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インフラ系企業の新規事業における課題と、打ち手としての出島設立

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新規事業子会社
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2022年6月29日

インフラ系企業の新規事業における課題と、打ち手としての出島設立
 皆様はインフラ(infrastructure)という言葉から何を思い浮かべますか。一般的に「生活や産業などの経済活動を営むうえで不可欠な社会基盤」といった意味合いになります。また、インフラ系企業といった場合には人々の生活を支えるガスや電力、鉄道会社などが言及されていますが、お金の流れで経済活動を下支えする銀行やカード会社なども広義のインフラ系企業と言えるのではないでしょうか。
 今回は産業や人々の生活を下支えする広義のインフラ系企業における、新規事業における課題と解決策について考察します。  

インフラ系企業の新規事業開発における課題

 昨今は不確実性の高いVUCAの時代などとよく言われていますが、安定した事業基盤を持つインフラ系企業においても、異業種企業の参入による競争環境変化や人手に頼った事業の継続性リスクの高まりなどを受けて新規事業開発の重要性が増しています。一方で、新事業開発の取り組みにおいて、大企業にみられるような課題が色濃く出やすいインフラ系企業の性質が、事業案検討・実行の場面においてネガティブな影響を及ぼしている事例が散見されます。

 インフラ系企業における新規事業開発において、我々が実際のご支援の場で体験した特徴的な3つの課題をご紹介します。

① 顧客目線の欠如
社会インフラとしての機能を担う企業では、電気・ガスやローンなどそもそも顧客目線での差別化が困難な商品・サービスを担ってきたことなどが主因となり、事業案検討において新たな技術動向や目新しいバズワードにのみ着目し、顧客視点が抜け落ちていくことがあります。これはスキルの問題ではなく、上述の顧客目線での差別化が困難な事業性質により、長い年数をかけて染み付いた組織文化であるため、一朝一夕で変えようとすることは非常に困難です。

例えば、データビジネス検討がテーマとして設定され、ターゲット顧客層やその課題などの顧客ニーズを捉えるという発想自体を持たず、自社保有データを活用することで実現できるサービスの検討に終始するなどの事例もあります。

② 起動力の不足
安定した事業基盤を維持することに重きが置かれ、新規事業への人材配置に消極的な場合や、新規事業よりも既存事業のルーティーンを止めることなく着実に遂行することが、評価される傾向にあります。そのため、会社として新規事業に注力する方向を打ち出しても、実際には往々にして進まないということがあります。

例えば、会社の方針として新たな事業検討を行うことが決まった際に、担当者のほとんどが既存事業との兼任で新規事業に時間を割けず、また取り組んできた経験もないため、起動的な推進が困難になり、取り組みそのものが空中分解してしまうということがあります。

③ 既存事業に起因する制約
実績もあり安定した収益の積みあがる既存事業と売上規模が小さく不確実性の高い新規事業では、どうしても前者の優先度が高く置かれることが多くなります。そのため、伝統的な既存商品・サービスに軽微でも影響が及ぶことが絶対に回避すべき許容不可能なリスクと捉えられ、新事業検討やその実行判断に大きな制約が発生することもあります。

例えば、既存事業の顧客やパートナーと一部競合するような事業への進出の際に、担当役員からの理解が得られず、事業コンセプトが骨抜きにされ全く別のものになってしまうことや、検討そのものがストップしてしまうということがあります。  

課題解決の打ち手としての「出島(子会社)設立」

このような課題を解決する打ち手として新規事業検討チームを子会社として切り出し、新規事業を推進していく「出島」とする施策が選択肢の一つとなり、インフラ系企業の新規事業において、課題になりやすい点に対する処方箋になりうると考えています。かつて、出島が貿易活動を通じて自国にないものを取り入れるために重要な役割(希少なモノや情報を得るチャネル)を担っていたように、新規事業検討においても良い効果をもたらすことが期待できるでしょう。

※出島設立については、以前のコラム「企業イノベーションを成功させる出島とは」でも詳しく解説しておりますのであわせてご覧ください。

我々が考える出島設立のメリットは大きく3つです(図1)

図1 インフラ系企業の課題と対応する出島設立のメリット

図1 インフラ系企業の課題と対応する出島設立のメリット


① 独立組織での異文化の取り込みによる、新たな風土の形成
歴史ある企業において長い時間をかけて根付いた常識を、一朝一夕で変えることは非常に困難であり、「顧客視点」という文化を根付かせることの難易度は決して低くはありません。

