国内外の事例から学ぶTNFDの本質と情報開示のポイント

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2024.12.16
  • サステナビリティ経営
  • GX

企業のサステナビリティ情報開示の動きが進む中で、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の最終提言を受け、多くの日本企業が情報開示への取り組みを表明している。情報開示は企業が自然関連のリスクや機会を分析・評価し、ネイチャーポジティブを推進するための手段であるが、情報開示が目的化してしまうことで、TNFDの本質から乖離してしまう懸念もある。そこで企業のGX(グリーントランスフォーメーション)を支援する株式会社GXコンシェルジュは、アビームコンサルティングとともに、セミナーイベント「国内外の事例から学ぶTNFDの本質と情報開示のポイント」を開催した。

企業の自然関連財務情報開示のフレームワークとして、2023年9月にTNFDが最終提言を公表した。これに対して、日本企業は国・地域別で最多となる81社がEarly Adopter(早期採用者)として名乗りを上げ、2025年までにTNFDの提言に沿って情報開示することを表明するなど、開示への積極的な動きが見受けられる。

この流れを受けて今回のイベントでは、TNFD提言に沿った情報開示に国内IT業界として初めて踏み切った日本電気株式会社(以下、NEC)より、取り組みをリードされた環境・品質統括部 シニア・プロフェッショナルの岡野豊氏、TNFDタスクフォースオルタネートメンバーとしてTNFDフレームワークの開発に携わった一般社団法人SusCon代表理事の粟野美佳子氏の両氏に登壇いただいた。

【第1部】NECレポート作成リーダーが語るTNFD開示の難所

2023年7月、NECはEarly Adopterとして国内IT業界で初となるTNFDレポートを発行した。さらに2024年6月には、TNFD最終提言を参考に更なるブラッシュアップを行い、TNFDレポート第2版を発行した。NECのTNFD開示をリードした岡野豊氏に、作成経験に基づく自然関連情報開示の具体的な進め方、その難しさや興味深さについて語っていただいた。

TNFDレポートを発行した背景と社内の体制づくり

NECのTNFDレポート第1版は、「これから必ず来る新たな動向を、いち早く機会と捉えている」という点で投資家やメディアから高い評価を受けたと振り返る。

「当社は通信機器、人工衛星やIoT/センサーを通じて、さまざまな自然環境をモニタリングする技術を有している。TNFDレポート作成の背景には、今後、ICTで自然環境とビジネスの関わりを見える化し、各産業の変革を支援するというビジョンがある。そこでまず、自ら自然資本に関わるリスクと機会、依存と影響を明らかにしようとした姿勢が評価されたと考えている」(岡野氏)

今後は自然環境とビジネスの関わりの見える化にICTが必須となる

レポート作成に当たっては、環境関連部署のリソースに余裕がなく、社内から手挙げで人を募った。第1版では4人だったメンバーが、好評を受けて第2版では25部署80人が自主的にレポート作成に参加した。

メンバーの参画について、TNFDレポートが当該部署にどのようなメリットをもたらすか、直接岡野氏が所属元の上長に丁寧に説明して回った。「メンバーの工数はまちまちでしたが、ボランティアではなく実務として関わり、成果が評価されることに留意しながら体制をつくった」(岡野氏)

環境テーマの選定、主な依存・影響のリスク評価の具体的な進め方

第1版では、開示スコープを主要事業である通信機器製造業に絞り込んだ。評価には、金融機関が投融資先企業の自然資本への依存と影響を評価するツールを用いた。

第2版では、より広範囲から環境テーマを選定した。GISC(世界産業分類基準)に照らして、NECグループの事業活動を洗い出し、その中から自然資本への依存・影響が大きい事業活動を抽出した。抽出には、評価ツールで作成した21種の生態系サービスと、11種のインパクトドライバー(影響要因)の関与度に関するヒートマップを用いた。

第2版における環境テーマ選定のステップ

「選定に当たっては、ビジネスの規模の大きさ、中期経営計画との連携、環境影響の大きさの他、世の中の関心度なども加味した」と岡野氏。第2版に盛り込んだ事業を抜粋して解説した。

