製造DXレポート 第1回 日本のスマートファクトリー現状調査 ~始動10年を目前に見えてきた課題~

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2024.08.21
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日本の製造業が製品の品質向上や生産性向上を目的にスマートファクトリーに取り組み始めて10年近くが経過し、スマートファクトリーという言葉が含む取り組みの範囲は、工場・製造内のデジタル化だけにとどまらず、サプライチェーンやR&D・設計との連携まで拡大してきている。さらに、活用される技術の範囲もデジタルツイン(仮想空間に現実と同様の空間を再現する技術)など、新たなテクノロジーの領域に広がっている。
本レポートでは、取り組みの範囲・活用する技術が多様化し、複雑化するスマートファクトリーを進めるにあたって、何が課題になるのか、その対応方法は何かを調査・洞察した。

執筆者情報

  • 橘 知志

    Principal
  • 中村 伸吾

    Director
  • 西 崇宏

    Senior Manager

1. 調査結果のサマリー

今回、アビームコンサルティングでは6,000件以上の様々な業種・規模の企業に対して「スマートファクトリーの現状調査」を実施した。現状ではまだスマートファクトリーに取り組む企業は全体の4割未満であること、一方で取り組む企業の半数近くで「完全自動化」を目指しつつも、取り組みが上手く進んでいない現状が明らかになった。

今回の調査の結果から共通してみられる課題は大きく4つ挙げられる。

  • (1)

    スマートファクトリーの将来像の巻き直しが必要

  • (2)

    既存の延長にない工程・レイアウトなどの作り込みが必要

  • (3)

    デジタルツインの活用が重要

  • (4)

    経営層は活動へのコミットだけでなくリソース確保も必要

課題の(1)(2)(3)は現況のスマートファクトリーの取り組みが、既存のカイゼンの延長、現状の業務にデジタル技術をあてがっていることに起因するために生じていること課題である。
現状の業務や工程・工場内のレイアウトなどを前提にしながら、そこにデジタル技術を適用するだけに留まると、自動化機器の高額化や、思ったほどの改善効果が得られず、ROI(投資利益率)が出なくなり、結果的に取り組みはとん挫してしまう。
まずは将来の工場がどうあるべきか(将来像)から、具体的な工程・レイアウトないしは業務内容やパラメータ・処方などの変革(OT:Operational Technology)を具体化することが先決である。そのために有用になるデジタルツインはより積極的に活用されていくことが重要になる。
また、今回の調査では「完全自動化」を目指す企業が大半である一方、「工場データとサプライチェーンの連携」「工場データと設計開発データの連携」などにも取り組みが広がってきていることが確認されたが、取り組みが工場だけにとどまらず、関連部門を巻き込む内容になっているため、実行リソースが不足する傾向が浮かび上がった。そのため、経営者はスマートファクトリーを工場・製造内の取り組みと捉えず、全社的な取り組みとして見直し、リソースを確保することが必要になってきている。

2. 始動10年を目前にした日本のスマートファクトリー

1)スマートファクトリーの発展/現状の取り組み範囲の広がり

一般的にスマートファクトリーとは、IoTや産業ロボットなどの最先端技術や、工程から取得される膨大なデータをAIなどを用いて解析し、生産性向上や業務の効率化を図ることで実現される工場の姿と言われている。ドイツでIndustry4.0が2011年に提唱され、日本でも2017年に経済産業省から「ものづくりスマート化ロードマップ調査」が発表された。その当時、スマートファクトリーといえば製造現場・工場内における「見える化」「最適化」「自動化」に焦点が当たっていたが、それから10年近くが経ち、現在では、スマートファクトリーが指す範疇はエンジニアリングチェーンやサプライチェーンの連携まで、工場を超えて広がってきている(図1)。

図1 現在のスマートファクトリー領域

2)現況の製造業を取り巻く環境・課題に対する技術適用の進展

さらに、自動化技術の進展(多関節ロボット、AGV:無人搬送車の普及)、デジタルツイン技術の進展など、取り組みにおける適用技術も拡大してきている(図2)。
現行の経営課題に対して、これらの技術は有効に働くものと想定されるが、現在の工場・製造現場での具体的な取り組みの内容と併せて適用されている技術の実態と、直面している課題を探った。

