コミュニティを活性化させるメタバース ~実証実験から導いた価値と活用のための三原則~

インサイト
2022.11.09
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昨今、話題になっているメタバース(バーチャル上の3次元空間)上では、自分のありたい姿で、距離を超えて、リアルタイムに対話するという、新たなコミュニケーションが行われ、互いの関係を深めることができる。
そして、この関係は顧客とブランド・サービスの間の関係性や経営者と従業員、従業員同士の関係性にも通じていて、カスタマー/エンプロイーエンゲージメントを高める、既存の手法にはない可能性を秘めている。 
実際、ブランドイメージを表現したメタバース空間を構築し、顧客やファン向けのイベントを開催するなど、新規顧客獲得や既存顧客のファン化を狙った事例が話題になっていることをご存じの方も多いだろう。 例えば、日産自動車のバーチャル新車発表会・試乗体験会や、スマートフォン向け仮想都市空間プラットフォーム「Rev Worlds」での伊勢丹 新宿店のバーチャル出店などもある。 
 メタバースを活用した取り組みには、日産自動車の例のように「ヘッドマウントディスプレイ(以下、HMD)」を活用したものと、伊勢丹 新宿店の例のように「スマートフォン/PC」を活用したものの2つのアプローチが確認できる。

前者のHMDを活用したアプローチは、頭部に装着する特殊なディスプレイによって、没入感をもってメッセージを強く訴求できる魅力がある。ただ現状では、13歳以上の使用が推奨されているといった年齢制限などによりユーザーが少なく、また、どこでも使えるものでないため、メタバースネイティブなアーリーアダプター(初期採用者)がじっくり楽しむコンテンツを提供するといった限定的な使い方にとどまっている。
一方で後者のスマートフォン/PCを活用したアプローチでは、HMDと比較すると没入感は低いものの、広く普及したデバイスであることから、メタバースとの接点の少ないユーザーまで広く対象にすることができる。 過去、同様のサービス(Second LifeやAmeba Pigなど)が普及までに至らなかったケースはあるが、現在は、開発環境やデバイスのスペックといった技術が進歩していること、コロナ禍でWeb会議やオンラインゲームなどに触れる機会が増えて、オンライン上でのコミュニケーションが身近になったこと、そして、ユーザーのオンライン上でのコミュニケーションに対するリテラシーが上がったことが当時とは異なる。メタバースでのコミュニケーションを楽しむための土壌が出来上がっていると言えるだろう。
遠隔地からも参加できる、移動しなくて済むといった、オンラインの利便性を社会全体で実感したことから、コロナ禍における行動制限が緩和された場合でも、オンラインコミュニケーションを使おうとする流れは残ると予想される。その中で「偶発的な出会い」「同じ空間での体験の共有」「アバターコミュニケーション」というメタバースならではの3つの価値をもって、既存のコミュニケーションツール(Microsoft Teamsなど)では再現が難しかった、展示会、ファンミーティング、雑談といった「新たな”好き”や”気づき”が生まれる場」も、今後ますますオンラインで行われるようになると推察される。

そこで、本インサイトでは、スマートフォン/PCを活用したメタバースの価値に焦点を当て、アビームコンサルティング社員を対象にした実証実験の結果から導いた、活用にあたってのポイントを考察する。

執筆者情報

  • 一岡 敦也

    Principal
  • 飯田 一紀

    Senior Manager
  • 伊藤 真慧

    Senior Manager
  • 西宇 基

    Manager

見えてきたメタバースならではの価値

今回、メタバース上で開催したのは、アビームコンサルティングの社内イベントである。若手コンサルタントが、多様な専門性を持つ先輩コンサルタントと接することで、自身のキャリアを見つめ、これからのアクションを考える目的で、8月上旬のコロナ第7波の時期に2日間にわたって開催し、250名超が参加した。
今回の参加者はコロナ禍により、同世代、先輩世代とのオフラインでのコミュニケーションが減った世代であり、既存のオンラインコミュニケーションツールとは違い、「偶発的な出会い」「同じ空間での体験の共有」「アバターコミュニケーション」という価値を享受できるメタバースでの開催を選択した。
開催にあたっては、メタバースサービスを展開するmonoAI technology株式会社と連携し、同社が提供するメタバースプラットフォーム「XR CLOUD」上に専用環境を構築した。先述のように、参加者はPCから参加した。

図1 メタバース空間でのイベントの様子 図1 メタバース空間でのイベントの様子

今回の取り組みを通じて、想定していた3つの価値について、コミュニティ活性化への有用性に関して、より深い示唆が得られた。それぞれ詳しく説明する。
① 偶発的な出会い
② 同じ空間での体験の共有
③ アバターコミュニケーション

