小田急電鉄株式会社

鉄道会社が挑戦する次世代価値創造モデルとは ~「地域」を起点に未来の顧客価値・社会的価値を考える~
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小田急電鉄株式会社 山本氏と、アビームコンサルタント 小山 プリンシパル

イントロダクション

国内は人口減少期を迎え、私鉄をはじめとする地域の社会インフラ企業にとって、どのように持続的成長を実現するかが重要な課題となっています。首都圏を中心に鉄道・バス・タクシー・不動産・観光・ショッピングセンターなど多角的に事業を展開する小田急グループでは、「地域価値創造型企業」というビジョンを掲げ、自社の歴史と紐づく強みを活かしながら、沿線の各地域それぞれの「地域価値」に改めて着目し、グループ各社の力を合わせて貢献する取り組みを始めています。アビームは、グループ横断でのディスカッションを通じて経営ビジョンを各地域での具体的な姿に昇華させ実行プランへと落とし込むプロセス作りを支援しました。

話し手:小田急電鉄株式会社 執行役員経営戦略部長 山本武史氏
聞き手:アビームコンサルティング 顧客価値創造戦略ユニット 執行役員 プリンシパル 小山元

1. 鉄道事業者をとりまく本質的な環境変化を浮き彫りにしたコロナ禍

小山:国内の人口減少に伴い、私鉄各社は旅客輸送需要の低下が見込まれます。また人材不足の観点からも、特にバス路線をはじめとする地域交通の維持が将来的に困難になる懸念も抱えています。加えて、生活者のライフスタイルは変化・多様化・デジタル化を続けており、小売事業や観光事業という面でも従来のマス向けビジネスモデルからの転換が求められています。

様々な意味で不確実性が高まっているかと思いますが、山本部長としてはどういった変化に注目されていますか?

アビームコンサルティング
顧客価値創造戦略ユニット
執行役員 プリンシパル
小山元

アビームコンサルティング 顧客価値創造戦略ユニット 執行役員 プリンシパル 小山元

山本:かつて高度成長期に多角化してきた業界で「戦略」というよりも「ルールを守っていれば伸びられる」という時代があったと理解しています。もちろん相対的には鉄道事業よりも世情の変化から影響を受けやすい観光や小売の現場で、その時々の光の当たり方といったものを感じることはありました。ところが現代は、世代間の考え方やライフスタイルの違いが大きくなっていると感じます。

小山:具体的にはどのような違いがあるとお考えですか?

山本:例えば情報収集の仕方もそのひとつです。私の親世代では新聞とテレビ、私たちであればスマホで新聞といった感じですが、更に若い世代だとメディア自体も変化・多様化してきています。また、関心事や価値観も様々になっています。
従来存在していた一定の「成功の型」が今はなくなってしまっており、見通しのつかない未来に向けて柔軟に対応していけるよう、企業としても変化しなくてはと感じています。

小山:見通しがつかないといえば、コロナ禍は小田急グループにも大きな影響を与えたのではないでしょうか。

山本:はい、コロナ禍は非常に大きな転換の機会でした。以前より、「人口減少」も「輸送需要の低下」も言われていたことではありましたが、とはいえ目の前のお客さまに日々ご利用いただく中で実感を持ち切れていなかった面もあった気がします。ところがコロナによって状況が一変し、ある日突然目の前からお客さまがいなくなった。業界および私たちのグループでも非常に厳しい時期がありました。「このままいくとこうなるぞ、3年のうちに変わらねば立ち行かなくなるぞ」という、ある種啓示のような機会だったと感じています。

小田急電鉄株式会社
執行役員経営戦略部長
山本武史氏

小田急電鉄株式会社 執行役員経営戦略部長 山本武史氏

2.「地域価値創造」というビジョン 〜提供価値とビジネスモデルの再定義〜

小山:2021年に発表した「UPDATE小田急」という計画で、次の100年に向けた自社のビジョンを「地域価値創造型企業」と定められましたが、これはどういったビジョンなのでしょうか?