一方で、地域の優良企業であることの多いインフラ系企業には、MBAを取得したものの活躍の機会が十分になく不満を抱えている若手社員、積極的な改革を訴え周囲との衝突を生んでいる優秀な中堅社員など、これまでの習慣にとらわれない柔軟な発想を持つものの、既存組織が持て余している「異端者」も一定数いるはずです。

そういった異端な人材や外部人材を、出島という既存組織から切り出した枠組みの中で登用し、トップから繰り返し顧客視点で考える重要性を説くことで、既存組織とは異なる「顧客目線」という文化を持った新組織を作ることが可能であると考えます。

② 人事制度の切り離しによる機動力の確保
いくら新規事業への注力を打ち出しても、新規事業に取り組むことで評価される仕組みになっていなければ、社員は積極的に新規事業に取り組むことが出来ず、いつまでも既存事業から脱却することはできません。しかし、既存事業の優先順位が新規事業より高い既存組織で、新規事業に適した評価制度を導入することは難易度が高く、大きな労力を伴います。

そこで既存組織から切り離された出島で、既存組織の人事制度から完全に切り離された、新規事業に取り組むことで評価される人事制度を導入し、専任の新規事業の担当者をアサインすることで、新規事業に割けるリソースが増え、機動力を伴った推進につなげることが可能であると考えます。

③ 既存組織からの独立性の担保による既存事業との軋轢回避
新たな事業を生み出す重要性を一部の人間が認識していても、既存事業と摩擦を生む新規事業は理解を得ることが難しく、実績があり発言力の大きい既存組織からの抵抗を抑えることは難易度も高いため、大きな労力が必要です。

そうした社内の抵抗に対する対応策として、社長や役員直下の出島として既存組織から切り離し意思決定の場を既存組織とは完全に別にすることが考えられます。これにより、新規事業の検討の際に既存組織への影響を過度に考慮しないことや、既存組織とは別会社の取り組みとして既存顧客やパートナーからの抵抗感の緩和を目指すことなどにより、独立性を担保した新規事業の推進が可能になると考えます。

出島設立の落とし穴

様々な企業が取り組むメリットも大きい出島設立ですが、注意すべきポイントがいくつかあります。

① 目的が曖昧なままスタートすることで、結局成果に繋がらない
様々な企業が新規事業推進の手段として取り組んでいる出島の設立ですが、他社が取り組んでいるという理由で目的を定めずスタートしてしまうと、手段の目的化が起こり、新しい箱(組織)はできたけれど何も起こらない、という状態になりかねません。このようなケースではトップが変わったタイミングで、全く同じことが、別の名前の組織で何度も繰り返される、ということが起きているケースがあります。

このような状態に陥るのを回避するためには他社に盲目的に追従するのではなく、出島設立の目的・位置づけの整理や、出島の設立が課題の解決を図れる打ち手になりえるのかなどを整理してから走り出すことが必要です。

② 出島のトップが既存組織側にお伺いを立てる仕組みだと出島のメリットを享受できない
前段で述べてきた出島設立のメリットは、既存組織と切り離された出島であるからこそ享受できるものであり、既存組織との調整プロセスや既存組織が意思決定の場に介在する仕組みを残しておくと、多くのメリットを享受することが出来ません。例えば、既存組織からXX役員案件という形で、脈絡なく特定事業の立ち上げが指示として降りてくるものの、構想だけを描いて特に動き出すこともなく、指示を課した役員もその存在を忘れ、ただでさえ少ない出島組織のリソースを圧迫して終わるということもある場合もあります。

このような状態に陥ることを回避するためには、出島のトップには思い切った権限を与え、既存組織にしがらみのない外部の人材を中核に登用することなどで、既存組織からの独立性を担保することが可能であると想定します。

このように取り組み事例が増えてきている出島の設立ですが、注意すべきポイントや落とし穴も多く、難度の高い取り組みでもあります。取り組みを成功させるポイントは上述の落とし穴を回避して仕組みを整えることに加え、自社の目指す世界や必要な情報、求める人材像について意思をもって発信し、それらが自社に集まってくるような仕掛けが必要です。

アビームコンサルティングでは出島設立の際のミッション・ビジョン・バリューや業務プロセスの整理、スタートアップやVC、大学とのネットワークを活用した共創の場の提供や人材の供給など、幅広い形でご支援させて頂いているため、出島を活用した新規事業をお考えの際はぜひ一度ご相談ください。

戦略ビジネスユニット マネージャー

長谷 嶺志