図2 製造業の課題に対し活用が検討される技術

3.「スマートファクトリーの現状調査」

1)調査概要

「スマートファクトリーの現状調査」(以下、本調査)では、製造業従事者に対し、「スマートファクトリーにおける目指す姿と取り組み内容」「現状のスマートファクトリーの取り組みにおける課題」「経営者のスマートファクトリーへの関与」についてのアンケート調査を2024年2月15日~16日に実施した。
6,186件の回答を得ており、うち売上5,000億円以上の企業が50%を占め、その中でも1兆円以上が回答企業の35%を占めている(図3)。
また、業種別では、ディスクリート産業(機械・装置、半導体・電子部品・電気部品・工作機械)が49.9%、プロセス産業(食品・飲料、化学、医薬品など)が42.6%、その他製造業が7.5%となった。

図3 回答者の属性

2)調査から見えたスマートファクトリーの取り組みの“いま”と4つの課題

現状ではまだスマートファクトリーに取り組む企業は全体の32.9%に留まること、スマートファクトリーに取り組む企業の45.7%で「完全自動化」を目指しつつも、取り組みが上手く進んでいない現状が明らかになった。
また、回答から共通してみられる課題は大きく4つ挙げられる(図4)。

図4 調査から見えたスマートファクトリーの取り組みの“いま”と4つの課題

3)調査結果の詳細

■取り組みの現状

(1)スマートファクトリーの取り組みは発展途上
スマートファクトリーへの取り組みをしている企業は全体の32.9%で、企業規模が大きくなるほど取り組んでいる傾向はあるものの、1兆円企業でも4割に満たない状況であった(図5)。

図5 スマートファクトリーの取り組み状況について

(2)スマートファクトリーで目指す姿は「自動化」がメイン
スマートファクトリーで目指す姿は「完全自動化の実現」が45.7%と半数を占めた。一方で、化学や鉄鋼・非金属・金属などのプロセス産業では「工場とサプライチェーンデータの連携」も次いで多く、業界特性上、複雑化したサプライチェーンへの対応が重要になっていることが見受けられる(図6)。

図6 スマートファクトリーで目指す姿

(3)スマートファクトリーの成否は二極化している
それぞれの目指す姿に対して、匠技術の伝承を除いて、4割以上の企業では取り組みが上手く進んでいないと回答しており、スマートファクトリーの成否が二極化している様子がうかがえる(図7)。

図7 各目指す姿に対する現状の進捗度

■4つの課題

(1)完全自動化の課題:既存の延長にない工程・レイアウトなどの作り込み・デジタルツイン活用が必要
上位3位の課題は、「活動を推進する人材の不足」が19.5%、「活動予算が限られる」が17.5%、「生産性が向上しない」が10.9%だった(図8)。一方で、コメントでは選択肢に寄らず「工場ごとに作るものが異なる」「工場ごとに製造品が異なるため」など既存のライン課題が多く挙げられた。
実際に我々のクライアントもこうした課題を抱えていることが多いが、背景には、機械化の難しい工程での実現性やROI、少量多品種への対応が求められていることが挙げられる。この場合、単純自動化ではなく、まずは工程設計自体の見直し、複数工場に展開できるモデルの作り込みが必要である。そのモデル構築に最も活用できるデジタルツインの活用に取り組んでいるという回答は15.7%と低く、取り組み内容自体及び活用技術の両面に課題があると見られる。

図8 工場完全自動化の課題と取り組み内容

(2)工場データとサプライチェーンデータの連携の課題:ユースケースの作り込みからデータ・システム設計に落とし込むことが重要
上位3位の課題は「活動を推進する人材の不足」が20.8%、「データ連携・データ活用ができていない」が12.7%、「活動予算が限られる」が9.7%だった。コメントでは「データ・システムの問題」「将来像やモデルケースの不足」が多く挙げられている(図9)。
我々のクライアントでも、自社内でまずデータを集め、連携することから進めた結果、膨大なコストが掛かっているにもかかわらず、効果が不明瞭になっているケースが見受けられる。そうした場合、我々が「将来像やモデルケース」を策定し直し、そこに関連するデータ・システムを見極めた上で、対応を進めることが多い。
今回のコメントを見ても、局所的な取り組みが多くなされており、何にデータを使い、どのように効果を上げるのかが不明瞭になっていると見受けられる。

図9 工場データとサプライチェーンデータの連携について

(3)工場データと設計開発データの連携の課題:製造と設計・開発現場の共通の将来像導出とリソースの配分
「活動を推進する人材の不足」が27.1%、「活動予算が限られる」が11.9%と、(1)(2)と同様の課題が多く選択されているが、コメントを見ると「工場・設計両者の業務理解」「データおよびデータ関連技術の不足」などが多く挙げられている(図10)。
工場・設計は両社で異なるKPI・業務で動いているため、上記のようなコメントが多いと見られるが、その解消には両者間での業務やKPIの将来像を明確にしてデータ整備・活用を進めるべきである。ただし、その活動をするにも、人員も予算も限られているようである。

