トークン化預金が実現する銀行決済インフラの24時間化──即時資金活用時代への転換

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2026.07.02
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銀行の決済インフラは今、大きな転換期にある。企業CFOの関心は、口座残高の「見える化」から資金をいつでもどこでも使える状態にしておくことへ移っている。一方、日本の銀行システムは長年の営業日・営業時間の制約ゆえに、資金が眠ったままになる空白時間が存在する。本稿では、ブロックチェーン技術、特にトークン化預金を活用して、このギャップを埋める金融インフラの段階的モダナイズ戦略を探る。ここで言う「モダナイズ」とは、①24時間365日の常時稼働体制の実現、②リアルタイム決済・即時資金移動への対応、③既存勘定系システムを活かしながら段階的に機能を拡張していくアプローチ、の3つを指す。新規ビジネス開発ではなく現行業務の課題解決に焦点を当て、既存システムと共存する横付けモデルによる24時間化の道を示し、段階的な導入の考え方と今後の展望を論じる。

執筆者情報

  • 渡部 拓也

    渡部 拓也

    Director
  • 古川 理恵

    古川 理絵

    Manager

第1章:資金の「使える化」へのパラダイムシフト ― なぜ今、銀行インフラのモダナイズが必要か

グローバルに事業を展開する企業のCFOや財務責任者にとって、銀行への期待は「どこに資金があるかを把握すること(可視化)」から「必要な時・場所で資金を即座に動かし利用できること(使える化)」へ大きく転換している。従来、銀行は各拠点の口座残高を正確に管理し決済を安全に処理することを重視してきた。しかし企業側では、遊休資金を極力減らし24時間365日(24/7)いつでもビジネスに資金を投入できる体制作りが競争優位を左右する時代になっている。実際、多国籍企業ではタイムゾーンや週末の壁によって資金移動が滞り、資金の有効活用を阻むケースが後を絶たない。例えば日本企業の場合、クロスボーダー送金においては、送金元・送金先双方のシステム稼働時間やコルレス銀行の営業時間、さらに複数タイムゾーンをまたぐ処理の制約により、海外子会社が日本の休日や夜間に資金不足に陥っても即座に資金を融通できず、資金が滞留する時間が生じている。

この点で、クロスボーダー決済領域における海外主要銀行とのギャップは顕在化している。欧米の大手銀行はすでに24時間稼働のグローバル決済サービスを提供し始めている。例えばCitigroupは独自のデジタルプラットフォームを用いて24/7対応のクロスボーダー送金を実現し、HSBCも全営業日に即時決済を義務付ける欧州のインスタント決済に対応するなど、企業の資金ニーズに合わせたサービスを拡充している。対照的に日本の銀行は、国内送金では全銀モアタイムシステムにより24時間化が進む一方で、クロスボーダー送金においては長年の日次バッチ処理に依存するシステム構造に依然として依存する傾向があり、グローバル規模でのリアルタイム送金や連続残高管理といった機能には高度化の余地が大きい。このままでは、グローバルなトランザクションバンキング市場での競争力に影響を及ぼす可能性がある。決済インフラのモダナイズは、日本の銀行がこれからも企業との信頼関係を維持し、グローバル市場で存在感を保つために優先度の高い経営課題である。

図1 クロスボーダー決済・グローバル資金管理における提供価値のパラダイムシフト – 国内 vs 海外銀行の比較表

第2章:ブロックチェーン「新規ユースケース」中心の議論では捉えきれなかった視点

日本の金融界では近年、ブロックチェーン技術に関して新規サービスや仮想通貨などの注目度の高いユースケースに関心が集まってきた。しかし、トランザクションバンキングの現場担当者から見ると、こうしたアプローチには実務適用の観点で慎重な見極めが必要なものも多かった。いかに革新的なアイデアでも、投資対効果(ROI)が明確でなければ、銀行内で賛同を得て予算化するのは難しい。また、技術ありきの新規構想が先行すると、「結局それは事業利益に貢献するのか?」という経営層の根源的な疑問に十分に答えられず、構想段階にとどまるリスクが高まる。

このような状況から、現場ではブロックチェーンに対する期待感と、実務適用に対する慎重な見方とが併存しているのが実情である。銀行内部には長年培った現行業務フローがあり、新技術導入に際しては既存システムと矛盾なく安定稼働できることが最優先される。したがって、「ブロックチェーンで何ができるか」という発想だけでは不十分で、「既存業務のどの課題をどう解決するか」が語られなければ現場の十分な共感は得にくい。ブロックチェーンを新規ビジネス創出の手段としてではなく、既存業務の課題解決に直結するインフラ技術として再定義する視点が求められる。

