「メタバース」という言葉が世間を賑わせている。様々な団体や個人が「メタバース」を定義づけようとしているが、本インサイトでは、メタバースを「オンライン上の仮想空間で人々が活動する世界」と仮置きし、メタバースが一般化した未来の保険商品・サービスについて考察する。
「メタバース」という言葉が世間を賑わせている。様々な団体や個人が「メタバース」を定義づけようとしているが、本インサイトでは、メタバースを「オンライン上の仮想空間で人々が活動する世界」と仮置きし、メタバースが一般化した未来の保険商品・サービスについて考察する。
既出インサイト「メタバースと営業活動 ~生命保険~ 」では、メタバースが一般化した未来の保険営業について考察した。是非こちらも併せてご覧いただきたい。
eサッカープレーヤーのBさんはヘッドセットをつけた。メタバース空間のバーチャル練習場へ向かい、今日の試合に向けた準備を始める。
プレーヤーB 「仮想鳥がいない」
Bさんはeサッカーの人気プレーヤーで、その人気の理由のひとつに、いつも肩の上に置いている仮想鳥がある。
プレーヤーB 「決まった時間になったら鳥かごに戻ってくるはずなのに、一体どこに行ったのだろう。そろそろ試合に行かなければならないのに、どうしたものか」
時間が来てしまったので、Bさんは仕方なくバーチャルスタジアムへ向かった。すると、チームメイトのCさんが先にスタジアムで準備を始めていた。
チームメイトC 「Bさん、今日もよろしくお願いします。今日は仮想鳥はいないのですか?」
プレーヤーB 「はい。それが今日、練習場に行ったらいなくなってまして」
チームメイトC 「そうなんですか。それは大変ですね。あの仮想鳥を見るのを楽しみにしているサポーターもたくさんいるのに」
プレーヤーB 「そうなんですよ。非常に困りました」
すると、少し遠くの方から手を振って、保険会社のサービス担当者Dさんがやって来た。
サービス担当者D 「Bさーん!」
プレーヤーB 「Dさん、こんにちは。この間はありがとうございました。どうしたんですか?」
サービス担当者Dさんは持っていた鳥かごを持ち上げた。その中にはBさんの仮想鳥が入っていた。
サービス担当者D 「Bさんの仮想鳥を見つけてきましたよ」
プレーヤーB 「どうやって見つけてきたんですか?いなくなって、とても困っていたところです」
サービス担当者D 「当社の被保険者管理システムが、昨夜、Bさんの仮想鳥の異常を検知しました。追跡したところ、Bさんのファンと次々に記念撮影をしているうちに、不具合を起こすデータにさらされて電子的病気にかかってしまい、鳥かごに戻れなくなっていました。なので、Bさんの仮想鳥の保険契約に基づいて、我々が仮想鳥の位置を特定して電子的病気を治療した上で、保護してきた次第です」
プレーヤーB 「そうだったんですね。とても助かりました。ありがとうございます」
サービス担当者D 「先月この仮想鳥に保険をかけて頂いたばかりでしたね。ご契約頂いていて良かったです」
これは完全に空想の話であるが、メタバースでは起こり得ることである。メタバースではいったいどんなことが起こり得るのか、この空想の話に沿って考えてみたい。ポイントは以下3点となり、それぞれ詳しく説明する。
① 仮想鳥は何でできているのか
② 仮想鳥は何をするのか
③ 仮想鳥はどうやって保護されるのか
① 仮想鳥は何でできているのか
この仮想鳥はAIでできている。
メタバース上ではアバターが動き回ったり、会話をしたりするわけだが、基本的には、その裏に現実世界でヘッドセットを付けた生身の人間がいる。そのように、現実世界にいる人間がメタバース上のアバターを操作するのが一般的なケースとして考えられるが、AIを備えたアバター(AIエージェント)が人間の操作なしに自動的に動くというケースも考えられる(図1)。
前述の空想の話においては、この仮想鳥は後者のケースで、AIが組み込まれており、Bさんがメタバースからログアウトしても、組み込まれたAIによって自ら動き回ることができ、決まった時間に鳥かごに戻ってくるようになっている。さらに、動き回っているうちにAIに不具合を起こすデータにさらされ、故障する(電子的病気にかかる)という設定になっている。
② 仮想鳥は何をするのか
「仮想鳥は何をするのか」というより「仮想鳥に何をさせたいのか」ということになるが、AIが組み込まれている仮想鳥は様々なことができる可能性がある。例えば、決まった時間に鳴き声を出すといったことは比較的容易にできると考えられ、他のアバターと会話したりコミュニケーションをとったりすることもレベルは様々ではあるものの可能と考えられる。