図10 工場データと設計開発データの連携について

(4)経営層のコミットの課題:経営層のコミットがスマートファクトリーを円滑に進める
スマートファクトリーに対し、「経営層の活動理解度が高く、積極的に参加している」という企業の83.3%は「上手くいっている」と回答し、「上手くいっていない」と回答した16.7%を大きく上回った(図11)。このことから、経営層のコミットがスマートファクトリーの成否に大きな影響を与えることが分かった。
我々が支援する中でも、顧客内でまずデータを集め、連携することから進めた結果、膨大なコストがかかる一方で、効果が不明瞭になっていることが多く、我々が「将来像やモデルケース」を策定し直し、そこに関連するデータ・システムに対応することを進めるケースが多い。

図11 経営層のコミットとスマートファクトリーの成否の関係性

一方で、経営者のコミットが高い企業であっても「人材不足」や「活動予算」を課題にあげる企業が多く、リソースを十分には確保できていないことが課題になっている(図12)。
経営者はコミットするだけでなく予算や人員を割く必要があり、デジタルツインの使いこなしや部門間横断の取り組みに向け、現場の努力だけに頼らないリソースの確保が求められる。

図12 経営者のコミットと現場の課題・困りごと

■プロセス産業とディスクリート産業での取り組みと課題の差異

自動化を目指す姿としているのは、プロセス産業 (石油、鉄鋼・非鉄・金属、化学、など)の方が、ディスクリート産業(機械・装置、半導体・電子部品・電気部品・工作機械、輸送用機械)よりも相対的に少ない結果となった(図13)。これは、プロセス産業はスマートファクトリー(自動化など)の取り組みがディスクリート産業より早かったことや、工程自体の元々の自動化度が高かったことに起因すると見られる。
一方で、ディスクリート産業は各課題に同時並行で取り組み、結果リソース不足になりがちだが、分散的な取り組みになりやすいディスクリート産業ほど、工場の将来像の具体化を先行的に進め、現場との合意・共通認識の構築とロードマップ(進め方)が重要である。

図13 業種別のスマートファクトリーの取り組み状況

4. スマートファクトリー実現に向けた処方

■4つの課題への処方

ここまで見てきた4つの課題は根本には検討ステップ自体の間違い(実行ステップとの混濁)、実行における追加リソースの確保の必要性が見えづらいことにある(図14)。

図14 スマートファクトリー実現に向けた4つの課題と処方

■スマートファクトリーのあるべき検討方法

スマートファクトリーの実行ステップは「見える化⇒データ解析⇒自動化」と進めるのが一般的だが、検討すべきはその内容が将来像に繋がるかである。そのため、検討は将来像からOT像、優先して取り組むべき領域と落とし込むべきである(図15)。

図15 スマートファクトリーのあるべき検討方法

5.まとめ

今回の調査では、各業種・規模の製造現場におけるスマートファクトリーへの取り組みと現状の課題などについて網羅的に把握した。
今回の調査により、日本の製造業においてスマートファクトリーの取り組みは「完全自動化」を目指す企業が大半である一方、「工場データとサプライチェーンの連携」「工場データと設計開発データの連携」などにも取り組みが広がってきていることが確認された。

また、取り組みが上手くいっている企業とそうではない企業に二極化してきている傾向があり、上手くいっていない企業における課題は、拡大していく取り組みの中で「スマートファクトリーの将来像」の巻きなおしができていない、ないしはコミットが取れていない、完全自動化に向けたOTの見直し、デジタルツインの活用が進まないことにあることなどが挙げられる。
スマートファクトリーを再度進めるためには、検討ステップを見直し、まずは工場の将来像から、将来におけるOTの内容を明確にしていくことが重要である。

また、経営者のコミットがスマートファクトリーを進めるキーポイントになる一方で、リソース(人材、活動資金)が不足している現状も洗い出された。
既存工程のデジタル化、改善の延長線上の取り組みから、現在のスマートファクトリーは「工場データとサプライチェーンの連携」「工場データと設計開発データの連携」など、部門を跨ぐ取り組みになってきており、その分、経営者は全社的な取り組みとしてのリソース確保を進めることが必要となってきている。

■アビームコンサルティングのスマートマニュファクチュアリング支援サービス

アビームコンサルティングではスマートファクトリー化に向け、単なるデジタル化・自動化構想ではない、生産形態や工程課題の解決に向けたデータ活用方法、自動化内容の具体化など、構想だけにとどまらない具体化まで支援している(図16)。
今後もクライアントの業務変革の実現に向けて、スマートファクトリーの構想から実装まで、伴走支援していく。

図16 アビームコンサルティングの支援サービス

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