法改正と環境整備で加速するステーブルコイン活用の最新動向

インサイト
2024.08.14
  • リース・クレジット
  • 銀行・証券
  • テクノロジー戦略&マネジメント

2023年6月に改正された資金決済法によって法的な整備が進み、新たな局面を迎えたステーブルコイン。その一方で、国内での規制やセキュリティなど参入に向けて検討すべき課題が多いのも実情である。Web3ビジネス推進に向けてステーブルコインの主な類型や、各社が取り組むユースケース、金融領域におけるステーブルコインを活用した事業開発の可能性について紹介する。
(本稿は2024年5月29日株式会社Ginco主催イベント「金融業界におけるステーブルコイン活用~最新事例とWeb3事業開発プロセス~」での当社講演「ステーブルコインと事業開発プロセス」をもとに再構成しています。)

執筆者情報

  • 鈴木 雄大

    Director

改正資金決済法によるステーブルコインの定義と現在地点

2023年6月に資金決済法が改正され、ステーブルコインの法的な定義が明確になるとともに、その定めのもとで使用が解禁となった。今回の改正により、ステーブルコインは暗号資産のようなボラティリティの高いものとは異なり、法定通貨の裏付けがある資産であり、価値が安定するよう設計されたデジタル通貨と位置づけられた。

ステーブルコインの特長を整理しておくと、まず1点目として、法定通貨と価値連動することで得られる決済の安定性が挙げられる。
2点目に、ブロックチェーン上のペイメントトークンとして発行されるデジタル通貨のため、法定通貨のように銀行間決済ネットワークを通じて決済をするのではなく、ブロックチェーンへの情報の書き込みによって、価値の即時移転が可能となることが挙げられる。
3点目は、プログラマビリティである。即ちプログラムを書き込めるお金であり、この特長によって商流と金流をリンクさせることが可能となる。例えば通常のBtoBにおける取引では、注文して商品が納品されれば請求書を発行し、代金の決済が行われる。これまでは、物の流れとお金の流れは独立していたが、ステーブルコインではプログラムを書き込める特性があるため、商流と金流を連動させることができるのだ。その他にも、このプログラマビリティという特性を活用したさまざまなユースケースが考えられ、実際に開発も進んでいる。
最後の4点目は、高いトレーサビリティにより取引の透明性が担保できる点である。ブロックチェーン上に取引の履歴が刻まれていくため、監査証跡の観点から高い透明性を維持できる。

こうした特長を持つステーブルコインだが、今回の資金決済法改正によって、どのように定義されたのかについてまとめると、「電子決済手段」に含まれる1号から4号、また外国発行のステーブルコインまでが、改正資金決済法で定めるステーブルコインとなる。(図1)

図1 法改正後のステーブルコインの定義

一般にスタートアップ企業や事業の成長を0→1、1→10、10→100といったフェーズで捉えるが、ステーブルコインをこれになぞらえると、現在は1→10に突入したと分析できる。ブロックチェーンの思想は約30年前に誕生以来、さまざまな変遷を経て現在に至るが、ここにきて急速に法整備やプラットフォーマーの環境整備が進み、これから多様なユースケースが幾何級数的に増えると期待できる。

最新ユースケースに見るステーブルコインの可能性

では、実際にどのようなステーブルコインのユースケースが生まれているのか。実証実験中のものも含め、各企業の取り組みを紹介したい。

まず、DC JPYを運営する株式会社ディーカレットホールディングスは、GMOあおぞらネット銀行株式会社と協業し、同行の銀行預金を裏付けとした1号事例に当たるサービスを構築。2024年夏にもローンチが予定されている。ここでは、ステーブルコインのプログラマビリティという特長を生かして、これまでアナログな作業に頼っていた「非化石証書」発行作業を、環境価値トークン移転によってデジタル化するなどの取り組みも見られる。

