総合商社が投じる未来への一手
~グループ一体となったDX推進事例から読み解く~(後編)

2022年10月27日

本インサイトの前編では商社業界の歴史を振り返りつつ、総合商社におけるDXの位置づけ、その取り組み方法の概要を説明した。後編では、取り組み内容の具体的な事例を紹介しながら、商社業界以外でも普遍的に活用可能と思われる取り組み内容を解説する。

KKD(勘・経験・度胸)からデータドリブン思考へシフトした事例

自社を取り巻くビジネス環境が日々目まぐるしく移り変わっていく中で、過去の成功体験を基にした「勘と経験と度胸(いわゆるKKD)」に頼った判断は企業経営やビジネス現場を誤った方向に導き、グループ全体の利益を棄損する可能性があり、各商社共に危機感を高めている。引き続き、商社パーソンとしてのビジネスセンス・嗅覚を発揮することは必須であるが、データに基づいた経営状態の可視化、ビジネストレンドの予測・分析、それに基づく意思決定を志向していることが昨今の動きから分かる。

伊藤忠商事株式会社の動きを一例に上げると、2018年に高速かつ柔軟にビジネスデータの分析を支援できる「次世代全社統合データ基盤」を構築し、会計データに加えて、営業取引に関わるすべてのデータをデータ基盤に統合し、将来予測などを通じて付加価値の高いニーズに対応したレポートなどのビジネスデータを提供している。統合データ基盤と併せてデータ分析と活用支援を専門に行う組織「BICC(Business Intelligence Competency Center)」も同時に立ち上げ、ビジネス現場による柔軟なデータ活用を支援している。

三菱商事株式会社(以下、三菱商事)では社員の事業構想力を最大限発揮することを目的にITサービス部にて様々なデジタルツール・環境を整備している。単体及びグループ企業に対してデータの利活用を行うためのソリューション調査・開発・発信などを行っており、機械学習やデータ分析を通じた効果創出のための取り組みも推進している。グループ全体でのデータドリブン思考力の底上げにも注力しており、グループとしてのCoE(センターオブエクセレンス)機能強化やグループ会社間の情報共有・ネットワーク強化も含めて幅広い業界に対応している。

各社共にビジネスサイドからデータドリブン思考への波が押し寄せており、それらを支える全社共通基盤・ツールの整備にも余念がないが、特に重要なポイントとしては事業の本質をデータからどのように読み取るか、その結果からどういったアクションを起こすか、を自ら考え行動することができる人材育成にある。各社は、アビームコンサルティングを含めた社外パートナーも活用し、研修プログラムの企画・実施や、ビジネス現場でコンサルタントが伴走しながらのデータドリブン変革を実践し、それを通じて社員一人一人が成長していくことを進めている(図1)。

社員の成長が企業の成長であることは商社に限った話ではない。受け身姿勢の社員から積極的な攻める姿勢の社員を育てるために、データドリブン思考を身に付ける策を打つことは必須であると考える。
 

図1 データドリブン経営実現に向けたDX推進組織の提供機能例

図1 データドリブン経営実現に向けたDX推進組織の提供機能例

ビジネス現場の課題解決のためのテクノロジーマッチング強化の事例

総合商社は、あらゆる産業領域においてビジネスを展開しており、従来のトレーディング事業や事業投資に留まらず、製造・流通・コンシューマー・都市開発などの事業運営そのものに深く入り込み、ビジネス現場の課題を様々な手段で解決している。その手段の一つしてデジタルテクノロジーの中から最適なものを選び出し、組み合わせ、活用するシーンが目立ってきた(図2)。

三井物産株式会社(以下、三井物産)のデジタル総合戦略部を例に見てみると、各事業に対応した部署を置き、CoEとしてデジタルテクノロジー戦略・データドリブン経営戦略・デジタルインフラ・ユーザーエクスペリエンス改革などを専門とする部署があり、更にはDX人材開発・戦略企画などの部署も擁しており、ビジネス現場の課題に対し、最適なテクノロジーやソリューションを提案できる体制が整っている。
プロジェクトの推進にあたっても最新技術を有するテクノロジーベンダーの選定に始まり、プロジェクト体制の組成、課題解決アプローチの整理などもカバーしており、これまで事業部門が経験してこなかった領域を積極的に推進している。これまで全社基幹システムをはじめとした大規模なシステム導入によって培われた、マルチベンダーでのプロジェクト管理手法から、変化の激しいビジネスサイドのためのアジャイル開発方法論などを熟知した社員を多く有していることが強みとなっている。

今後解決していくべきビジネス課題の多くは自社だけで対応できる範疇を超えている。いかに最適なデジタルテクノロジーを見出すことができるか、それを導入・運用するためのパートナーを見極めることができるかという「発見プロセスの対応力強化」。パートナーとの最適なフォーメーションをどのように組み立て、維持・発展していくかという「プロジェクトマネジメント能力の強化」の2つが求められている。
 