前述の空想の話においては、仮想鳥は自ら鳥かごを出ることができ、Bさんのファンと記念撮影ができるようになっている。また、より空想を膨らませると、Bさんがメタバース上で不在の間に、仮想鳥が代わってファンサービスを行ったり、記念撮影などに対応したりすることによって、その対価を仮想空間内の通貨で受け取るということも理論的にはできるかもしれない(図2)。
③ 仮想鳥はどうやって保護されるのか
この仮想鳥は、保険会社の被保険者管理システムに登録されており、異常が検知できるようになっている。もう少し具体的に異常検知の方法を考えてみると、
といったことが考えられる(図3)。これも完全に想像の話であるが、ひとつの可能性と捉えて頂きたい。
このように、理論的にメタバース上で考えられること・できることの可能性は様々ある。しかし、現時点で一般的な消費者がメタバースに日常的に触れているかというと、まだその状況にはなく、前述の空想の話のように、メタバース空間内のAIエージェントに関わる保険の需要が現時点であるとは考えにくい。
一方で、この空想の話から、保険会社の商品・サービスの未来を見ることができる。ポイントは以下3点となり、それぞれ詳しく説明する。
① 補償から課題解決へ
② 申請から検知へ
③ 金融的支援からデジタルサービサーへ
① 補償から課題解決へ
基本的に保険は、保険事故に対して金銭で補償するというモデルになっている。現物給付という形態もありうるものの、病気を治すこと自体は保険会社の範疇の外にあり、それを実現するための金銭を保険会社が提供するというモデルが一般的だ。
このような従来型の保険サービスに対して、前述の空想の話では、金銭の支払いではなく、直接的な課題解決がサービスになっている。保険をかけた仮想鳥に何かあった場合、仮想鳥を買いなおす/改修するための金銭を提供するのではなく、仮想鳥の電子的病気(故障)を治療した上で持ち主の下に返すことが保険契約になっているという設定だ。現実世界の保険契約ではこういったことはなかなか難しいと考えられるが、仮想空間においては、あり得ない話ではないと考えられる。
② 申請から検知へ
現状、保険会社が保険金を支払う際のトリガーは、保険契約者からの請求になっているのが一般的だ。請求の内容によってはWebやスマートフォンで請求できるなど、契約者にとって手続きが便利になってきており、パラメトリック保険の例もいくつか見られるようになってきているが、一般的な保険契約においては契約者からの申し出を受けて査定、支払という流れになる。
ところが前述の空想の話では、保険契約者であるBさんからの申請はない。保険会社側が先んじて仮想鳥の異常を検知して、査定に類するステップなしで仮想鳥を保護し、Bさんの手元まで届けている。場やモノにプログラムを埋め込みやすい仮想空間においては、このように保険会社がデジタルに異変を検知して、補償プロセスのトリガーを引くということが当たり前になるかもしれない。
③ 金融的支援からデジタルサービサーへ
前述の「①補償から課題解決へ」「②申請から検知へ」で示したようなサービスを実現するには、デジタルの力が不可欠である。仮想鳥がいなくなったことを検知し、電子的病気(故障)を治療した上でBさんの手元まで取り戻すというサービスを実現しようとした場合、仮想空間上にそのサービスを可能にするデジタルな仕組みを埋め込むだけの技術力が必要になるからだ。そして、このようなデジタルサービスを保険会社が提供すると考えた場合、リソースの持ち方は様々あるとしても、保険会社が持つべきケイパビリティのひとつとして、IT・デジタルの重要性がより高まってくると想定される。極端な表現をすると、保険会社は金融機関というよりも、デジタルサービサーになるという未来が来るかもしれない。
メタバースに注目と期待が集まっているが、そこでどんな価値や変革を生み出すかについてはまだまだ議論が必要と考える。
アビームコンサルティングでは、このトレンドを正しく理解し、適切に活用して意味ある社会変革につなげたいという思いから、メタバースのご相談に対応するチームを立ち上げ、事業会社・コンソーシアムの方々とディスカッションを始めている。今後もより一層、様々な企業・団体と議論を深め、価値あるビジネスを共創していきたい。
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