【イベントレポート】シナジーを最大限に引き出し、企業価値向上を実現。M&Aを成功に導くPMIの在り方とは

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2026.05.13
  • M&A
  • 経営戦略/経営改革

近年、国内市場の成熟化を背景に、企業成長戦略としてのM&Aの重要性が高まっている。2024年度の日本企業によるM&A件数は過去最多となった一方で、統合後に十分なシナジーを創出できず、企業価値向上につなげられていない実態も明らかになっている。その成否を分けるのは、M&Aにともなう統合プロセス、PMI(Post Merger Integration)である。

今回の鼎談では、三菱電機株式会社 経営企画室室長代理の手塚隆司氏と、アビームコンサルティング Corporate Finance & Transformation Strategy Unit/PMI・Carve-out Offering Leader Principalの松浦洋平が、PMIの具体的な戦略と実践的アプローチについて議論した。モデレーターは、東京大学大学院経済学研究科教授の柳川範之氏が務めた。本レポートでは、その議論の骨子を紹介する。

(本稿は、2025年11月5日に開催された「M&Aマネジメント2025~シナジーを最大限に引き出し、企業価値向上を実現するための戦略~」の鼎談をもとに再構成しています)

なぜM&Aの成功の基準が経営層と現場で乖離するのか

2025年10月にアビームコンサルティングが発表した「日本企業のM&Aへの取り組みにおける実態調査」では、企業のM&Aによる目標達成率が45%に満たないという結果が示された。役職別に見ると、経営層の評価が最も厳しく、「目標達成」と回答した割合は15.3%にとどまっている。

参考:「日本企業のM&Aへの取り組みにおける実態調査」~PMIの成功を阻む「7つの壁」と「成功の要諦」~

こうした結果について松浦は、「数値の背景には、M&A成功の定義そのものが、経営層と現場の間でズレが生じているという構造的な課題があります」と指摘した。

経営層は、企業価値の向上や全社的なシナジー創出の実現をもってM&A成功と判断する。一方現場では、混乱なく業務が稼働したか、計画どおりにプロジェクトを完遂できたかといった運営レベルで判断しがちだ。その結果、日本企業では「何をもってM&Aを成功とするのか」という合意が、経営と現場で十分に共有されないまま統合が進んでしまう実態がある。

松浦は、M&Aを成功させる企業の特徴として「経営層が統合の目的を自らの言葉で語り、将来像や創出したい価値を明確に示していること、さらにその意図を一貫して現場に伝えている点が挙げられます」と述べた。そのうえで、「経営層が自らの意思で経営をデザインし、仕組みとして実装できるか否かが成功の分岐点になります」と提起した。

これを受けて三菱電機の手塚氏は、現場の視点から「数値的な経営目標の達成までは、現実的にかなり時間がかかります。M&A成功の基準として、具体的な目指す姿、買収によって実現したいことを現場に示す必要があります」と経験を踏まえた実感を共有した。対象企業との綿密なコミュニケーションによって、期待していることを伝え、納得感をもって動いてもらうことが、文化の融合や数値目標の達成にもつながっていくと語った。

また、M&Aの成功基準を明確化してPMIに落とし込んでいくプロセスには、トップダウンとボトムアップ両輪のアプローチが必要になることにも触れた。特に日本企業では、M&Aが事業部発で進められるケースが多い。その場合でも、経営会議や取締役会を通じて事業部として実現したいことを経営層に自分事として捉えてもらい、トップからのメッセージとして現場に伝えることが望まれる。手塚氏は「事業部発であっても、トップに一度上げることが、一事業部にとどまらない要素を拾い上げ、多部門間でシナジーを創出する契機になります」と語った。

これについて松浦は、「現場側で統合やシナジーのブループリントを描くと、短視眼的になりがちです」と応じた。昨今はトランザクションが複雑かつ大規模になり、クロージングを迎える「Day1」に到達すること自体が目的化しがちだ。その結果、Day1以降のことは、この日から起算した「100日プラン」程度の短いレンジしか視野に入っていないことが多いことが明かされた。

さらに松浦は、「経営層においても、デューデリジェンスの段階では対象企業のビジネス構造が十分に理解できておらず、仮説ベースでブループリントを描くことになります」と指摘した。そのうえで、「Day1以降に情報の粒度が上がっていくなかで、これをアップデートしていくことが非常に重要です」と述べ、現場と経営層の情報共有が欠かせないとした。

