デザイン思考の向こう側 ~デザイン・ビジネス・テクノロジーの統合による価値創造~

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2024.11.11
  • 新規事業開発
  • マーケティング/セールス/顧客サービス
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デザイン思考とは、ユーザーのニーズを深く理解し、その解決策を創出するために有効なアプローチである。しかし、それだけではサービスを市場に送り出すためには不十分である。成功するサービスを開発するためには、デザインに加え、ビジネスやテクノロジーの観点も併せて検討し、全体としてバランスの取れたアプローチが求められる。本稿では、新規事業・サービスの創出において、どのようにデザイン思考を効果的に活用、検討すべきか事例を交え実践的な方法をまとめた。

(本稿は2024年9月10日株式会社ビビビット主催イベント「Tokyo Creative Collection」での当社講演「デザイン思考の向こう側」を基に再構成しています。)

執筆者情報

  • 滝本 真

    Senior Manager

デザイン思考の概要と有効性

デザイン思考がビジネスに活用されてから20数年が経過し、企業が活用するシーンも多くなっている。
ユーザー中心のアプローチによって問題を解決し、イノベーションを創出するためのプロセスであるデザイン思考は、ユーザーのニーズや感情に共感し、創造的なアイデアを用いて実践的かつ革新的な解決策を導くことを目的としている。不確実な状況や複雑な課題に対して、特に効果的なアプローチであり、主に5つのステップで構成され、各ステップがユーザーの理解を深め、最適な解決策の発見に寄与する。

まず、第1のステップは「共感(Empathize)」であり、ユーザーの立場に立ってその感情やニーズを理解することが重要となる。観察やインタビューを通じて、ユーザーが直面する課題を把握し、その本質を探る。この共感のプロセスは、後の問題解決に不可欠な基盤となる。
第2のステップでは「問題定義(Define)」を行い、ユーザーから得た情報をもとに、解決すべき具体的な課題を明確にする。ユーザーの視点に基づき、最も重要な問題を特定し、その定義により問題解決の方向性を設定する。
第3のステップ「アイデア創出(Ideate)」では、創造的な解決策を幅広く発想する。ブレインストーミングなどの手法を用い、自由な発想を促進し、可能な限り多くのアイデアを生み出すことが求められる。この段階では、多様な視点や斬新なアイデアを追求し、問題に対する複数のアプローチを探る。
第4のステップでは「プロトタイプ作成(Prototype)」を行い、選択したアイデアをもとに実験的な試作品を作成する。このプロトタイプは迅速に作られ、完璧さよりも実用性と学習を重視する。プロトタイプを通じて、ユーザーのフィードバックを得ることで、アイデアがどのように機能するかを検証し、次の段階への準備を行う。
第5ステップ「評価(Test)」のフェーズでは、ユーザーにプロトタイプを試してもらい、得られたフィードバックをもとにプロトタイプを改善し、最適な解決策に向けてプロセスを繰り返す。テストの段階では、フィードバックを重視しながらアイデアを洗練させ、ユーザーにとって最も適切な解決策に近づけていくのだ。

デザイン思考の最大の特徴は、ユーザーを中心に据え、彼らのニーズに応える解決策を創出する点にある。さらに、このプロセスは反復的であり、プロトタイプとテストを繰り返すことで、最終的なソリューションの質を高める。ビジネス、教育、社会問題の解決など、幅広い分野で応用されており、問題解決において新たな視点とアプローチを提供する。デザイン思考は、特に革新を求める企業や団体にとって、ユーザー理解と創造的な問題解決のための強力なツールといえるだろう。

