M&Aにおける事業売却やカーブアウトでは、譲渡契約の締結や対価の合意だけではなく、特にDay1に事業が実際に動き出せるかどうかが問われる。この動き出しの成否は、買い手に引き渡される事業の価値、ひいては買い手企業全体の企業価値を大きく左右する。したがって、引き渡し設計こそが成否を分ける。
本稿は、「事業売却は“動かす責任”までを設計すること」をテーマにした以下のインサイト記事に続く第3弾として、「人の移動」という、最も重要かつ実務的な設計テーマに焦点を当てるものである。
制度としては会社分割や労働契約承継法が整備されている一方で、現場では「人が移籍しない」「Day1に業務が止まる」といった問題が後を絶たない。その根本原因の多くは、“誰を・どうやって・いつまでに移籍させ・移籍しない場合はどう補うか”という具体的な実務設計の欠如にある。
本稿では、労働契約の承継を「人を移籍させるための実務設計」として捉え直し、制度・組織・オペレーションを横断的に整理することで、事業売却を成功に導くための論点を提示する。
なお、本稿における用語の整理の使い分けについて補足する。
制度上は「労働契約承継法」に基づき「労働契約の承継」という表現が用いられるが、実務の現場では従業員が新しい会社へ移るプロセスを「移籍」と呼ぶことも一般的である。そのため本稿では、制度面の枠組みを指す場合には「承継」、従業員が新しい組織へ移る動きを指す場合は「移籍」という表現を用いることとする。