また、M&Aの成功基準の時間軸に触れ、買収後1年から3年程度は、数値目標を達成するどころか実績が下がるケースも少なくないと説明した。こうした数字に惑わされ、悪循環に陥らないためには「事業計画の段階で数字を保守的に見積もること」や、「できるだけ早い段階で数字によらない小さな成功体験(クイックウィン)を得ること」が有効だと、手塚氏はアドバイスした。

PMIの構造的なボトルネックを解消する施策とは

冒頭で触れたアビームコンサルティングのレポートでは、PMIにはその成功を阻む「7つの壁」があると分析している。具体的には、以下の7点である。

  • Day1定義の遅れ
  • TOM(Target Operating Model)やTSA(Transaction Service Agreement)の形骸化・未整備
  • 担当者任せの摩擦対応
  • ガバナンス(人の配置・ルール)の不全
  • 短期的視点でのTo-Be像設計
  • PMI施策と中期経営計画との乖離
  • クロスボーダーにおける組織や制度による対応の不足

松浦は、このうち特に「Day1定義の遅れ」「TOMやTSAの形骸化・未整備」「担当者任せの摩擦対応」の3つが本質的な壁であるとした。さらに、これらはいずれもPMIにおける構造的なボトルネックであり、構想・設計・実行の3層の断絶から生じていると分析した。

多くの企業では、M&Aのクロージングを目前に控え、「Day1で業務を止めないこと」を最優先にしてしまう。その結果、経営層が描いたブループリントが設計まで十分に落とし込まれず、現場の実行につながらないケースが生じやすい。TOMが未整備の場合も同様に、全体の設計図がないまま現場が動くことになる。さらに、Day1の混乱を防ぐための安全装置であるTSAが機能しなければ、暫定的に動かす部分と自立させる部分の境界が曖昧になり、業務継続に集中せざるを得なくなる。その結果、企業の価値創出が後回しにされてしまうという。

松浦はまた、M&Aに成功する企業が、こうした障壁を取り除くために備えている3つの共通点を紹介した。1つ目は「経営層が構想・設計・実行を一貫して動かしていること」だ。前項で述べたように、仮説ベースで描いたブループリントを、Day1以降も経営層自らがブラッシュアップしていく点を指す。

2つ目は「TOMを経営判断の土台として使うこと」。TOMを業務設計図と捉え、ガバナンス、オペレーション、IT、組織、人といった経営のイネーブラーを横断的に整理し、あるべき姿に向けて経営の意思を込めて設計していく。そして3つ目は、「企業間のギャップや摩擦を担当者任せにせず、仕組みで解決する」ために、経営が判断する論点、現場に任せる論点をルールで明確化することだ。

国境をまたぐクロスボーダーM&Aにおいても、構造的な課題への対応は同じだ。ただし、言語や文化、意思決定のスピード、権限意識、報酬制度などの違いにより、PMIを妨げる障壁の種類は増える。松浦は、「成功へのポイントは、同質化するのではなく、多様性をどのように設計に収束させていくかということです」と述べた。

例えば、欧州企業を買収したある日系メーカーでは、会計リスク管理は本社の基準で統一する一方、人事制度やマーケティングは現地裁量を残す形で統合を進めた。経営の意思を通して、共通ルールとローカルの裁量といった異なる文化や論理を構造的に共存させることは、そのまま国内PMIの障壁への対応にも応用できるという。

手塚氏は、現場で予想外に起こるPMIの障壁として「リソース不足」を挙げた。一般に対象企業は買収企業よりも規模が小さく、M&Aにともなう負荷が相対的に大きくなりがちだ。買収企業が複数のワーキンググループを立ち上げ、各担当者を割り当てて臨んでも、対象企業では1人の担当者が兼務せざるを得ないケースも少なくない。

しかも対象企業は、現業を抱えながらデューデリジェンス対応にも追われる。対応に当たるミドル層以上の人材は、主要顧客との関係構築でも中心的役割を担っていることが多く、こうした負荷が重なることで、M&A前後に対象企業の事業実績が落ちることもあるという。手塚氏は「買収の価値を出すためには、対象企業の負荷にも目を向け、人を派遣するなどリソース支援も視野に入れながら、設計やコストに盛り込むことが重要です」と語った。