デザイン思考の落とし穴

デザイン思考を取り入れることで、ユーザーのニーズを的確に引き出し、魅力的なアイデアを生み出すことができる。また、ユーザーの視点に立ち、最適なソリューションを見つけることで、実際に価値のある製品やサービスを構築するための重要な基盤が形成される。これにより、「良いものが作れそうだ」と感じる段階に達することが多い。しかし、その後のフェーズで、プロジェクトが停滞したり、計画通りに進まなくなったりするケースも少なくない。
例えば、経営層や決裁者に対してプロジェクトの承認を得ようとする際、「なぜそのアイデアなのか」「ビジネスとして成立するのか」といった質問が投げかけられ、プロジェクトの承認が下りないことがある。また、実際に製品やサービスの開発を進めようとした際に、技術的な困難が発生することも少なくない。さらに、実現可能であったとしても、当初の予想以上にコストがかかることが判明するなど、さまざまな問題が後から浮上する可能性がある。
これらの課題を回避するためには、サービスやプロダクトを創出する「デザイン」「ビジネス」「テクノロジー」の3つの要素が重要になる。(図1)
まず、1つ目の「デザイン」では、ユーザーに求められるものになっているかが問われる。2つ目の「ビジネス」においては、コストや収益性を踏まえて、そのアイデアがビジネスとして成立するかを確認する必要がある。そして3つ目の「テクノロジー」は、技術的にそのアイデアが実現可能であるかどうかが評価される。
企業が新しいサービスを立ち上げる際に、これら3つの要素すべてを満たすことが求められ、これらが揃った領域、すなわち「ユーザーに必要とされるものでありながら、ビジネスとして成立し、技術的にも実現可能なアイデア」を見つけることができれば、サービスは現実のものとなり、その価値をユーザーに届けることができるのだ。

デザイン思考がカバーする範囲は、この「デザイン」の部分に位置する。ユーザーが求めるものを探し出し、ユーザーのニーズに応じたソリューションを提案することに優れている。しかし、ビジネスやテクノロジーの観点が欠けたままでは、プロジェクトが途中で頓挫したり、計画通りに進まなくなったりするリスクが高まる。

デザイン思考は「ユーザーに求められること」を見つける点で非常に有効であるが、ビジネス的な側面や技術的な実現性については、別の観点を取り入れる必要がある。これを怠ると、プロジェクトの後半で承認が得られなかったり、実際にアイデアを実現する際に大きな障害に直面したりすることがある。結果として、デザイン思考だけでプロジェクトを進めると、後から手戻りが発生し、プロジェクト全体の進行に遅れが生じる可能性がある。したがって、活用する際には、ビジネスやテクノロジーの観点を適切に組み合わせ、全体的なバランスを取ることが重要なのである。これにより、ユーザーのニーズに応じたアイデアを現実のものにし、プロジェクトの成功を確実にすることができるのだ。

図1 サービスに求められる「ビジネス」「デザイン」「テクノロジー」の観点

デザイン思考の限界を突破するためのアプローチ

デザイン思考の限界を克服するためには、ビジネスやテクノロジーの観点を並行して取り入れることが不可欠である。これを実現するためには、アイデア創出の段階からデザイン、ビジネス、テクノロジーの3つの観点を高頻度で切り替えながら検討していくアプローチが必要になる。単にデザイン思考を用いてアイデアを生み出した後にビジネスやテクノロジーの実現性を考えるのではなく、これらの要素を同時に検討することで、アイデアの実現性を高めることができるのだ。

1.プロセスアプローチ

当社では、戦略から実行まで一貫してサポートするアプローチを採用し、以下のステップを経て新しいサービスを創出し、実現へと導いている。(図2)

最初のステップは、外部環境や市場の調査を行い、事業戦略を策定する「Strategyフェーズ」である。ここではターゲット設定や戦略の方向性を明確にし、プロジェクトの土台を築く。次に、ターゲットとなるユーザーのニーズを深く理解し、課題を洗い出す「Researchフェーズ」へと進む。この段階でユーザーの本質的な問題を把握し、解決すべき課題を定義する。
続いて「Designフェーズ」では、UXデザイン、サービスデザイン、ビジネスデザインを通じて、課題に対するアイデアを具現化していく。ここで、デザインが適切であるかどうかを評価し、必要に応じて再検討を行う。この段階で確実な評価を行うことで、ビジネスやテクノロジーの観点からもバランスの取れたアイデアが創出されるようになる。期待した評価が得られた場合、次は「Growthフェーズ」に進む。ここではサービスを市場に送り出し、実際のユーザー体験を基に改善を繰り返す。ユーザーからのフィードバックやデータを蓄積し、それをもとにサービスを継続的にリデザインしていく。

