【イベントレポート】インパクト志向型経営管理の実現へ――企業事例と投資家視点で見る「測り方」と「語り方」の最前線

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2026.04.24
  • 企業価値経営
  • 経営戦略/経営改革
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左からアビームコンサルティングCorporate Finance & Transformation Strategic Unit, Principal 今野愛美、ANAホールディングス株式会社 グループ経理・財務室 財務企画・IR部 担当部長 五十嵐久人氏、コクヨ株式会社 ファイナンス&アカウンティング本部 エンタープライズバリューマネジメント統括部 統括部長 IR責任者 三浦慎一郎氏、合同会社 Earth Nest CEO磯貝友紀氏

企業が社会的価値を経営に組み込み、その成果を適切に示すことの重要性が高まる中、Impact Value Consortium(以下IVC)は、インパクト会計における社会的価値の「測り方」と「語り方」に関する実践知を企業間で共有するプラットフォームとして設立された。

2026年2月20日、アビームコンサルティングはIVCの活動成果を報告するセミナーを開催した。本セミナーでは、ANAホールディングス株式会社、コクヨ株式会社の取り組み紹介と、磯貝友紀氏による基調講演を通じ、インパクト志向型経営管理の実現に向けた示唆が共有された。

(本稿は、2026年2月20日に開催された「IVCセミナー インパクト志向型経営管理の実現に向けて~企業事例と投資家見解~」の内容をもとに再構成しています)

インパクトを企業価値に結びつけるための実務的論点

開会に先立ち、アビームコンサルティング Head of Customer Value Strategic Unit, Executive Officer, Principalの斎藤岳は、改めてIVCの目的を説明した。

斎藤は、「社会的価値と企業価値の接点を見いだし、測り方と語り方を探ることが、この活動の核心だ」と述べ、数値化しづらい価値をどう伝えるかがIVCの目的であると強調した。

続いて、アビームコンサルティングCorporate Finance & Transformation Strategic Unit, Principalの今野愛美がIVCの活動報告を行った。

今野は、「インパクトを測ること自体は、すでに実現できている一方、それをいかに整理し、社内外に発信し、最終的に企業価値評価につなげるかといった点が課題」と現状を整理。その上で、課題解決に向けたポイントとして以下の3点を示した。

図 インパクトを企業価値評価につなげる3つのポイント

1つ目は、社会課題を戦略や競争優位、事業活動と一体のものとして語ることこそが、従来のIRと同様にインパクト開示において重要である点である。

2つ目のポイントは、アビームコンサルティング エグゼクティブアドバイザー/早稲田大学大学院客員教授の柳良平氏がコメントした。

同氏は、インパクト会計の取り組みは、「開示すれば評価される」フェーズから、「質を問われる」フェーズに入ったとの認識を示した。その上で日本企業が超えなければいけない論点を3つ示した。

2-1「Data Integrity(データの正確性、完全性、一貫性)」
インパクトウォッシングによる懸念などから、データの出生、ロジックモデル、エビデンスなどの開示要求が高まっており、第三者による監修や担保が重要となる。

2-2「Value Relevance(創出された価値との関連性)」
社会的インパクトと企業価値との関連性の提示が必要。そのためには、柳モデル(非財務資本とPBRの相関を示すことで、非財務資本が企業価値評価に関連していることを示すことができる)とインパクト会計(社会的インパクトの変化の絶対額を会計数値で示すことができる)の併用が一つのソリューションになりうる。

2-3「Internal permeation(社内浸透)」
単なる情報開示にとどめず、企業価値や会社の変革、従業員のモチベーションにつなげるために、いかに社内に浸透させていくのか。これに対しては、暗黙知から形式知へ転換するSECIモデルが参考となる。

3つ目のポイントは、インパクト会計を既存の経営管理のサイクルに含めていくべきという発想である。企業価値を高めるマネジメントサイクルとして、①メリハリ投資②競争力と収益力のマネジメント、③ステークホルダー共感の3つを回し続けることが重要である。

