中小規模のクロスボーダーPMIにおけるプロジェクト立ち上げの要諦

インサイト
2025.01.31
  • 経営戦略/経営改革
  • M&A
912015742

近年、企業価値向上ための手段としてM&Aを選択することが一般的になり、企業のサイズを問わずにM&Aが活発に行われるようになってきた。国内M&Aのみならず、海外市場に新たな成長の可能性を求めクロスボーダーM&Aを実施する企業も増えている。
その中で、M&A後のクロスボーダーPMI(統合、以下、PMI:Post Merger Integration)を安易に考えた結果、期待どおりのシナジー効果を得ることができない事例も散見されるようになった。
本インサイトでは、頻出する失敗事例や、アビームコンサルティングのクロスボーダーM&Aの知見をもとに、実効性のあるPMIプロジェクトを立ち上げるための要諦について紹介する。

執筆者情報

  • 嶋村 貴史

    Principal 財務戦略・構造改革戦略ユニット長

はじめに

日本企業によるクロスボーダーM&Aの件数はコロナ禍で一時件数は落ち込んだものの、経済活動の復活と並行し再び増加傾向に転じている。
クロスボーダーM&Aを初めて行う、もしくは長らく行っていなかった日本企業はいきなり大型買収を行うのではく、海外事業拡大の最初のステップとして中小規模サイズの企業の買収から始めることが多い。

図1 日本企業による海外M&Aの案件数の推移

中小規模をターゲットとしたクロスボーダーM&Aでは、日本企業が買収した海外企業(以下、対象会社)は自社と比較して規模感が小さいため簡単にPMIができるだろうと、安易な考えを持ちがちである。

  1. 対象会社の企業規模から楽観的に考え、日本本社から出向者を数名派遣さえすればPMIが可能だと考えている
  2. 対象会社は日本本社と比較して規模が小さいため、対象会社の事業や業務を簡単に把握できると考えている
  3. M&Aにより支配権が日本企業側に移ったため、対象会社は素直に日本企業の指示に従うと考えている

このような思考は、準備や対策が不十分なままPMIを進めることにつながり、PMIがうまく進まず結果的に対象会社の株式だけを保有したまま手つかずの状態で当初想定していたシナジー実現が達成できないという状況に陥ってしまう。
では、このような状況に陥らないためには、どのような点に注意すべなのだろうか。

要諦1:中小規模案件こそ綿密な体制構築を

1-1.PMIを出向者に丸投げしPMI体制が機能不全に

対象会社が中小規模のクロスボーダーPMIにおいては、大規模案件と異なり、コスト観点から日本企業から対象会社に派遣される出向者の数は数名に留まる傾向にある。こういった状況の中で、日本企業によく見られるのが、本社側でPMI体制の検討ができていないまま、出向者にPMI業務を一任してしまうケースだ。
このようなケースの場合、出向者が専門外領域を含めた複数の役割、機能を担うこととなり、それに伴う業務負荷の高まりからPMI計画の検討が進まないことがある。
その結果、業務統合やシナジー実現が大幅に遅延している事例が多く存在する。

そのため、PMIの早い段階から、日本本社の当該M&A推進責任者が主体となりPMI推進体制を検討しておくことが重要である。PMI推進体制を検討する際の重要なポイントは「PMIにおける日本本社の役割の明確化」、「対象会社のPMI担当者を初期の段階から特定しPMI推進体制に組み込んでおく」の2つだ。

1-2.「日本にいる=クロスボーダーPMIとは無関係」ではない

クロスボーダーPMI体制を構築する上では、対象会社に派遣される出向者だけでなく、現地に駐在をしない日本本社のメンバーからも人員をアサインすることが必要である。その上で、対象会社の各部門の統合を主導する役割を日本本社のメンバーと出向者のどちらが担うかを機能ごとにあらかじめ明確化しておくことが重要だ。
日本本社からの出向者の数が少ない場合は出向者が一人で専門外の機能領域のPMIを担うケースが多い。そのような場合には、出向者がPMIリードとして現地で推進を行いつつも、日本本社の当該機能部門の担当者が分科会メンバーとして定期的にMTGに参加し、タスクの洗い出しや課題解決支援を行うことが望ましい。
また、高い専門性が求められる領域に関しては、出向者は現地担当者とのコミュニケーションのサポート役とし、PMIの実務は日本本社の担当者と対象会社の担当者で直接レポーティングラインを置き、日本本社の担当者が主導することも検討すべきである。

1-3.対象会社のメンバーをきちんとPMI推進体制に巻き込めているか?