デザイン、ビジネス、テクノロジーの3つの観点を短期間で反復しながら評価を行う点を重視し、デザイン思考だけで走り切るのではなく、3つの観点を同時並行で検討し、最適なソリューションを追求することで、プロジェクトを成功へ導くのだ。
特に「Designフェーズ」では、次の3つのアプローチを行うことで、デザイン、テクノロジー、ビジネスの観点を効果的に反復している。

  • UXデザイン

    ユーザーを主人公とし、ニーズに合ったアイデアが想像できているかを評価し、ユーザー中心の視点から適切なデザインを探る。

  • サービスデザイン

    ユーザーを取り巻くテクノロジー、システム、体制が円滑に機能するかどうか、テクノロジー以外の面も含めた実現可能性を検討する。これにより、技術的な制約やシステムの整合性も踏まえて、サービス全体の最適化を目指す。

  • ビジネスデザイン

    ビジネスとして成立し、成長が見込めるかどうかを検討し、ビジネスモデルの持続可能性と収益性を確認する。

この方法論により、デザイン思考の強みを活かしながらも、技術的およびビジネス的な要件を同時に考慮したプロジェクトの成功が可能となるのだ。

図2 アビームコンサルティングにおける新サービス創出プロセス

2.チームアプローチ

アビームコンサルティングでは、各業界・各ソリューションごとに多数の専門家が在籍し、プロジェクトごとに適切な専門家チームを構成している。
特徴的なアプローチとして、各専門家が単に自分の専門領域だけで分業するのではなく、各領域のリーダーとしての役割を果たしつつ、他の専門家と密に協業する点にある。プロジェクトごとに、デザイナー、ビジネスコンサルタント、エンジニアといった専門家がチームを構成し、デザイン、テクノロジー、ビジネスの3つの観点を反復的かつ協働的に検討する仕組みが整えられている

各専門家は、自身の領域におけるリーダーシップを発揮し、プロジェクト全体の成功を見据えた方向性を示すが、重要なのはその役割にとどまらない点である。デザイナーはUXデザインを中心に、ユーザーのニーズに基づいた創造的なアイデアをリードするが、同時にテクノロジーの要件にも関心を持ち、かつビジネスとして成立するかどうかを、エンジニアやコンサルタントと連携して検討する。同様に、エンジニアは技術的な実現性を担保しながら、デザインの意図やビジネスの目標と整合性が取れているかを確認する。そしてビジネスコンサルタントはプロジェクトの収益性や市場性を分析するだけでなく、テクノロジーやデザインの視点を取り入れて総合的な価値創出を目指す。
この協力体制は、プロジェクトの初期段階から、アイデアの実現性や市場への適合性を包括的に評価することを可能にし、プロジェクトの途中で起こり得る手戻りや失敗を最小限に抑えるために極めて効果的である。
連携型のチームワークによって、各分野における深い専門知識と広範な視点を活かしながら、実際のビジネスに即したサービスや製品を効率的に生み出すことができるのだ。

デザイン思考の限界を突破するためには、プロセスとチームの両方において多角的なアプローチが求められるため、3つの観点を高頻度で切り替えながら検討し、チーム全体でそれを実践することによって、アイデアの実現可能性が大幅に向上する。この方法論により、デザイン思考の強みを最大限に活かしながら、プロジェクトを成功に導くことが可能となる。