経営価値を「社会の言葉」で語る――ANA・コクヨ、実践の起点

続くパネルディスカッションでは、ANAホールディングス株式会社 グループ経理・財務室 財務企画・IR部 担当部長の五十嵐久人氏と、コクヨ株式会社 ファイナンス&アカウンティング本部 エンタープライズバリューマネジメント統括部 統括部長 IR責任者の三浦慎一郎氏が登壇。アビームコンサルティング 今野愛美が、モデレーターとして進行を務めた。

逆境と社外からの要請が生んだ「社会的インパクト定量化への挑戦」

五十嵐氏は、サステナビリティ経営を加速させる契機は、コロナ禍による需要落ち込みが回復軌道に入ったタイミングで寄せられた、外部のステークホルダーからの声だったと明かす。「ANAグループがどういう未来社会を描いているのかが見えづらい」「人的資本と企業価値の関係性を定量的に示してほしい」。これら投資家や有識者からの要請に共通するテーマは、「中長期の視点」と「見えないものの見える化」だったという。

図 ANAグループのサステナビリティ経営の取り組み

出典:ANAホールディングス株式会社 提供資料より一部抜粋

具体的な施策として、520種類の指標を用いた分析で人的資本と財務価値の関連性を可視化した一方、経済的価値と社会的価値の同時創造をロジカルに説明するための社会的インパクトの定量化が次の課題として残った。

そこで航空事業が生み出す社会的価値をリストアップしたうえで、経営戦略上の重要性と定量化の実現可能性を基準に、28項目のインパクトに絞り込み、金額に換算した。さらに、経営ビジョンや目指す姿に照らして取捨選択、整理することで、ANAグループの価値創造をロジカルかつナラティブに語れるストーリーへと仕上げ、中期経営計画へ組み込んだ。

中期経営計画では、「経済活性化と社会の絆の強化」「心の豊かさ向上」「時間価値の創出」の3つを社会的価値として開示。さらに注目されるのは、航空事業のCO2排出によるネガティブインパクトも、定量的な数値として明示したことだ。「経営会議や取締役会でも、いいとこ取りではなくネガティブインパクトも正直に開示すべきという意見が挙がっていた」と五十嵐氏は語り、それを踏まえた対応だったと明かした。

「ビジネスの変化と広がり」という価値をどう伝えるのか

三浦氏は冒頭、「これは今まさに試行中のトップダウンとボトムアップを組み合わせた事例」と前置きした上で、コクヨが抱える「伝えたい価値をどう伝えるのか」という課題について共有した。

「現在のコクヨは、単に文具や家具といったモノを売る会社ではなく、働き方・学び方・暮らし方などを提供する会社へと変わってきている。しかし、財務情報だけではその価値を十分に伝えきれていない。」(三浦氏)

株主へ非財務価値が十分に伝わっておらずPBRに反映されない一方、顧客に対しても、ファニチャー事業が生み出す本質的な競争優位を示しきれていない。これらの問題意識を取り組みの出発点としている、と三浦氏は振り返る。

そこで2021年2月に、今後10年の長期ビジョンを策定。これを契機として、「非財務価値の可視化」への挑戦がスタートした。2024年にはより具体的な取り組みのキックオフとして、柳氏も交えたランチミーティングをアビームコンサルティングとの協働で推進。2026年5月の統合報告書で、成果の第一弾となるファニチャー事業におけるインパクトの定量化の開示が行われる予定だ。

図 コクヨの将来へ向けた事業ポートフォリオ「森林経営モデル」

非財務価値をどう継続・進化させるか──現場と経営を巻き込む工夫

パネルディスカッションでは、「今後の取り組みについて、どのように推進・継続していくか」に絞った議論が行われた。

まず五十嵐氏は、推進時に注力した点として、以下の3つを挙げた。

  • インパクトの選択:定量化すべきインパクトの選定にあたり、量的拡大だけでなく、感情面という質的深化のインパクトに挑戦したこと
  • 妥当な算出ロジックの検討:一貫して保守的なパラメータを選択することで、投資家からの批判を未然に抑制したこと
  • 経営層の開示への不安解消:「経営目標にすると開示ハードルが高まるため、まず実績として開示し対話することが大事」と、経営層に丁寧に説明し、不安を解消したこと

