トークン化預金の銀行間決済が問う、決済インフラの「次の前提」

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2026.10.01
  • 銀行・証券
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日本の銀行間決済の仕組みは、これまでの長い歴史の積み重ねの中で検討・構築され、長らく国内金融の信頼基盤を支えてきた。しかし、グローバルでオンチェーン金融が急速に社会実装へ向かうなか、問われているのは個別の決済手段の優劣ではなく、決済インフラそのものの「前提」が変わりつつあるという構造的な事実ではないだろうか。2026年8月20日、金融庁FinTech実証実験ハブ・決済高度化プロジェクト(PIP)第3号案件「トークン化預金の銀行間決済」の全体会キックオフが開催された。43社、うち銀行約37行が参加し、会場には60名超、オンラインを含めると100名を超える規模となったこの会合は、日本の決済インフラの将来像を描くうえで極めて重要な一歩と位置づけられる。

なぜ今、トークン化預金の銀行間決済なのか

本実証に多くの企業が参加する背景には、グローバルな決済インフラの地殻変動がある。
当日は冒頭、金融庁からも登壇があり、政府の成長戦略・金融戦略において、金融を我が国の成長を支える重要な基盤と捉え、金融システムを支えるインフラへの投資、とりわけAI時代を見据えたオンチェーン金融の推進が重要な政策として位置づけられているとの説明があった。AI時代の決済インフラには、ブロックチェーン技術の特性を生かした24時間365日の連続稼働や、商流・物流のデータとつながるプログラマビリティが求められる一方、広く利用される決済基盤となるためには、安定性・安全性・利用者からの信頼性が不可欠との認識が示された。

注目すべきは、既存の金融決済インフラを全面的に置き換えるのではなく、それぞれの特性を踏まえながら適切に組み合わせていく方向性が示されている点である。これは、オンチェーン金融を既存システムの代替としてではなく、相互補完的に併存する基盤として位置づける考え方であり、今回の実証実験の設計思想にも通じる。本実証が、事業者が法令解釈やコンプライアンス、監督対応上の課題を抱えたまま社会実装を進めることの難しさを踏まえ、FinTech実証実験ハブの枠組みを通じて関係者と継続的なコミュニケーションを行うものであることは、単なる技術検証にとどまらず、制度設計を見据えた取り組みとして捉えることができる。

グローバルの動向が突きつける「今そこにある危機」

本プロジェクトの申請代表である株式会社DCP代表取締役社長の平子 惠生氏は、グローバルにおけるトークン化預金・中央銀行マネーのトークン化の動向を3つの分類で整理した。すなわち、BIS(国際決済銀行)主導のもの、各国中央銀行が主導するもの、そして民間主導で進むものである。

BIS主導のProject Agoráは、トークン化した中銀準備預金を中心としたクロスボーダー決済の単一基盤構想であり、2026年5月にプロトタイプが完了している※1。欧州ではPontesとして中央銀行マネーによる民間DLT取引の決済サービスが2026年9月に初期サービスを開始する予定※2であり、香港のEnsemble TXではトークン化預金を用いた実資金ベースの決済がパイロット運用段階に入っている※3。民間主導の動きとしては、英国のSterling Fnality Payment Systemが中央銀行預け金を裏付けとした決済トークンを用いて制限下で実取引を開始※4しているほか、Swiftは、ブロックチェーン台帳を用いた決済サービスについて、2026年7月より初期利用が可能となり、17行がパイロット準備中であると発表した※5。米国では、The Clearing House(TCH)がオンチェーン資金移転の構想を2026年6月に公表し※6、J.P. Morgan、Bank of America、HSBCなどが参画している。

平子氏が強調したのは、この動きが日本の銀行にとって「今そこにある危機」であるという点である。世界で流通するステーブルコインの市場規模は50兆円に達し、その99%がUSドル建てである※7。ドル建てステーブルコインによる決済が拡大すれば、円の流出およびステーブルコインへの変換を通じて預金の流出が加速し、信用創造の毀損、経済安全保障リスク、通貨代替リスクが高まる。現に三菱商事がJ.P. Morganのプラットフォームを活用してグローバルキャッシュマネジメントを開始したとの報道※8は、この危機感を裏付けるものである。