図2 ビジネス現場の課題解決のための一体DX推進例

図2 ビジネス現場の課題解決のための一体DX推進例

産業横断でバリューチェーン全体課題へ取り組んだ事例

商社では個々の企業・産業に留まらず、産業横断でバリューチェーン全体を俯瞰した対応にも着手している。2022年現在の各社の取組み事例をいくつかご紹介したい。

住友商事株式会社(以下、住友商事)では次世代成長戦略テーマとして「次世代エネルギー」「社会インフラ」「リテイル・コンシューマー」「ヘルスケア」「農業」の5つを中期経営計画「SHIFT2023」で設定している。
日本・海外ともに製造業ではデジタル化による生産性改善が求められているが、課題は未だに多く残っている。住友商事では「社会インフラ」の取り組みの一環として、先ずは東南アジアに拠点を構える日系を中心とした製造業向けに、課題特定からDX施策提案まで一貫した製造DXサービスを開始。
製造現場に共通する課題の解決を支援する「SaaS型サービス」、個別企業に特有の課題を特定し解決する「コンサルテーションサービス」、そして基幹システムなどの企画、設計・開発、保守・運用などを一貫して行う「システムインテグレーションサービス」など、要望に沿ったサービスを実施している。
直近の動きとしては、住友商事がベトナムで運営するタンロン工業団地に入居する製造業約200社強に向けて先行してサービスを提供しており、東南アジアにおける製造業全体の発展にも貢献しようとしている。

次に三井物産の化学品バリューチェーン全体に対する取り組みの一例として、化学品事業トレーディングプラットフォームを紹介する。化学品業界では古くから存在する慣習として業務の大部分をFAXで実施しているが、テレワークやペーパレス化が促進されないうえ、デジタルデータを活用した効率的な業務運用が行えないという業界全体の課題を有している。しかしながら、バリューチェーン全体に登場してくるプレイヤーの数の多さも相まって、課題解決がこれまで十分に進んでこなかった。
三井物産は自社だけでなく顧客やサプライヤー、物流会社なども含めてバリューチェーン全体の業務効率化を目的にトレーディングプラットフォームを構築している。当面は三井物産グループの商流に入っている取引が対象となっているが、中長期的には化学品業界のB to Bプラットフォームとして提供していくことも視野に入れて取り組んでおり、顧客視点での変革にチャレンジしている。

最後に特定産業の視点に留まらず、「貿易」という共通領域の事例の一つとして、三菱商事や豊田通商株式会社も出資する株式会社トレードワルツ(以下、トレードワルツ)の取り組みを紹介したい。同社は総合商社、大手システムインテグレーター、銀行、保険、倉庫・物流会社が出資する会社で、日本・海外の各省庁・当局と連携しながら、官民一体となって貿易に関わるプレーヤーの間で一貫した情報共有ができる貿易プラットフォーム「TradeWaltz®」を構築し、貿易文書の電子化に留まらない新たな価値をユーザへ提供することを目指している。
資源を多く持たない日本にとって貿易取引は極めて重要な位置づけであるが、貿易業務の実務者は年々減少傾向にあり、更にはその業務に費やしている時間は他国と比較して非常に時間が掛かっていることが明らかとなっている。貿易取引は輸出者・輸入者のほかに船社・フォワーダー・税関当局・銀行・保険など様々な業界のステークホルダーが存在し、モノやカネが複雑に交錯することから、業界横断での課題解決が以前から望まれており、トレードワルツへの期待は非常に大きい。アビームコンサルティングもトレードワルツと貿易分野のデジタル化支援で協業しており、貿易業界全体のDXを共創によって推進していきたいと考えている。

産業接地面が広い総合商社が自らリーダーシップを発揮してバリューチェーン全体の課題解決に取り組む動きに共感し、様々な業種業態のプレイヤーが協業関係を結び、大きなうねりが生まれつつある(図3)。このような流れを日本国内の他の企業にも期待したい。
 

図3 産業横断型バリューチェーン課題解決の取組みイメージ

図3 産業横断型バリューチェーン課題解決の取組みイメージ

総合商社の取り組みから読み解くDX推進方法

今回いくつかの事例をベースに総合商社のDXの取り組みを解説した。各社で共通していることはグローバルレベルで産業やテクノロジートレンドなど全体を俯瞰し、それぞれを構造分解し、課題の真因や物事の核となる考え方などにアプローチするためにビジネスやテクノロジーに精通した人材を有する推進部署がリーダーシップを持って取り組み、様々なプレイヤーと共創関係を築いていることである。

VUCA時代においても総合商社はその真骨頂を発揮し、業績を伸ばしている。その過程には組織づくりや人材育成、エコシステム構築などに関して様々な苦労や失敗があり、そこから学び、粘り強くチャレンジしていく姿勢。そしてそれを実現するための経営層の覚悟とリーダーシップがある。これらはこの時代を生き残るために、商社に限らずどの企業においても必須である。

アビームコンサルティングは商社ビジネスに精通した専門コンサルタント部隊を有し、商社業界の事業戦略策定から、IT/DXの企画構想・実行、組織改革も含めたBPR、グループグローバルベースのデジタル経営基盤構築、IT/DX人材育成まで、様々なご支援をさせていただいている。さらに、その豊富な実績と知見をもって他業種への展開や産業横断での連携を積極的に進めている。先行きが見えない時代ではあるが、必ずや解決の道はあると信じて、各社と一体となって今後もDXを強力に推進していきたい。

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