企業がスポーツの価値を享受するために 第1回 企業価値向上に資するスポーツの活用観点

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2024.11.29
  • スポーツ&エンターテインメント
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執筆者情報

  • 宮原 直之

    Senior Manager

1. 連載概要

本連載では、企業がスポーツの価値を享受するためにというテーマを掲げ、スポーツが企業にもたらす価値を最大化させるための考え方や評価観点、価値の毀損防止に必要なポイント、それらを踏まえて企業に求められる対応について、スポーツ領域のコンサルティング支援実績から導き出した独自の知見をもとに解説する。
サステナビリティの潮流が高まる中で、企業は社会的責任の遂行と経済的価値の両立が求められている。その両立に向けて、企業活動がもたらす社会的インパクトの評価や開示、ステークホルダーとの連携といった多岐にわたる取り組みを強化している。このような中で、スポーツを支援している企業は、企業姿勢の体現や象徴、地域や社会との接点など、企業規模の大小を問わず、社会貢献やCSRでスポーツを積極的に活用している。
さらに、昨今、企業の競争力強化や持続可能な成長を支える要素として、企業の無形資産に対する評価・関心が高まっている。その背景から、企業に多くの無形価値をもたらすスポーツを、企業価値の源泉の1つとして捉え、スポーツの価値を最大化し、経営や事業運営に駆使することが有益であると当社は考えている。
しかし、スポーツ活用に携わる企業担当者からは、活用に伴うリスクや制約がありスポーツを活用できない、スポーツ活用は難しい、という声が散見される。一方で、スポーツとうまく付き合うことで、事業への貢献や企業イメージ向上といった効果を発揮している事例も存在する。例えば、企業が保有する実業団から世界に誇るオリンピアンを輩出し、所属選手のメディア露出を通じた企業のブランド価値向上や、スポンサー・協賛という形の露出も身近な例であり、これらを通じてスポーツ文化の発展にも寄与している。
そうした企業の実態を踏まえ、本稿では、企業とスポーツの歴史を概観したうえで、当社が体系的に整理したスポーツの価値を提示するとともに、スポーツが企業にもたらす価値を最大化させるための観点を紹介する。

2. 企業とスポーツの歴史

企業とスポーツの関わり方は、時代と共に常に変遷している。当社では、企業とスポーツの関わり方を「勃興期」「拡大期」「変遷期」「共創期」の4つに分類した。
まず、当社は昭和初期を企業スポーツの勃興期と位置付けている。高度成長期における長時間労働や機械化・合理化が追求される労働環境において、社員の健康促進や福利厚生などのレクレーションを目的に、特に製造業の企業を中心にスポーツを活用する企業が増加した。やがてそれらの企業は実業団チームを組織し、日本のスポーツ発展および強化に貢献した。拡大期における企業は、マス・マーケティングへの関心の高まりと、高度大衆消費時代の出現とともに生じた市民運動を背景に、娯楽の花形であったテレビで放映されるスポーツを活用した協賛活動を通じた広報や、メセナ活動(企業による芸術文化支援)を行なった。変遷期となる平成以降では、企業はバブル崩壊後の経営合理化やグローバル化が進み、消費者意識も次第にモノ消費からコト消費への変遷する中、協賛活動が増加した。また国内でも平成初期のJリーグ開幕を皮切りに、スポンサーや協賛が加速した。具体的には、日本企業による国際大会や国際試合の協賛や、スタジアム・アリーナに企業名を冠するなど、企業のスポンサー・協賛が様々な形態で幅広く行われた。共創期となる2010年以降は、消費者意識がトキ消費やイミ消費など多様化し、失われた30年といわれる経済環境において企業自体の在り方が問われるなか、サステナビリティ経営や共創、スポーツホスピタリティ、社会貢献といった文脈で積極的なスポーツ活用が行われている。
このように、スポーツ活用の変遷は、時代ごとの経営環境や消費者意識、企業課題に密接に関係し、企業はその時代に即したスポーツ活用を進めてきた。

図1 社会変化とスポーツの動向および企業スポーツにおける意義の変遷(当社整理)
図2 企業・団体とスポーツの関わり方(当社整理)