第3章:金融インフラ刷新の武器としてブロックチェーンを再定義する

ブロックチェーン技術をどのように位置付ければ銀行インフラ変革に活かせるのか。鍵は「ブロックチェーン=手段」という視点である。日本の銀行システムはメインフレームを中心とした大規模な既存システム基盤であり、この枠組みを前提にしつつ変革を図るには、全面刷新ではなく段階的モダナイズが現実的だ。例えば、既存の堅牢な勘定系はそのままに、周辺部分や付加機能へ新技術を横付けして改善していくアプローチが考えられる。この方法なら、全面リプレースに伴う大規模投資や移行リスクを抑えながら、着実に新しい価値を提供できるだろう。

ブロックチェーンが備えるプログラマビリティ(契約ルールに基づく自動処理)に目を向ければ、従来システムでは難しかったきめ細かな資金移動制御が可能になる。例えば営業終了後に自動で特定の資金振替を完了させておく仕組みや、事前予約した取引を指定時刻に無人で実行する仕掛けなど、スマートコントラクトによって人手に頼るオペレーションを削減できる領域は広い。現在、日々の決済現場で発生している「潜在的な非効率」(夜間・休日の資金滞留やヒューマンエラー等)も、ブロックチェーンの自動処理で解消できれば、銀行の基幹業務そのものを底上げできる可能性がある。新規サービス開発に加えて、基盤のモダナイズ手段としてブロックチェーンを活用することが、銀行にとって着実で大きなメリットをもたらす。
アビームコンサルティングが複数の国内金融機関を支援する中で共通して確認してきたのは、全面刷新も遡上にあげたうえでの結論が、基幹系の現実的な刷新構想で、既存基盤を活かしながら特定機能を外付け・拡張する方式である。この実務的な帰結が、次章で述べる「横付けモデル」の出発点となる。

第4章:トークン化預金が拓く横付けモダナイズ ― レガシー共存型アプローチ

既存システムを抱える銀行にとってブロックチェーンを導入する現実解として注目されるのが、横付け(サイドカー)モデルである。これは、既存の勘定系システムを廃止して新システムに置き換えるのではなく、既存インフラと並行してブロックチェーン基盤を設置し、必要な機能を補完するやり方だ。具体的には、現在の勘定系と連動する形でブロックチェーン上に副次的な台帳を構築し、そこで24時間稼働の決済や柔軟な流動性管理を実装する。既存システムの信頼性を維持したまま、ブロックチェーンの俊敏性・自動化を外付けする発想である。

図2 横付け(サイドカー)モデルのイメージ

この横付けモデルは、経営層・現場の双方に大きなメリットをもたらす。経営層の視点では、①全面リプレースに比べ初期投資を大幅に抑制できる、②既存勘定系を稼働させたまま並行導入するため移行リスクが低い、③段階的な機能追加により投資判断を柔軟に行える、という利点がある。一方、現場の視点では、④既存業務フローを大きく変更せずに新機能を追加できるため運用負荷が軽減される、⑤既存システムの安定性・信頼性を保ったまま新技術を検証できる、⑥段階的な導入により教育・習熟期間を確保しやすい、といったメリットが挙げられる。横付けモデルの中核となるのがトークン化預金(Tokenized Deposits)である。トークン化預金とは、銀行預金の価値をブロックチェーン上のデジタル資産として表現し、実質的に「ブロックチェーン版の預金口座」を運用するものである。例えばJ.P.モルガンは自社のオンチェーンネットワーク上にブロックチェーン預金口座(BDA)を構築し、米ドル資金の24時間即時送金サービスを世界規模で実用化しており、これを介して銀行間やグループ内の資金移動を365日リアルタイムで処理できるようにしている。その他多くの大手外銀でも、トークン化技術を用いた24/7決済の対応を進めている。要するに銀行は、既存の勘定系に手を大きく加えずとも、トークン化預金を活用した常時稼働の新たな決済レイヤーを増築でき、結果として決済インフラ全体のモダナイゼーションを達成できることになる。

図3 海外銀行のトークン化預金等にかかる取り組み

もっとも、この横付けモデルを実現するにはいくつか整理すべき論点がある。第一に副次台帳(サブレジャー)の運用である。通常、銀行は1日の取引を終えると勘定系をクローズして残高を確定するが、その後も動き得るブロックチェーン上の取引記録を保持し続ける台帳が必要になる。そこでスタンドイン口座という考え方が重要で、非稼働時間中の取引を一時的に記録・決済し、翌営業日に既存勘定系へ遅延同期させる仕組みが求められる。第二に規制・会計対応である。ブロックチェーン上で発生した取引をオフラインの本勘定に確実に反映する内部管理プロセスや、トークン化預金の会計計上・開示方法などの整備は重要となる。またセキュリティ(秘密鍵の安全管理、アクセス制御)やガバナンス(誤操作時の巻き戻しルール等)にも入念な設計が必要である。