実践で見るデザイン思考の限界突破: 生成AIを活用した業務効率化アプリの事例

生成AIを活用したスマートフォン向けの業務効率化を図るアプリケーションの企画・開発の事例を紹介する。ユーザーリサーチを通じて課題を特定し、UXデザイン・サービスデザイン・ビジネスデザインを反復的に検討することで、クライアントの要求を満たしつつ、その先にいるユーザーにも満足してもらえるアプリケーションを創出することを目指した。
デザインの専門家としてUXリサーチャーとUXデザイナー、ビジネスの専門家として新規事業開発に強みを持つコンサルタント、技術の専門家としてAIスペシャリストとエンジニアの編成とした。このチームは、分業ではなく、各領域の専門家がリーダーとして主導しながら協働でデザイン・技術・ビジネスの観点を統合し、反復的に検討を進めた。(図3)

図3 チーム構成と検討項目

1.UXリサーチ

はじめに、クライアント企業の社員が業務の中でスマートフォンをどのように活用しているかを明らかにするため、インタビューを行った。その結果、社員は「絶えず新しい情報を求め、移動中の隙間時間に次の業務に向けたヒントを探している」ことが判明した。特定の情報収集が目的ではなく、ザッピング的に多様な情報を集める傾向があることが明らかになり、これを課題として設定した。

2.UXデザイン

この課題に対してどのように価値を提供できるかを検討し、最終的に「AIを活用して新しい情報に出会える」体験を提供するというコンセプトに至った。世の中にはAIがユーザーの質問に回答するアプリが多いが、このプロジェクトでは、ユーザーがAIに問いかけを行った際に、AIがその回答に加え、ユーザーの関心を引きそうな情報も提供する仕組みを設計した。これにより、ユーザーに対し新たな情報との出会いが得られる体験を提供し、次の業務へのヒントを得るようにした。

3.サービスデザイン

このコンセプトを実現するために、技術的にはユーザー個人が所有するデータ(議事録、メール、資料など)をAIが読み込み、ユーザーの興味や関心に基づいてタグを自動で付与する仕組みだ。これにより、ユーザーがAIに質問をした際、AIはそのタグ情報を基に、社内外のさまざまな情報源からユーザーに有益な情報をキュレーションすることが可能となり、ユーザーが新しい情報に出会う機会を促進した。(図4)

図4 サービスデザインによる実現方法検討

4.ビジネスデザイン

ビジネス面では、このアプリケーションが業務効率化にどの程度貢献できるかを、コストや利用促進施策を含めて検討した。情報探索にかかる時間の短縮効果、システムの初期費用やランニングコストを考慮し、費用対効果を算出した。その結果、費用対効果を含めてクライアントが期待する業務効率化を実現できる見込みが立った。

このように、デザイン・ビジネス・技術の3つの観点を反復的に検討し、各専門家がリーダーシップを発揮しながら協働することで、成果を生み出すことができたのだ。

未来に向けた新たな価値創造の方向性

今後、社会の不確実性は一層増していき、企業が市場で競争力を維持し、成長を続けるためには、絶えず新しい価値を創造し続けることが不可欠となる。このような環境下では、デザイン、ビジネス、テクノロジーという3つの観点を統合するアプローチの重要性がさらに高まることが予想される。
さらに、近年の企業活動においては、社会課題の解決や持続可能な発展に向けた取り組みが一層活発になっている。これに伴い、デザイン、ビジネス、テクノロジーという3つの要素に加えて、社会(Social)という第4の観点が不可欠となる場面が増えてくるだろう。社会的なインパクトを考慮した商品やサービスの設計は、単に経済的な成功を追求するだけでなく、環境やコミュニティへの配慮を含む広範な価値創造を目指す企業にとって、今後の競争力を左右する要素となるだろう。

アビームコンサルティングは、これまでのプロジェクトで培ってきたデザイン、ビジネス、テクノロジーの統合的なアプローチに加え、社会的インパクトも考慮した活動を強化していく。市場での競争力を維持するだけでなく、企業が社会に貢献し、持続可能な未来を築くために必要な観点を漏れなく検討することで、今後もクライアント企業の価値創造を支援していく。


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