① 偶発的な出会い
「偶発的な出会いによってわくわくが生まれる」
今回のイベントは、登壇者(先輩社員)と参加者(若手社員)の交流を狙ったイベントだったが、アンケートの結果、参加者同士での会話も生まれていることがわかった(図2)。アンケートコメントより、久しぶりに会った同期、海外赴任中の同期との会話が生まれていたことも分かった。

図2 イベント中に誰に対して話しかけたか 図2 Q. イベント中に誰に対して話しかけたか

普段利用しているITコミュニケーションツール(Teamsなど)は、誰に何を連絡するかを予め決めた上でコンタクトを取る目的を定めたコミュニケーションが主流だが、メタバースではリアルと同様の偶発的な会話が発生していることが分かる。また、このような偶発的な会話が参加者の満足度へプラスの効果をもたらしているといった結果も得られている(図3)。

図3 他の参加者との会話有無ごとの満足度平均 図3 Q. 他の参加者との会話有無ごとの満足度平均

ただ何かを体験させるだけでなく、ふと気になったもの、たまたま出会ったものが、その人の心に残り、体験をより良くさせるということは大きな示唆であり、メタバースの大きな可能性を感じさせる。 

② 同じ空間での体験の共有
「リッチな空間は必須ではないが、体験へ導く設計は重要」
参加者のコメントには、他の同期と同じ空間に一緒にいる感覚やイベント会場に人がいることの臨場感に対する反響があった。また、全員で同時に拍手をすることで音が重なり大きくなっていることや、参加者同士での握手をすることを楽しむ様子も見られ、参加者同士での体験の共有に対して感動があったことが伺える。

一方で、今回の実証実験において、会話のきっかけや活性化につながるひとつの手段になればと、日常では体験できないような空間を用意したが、会話の活性化につながったとの回答は参加者の1/4程度にとどまった。学術的には、周囲の環境が会話する相手との心理的距離を縮めることが実証されている。しかし、スマートフォン/PCの場合は、あくまで「画面内の見え方」が変わったという認識にとどまり、「周りの環境」の変化としては捉えづらいものであることが見える。
また、参加者を体験へ導く適切な動線設計が非常に重要であることも分かった。
今回、渋谷のスクランブル交差点を模した空間でクイズイベントを実施、1日目は、駅から出てきて交差点へ向かうことでわくわく感を演出することを狙った動線、2日目は、イベントにすぐに参加できるよう移動を省いた動線とした。
結果は、1日目はイベント参加率が約5割にとどまるのに対し、2日目の参加率は約8割、かつ、満足度が5段階評価で約0.3ポイントも高くなった(図4、図5)。提供者側は、メタバースの空間を楽しませるということに注力しがちだが、ユーザーにとっては、空間での移動は面倒なものとしか捉えられないという示唆であり、体験に導く、動線設計の重要さが浮き彫りとなった。

図4 空間デザインによる会話活性化への効果 図4 空間デザインによる会話活性化への効果
図5 イベント実施日別満足度 図5 Q. イベント実施日別満足度

③ アバターコミュニケーション
「アバターを通して人の繋がりは豊かになる」
今回のメタバースでの実証実験において、何が会話を活性化する要素であったかのアンケートの結果、エモート機能と呼ばれるアバターでの感情表現、および体の向きや目線を合わせコミュニケーションが取れることへの評価が高かった(図6、図7)。

図6 アバターがガッツポーズをしたりサイリウムを振ったりするなどの感情表現を表すモーション機能 図6 アバターがガッツポーズをしたりサイリウムを振ったりするなどの
感情表現を表すモーション機能
図7 アバターコミュニケーションによる会話活性化への効果 図7 アバターコミュニケーションによる会話活性化への効果

コロナ禍を経て、TeamsやZoomなどを利用したWeb会議が広く普及したが、一方で、そのコミュニケーションでの不満や不安がこの結果に結びついていると考えられる。Webカメラの投影をオフにしていたり、複数人が参加することで一部の人の表情しか見えなかったりと、相手の存在を感じづらいケースがどうしても存在する。
そういった課題に対して、アバターを活用することで、会話の相手が実体として見え、更に目線や体の向きが合ったり、エモート機能で動きの伴った感情表現(深く納得した場合には『ガッツポーズ」、応援するときは『サイリウムを振る」など)が行われたりすることで、相手が会話に入ってきている意志を感じられることが分かる。
また、特に「サイリウムを振る」などは、周りのメンバーがつられてそのエモートを活用し、その一体感からさらに会話が弾む様子も見られており、アバターを操作するという一種のゲーム感覚が、より感情を引き出していることも伺える。
アバターによってより深く活発なコミュニケーションが行われ、前述の2つの価値の基礎となっていることが示唆される。