山本:このビジョンは、「地域や社会に対して価値を提供する事業を推進する」という従来の姿勢から一歩進み、「地域に遍在する価値に改めて目を向け、それを『ゆたかなくらし』の実現に向けたサービスとして社会に提供する」という考え方に基づいています。「鉄道」「不動産」といった機能的価値を超えて、地域特有の「体験的価値」を生み出すことで活性化に繋げ、それによって持続可能な成長を目指すというスタンスを明確にしたものです。

多様な事業を組み合わせ「地域価値を創造する」価値創造プロセス 多様な事業を組み合わせ「地域価値を創造する」価値創造プロセス

山本:沿線と共に発展するという創業からの想いは変わりませんが、「地域価値創造」と解像度を上げました。ポイントは「実現」ではなく「貢献」という点です。基本は沿線・エリアを経済的また情緒的に活性化させたいのですが、小田急が作りたい地域の将来像を押し付けるものではなく、「将来において活性化した地域」のために私たちに何が出来るか考えるというスタンスです。

一方でこの問いに答えはひとつではなく正解もないため、「自分が自分の持ち場で何が出来るか考えてみる」ところが大事です。すぐ答えを求めるのは「型にはまる」ことになってしまう。「あなたが」なにをしたいのか、どんな価値を提供したいのか、考えてほしい―という社内的な投げかけをすると共に、経営企画部門としても先頭に立って動いています。

小山:会社の理念を全社に浸透させて、というところですが、なかなかハードルが高い取り組みにも思われます。

山本:鉄道事業は基本的にルール・マニュアルの上で成り立っています。それゆえ安全運行に向けて「余計なことをしない」という文化があるのも事実です。

「安心安全」そして「計画通り」こそが価値、という空気の中で「多様なニーズに対応するため」に発想を変えて進むには、出だしの一歩目が非常に難しい。社内の巻き込みと検討手法に、今までにない工夫が必要でした。

3.「ひと起点」「未来指向」のアプローチで新たな価値を探索

小山:新たなビジョンに向けて動き出していくうえで、どのようなアプローチで進められたのでしょうか?

山本:検討のポイントとしては「ひと起点」「未来指向」というふたつのキーワードが挙げられます。

まずひとつ目の「ひと起点」について。従来「鉄道」「不動産」という事業単位で考えるのが常ですが、これだとどうしても現状の発想の延長線上になってしまいますし、各地域でどのようなシナジーを作っていけるか考えるのが難しいです。

電車を利用する方に限らず、その地域で暮らす様々な生活者をイメージし、その人起点で考えるのは大きなチャレンジでした。

プロジェクトの初期段階で確認された「ひと起点」と従来の「自社起点」 プロジェクトの初期段階で確認された「ひと起点」と従来の「自社起点」

山本:もう一つは「未来指向」、言い換えると「長期的な視点で考える」ということです。2-3年先だと現状からの制約事項や各自の持ち場の事情から「できない理由」が出がちですが、そうではなくて本質的にありたい姿を考えるためにも、まずは長期的な将来像を描こうという形にすることが、参加者間の目線を統一するためにも重要だと考えています。

小山:「自社視点・アセット起点」から人間中心、しかも「未来のひと起点」への転換は非常に重要なチャレンジですね。併せてグループ各社から参加者を募り、検討対象の地域毎にグループ横断的な検討をワークショップ形式で立ち上げられました。私達も支援させていただく中で、グループ各社含めた相当幅の広い取り組みだなと感じましたが、そのあたりはどう評価されていますか?