・光海底ケーブル敷設事業
NECは光海底ケーブル敷設事業において、世界3強の一角を占めている。「海底から宇宙まで」と謳う同社にとってインパクトの大きい事業であることから、情報開示の対象とした。

気候変動の影響で海の状態が不安定になることによるリスクのほか、海洋生態系や水質への影響などを検討。また、例えば米フロリダ州では、ウミガメの産卵期を避けて工期を定めるなど、敷設地の国や自治体の法令・条例を順守して、環境に配慮しながら敷設していることなどを開示している。


・データセンター運営事業
NECの国内20カ所のデータセンターのうち、神奈川、神戸の2カ所で水を消費するクーリングタワーを利用している。これらのデータセンターを、水リスクに関する評価ツールであるWRI(世界資源研究所)のAqueduct(アキダクト)を用いて解析し、水ストレス、取水、渇水、年変動/季節変動、地下水枯渇のリスクなどが高くないことを確認した。


最終的にはこれらのリスクを定量化し、特定された拠点はNECグループ全体に占める売上割合が1%以下であることから、事業上のリスクは少ないという財務影響評価に至った。

岡野氏は、「しっかりとリスク評価した結果、リスクがないという結論を得たのであれば、CDPの『気候変動質問書』にリスクがあるかのように記載する必要はない」と指摘。投資家も、フォーマットに沿っているかどうかに目を向けているわけではなく、正しく評価したリスク結果を、ありのままに示すことを求めている、と説明する。

サプライチェーンのリスク評価とデジタル技術の可能性

TNFD提言は、原材料の調達から最終製品までのサプライチェーンのみならず、製品の設計、製造、価格づけを含むマーケティング、販売、アフターサービスまで、を対象としている。企業のバリューチェーン全体における自然関連の依存、インパクト、リスク、機会を特定・評価した上で優先順位づけし、監視するためのプロセスの記載を求めている。

岡野氏は「このようなサプライチェーンのトレーサビリティの課題は、NECの事業機会につながる」と説明する。トレーサビリティ管理を可能にするブロックチェーン技術を用いたトラスト技術、環境配慮を価格に織り込むためのデータサイエンスソリューションなどに対して、すでに引き合いもあると明かし、こう結んだ。

「ICTが、さまざまな産業のネイチャーポジティブに貢献できると考えている。こうしたストーリーを載せたTNFDレポートの序文に共感してくださった投資家の方も多く、手応えを感じている」(岡野氏)

【第2部】CSRレポートからTNFD開示への昇華――実例に見るヒント

「ESG・サステナブルファイナンス」を活動テーマとする非営利組織である一般社団法人SusCon代表理事の粟野美佳子氏は、長年WWFジャパンの活動に従事し、自然エネルギー推進企画から原材料調達における生物多様性保全問題まで、幅広い環境テーマに取り組んできた。また、TNFDタスクフォースオルタネートメンバーとして活動し、TNFDフレームワーク開発にも関与した経験を踏まえ、グローバルの実例をもとにTNFDの本質を捉えたレポート作成のヒントを提示した。

TNFDとCSRレポートの本質的な違いとは

粟野氏は「TNFD開示は、サステナビリティレポートを含むCSRレポートのような従来の活動報告媒体を土台にするができる」と示唆。ただし、「TNFDが従来の活動報告と本質的に違うことを認識し、これまでとは異なる発想で取り組む必要はある」と切り出した。

その違いは「読み手の違い」にある。CSRレポートの読み手は、地域社会や従業員など、企業の取り組みのステークホルダーである。時間軸も「活動報告」という形で過去に向いている。一方、TNFDの読み手は機関投資家であり、その情報の時間軸は将来(forward looking)を指向している。

「SASB(Sustainability Accounting Standards Board=サステナビリティ会計基準審議会)は2019年の発表で、『CSRレポートは機関投資家にとってノイズが多い』という調査結果を出している。TNFDはそのノイズを除去した、機関投資家との対話ツールであるといえる」(粟野氏)