一方で、アンケートの中で、メタバースを初めて使うため、会話やエモートが行いづらいとのコメントが見られた。操作に不慣れなことで、タイミング良くエモート機能で想いを伝えられず、機を逃すということもあり、アバターコミュニケーションをより多くの人が楽しむためには、ユーザーの慣れとシステムのUI(操作画面などのユーザー接点)で課題がある。

メタバースのビジネス活用における三原則

上記の実証実験の結果から、メタバースをビジネスで活用するための三大原則を導き出した。

① メタバースの価値を活かす

メタバースは、大きな可能性を持っているが、万能な魔法の杖ではない。ビジネスに活用する際は、メタバースの価値、つまり、既存ツールに勝る差別化要素である「偶発的な出会い」「同じ空間での体験の共有」「アバターコミュニケーション」という価値を生かすべきである。逆にそれを生かせないのであれば、メタバースを活用する必要がなくなる。例えば、資料ベースでの説明がメインの講演などは、メタバースの価値を引き出し切れるかは疑問である。それよりは、参加者が同時多発的に会話を行う今回の実験のような座談会や展示会などの方が、メタバースの価値を活かし、成果に繋げられる。

② メタバースの価値を引き出す

メタバースというハコがあるだけでは、顧客や従業員のエンゲージメントを高めることはできない。その場を生かしてどのような体験を提供するか、そして、ユーザー同士がその体験を共有することで感動を得ることができるかが重要なポイントである。更に、これらの体験を通じて、価値観を共有できる仲間を発見するなど、期待以上の体験を得られれば、一層エンゲージメントは高まると考えられる。

今回のイベントは社員同士であるため、もちろん、一定の心理的安全性は確保できているが、イベントの導入の際、近くの人と話すタイミングを設けたり、二択ゲームなどの全員参加型のイベントを行ったりするなど、ユーザー同士のコミュニケーションが発生する仕掛けを意図的に組み込んでいる。他にも、本人の名前だけでなく、自分のキャリア志望や想いを一言アバター上にタグとして表示させることで仲間の発見を促すといった工夫も凝らしている。
顧客や従業員のエンゲージメントを高めるという結果のためには、体験を共有する機会と偶発的な出会いというメタバースならではの価値を引き出す仕掛けを丁寧に作ることが何よりも大事である。

③ メタバースの価値を膨らせる

ハコを作り、イベントなどを開催したとしても、それが一回きりでは、メタバース上の空間が寂れた場所となってしまう恐れがある。最終的に目指すべきことは、企業や経営者側が顧客や従業員に体験を提供し続けることではなく、顧客や従業員自身が自発的にメタバースという場で交流し、コミュニティを広げていくことである。

幸いにして、メタバースは、デジタル上の空間であり、いつでもオープンにすることができるという利点があるため、そのようなゴールも不可能ではない。
ただし、一朝一夕に自発的な交流は生まれないため、企業や経営者からの継続的なコンタクトはもちろん、Webページや既存のSNSも活用した積極的なコンタクトにより、コミュニティを活性化させることが不可欠である。

今回、スマートフォン/PCのメタバースの価値を検証、考察し、ビジネスに活用する際の3つの原則を記した。
HMDを活用せずとも、適切な体験・動線設計の下、ビジネス活用できることは分かったが、今後、HMDが普及することで、スマートフォン/PCの画面の中にいるアバターを操作する「私のアバターがメタバースにいる」という体験から、視覚・聴覚といった感覚をアバターと同期することによる「私がアバターでメタバースにいる」という体験へと大きく変わり、メタバースのもたらす価値が増すとともに、一層、生活やビジネスを拡張することが期待される。
今後も、新しいテクノロジーやツールの活用においては、そのテクノロジーのもたらす本質的な価値をしっかりと見極めた上で、ビジネスへ活用することが肝要である。
アビームコンサルティングでは、テクノロジーの本質を見極め、その価値を適切に社会変革に繋げたいという思いから、メタバースのご相談に対応するチームを立ち上げ、事業会社・コンソーシアムの方々とディスカッションを始めている。これからも、テクノロジーの本質を見極め、その価値を適切に社会変革に繋げるため、様々な企業・団体と議論を深め、価値あるビジネスを共創していく。

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