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イノベーターを育成するために「越境経験」が有効である理由

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2021年11月5日

イノベーターを育成するために「越境経験」が有効である理由

越境経験で人材育成し、新規事業を立ち上げ

 近年、社員に「越境経験」を積ませることによって、新規事業を立ち上げる例がでてきています。ここで言う「越境経験」とは、世代や組織、国などの境を跨いだ経験のことを言います。2010年代初頭から頻繁に聞かれるようになりましたが、越境経験を人事施策の一環として実施していた一部の企業では、新規事業立ち上げといった結果を出しつつあります。
 例えば、NECでは、インドで越境経験を積んだ社員が、予防医療事業を立ち上げました。同社は2013年に、留職制度を活用して、社員をインドへ派遣し、その社員は、インドの生活習慣病に問題意識を持ち、帰国後の2018年に予防医療の事業構想を策定しました。さらに、2020年には州政府やヘルスケアセンターを巻き込み、住民4,200人を対象に実証実験を開始して、実験結果を基に、事業のスケールに向け動いています。
本コラムではイノベーターの条件を満たすうえで、越境経験が有効であることを、このNECでの予防医療事業を例に説明します。  

イノベーターの条件と越境経験が必要な理由

 コラム「社会を変革するイノベーターの条件」では、当社の考えるイノベーターの条件を3つに整理しました。①変革への強い情熱、起業家精神、②First Moverとして誰よりも早く行動し、やり抜く力、③多様な人々による化学反応でイノベーションを起こすインクルーシブ・リーダーシップです。

 新規事業立上などの変革を起こすには、1つ目の条件である変革に対する強い情熱が必要です。当社が過去に実施したリサーチでは新規事業の成功要因として、「新規事業立上に強い想いがあること」が第一条件になっており、「強い想い」、即ち情熱が最も重要な要因であることが分かりました。NECの事例では、インドで予防医療事業を立ち上げるにあたって、「インド人の健康状態を改善したい」という強い情熱が原動力になっていると言えるでしょう。
 このような強い情熱を育んだのは、越境経験をすることによって他国の遠い問題でも、現地での経験を通して具体的に「自分ゴト」として捉えることができたからです。例えば、インドが世界第2位の糖尿病人口8,800万人を抱えていること、インド滞在中に親しくなったインド人の両親のほぼ全員が糖尿病などを患っていること、莫大な通院費や薬代の負担に苦しんでいること、などといった実態を認識することができました。こうした生きた経験を通じて、「自分ゴト」として問題を捉えることができるようになります。「自分ゴト」として問題を捉えることが、強い情熱を生み、変革を行う原動力となります。

 2つ目の条件を満たすには、リスクや反対がある中でも誰よりも早く行動し、やりきる「First Mover」としての資質が重要です。イノベーターが変革を起こす際は、市場ライフサイクルにおける「導入期」を生き抜く必要があります。そのために、他社に先駆けて素早く動くこと、また、先の見えない状況で、試行錯誤し、課題を解決しながら、諦めずに行動し続けることが求められます。NECの事例では、社員がFirst Moverとしてインドの健康問題という未解決課題を解決する活動をスタートしています。インドでは、日本のように医療が身近な存在ではなく、人々の関心が低い状態です。そのような中で、予防医療事業を行うため、農村に足を運んで、予防医療の現状や州民のニーズ把握、公認のヘルスワーカーとの協業模索などの課題解決を手探りで試みています。
 このように試行錯誤しながら課題解決を進めていく姿勢には、インドに滞在した越境経験が影響していると考えられます。インド滞在中は、とある社会企業に籍を置き、農村に1軒しかない日用品店に生活必需品を卸しながら、業務効率化を図っていました。「本当の意味での効率化は何か」ということを模索し、現地の人々のニーズを調査した結果を基に、議論を経てプロトタイプを作成して実運用をしながら、改善を図っていきました。この経験が、先が見えない状況下でも、試行錯誤し、結果につなげている力を醸成しています。

 3つ目の条件では、多様な人々の化学反応を起こし、イノベーションを生み出すインクルーシブ・リーダーシップが必要です。お互いの個性・強みを掛け合わせることによって、組織としての創造性を高められると様々な論文でも言われており、インクルーシブ・リーダーシップの重要性が認識されています。NECでも、現地で事業を推進するにあたり、日本メンバーだけでなく、NECインディアのメンバーや州政府、農村の住民を巻き込むことで、インクルーシブ・リーダーシップを発揮しています。
 越境経験によって、多様な価値観を持つ人々を巻き込んだ経験がこのようなリーダーシップの発揮に寄与しています。渡印したNECの社員は、インドの社会企業で、今後どのような取り組みを行っていきたいのか現地のマネージャー層や実働メンバーと議論し、現地メンバーの多様な価値観を踏まえた、今後の展開計画を立案・推進しました。本業では同質的な価値観のメンバーと接することが多いですが、越境することによって、価値観が大きく異なる人々と接し、巻き込んでいく力を育成することができます。

品質管理と事業開発の共通点


越境経験を人材育成に取り込む

 越境経験を積むことによって、イノベーターに必要な3つの条件を満たす可能性が広がります。「越境」には、世代の越境や、部署の越境、国の越境など、複数の越境があります。そうした越境経験を企業の人材育成施策として取り入れるためには、組織の方向性や個人の志向を踏まえて、越境経験を積むための人材育成方法をデザインしていく必要があります。イノベーター育成のために、越境経験を具体的にどのようにデザインしていくべきか、別コラムにて触れたいと思います。

戦略ビジネスユニット シニアマネージャー

雲丹亀 知優