2つ目のポイントは対象会社側のPMI担当者をDay1前の早い段階から特定し、PMI体制に組み込んでおくことである。中小規模の企業が対象会社となるクロスボーダーPMIにおいては、対象会社側のPMI担当者は各領域の業務の中核を担うマネージャークラスとなるケースが多い。
彼らは対象会社の業務を深く理解しており、業務統合の推進には不可欠な存在となる一方で、対象会社の現業を推進するための中核人材でもある。そのため、彼らを早い段階からPMI体制に上手く巻き込めないと出向者がPMI関連のタスクを依頼しても「現業が忙しい」という理由で断られたり、PMI対応を劣後されたりすることがある。
そういった事態を避けるために、対象会社メンバーもPJメンバーとしてDay1前から可能な範囲でPMIに関与させ、統合の推進という出向者と同じ役割を持たせておくことが望ましい。
Day1前からアサインすべき対象会社のPMI担当者は、HRDD(人事デューディリジェンス)などのデューデリジェンスで対象会社の体制がある程度わかっている場合を除き、買い手である日本企業が事前に特定することは難しいため、 DA(最終契約書)締結直後のタイミングで対象会社のマネジメントに選定を依頼するのがよいであろう。

図2

要諦2:日本企業側から積極的なアプローチをしなければ対象会社の情報は引き出せない

2-1.PMI開始時点では日本企業は「部外者」、対象会社の情報を引き出す仕組みの構築を

当初から現地ビジネスに精通したメンバーが日本企業側にいない限りは、対象会社の企業文化、現地の市場・商習慣を日本企業側が深く理解するまでに相当の時間を要するため、日本企業と対象会社との間には大きな情報格差がある状態からPMIがスタートする。
また、対象会社が買収前はオーナー企業だった場合、親会社へレポーティングするというプロセス自体も経験がなく、何をどう報告したらよいか分からないといった事象が発生する。対象会社にとっては、きちんと説明しているつもりでも、日本企業にとっては、話の内容が粗すぎて(もしくは細かすぎて)理解できないといったことが頻発する。
こういった状況を放置すると両社間での情報連携の頻度・質が鈍化し、重要な情報や経営課題の報告が事後的になりシナジー実現どころか、既存事業の安定運営にもおぼつかない状況になる。
そういった事態を避け、日本企業側が速やかに意思決定を進めていくためには、対象会社側が持っている情報を日本企業側が必要とする頻度・粒度で可視化していく仕組みが必要だ。

2-2.言語の壁や知識のギャップを埋めるための「共通言語」を作る

言語や前提知識が異なるメンバー間での情報連携に有効なのがプロジェクト管理ツールの運用徹底である。PMIプロジェクトの立ち上げ段階では両社間の言語や前提知識の差が特に大きいためプロジェクト管理ツール(ワークプラン、課題リスト、ステータスレポートなど)を活用し、両社の間を取り持つ「共通言語」をつくるのだ。
例えば、共通のワークプランや課題リストを作成・運用しておけば、言語の違いによるコミュニケーションロスが多少発生しても、ワークプランやリストのどこに関連する話なのか、議論している内容が今後のスケジュールにどの程度影響するのかなど、理解の摺合せがしやすくなる。また、定期的に報告を依頼するステータスレポートで対象会社からの記載内容に都度フィードバックや質問を行うことで、対象会社側も日本企業がどの程度まで自社のビジネスを理解しており、どの程度の粒度感で報告が必要なのかの摺合せが可能になる。

2-3.異文化・異言語のハードルを払しょくするための積極的なコミュニケーションを促す仕組みの構築がカギ

対象会社にとっては親会社かつ言語も異なる日本企業のメンバーとのコミュニケーションは通常のそれよりも負荷が高いため、必要最低限のコミュニケーションに留まる傾向にある。このような状況下で、対象会社任せの報告体制にするとコミュニケーションが先細りしてしまい、必要な情報が日本企業側にタイムリーに共有されなくなるという事態に陥る可能性がある。また、対象企業のエリアによっては、リスク認識やタスクの締め切り日に対する考え方が日本人の感覚と大きく異なり、直前まで重要な情報が共有されないという可能性もある。
これを回避するために、プロジェクトルールとして頻繁な情報連携の仕組みを作ることで、両者間での頻繁なコミュニケーションを促すのだ。
例えばプロジェクトの中で、両社のPMI担当者間で定例MTGを最低週1回設ける、課題やリスクは大小関係なく課題/リスクリストに逐次反映させる、といったプロジェクトルールを設け、より頻繁な情報連携をルール化してしまうのだ。これは初期段階では両者間のコミュニケーションを半ば強制するようなかたちになるが、日本企業側が対象会社の状況をタイムリーに把握するには有効なアプローチの一つになる。また、ルールに基づいて頻繁なコミュニケーションを続けることで結果的に両社の担当者間の信頼関係構築をサポートする効果もあるだろう。