山本:小田急は、沿線が長く地域によって特色も様々です。そのため、将来像や「価値」、そしてグループの関わり方もそれぞれ異なるのですが、ここについてはやはり現地現場で働く職員の目線だと見えてくるものが多いです。またグループ横断、例えば交通部門と不動産部門のメンバーが同じ地域について議論することで新しい可能性が見えてくることを実感しました。併せて今回はアビームコンサルティングのコンサルタントやデザイナーという第三者的な目線とクロスさせたことで、厚みのある検討が出来たと思います。

小山:「主役は各地域の、現場の社員だ」という言葉はワークショップ中もよく聞かれました。

山本:一過性のプロジェクトではなく長期ビジョンに紐づく活動ですから、時間をかけて持続的に取り組めるものにしないといけません。各地域で自発的・自律的に動ける状態であることを目指しています。最後は自分達が主体性を持って取り組めること、自分で考えたことでないと頑張れないと考えています。

小山:グループ社員一人ひとりが「考える人であろう」またはオーナーシップをもって「地域価値」を考え貢献していこう、という社内的な投げかけでもあるわけですね。

グループ各社のメンバーが同じ地域について議論するワークショップ風景

グループ各社のメンバーが同じ地域について議論するワークショップ風景

4. それぞれの地域が持つ固有の歴史・文化に着目して「地域価値」を発見

小山:地域の課題や可能性といったものは千差万別ですから、地域ごとの「ありたい姿(ビジョン)」によって視野に入れるべき論点や評価の切り口も一概に設定できませんね。今回のプロジェクトでは小田急グループ各社各部門から、主要な駅エリアを中心に設定した「地域」単位で検討メンバーを募り、経営戦略部様とアビームの事務局チームで設計した数日間の集中討議という形態をとりました。

地域の将来に向けた定量的な分析と並行して現地でのフィールドワークや、小田急が開通する以前といった過去に遡って地域の歴史や文化、独自性への考察にも力点が置かれました。このように「地域ごと」に検討着手された背景には、どういった思いがあったのでしょうか?

山本:例えばモビリティに関しては「今まで通りの電車バス」だと遠からず限界が来るはずです。そこに対して、無人運転やスマートシティ、拠点から拠点への移動というよりも個人のニーズに応えるという意味での柔軟な解釈が求められました。

地域によってその解は変わってきます。また観光というテーマに関しても「両手にカバン、箱根・江ノ島」だけではなく、沿線全体で様々な可能性を探らなければなりません。

小山:議論の中でも「かつて東海道五十三次の…」というような形で地域の歴史や独自性が話題に上り、将来像の解像度が高まるといった場面も多かったですね。

山本:デジタルも重要ですが当社の強みや各地域の差別化要素はリアルの方にあるので、そういった「体験・経験」の価値をそれぞれの地域でうまく高めるために歴史や文化も踏まえた検討が重要と考えています。

その地域にお住まいの方に限らず、通勤通学、観光、その地域で育っていくお子さんなど、様々な「ひと」にとっての「体験・経験」の価値を高めるためのコンセプトとして「地域価値」の言語化にチャレンジしました。

5. 「環境・活動・経済」のトライアングルで地域価値を実現する鍵を導き出す

小山:それぞれの地域によって独自性ある「将来の地域価値」の言語化に続き、次はそれを実現していくためのアクションについてお話を聞かせてください。

今回のプロジェクトでは「環境」「活動」「経済」という3つの要素を兼ね備えていく過程で地域固有の価値が具現化するというフレームワークを活用いただいて、そのトライアングルを成立させるためのアクションを考えるという進め方でした。参加者のみなさんも初めて触れるフレームワークだったようですが、こういった進め方についてはどのようにお感じでしょうか?