自民党のデジタル社会推進本部・次世代AI・オンチェーン金融構想PTが取りまとめた提言は、こうした危機感と状況認識を踏まえ、「オンチェーン金融」を国家戦略として明確に位置づけた※9。半導体やAIに続く次なる成長投資分野として金融を捉え、BtoBを中心とする産業活動と、資産運用の双方を見据え、AI時代におけるオンチェーン金融の重要性が示されている。個人・企業の活動では、AIエージェントの普及により、購買や送金を含むオペレーションの自動化が進むことが想定され、こうした活動と金融をシームレスにつなぐためには、決済手段のオンチェーン化が重要となる。産業サイドではトークン化預金等を活用した高度な決済自動化を進め、資産運用サイドではトークン化されたアセットとオンチェーンの決済手段を組み合わせることで、資産のデジタル化・トークン化を促進する。これらが相互につながることで、産業と金融の連携・融合による効果がさらに高まるとの方向性が示されている。
さらに、アジア輸出入決済の4〜5割が円建てで行われている現状において、ドル建てステーブルコインや各国通貨のオンチェーン化に円の決済コリドーを奪われないために、円のオンチェーン化を積極的に推進し、「AI・オンチェーン金融アジア政策対話枠組み(仮称)」の創設までが提言に盛り込まれている※10。

株式会社DCP 代表取締役社長 平子 惠生氏

代表銀行が語るトークン化預金の「良いとこ取り」

代表銀行であるGMOあおぞらネット銀行株式会社の執行役員 岩城 卯吉氏は、銀行の視点からトークン化預金の意義と期待を率直に語った。同行は2023年頃からDCPと連携し、環境価値トークンとDCJPYを用いた決済プロジェクトを開始し、約1年をかけて商用化にまで至った実績を持つ。

岩城氏が提示した銀行にとっての意義と期待は4点に集約される。第一に、法人顧客からの決済DXニーズの拡大。第二に、銀行を主軸としない決済手段が増加する環境に対して、銀行としてどう対応すべきか、という経営課題への対応。第三に、24時間365日稼働やプログラマビリティといった運営上の制約の克服。第四に、業界横断の実証実験を通じた方針策定への期待である。

とりわけ示唆的だったのは、トークン化預金を「一番の良いとこ取り」と評した視点である。プログラマブルな特性を有しつつ、個別の要件を満たす場合には預金保険の対象となり得るとされ※11、KYC・AMLの領域では既存の銀行の管理態勢を活用しやすいという特性は、ステーブルコインとの比較における銀行の優位性を示すものである。トークン化預金は、銀行預金としての法的性質を保持しつつ、その保有・移転の記録をブロックチェーン等の分散台帳上で行うものであり、利用者は預金としての法的位置づけを保ちながらオンチェーンの利便性を享受できるとされる。一方で、岩城氏はブロックチェーン決済が収益にどう結びつくかという問いに対しては、「明確な収益モデルがあるわけではない」が、ユースケースを含めて多様な可能性があり、顧客と一緒に作り上げていく領域であるとの認識を示した。

GMOあおぞらネット銀行株式会社 執行役員 岩城 卯吉氏

課題として指摘されたのは、グローバルで各銀行が個別にトークン化預金を発行した結果として相互運用性が分断されている現状である。米国では一部の銀行がグローバルCMS等でトークン化預金を利用しているとされるが、技術基盤が必ずしも統一されておらず、多行間をつなぐ連携方式は現時点で確立されていないとの課題が指摘された。この点において、DCPのDCJPYは単一基盤の中で複数行のトークン化預金を発行・流通させる設計を採っており、技術基盤の統一という課題に対する一つの解を提示している。