要諦3:状況に合わせた業務統合の優先順位付けと現場のキーパーソンへの落とし込み

3-1.画一的なアプローチによる業務統合の失敗

プロジェクトの体制や運用が決まり、PMI実務に入る段階で直面する課題として「対象企業が日本本社のルールや管理体制に反発して業務統合が進められない」というものが挙げられる。
海外企業では、たとえ上場企業でも日本企業の水準と比較してガバナンスや内部統制の確立が不十分なケースが見られる。そういった状況の中で、不安を感じた日本企業が一方的に日本企業のルールを海外子会社に押し付けようとしても、現地のマネジメントやメンバーからは反発を招くことが多い。
また、日本企業側で出向者を含めて少人数体制でPMI体制を行う場合は、一度に多くのルールや管理体制を統合しようとするとリソースが不足し、結果的に様々な対応が後手に回ることも頻発する事例だ。

3-2.ルールの統合や管理体制を強化すべきポイントを見極め、優先順位をつける

海外M&Aに不慣れな企業によく見られる失敗事例として、本社で適用しているルールを買収後直ちに海外子会社に一気に展開をしようして現地の反発を受けるというものがある。
また、買い手となる日本企業が海外M&Aの経験が乏しく、いわゆる「海外子会社管理規程」に該当するような規程が存在していなかったり、ガイドラインが社内で未確立であったりする場合は、何から優先してPMIに取り組むべきかの指針がない。
その場合は、全ての事項を日本本社のルールに合わせるのでなく、Day1から直ちにコントロールしなければならない領域(例:重要な経営判断に係る意思決定プロセス、現預金の管理に関する権限、最低限のコンプライアンス)と買収後に一定の時間をかけて変更してもリスクが少ない領域の見極めと優先順位付けを行うことも検討すべきである。
優先的に制度変更すべきポイントは、上記のような企業経営の中で特に重要な項目に加え、財務・税務・法務・HRといった各DDで発見されたリスク事項、ならびに自社のPMI体制(特に人的リソース)を踏まえて案件ごとに個別に判断していく必要がある。
また、クロスボーダーPMIにおける業務統合の課題となるのが、日本企業と海外企業の管理水準の厳密さのギャップである。その場合は、日本企業の内部統制など最低限のルールは守りつつ、当該M&Aで得たいシナジー効果に関連する業務から統合を進めるアプローチが有効であろう例えば、クロスセルによるシナジーを期待するならば、営業パイプライン管理や受注管理プロセスを優先して日本本社が希望するプロセスへ変更する、などが考えられる。

3-3.業務統合による変更が大きい場合には業務遂行のキーパーソンを抑える

新しい管理体制や社内ルールを浸透させつつ対象会社側の反発を最小限にするためには、対象会社のマネジメントだけでなく、業務遂行のキーパーソンの理解醸成がポイントとなる。対象会社にとっては日本の親会社から半ば押し付けられるルールや管理(KPI報告など)は現地メンバーにとっては追加で発生する業務になってしまう。
新しいルールや管理体制を敷く場合には、対象会社のマネジメントから新しいルールの導入を促すのが基本的なアプローチである。ただそれだけに留めるのではなく、既存業務からの変化が大きい内容に関しては、PMI推進担当の出向者や日本本社の担当者からも対象会社の業務のキーパーソンと積極的にコミュニケーションを取り、なぜこういったルールが必要なのかなどの背景を説明し、現場レベルでの理解醸成に努めることも重要である。

最後に

クロスボーダーPMIを成功させるためには対象会社の企業規模に関係なくDay1前からの綿密な準備が必要となる。「(買い手である日本企業と比較して)小さい規模の対象企業だからこの程度の体制で大丈夫であろう」という楽観的な考えから、クロスボーダーPMIが上手く進められていない日本企業は多く存在する。実際にクロスボーダーPMIが上手く進まずにDay1からしばらく経ってから当社のような外部アドバイザーにご相談いただくケースを筆者も経験してきた。
クロスボーダーPMIを成功に導くには、M&Aの成立の可能性が高まった段階で外部のアドバイザーを起用し、短い時間軸の中でも実効性のあるPMI計画を策定し実行体制を確立することも有効な手段である。
アビームコンサルティングでは、クロスボーダーPMIでも経験豊富なメンバーが多数存在しており、通常の株式買収からカーブアウトまで幅広いケースのクロスボーダーPMIへの対応が可能である。
また、当社は日本発グローバルコンサルファームであり、グローバル企業の実情だけでなく、日本の商習慣を深く理解している。クライアント・対象会社とともにPMIメンバーの一員として、PMIの核となる統合計画書の策定から、クライアントや対象会社の状況にフィットしたプロジェクト運営体制の確立、そして実際のPMI推進フェーズでは業務統合に向けた課題解決やシナジー創出を支援する。


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