3. スポーツの価値

では、スポーツの価値とはどのようなものだろうか。
南アフリカ共和国の第8代大統領であったネルソン・マンデラ氏が残した、「スポーツには社会を変えるチカラがある(Sport has the power to change the world)」という言葉をはじめとし、国際オリンピック委員会(IOC)や国連憲章など国際的に数多く語られているスポーツの価値について、今回当社が独自の知見をもとに整理した(図3)。
具体的には、スポーツの価値を「スポーツが本来的に備えている価値」と「スポーツによってもたらされる価値」の2つに大別し、さらに企業経営観点で重要となる7つの観点で整理し、具体例とともに示した。
「スポーツが本来的に備えている価値」は、「する」ことを通じた基礎体力作り、集団行動や他者理解などの教育的価値、大会で多くの人が場所に集まるインフラ的価値、スポーツを「みる」「ささえる」ことで得られる熱狂や感動といった非日常体験で得られる経験的価値の3つがある。「スポーツによってもたらされる価値」には、言葉の壁を越えた国際交流機会を創出する国際的価値、スポーツを通じた社会づくりやSDGsに結び付く社会的価値、スポーツを「する」「みる」「ささえる」ことで生じる物販収入や広告収入といった経済的価値、福利厚生や従業員の一体感醸成、健康経営への活用などの組織的価値の4つがある。

図3 スポーツの価値(当社整理)

これらの価値を創出し活かすためには、価値を生み出す機会や場を意図的に作る必要がある。そこで、企業は何に狙いを定め、どのような観点でスポーツを活用すべきかを解説する。

4. 企業のスポーツ活用観点

企業がスポーツを活用する際に重要となる要点は、スポーツを何のために活用するのか、経営課題と紐づけながら目指す姿や目的を明確化することである。そのうえで、上述の7つのスポーツの価値の中でどの価値を追求するのか、実際にどのように企業価値向上につなげていくのか、経営から現場まで合意しておくことが重要である。
以下は当社のスポーツ活用に際する狙いを整理した表である。

図4 企業のスポーツ活用に際する狙いの整理(例)

そこで、スポーツが企業にもたらす価値を最大化するために有益な3つの観点を紹介する。
まず1つ目のコーポレート観点は、中期経営計画や統合報告書、サステナビリティ報告書など企業戦略から落とし込み、スポーツを通じて貢献できる領域や活動を見出す考え方だ。例えば、アスリートのメンタリティを社員教育に取り込むことや、経営ビジョンの象徴として社内外のインフルエンサーに起用するなど、スポーツの組織的価値や教育的価値を活かして人的資本経営を推進することができる。また、協賛する大会での環境配慮型製品の導入や会場周辺の移動手段の電動化などを通じて社会的価値を活かしたカーボンニュートラル加速の一助が期待できる。
2つ目の事業観点は、大勢の人を集められるインフラ的価値を活かした実証実験の場づくりや、アスリートの意見を参考にした製品開発、サンプリングによる販売促進といった経済的価値の活用が考えられる。これらに取り組むには、スポーツ統括組織から事業主体側への提案といった積極的な組織間コミュニケーションの実施が不可欠である。
3つ目のブランディング観点は、インフラ的価値や社会的価値を軸に、地域や社会への貢献を通じて企業に価値をもたらすという考え方である。例えば、部活動の地域移行によるスポーツ人口の減少や、スポーツによる地域・経済の活性化などのスポーツ界の課題への取り組みや、健康増進や病気予防、ソーシャルインクルージョンなどのSDGsや地域・社会課題の解決に寄与が考えられる。具体的な企業の取り組み例としては、実業団を持つ企業が、グラウンドや体育館といったスポーツ資産を活用し、地域開放やスポーツ教室を開催する活動がある。これにより、スポーツ人口の減少といったスポーツ界の課題や、フレイルやロコモティブシンドロームといった心身の機能低下のリスク低減、ソーシャルキャピタルの醸成を通じてSDGsや地域・社会課題解決に寄与するとともに、企業の認知度やコーポレートブランド価値の向上に資することができる。

図5 スポーツを通じた企業貢献 3つの観点

本稿では、スポーツが企業にもたらす価値の整理と、企業がスポーツを活用する際の観点を解説した。第2回以降では、企業がスポーツの価値を最大限に享受するための考え方やポイントをより具体的な事例とともに紹介する。


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