欧米企業の事例に見る、CSRレポートからTNFD開示へのステップ

それでは、どのように従来のCSRレポートをTNFD開示の土台としていくべきか。粟野氏は、直近の欧米企業のCSRレポートの実例を紹介し、TNFDに昇華させるヒントを示した。

・ダウ「インターセクションズ2023」
英国の素材科学メーカーであるダウは、サステナビリティレポート「インターセクションズ2023」で、GRI準拠を全面的に打ち出している。これは、ダブルマテリアリティであるという宣言と受け取れるという。

そして、本文ではストーリーを語る一方、開示セクションにはTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)、SASB、WEF(世界経済フォーラム)など、ほぼ全ての規格に個別に対応したレポートを添付している。2024年版にはTNFDレポートもここに掲載されるだろうと粟野氏は見ている。


・マクドナルド「インパクトレポート」

米マクドナルドの「インパクトレポート」は、財務マテリアルと明確に区別しており、財務報告は「10Kファイリング」(SECに提出するアニュアルレポート)で記載となっている。ただし、将来の見込み情報(forward looking)について、「投資判断には使わないでください」という免責が書かれているので、将来情報が皆無ではない。

また、TNFDで開示が推奨されている優先場所(Priority Regions)やハイリスクコモディティについて詳述し、自社の取り組みや戦略についても記載している。これは、TNFDに必要とされるLEAP(Location=場所の特定、Evaluation=診断、Assessment=評価、Preparation=準備)のアプローチに等しく、財務情報を除くTNFDの要素がすでに網羅されている。

TNFDにシナリオ分析が必要な理由とその進め方

CSRレポートはTNFDとは本質的に異なるため、単に定性的財務インパクトを付加すればTNFDレポートになるわけではない。粟野氏は「戦略のレジリエンスについて、さまざまなシナリオを考慮して説明する、シナリオ分析がTNFDには不可欠」と示唆する。

また、粟野氏は「TNFDに向けてシナリオ分析を行う際には、TCFDに引っ張られないよう注意すべき」とも指摘する。TCFDは、気候変動を扱う以上、グローバルな観点でシナリオが書かれる。しかし、TNFDは基本的にローカルシナリオになる。TNFDでは自然資本と企業活動間の不確実性を扱うが、企業活動に影響する社会やステークホルダーの関係性は、それぞれの地域の文脈によって大きく異なるからだ。

TCFDとTNFDに見るシナリオの相違点

そして、なぜTNFDにおいてもシナリオ分析が必要なのかといえば、それは依存している自然資源がいつ転換点を超えるのか、人間には分からないからだ。「既に転換点を超えているかもしれないという前提に立って、起こり得るリスクをシナリオにして考えていかなければならない」と粟野氏は強く語る。

結論として、「CSRレポートを土台として、定性的な財務情報を付け加えることはできるが、シナリオ分析は必須」と粟野氏は念を押し、依存・インパクト・リスク・機会(DIRO)の把握にはロジックの裏づけのあるシナリオを作成していくことが重要だと捕捉した。

「TNFDレポートは単独で発行する必要はなく、また事例で示したように、特定の形式にとらわれる必要はない。持続可能な経済の実現を目指すという本質を外れないことが大事であり、そういう意味では、TCFDやサーキュラーエコノミーとリンクさせることも考えるべきだ」(粟野氏)

【第3部】トークセッション&閉会

トークセッションでは、評価対象の決め方や、最初に着手すべき項目など、様々な切り口で議論が行われた。ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)や、国内のSSBJ(サステナビリティ基準委員会)の動向、評価を行う投資家の視点、比較対象となる競合他社や自社内の状況を鑑み、個社毎に適切な対応が求められる。

おわりに、GXコンシェルジュ代表取締役社長の栗林亘氏は、企業間の取り組みの差は徐々に広がっていることに言及。一方で、CDPが質問書に盛り込む領域は年々広範になっており、取り組みが遅れれば対応のハードルは高くなると推測を述べた。

その上で栗林氏は、「後の時代に対応してよかったと振り返ることができるようにしたい」、とさらなる日本企業の対応を呼び掛けるとともに、GXコンシュルジュとして取り組みに貢献したいとの抱負を語り、締めくくった。


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