※11 個別具体的なケースにおいて金融庁や預金保険機構との協議・相談が必要

本実証の目的と検証する実現方式

事務局を務めるアビームコンサルティングのSenior Manager内田 悠介からは、本実証の背景と目的、および実証に関する計画が改めて共有された。

トークン化預金は、2024年に国内で商用化を開始しており、現在進行系で複数の銀行がトークン化預金の発行に向けた対応を既に開始している。そのため、トークン化預金のマルチバンク決済をどのように実現していくかは、国内の決済インフラに関する重要な社会的な論点となっている。

「日本におけるトークン化預金の銀行間決済について、最適な実現方式は何か、多角的な観点から検証していく」、これが本実証の主目的であることが、改めて説明された。各行の動向や今後の見通しといった背景を踏まえると、この論点は差し迫った検討課題となる。

併せて、本実証で検証している銀行間決済方式について、関係者間での読み合わせが行われた。まず示されたのが、本実証で主として検証する「幹事行方式」である。民間銀行の1行が幹事行となり、トークン化預金上のユーザー間送金と幹事行内におけるトークン化預金上の銀行間決済を同時に行う方式である。24時間365日、全ての取引をRTGS(Real-Time Gross Settlement:即時グロス決済)にし、新たなビジネス機会の創出や、決済コスト・決済リスクの低減等を目指すものである。

これに加え、その他の実現方式についてもポイントが共有された。「ステーブルコイン連携方式」は、トークン化預金上のユーザー間送金に関する銀行間決済を、資金決済法上の電子決済手段であるステーブルコインを活用して行う方式である。また、既存の決済システムと連携してトークン化預金の銀行間決済を行う方式についても示された。

本実証は2026年4月に金融庁FinTech実証実験ハブPIPに採択され、検証を既に開始している。8月の本全体会を経て、今年度内(2027年3月)に実機検証やとりまとめを含めて完了する予定である。

参加者の役割は5つに区分されている。①申請代表のDCPが論点整理・システム開発・検証・運営等を主導し、②代表銀行のGMOあおぞらネット銀行がトークン化預金の発行銀行として、検証環境の用意・実機検証・作成物レビューを担う。③事務局のアビームコンサルティングがDCPと連携して事務局運営を行い、④参加銀行が実証実験で生じた検証仮説への見解を提示する。⑤オブザーバー参加となる銀行は任意で質問、見解、懸念点等を提示する。

アビームコンサルティングFinancial Services, Business Unit, Senior Manager, 内田 悠介

決済インフラの「前提」を問い直す時

本実証が浮き彫りにしているのは、日本の決済インフラが直面する課題の本質が、個別の技術選択や規制対応にとどまらず、決済の「前提」そのものの再設計にあるという点である。既存決済インフラによる現行の銀行間決済は、時点ネット決済と即時グロス決済の組み合わせで長年安定的に運用されてきた。しかし、24時間365日のリアルタイム決済、プログラマブルな条件付き決済、クロスボーダーでのシームレスな資金移動といった新たな要請に対して、既存インフラだけでは応えきれない局面が現実のものとなりつつある。

アビームコンサルティングFinancial Services, Business Unit, Principalの森口 廉之が、冒頭の挨拶で述べたとおり、本実証は「業界の皆様が向き合うであろう課題に対して、一定の共通の地図を作り上げていく取り組み」である。矢野経済研究所の予測によれば、国内のデジタル通貨市場規模は2030年に30兆円程度に達する見通し※12であり、トークン化預金の規模拡大は加速度的に進む。この変化のただなかで、法的整理、仕訳の方針、AML対応、ファイナリティの確保、残高管理ルールといった実務の土台を、業界横断で整備していくことの意義は極めて大きい。

アビームコンサルティングFinancial Services, Business Unit, Principal, 森口 廉之

日本の金融機関にとって、本実証は単なる技術検証への参加ではなく、次世代の決済インフラにおける自行のポジショニングを定める戦略的な機会と捉えるべきである。グローバルではJ.P. Morgan、HSBC、BNP Paribasといった主要行がすでにトークン化預金の実証から商用化フェーズへと移行しつつある。日本がこの潮流のなかで円の決済コリドーを維持し、アジアにおける金融の主導権を確保するためには、個々の銀行が自行のユースケースを具体化し、設計に着手するタイミングが到来していると言えるのではないだろうか。


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