第5章:段階的導入の戦略

ブロックチェーンの有用性は明らかだが、全面展開よりも段階的に進めるほうが現実的である。そこで重要となるのが段階的な導入戦略である。優先領域が定まったら、限定的な領域でのパイロットから着手すべきだ。例えば、需要が高く効果測定もしやすい特定の通貨圏や地域に対象を絞り、トークン化預金を用いた24時間決済サービスの試験運用を行う。グローバルに米ドル資金の即時移動ニーズが高い企業グループを選定し、そのグループ内の資金移動を半年〜1年程度モニタリングする、といったプロジェクトが考えられる。こうしたPoC(概念実証)によって、資金効率や事務負荷削減といった具体的なメリットをデータで示すことができれば、次のステップへの足掛かりとなる。

パイロットで成果が確認できたなら、段階的な機能拡張と標準化へ移行する。初期段階では1通貨・1ユースケースに限定していたものを、徐々に対象通貨・地域・取引の範囲を広げて実績を積み上げる。例えば最初はドル建て送金だけだったものを、次いでユーロや円にも適用する、特定企業グループ内の即時資金移動だけだったサービスを取引先や他行間決済にも拡大する、といった具合である。各段階でKPI(重要指標)を設定し、課題がなければ次フェーズへ――というフェーズゲート管理を行うことで、リスクを可視化しつつ大胆な変革を進められる。一連のステップを経て最終的に目指すのは、グローバル全体の資金を統合的に管理するプラットフォームである。トークン化預金を駆使して多通貨・多地域の資金を24時間ノンストップで最適配分できる仕組みを構築することが、銀行にとって将来にわたる競争力につながる。

第6章:まず小さく始め、変革への道筋を切り拓く

いま日本の銀行は、グローバル化する決済ニーズへの対応を求められている。「規制上難しい」「前例がない」といった検討課題に直面するのは事実だが、早期に具体的な検討へ移ることが望まれる。むしろ「まず何から着手できるか」を一つひとつ具体化し、小さな一歩から動き始めることが重要である。最初に着手すべきは24時間化に向けた現状分析だ。夜間バッチ処理など現行プロセスの洗い出しと短縮化、夜間・休日を含めた人員配置や監視体制の準備、さらには電子決済手段に関する規制対応(2023年の資金決済法改正で導入されたステーブルコイン規制等)など、足元で解決すべき論点や準備項目をリストアップする。併せて、顧客ニーズの棚卸しを行い、優先領域や通貨の選定を進めることも必要だ。どの通貨・エリアから着手すれば効果が大きいか、どの領域なら社内外の合意を得やすいか――といった観点で優先順位をつけることで、初期導入の成果を最大化できる。

そして何より大切なのは、「小さな一歩でも、まず実行してみる」という姿勢である。慎重な一歩を踏み出し、その実践から得られた成果と教訓を糧に次のアクションへつなげていく。実際、海外でも多くの銀行が一部顧客との限定的な実証を経て、徐々に展開範囲を拡大している。まず動き出すことが、未来の競争に打ち勝ち、新たな地平を切り拓く礎となるだろう。

おわりに:決済インフラモダナイズの展望とアビームの支援

本稿では、企業財務を取り巻く環境変化と、ブロックチェーン技術を活用した金融インフラの段階的モダナイズ戦略について考察してきた。グローバル決済の新潮流は、銀行にとって大きな好機である。決済の高速化や24時間化による変化は、銀行サービスの効率化やコスト削減を超えて、企業の運転資金最適化、グローバルサプライチェーンの強化、新たな金融サービス創出といった本質的価値の向上をもたらす可能性がある。

この恩恵を真に享受するためには、銀行自身が主体的に動き出すことが不可欠だ。例えば、各行は自社の現行プロセスを精査し、横付けモデルでモダナイズ可能な領域を特定する、企業顧客の24/7資金ニーズを洗い出し、優先するユースケースや通貨市場を選定してパイロットに着手する、といった具体的な行動が求められる。実装段階では、部門横断のチームを組成し、段階的導入のロードマップを描きつつ、IT戦略への組み込みや限定領域での技術検証などを進めることが肝要である。小さく始めて効果を見極め、成功パターンをもとに段階的に展開する——それこそが確実な変革への一歩となるだろう。

アビームコンサルティングは、国内外多数の金融機関や事業法人に対してグローバル決済・資金管理の高度化やデジタル変革支援の実績を持ち、銀行と企業双方の視点に立った知見を有している。本稿で取り上げたような金融インフラのモダナイズに取り組む際には、現状診断から段階的導入の設計・実行、規制対応、グローバル統合運用まで、各フェーズに応じた支援が可能である。ぜひお声がけいただきたい。


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