地域価値の具現化にむけたアクションを考えるトライアングル 地域価値の具現化にむけたアクションを考えるトライアングル
  1. 環境:自然や文化、歴史背景や建造物といった、地域をその地域たらしめている背景要素。必ずしも「ほかのどこにもない特徴」「日本一の〇〇」といった「差別化要因」である必要はない。むしろ地域の現実に直結する「偽りのない、ありのままの」環境認識が重要。
  2. 活動:地域に関わる多様な「ひと」によって、どのような「活動」または「交流」が行われるか。地域住民に限らず、「関係人口・交流人口」と呼ばれる外来者との関わりを含めて検討する。必ずしも「〇万人が集まる祭り」といった「規模的なにぎわい」を是とするのではなく、想定されうる自然な活動を設定する。
  3. 経済(価値の循環):地域における「ひと」同士のやりとりが一方通行にならず相互に益の有る、所謂「Win-Win」の関係を作れるかを考える。必ずしも金銭的な価値に限らず、お互いが求める価値が流通するかを考える。またこれらが地域の範囲や関係する「ひと」の規模にマッチしているかも重要である。
山本:各地域の固有な環境で生まれる「ひと」の暮らし、活動がどうなっていけばよいのか。単純に規模を拡大しようということではありませんから、フレームワークで考えることは有効でした。

また本件は足許の取り組みではなく中長期的な計画ですから、検討のフレームを準備しておくことで、具体化の過程で迷いが生じたときに立ち返ることが出来ると考えています。

それによって各地域・各グループ会社での主体的な取り組みに繋げつつも全体感を失わずに進めやすくなります。その意味でも今回は有効な手法で進められたと考えています。

6. 中期経営計画で「新宿」と「海老名」のビジョンを公表。順次各地域へと展開へ

小山:地域の特色を活かした取り組みという意味では、かねてより下北沢駅周辺の再開発が注目されていますが、2024年5月に発表された中期経営計画では「新宿」「海老名」という2つのエリアについて、「地域ビジョン」という形で推進戦略と共に公表されていましたね。

中期経営計画で公表された海老名エリアの地域ビジョン 中期経営計画で公表された海老名エリアの地域ビジョン

山本:駅西口の大規模再開発を行っている新宿や近年発展著しい海老名というふたつのエリアについて先行して公表しましたが、今後も随時アップデートしていく予定です。

引き続き全体でのスケジュールに合わせて各エリアの地域ビジョンを順番に作成・発信していきますが、各エリアで主体性を持って進められることが重要だと考えています。

小山:企業において個人や各事業部の主体性を維持していくというのは、企業カルチャーにも大きく影響していきそうですね。

山本:そうですね。実際に社内外への説明責任を果たすための理論構築や、会社としての意思決定プロセスに乗せてゴーサインを出すまでのハードルはかつてよりも高くなっています。

しかし世代や立場を越えてすぐに議論できる企業文化・風土を徹底することで全社を巻き込む。現場で活動しながら新しいアイディアを出してくれる20-30代の社員の意見を整理し、仲間を増やして大きな声にしていくことが重要だと考えています。

小山:経営戦略部として変革をリードするための覚悟が必要になってくる、と。

山本:一般論として経営戦略や企画部門という部署の役割はかつて、「目標を設定し、道しるべを示す、実行は現場に任せて結果を評価する」というものだったように思いますが、社会が変化する速度が速まり、「正解がない」今日では、その役割も大きく変わってきていると感じています。現場とのコミュニケーションを重視し、社内を「腹落ちさせて引っ張る」という形でなければ変革をリードできないのではないでしょうか。今回の取り組みではその信念が強くなりました。

おわりに

画一的・大量消費社会から、価値観・生き方の多様化と人口減少/地方の衰退が進む今日において、各地域の状況に鑑み、固有の自然や歴史、文脈を最大限活用し新しい形での経済を形成していくこと、および各地域のオリジナリティを活かしてデジタル/グローバルマーケットに向けた固有の提供価値・差別化要素として育て発信することが、社会インフラを中心として地域にコミットする企業の成長戦略と直結するものである。
既存の事業領域に限らず、自社の企業理念とアイデンティティに立ち返って新たな顧客価値・体験価値を創出していくために、新たなアプローチが求められている。

Customer Profile

会社名
小田急電鉄株式会社
設立
1948年
事業内容
鉄道事業、不動産業、その他事業
資本金
603億5千9百万円
小田急電鉄株式会社ロゴ

2025年4月4日

専門コンサルタント

  • 小山 元

    Principal

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