冒頭で触れたアビームコンサルティングのレポートでは、PMIにはその成功を阻む「7つの壁」があると分析している。具体的には、以下の7点である。
- Day1定義の遅れ
- TOM(Target Operating Model)やTSA(Transaction Service Agreement)の形骸化・未整備
- 担当者任せの摩擦対応
- ガバナンス(人の配置・ルール)の不全
- 短期的視点でのTo-Be像設計
- PMI施策と中期経営計画との乖離
- クロスボーダーにおける組織や制度による対応の不足
松浦は、このうち特に「Day1定義の遅れ」「TOMやTSAの形骸化・未整備」「担当者任せの摩擦対応」の3つが本質的な壁であるとした。さらに、これらはいずれもPMIにおける構造的なボトルネックであり、構想・設計・実行の3層の断絶から生じていると分析した。
多くの企業では、M&Aのクロージングを目前に控え、「Day1で業務を止めないこと」を最優先にしてしまう。その結果、経営層が描いたブループリントが設計まで十分に落とし込まれず、現場の実行につながらないケースが生じやすい。TOMが未整備の場合も同様に、全体の設計図がないまま現場が動くことになる。さらに、Day1の混乱を防ぐための安全装置であるTSAが機能しなければ、暫定的に動かす部分と自立させる部分の境界が曖昧になり、業務継続に集中せざるを得なくなる。その結果、企業の価値創出が後回しにされてしまうという。
松浦はまた、M&Aに成功する企業が、こうした障壁を取り除くために備えている3つの共通点を紹介した。1つ目は「経営層が構想・設計・実行を一貫して動かしていること」だ。前項で述べたように、仮説ベースで描いたブループリントを、Day1以降も経営層自らがブラッシュアップしていく点を指す。
2つ目は「TOMを経営判断の土台として使うこと」。TOMを業務設計図と捉え、ガバナンス、オペレーション、IT、組織、人といった経営のイネーブラーを横断的に整理し、あるべき姿に向けて経営の意思を込めて設計していく。そして3つ目は、「企業間のギャップや摩擦を担当者任せにせず、仕組みで解決する」ために、経営が判断する論点、現場に任せる論点をルールで明確化することだ。
国境をまたぐクロスボーダーM&Aにおいても、構造的な課題への対応は同じだ。ただし、言語や文化、意思決定のスピード、権限意識、報酬制度などの違いにより、PMIを妨げる障壁の種類は増える。松浦は、「成功へのポイントは、同質化するのではなく、多様性をどのように設計に収束させていくかということです」と述べた。
例えば、欧州企業を買収したある日系メーカーでは、会計リスク管理は本社の基準で統一する一方、人事制度やマーケティングは現地裁量を残す形で統合を進めた。経営の意思を通して、共通ルールとローカルの裁量といった異なる文化や論理を構造的に共存させることは、そのまま国内PMIの障壁への対応にも応用できるという。
手塚氏は、現場で予想外に起こるPMIの障壁として「リソース不足」を挙げた。一般に対象企業は買収企業よりも規模が小さく、M&Aにともなう負荷が相対的に大きくなりがちだ。買収企業が複数のワーキンググループを立ち上げ、各担当者を割り当てて臨んでも、対象企業では1人の担当者が兼務せざるを得ないケースも少なくない。
しかも対象企業は、現業を抱えながらデューデリジェンス対応にも追われる。対応に当たるミドル層以上の人材は、主要顧客との関係構築でも中心的役割を担っていることが多く、こうした負荷が重なることで、M&A前後に対象企業の事業実績が落ちることもあるという。手塚氏は「買収の価値を出すためには、対象企業の負荷にも目を向け、人を派遣するなどリソース支援も視野に入れながら、設計やコストに盛り込むことが重要です」と語った。
さらに手塚氏は、「買収企業の経営層は、デューデリジェンスと並行してPMIを設計し、買収時のコストだけでなく、研究開発投資や設備投資、人的リソースなど、Day1以降の運営に必要な追加投資も含めた全体コストを示していく必要があります」と示唆した。松浦も「M&Aを有事と捉え、現業の繁閑も踏まえたうえで、2年後、3年後といった時間軸まで見据えて予算体制を組むこと。そして、中期経営計画と連動させて動かしていくことが重要です」と付け加えた。