中期経営計画発表後に開催された、経営層による社員への説明会では、頻繁に社会的インパクトに関する質問が出され、社長自身が自分の言葉で「ANAはどう社会に貢献するか」を語った。また、飛行機ならではの「時間価値=他の交通機関より早く人の移動や貨物の輸送ができるというインパクト」を金額に換算した結果へのコメントも出た。

「このように時間価値が可視化され、『そんなに大きな金額だということを知り、改めて頑張ろうと思った』と話す社員もいた。自分が大切にしている価値観と、会社が大切にしているものが一致していることを実感できたとき、社員の帰属意識やモチベーションが高まることを確信した。」(五十嵐氏)

一方の三浦氏は、「当事者を増やすこと」の重要性を強調した。コクヨでは統合報告書作成の段階から、役員会への報告と並行して手挙げ式の草の根勉強会を重ねてきた。その結果、IR部門以外にも非財務価値への関心層が広がり、今回のインパクト会計の定量化においても、事業部門が「自分たちの強みや競争優位の根拠をちゃんと示せていない」という当事者意識をもって自発的に参加してきたという。

「開示内容の最終確認時にダメ出しもあった。これは、自分たちがその開示内容を活用しようと思っているからこその当事者意識の表れであり、背景にはもっと良くしたいという思いがあったのだと捉えている。」(三浦氏)

この言葉から、開示を「IR部門のアウトプット」で終わらせず、インパクトを経営管理に組み込む姿勢がなければ、継続は困難だという示唆が読み取れる。こうした強い問題意識を抱き続けたことが、コクヨの取り組みの原動力となっている。

「マルチプルを味方につけよ」――投資家が語るインパクトと企業価値の接続ロジック

こうした企業側の取り組みを受け、視点を投資家側に移す形で、基調講演が行われた。
基調講演では、「社会インパクトを企業価値に結びつけるには?――マルチプルを味方につけよう」と題し、合同会社 Earth Nest CEOの磯貝友紀氏が登壇。

投資家の企業評価ロジックは「足元利益×マルチプル」

磯貝氏はまず、投資家が実務的にどう企業を評価しているかを解説した。企業価値とは「将来キャッシュフローの現在価値」であるが、実務上は「足元の利益×マルチプル(将来期待値の倍率)というかけ算で見ている」と磯貝氏は説明する。

「足元のP/L改善だけでなく、マルチプルをいかに上げるかも株価に直結する。サステナビリティは足元のキャッシュへの影響が限られる『長期的な取り組み』だ。だからこそ、サステナビリティや社会インパクトはマルチプル、すなわち将来期待値と親和性が高い。社会インパクトを発信するなら、足元の成果報告にとどまらず、マルチプルを押し上げる材料として設計・活用すべきである。」(磯貝氏)

図 企業価値の定義は「P/L×マルチプル」

出典:合同会社 Earth Nest 提供資料より一部抜粋

産業分類の力と「エンドマーケット」の重要性

次いで磯貝氏が指摘したのは、マルチプルにおける「産業分類の力」の大きさだ。例えば、高倍率産業(半導体・医療・ITサービス・リサイクル・EV)はおおむね9〜10倍前後、低倍率産業(内燃機自動車・エネルギー・鉄鋼・紙パルプ)は4〜5倍程度。つまり同じ利益でも、産業分類によって株価が倍近く異なり得ると指摘した。

また、マルチプルには自社の業種だけでなく、製品をどの産業に売っているか(エンドマーケット)が大きく影響するため、自社が低倍率産業に分類されていても悲観する必要はないと付け加えた。

「例えば同じ素材メーカーでも、内燃機自動車メーカーに40%を販売している場合、低倍率産業に属すると見られる可能性がありますが、それをEV市場向けに転換すれば成長産業クラスターと評価される。投資家は何をつくっているかだけでなく、どこに売っているかも判断材料にしている。」(磯貝氏)

マルチプルを上げる3要件と2つの必須条件

産業横断で「マルチプルを上げる」ための要件として、磯貝氏は以下の3つを挙げた。

  1. 将来のトップライン成長の準備ができているか
  2. 競争優位を保てる、他社に真似できないコストダウン準備ができているか
  3. 規制や開示などに対して、準備しなかった場合にかかったかもしれない将来のコストを削減できているか

