポーツ活動の長期的な支援を続けることで、企業名やブランドを定着させているケースが多い。
つまり、競技力(強さ)というコンテンツ価値は不確実性が高いため、より確実に価値を創出するためには、中長期的な目線を持ちながら、競技力以外の魅力も高めていく必要があるのだ。

2. コンテンツ価値を高める「強さ以外の魅力」

スポーツコンテンツの魅力について、様々な企業のスポーツ担当者やスポーツチーム・選手と対話する中で、今までのスポーツ活動は、競技を通じた魅力訴求に傾倒してきたので、あまり競技力以外に目が向かなかった。自分たちが持っている魅力に気づいていなかったという声が多数聞かれる。
では、強さ以外の魅力にはどのような要素があるのか。例を挙げて説明したい。
以下の図は、当社で整理した魅力の要素の例だが、例えば、チームの歴史によって獲得したブランドや、練習場やスタジアム・アリーナなど設備や場を活かした魅力の創出、試合演出や試合前後のイベント、ファン化を促す身内感覚、自分だけの特別感の創出などがある。

図2:クラブマネジメントサイクル「魅力」の要素例(当社整理)

より具体的な例を「身内感覚の醸成」で説明したい。
「身内感覚の醸成」とは、スポーツチームやアスリートに地縁のある地域で競技以外の活動を行い、チームや選手との距離感を縮めることで企業スポーツやチーム・選手を身近に感じてもらい、支援者を増やすことである。
例えば、昨今、地域活性や健康増進といった文脈でスポーツの活用に積極的な自治体と連携しながら、企業スポーツを活用してもらう方法が考えられる。
実例として、昨年クイーンズ駅伝で優勝した日本郵政グループは、陸上部の主力選手である鈴木亜由子選手の出身地の豊橋市で、2024年から選手名を冠するハーフマラソン大会を開催、3,500人以上のランナーが参加し(そのうち豊橋市民は1/3)参加者と交流している。また、同大会には日本郵政グループスポーツ応援アンバサダーに就任した「ももいろクローバーZ」を招いたプロジェクト活動も実施しており、支援者の増加と魅力を高めている好事例である。(https://www.jpcast.japanpost.jp/2024/06/440.html

別のアプローチとしては、スポーツを行う場所の不足といった地域社会が抱える問題に対し、企業が保有するスポーツ設備の提供を通じて、「身内感覚の醸成」を図る事例もある。
例えば、富士通はFujitsu Technology Park(旧川崎工場)を川崎市民に開放し、市政である市民の生涯スポーツの振興に貢献している。また、富士通はネーミングライツを有するスタジアムで川崎市と毎年「富士通スタジアム川崎スポーツフェスタ」を開催し、近隣地域の親子が2,000組以上参加している。
このように活動範囲を絞りこんだ活動が身内感覚を醸成するポイントで、関係性の濃い支援者を増やせるだけではなく、企画や施策の効果、成果がわかりやすくなるというメリットもある。また、こうしたスポーツ活動を社内外に発信する際、企業姿勢やパーパス、タグラインなどの企業ブランドと整合させることで、支援者に企業イメージや企業活動であることを印象付けることもできる。
上記の事例ではスポーツを軸に企業と自治体、地域住民が交流している。このようにスポーツを様々な課題を解決するための人と人、場と場を接続する接着剤として機能させ、支援者を増やすことが価値を高めるポイントである。何が自分たちの魅力になり得るのかを把握するには、まずは自分たちのスポーツに関する様々な情報や性質、特徴、強みや弱みなどを理解したうえで、支援者になりうる人たちの課題やニーズを観察し、どのようなスポーツの価値を提供することが有益か、どうすれば喜んでもらえるのか、支援者の立場や視点に立って、何が提供できるかを考えることが必要である。

3. 施策効果の測定

企業活動としてスポーツ活動を行う以上、施策の効果・成果を測り、改善を図っていく必要がある。また、スポーツ活動を取り巻く環境やスポーツのコンテンツ価値が高まっているのかを把握し、さらなる改善を図っていかない限り、時代に即した価値を生み出すことはできず、資産としての価値も高まらない。

ではどうやって効果・成果を測るのか。
スポーツの貢献価値を測る指標は大きな課題であったが、コモンウェルス事務局や独立行政法人日本スポーツ振興センターがSDGsに係るスポーツの活用に関する指標を公開しており、その中でモニタリングと評価方法が示されている。
しかし、企業のスポーツ活動の目的はSDGsだけに留まらない。さらに、企業が何を目指してスポーツを活用するのか、方針や狙い、目的が定まっていなければ良し悪しを評価することができない。

そこで、スポーツコンテンツを活用した企業課題やマテリアリティへの対応などをロジックモデルで定義する方法がある。
目指したいアウトカム(アウトプットがもたらす変化や効果)を実現するために必要となる活動全体を要素分解したツリー構造で定義し、アウトカムとアウトプット(活動の成果や結果)に対してモニタリングすべき指標を設けて計測する。
ロジックモデルは、達成したい状態や目指したい姿があり、中期経営計画とタイムラインを併せたPDCAサイクルを回す場合には有益な方法で、企業活動は年度単位で計画・実行を行うため活動結果が期待どおりでなかった場合には、アウトカムにつながる活動やアウトプットを見直すことで、アウトカム実現の確度を中長期的に高めていくことができる。

図3:ロジックモデルの例(当社整理)

ロジックツリー以外にも、BSC(バランス・スコアカード)といった企業で使い慣れたフレームワークを用い、「顧客の視点」で支援者や魅力を評価項目として整理することもできる。BSCモデルの場合、4つの視点全体を俯瞰しながら、それぞれの視点で必要となるテーマを定め、注力すべき施策と評価項目が定義できることから、シンプルに企業への貢献性や関連性を示すことができる。ただし、各活動や施策の必然性や関係性を示すには別途整理が必要になる。

なお、具体的なデータの収集は、スポーツ統括組織以外の組織で取得するデータも存在することから、効果・成果を計測する項目を定義する際には、他部署にも協力を依頼することが望ましい。また、施策実施毎にアンケートを行う、地域を限定してインターネットリサーチを行う、デプスインタビューを行うなど、実際にスポーツ活動に参加した人や対象地域の声を収集することで、データを充実させるとともに、マーケティング観点でのKPI(リーチ数、インプレッション、SNSのフォロワー数)で支援者や魅力を測っていくことが望ましい。

当社は、企業が社会との良好な関係を築き、社会課題に立ち向かい生き残るために、スポーツを強力なコンテンツとして活用できると考えている。一方で、スポーツを通じて企業のブランドを定着させることや、社会にとって必要な存在であることを浸透させるのには時間がかかる。そのため、スポーツ活動を通じて企業価値を高めるには、スポーツコンテンツを長期的に育てていく資産と捉え、時間と手間をかけて資産価値を高めていくという意識が欠かせない。

次回は、スポーツのコンテンツ価値を毀損しないための取り組みや考え方を紹介する。

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