さらに手塚氏は、「買収企業の経営層は、デューデリジェンスと並行してPMIを設計し、買収時のコストだけでなく、研究開発投資や設備投資、人的リソースなど、Day1以降の運営に必要な追加投資も含めた全体コストを示していく必要があります」と示唆した。松浦も「M&Aを有事と捉え、現業の繁閑も踏まえたうえで、2年後、3年後といった時間軸まで見据えて予算体制を組むこと。そして、中期経営計画と連動させて動かしていくことが重要です」と付け加えた。

M&Aを成功に導くために求められる人材とその育成

M&Aを成功に導くための制度や仕組み、具体的な構想・設計・実行に関するここまでの議論を踏まえ、松浦は、最終的にこれらを生かすのは「人」であると述べ、求められる人材像として「翻訳し、設計できる人」と端的に指摘した。

経営と現場、買い手と売り手、双方の文化など、PMIの現場には常にギャップが存在し、異なる論理がぶつかる。そこでは、経営の意図を現場に伝えるといった単なる翻訳にとどまらず、ギャップを構造として可視化し、意思決定や組織プロセスの設計に落とし込んでいく能力が求められる。

例えば、スピードと品質の対立構造がある場合には、リスクを見極めたうえで優先的に標準化する領域を定めたり、現場の裁量権を一定程度残しつつ経営がモニタリングできるガバナンス構造を構築したりと、双方の論理を仕組みでつなぐ設計力がそれに当たる。

松浦はさらに、こうした人材の育成にも触れ、「PMIの現場での経験を通して、戦略からオペレーション、ガバナンス、システム、人、文化といった経営のイネーブラー全般を理解させることが最適です」と語った。異なる文化や論理を目標達成に向けて調整できる人材は、組織変革を担うリーダーになり得る。そこでPMIを「経営を担う次世代人材を鍛える場」と位置づけ、経営変革の仕組みの一部として捉えることが望ましいとした。

手塚氏も、イレギュラーの連続であるPMIを次の経営層を育成する場と捉える考えに賛同し、そうしたキャリアパスを用意すべきとした。そのうえで、「まず大事なのは本人の熱意です」と指摘した。PMIはまさに有事であり、これを乗り越えるためには高いレベルの基本的能力や柔軟性が必要であり、分業する場合には各領域におけるプロフェッショナリズムも欠かせない。ただ同時に手塚氏は、「M&Aを事業戦略実現の手段と捉えれば、目指す事業をつくり上げたいという熱意と、それを完遂する胆力こそが重要です」と語り、核心を突いた。

最後にイベントの視聴者へのメッセージとして、手塚氏は次のように強調した。「本当に成果を出そうとすれば、教科書に書いてあることだけでは不十分です。最後に行き着くのは人であり、人と人とのインタラクションによって価値が生まれます」と語った。

一方松浦は、「PMIは一過性のプロジェクトではなく、経営変革そのものです」と述べたうえで、戦略、ガバナンス、オペレーション、IT、人、文化・組織といった全般で戦う「総合格闘技』のような場であると表現した。その経験は大きな糧になるとして、「これを生かし、企業全体を支える経営層をしっかり育成してください」と呼びかけ、セッションを締めくくった。

おわりに

本鼎談では、M&Aの成功基準が経営層と現場で乖離する構造的課題や、PMIにおける「7つの壁」、そして統合プロセスを経営変革の起点と捉える重要性が議論された。経営層が自ら構想・設計・実行を一貫して推進し、TOMを経営判断の土台として活用すること、さらに企業間の摩擦やギャップを仕組みで解決することが、M&A後のシナジー創出と企業価値向上につながると示された。

PMIは単なるプロジェクトではなく、次世代リーダー育成や組織変革の場としても機能する。人材の熱意と設計力が、経営の意図を現場に浸透させ、持続的な成果を生み出す原動力となる。

アビームコンサルティングは、M&A後の統合プロセスを企業価値向上のための経営変革の仕組みと位置づけている。TOMの策定や統合推進体制の設計、KPI・ガバナンス構築に至るまで、経営層と現場の双方に寄り添いながら、全体最適を志向した支援を行ってきた。
これまで培った知見と実績をもとに、M&A後のシナジー創出や持続的な企業価値向上に向けて、企業の変革を支える伴走者として支援していく所存である。


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