さらにこれらには、「規模(スケール)」と「実現可能性の見える化」の2つの必須条件が伴うと磯貝氏はつけ加えた。小さいスケールの取り組みでは、投資家の関心を集めることが難しい。また漠然とした理想ではなく、達成ステップが具体的に見えていることが評価の前提となる。

事例1:Signify(フィリップス)~売り切りからライティングサービスへ大転換

磯貝氏は、マルチプル活用に成功している2社の事例を紹介する。

まず1つは、フィリップスから分社したライティング事業会社Signifyだ。もともと同社は電球を製造・販売する製造業だったが、電球のような製品の「売り切りモデル」には本質的なジレンマがあった。電球は切れればゴミになり、環境負荷が高い。そこで商品寿命を延ばして環境負荷を低減しようとすれば、今度は売り上げが落ちる。これは文字通り環境価値と経済価値のトレードオフであり、この壁を乗り越えられない企業の方が圧倒的に多い。

しかしSignifyは諦めず、「電球を売る」から「ライティングサービスを売る」モデルへの転換を図った。これは、建物に使われている電球の所有権を自社が持ち、顧客はサービス料として毎月定額を支払うというものだ。このビジネスモデルの大転換によって、電球の商品寿命の延びが、コスト削減と廃棄物低減双方にポジティブなインパクトをもたらすことになった。

「環境負荷低減と利益率向上の両立を、売り切りモデルからサブスクリプション型サービスへの転換によって実現した画期的な事例だ。利益率が上がり、長期契約によって収益の予測可能性が上がる、これは、投資家が好むストーリーの典型でもある。」(磯貝氏)

事例2:Apple~完全循環型ビジネスによる将来コスト削減と優位性確立

Appleは、「ビジネスの最大化と環境負荷の最小化の両立」を目指す、世界有数の企業でもある。その実現の具体的戦略が「1つのAppleからもう1つのAppleをつくる=Apple to Apple」であり、自社製品から次の製品をつくる「完全循環型ビジネス」を戦略の核に置いている。

この完全循環型ビジネスの最大のボトルネックが、商品の分解コストだ。廃棄される自社製品は、素材ごとに分別しなくてはならないが、非常に手間とコストがかかる。そこで、Appleでは分解ロボット「Daisy」を15年前から開発し、実用化を目指しているという。

「これが意味するのは、資源調達の安定化と将来的なオペレーションコストの劇的削減だ。もしこの先に資源不足や資源高騰が起きたとしても、Appleだけは自社製品から資源を循環調達できるようになる。これは競争優位性として、非常に高い参入障壁になる。投資家は、こうした将来の利益を守る戦略的投資を評価する。」(磯貝氏)

社会インパクトと経済インパクトが「重なるエリア」を探すこと

2つの事例を通じて磯貝氏は、共通する3つのポイントを示して評価する。第1に、「端っこで小さく社会に良いことをしている」のではなく、メインビジネスのど真ん中で社会・環境インパクトと財務リターンを取りに行っていること。第2に、「社会価値を生み出したから経済インパクトにつながる」という順番ではなく、「両者が重なるエリア」を最初から探しに行き、両者のかけ算によるビジネスとして設計していること。第3に、競争優位性を挙げる。Signifyのビジネスモデル転換もAppleのDaisyも、容易に他社が真似できない。

「マルチプルを味方につけることで、社会インパクトを株価・企業価値に本当の意味で結びつけることができる。遠い将来の収益を、マルチプルを使って足元の財務メリットに引き寄せることが必要だ。」(磯貝氏)

インパクトを「経営の言葉」で語る時代へ向けて前進

「セミナーの締めくくりに当たってIVCからは、「今後も参画企業と、インパクトの測り方と語り方の向上だけでなく、企業としていかにインパクト要素を活用し経営管理や構造改革にいかすべきかの議論を進めていく方針が改めて示された。社会的価値を経営の言葉で語れる企業だけが、長期的な企業価値向上と投資家・社員双方の共感を同時に獲得できる時代が、確実に到来しつつある。IVCも、そこに向かって挑戦する企業を支え、日本のインパクト会計を世界に発信するプラットフォームとなることを目指している。

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