また、Digital Platformer株式会社、株式会社北國銀行、石川県珠洲市が共同し、2024年4月からデジタル通貨1号事例としてサービスを開始している。ここで利用できるデジタル通貨は預金担保型の「トチカ」といい、北陸地域全体をいつでも・どこでも・誰でも安心してキャッシュレス決済ができる地域通貨として機能している。また、自治体(現在は珠洲市のみだが、石川県内の他の自治体にも拡大を検討)との取り組みでは、加盟店で1ポイント=1円として利用できる「トチポ」を発行し、ブロックチェーン技術によって認証プロセスを効率化するなど、行政DXの事例ともなっている。

一方、SBIホールディングス株式会社(以下、SBI)のユースケースは、海外のステーブルコインであるUSDCを日本国内で流通できるようにするクロスボーダーのモデルとなっている。USDCは、米Circle Internet Financialが発行する米ドルを裏付け資産としたステーブルコインであり、日本での流通は、SBIのグループ企業で電子決済手段などによる取引を行うSBI VCトレード株式会社が担う。

決済ブランドを運営するVisa Inc.では、クロスボーダーの取引に関する実証実験を行っている。加盟店での決済処理をUSDCで行うことを想定しており、これまで高コストだったクロスボーダー決済が、迅速かつ低コストで行えるようになる。

また、大きなトピックとしてはProgmat(プログマ)がある。これは、三菱UFJ信託銀行株式会社など、さまざまな企業が出資して設立したプラットフォームであり、ステーブルコインのプログラマブルな特長を生かし、セキュリティトークンではすでに複数の事例が出ている。ステーブルコインについての研究開発も進んでおり、信託銀行を使った金銭信託のスキームでの発行を目指す。
その他、G.U.TechnologiesのJapan Open Chainなども実証実験が進んでいるが、これらのユースケースを「個人向け(BtoC)・法人向け(BtoB)」(横軸)、「国内流通・海外流通」(縦軸)で4象限に区切りマッピングしてみたところ、今後、市中流通をイメージした少額の個人向け(BtoC)用途もあり得るが、よりステーブルコインの特性を生かせるのは、クロスボーダーのBtoB取引であることが分かる。クロスボーダーの取引は、従来の決済ネットワークではコストがかさむが、ステーブルコインのプログラマビリティの特性により、ローコストかつスピーディーに決済を行うことができるようになる。(図2)

図2 ステーブルコインを活用したユースケース例

暗号資産取引所間の取引をステーブルコインに置き換える取り組み

本セミナーでは、業務用暗号資産ウォレットシステムの開発・提供などを行う株式会社Ginco (https://www.ginco.com/)取締役副社長の房安陽平氏も登壇した。Ginco社は、ブロックチェーンのプロフェッショナルとして、ステーブルコイン発行(※準備中)や、発行を検討している企業向けに開発支援を行っており、暗号資産取引所や金融機関が使用するウォレットのシェア、企業向けAPI提供実績、暗号資産、ブロックチェーン対応数において国内トップクラスの実績を持つ。

いま同社が力を入れて取り組んでいるのは、「暗号資産業界横断のホールセールステーブルコイン」と位置付ける「XJPY/XUSD」の発行である。そして、暗号資産取引所間の日本円の決済を、このステーブルコインに置き換えることを目指している。
通常日本の暗号資産取引所は、海外の暗号資産取引所や流動性プロバイダーと呼ばれる事業者と、日々取引をしている。暗号資産取引所や流動性プロバイダーは、買いを行う一方で、ポジション調整のために売りも行うことになる。その時の取引相手は日本の事業者のこともあるが、多くは大量の流動性を持つ海外の事業者であることが多い。

すでにステーブルコインを介した取引が珍しくない海外のBtoB決済では、ドル建てのステーブルコインに多様な選択肢が用意されている状況だ。一方日本では、円建てのステーブルコインが現状ではまだ未整備であり、海外の流動性プロバイダーなどが日本円の取引をしたい時は、銀行経由で日本円を送る形となる。ただ、銀行の取引可能時間には制限があり、機会損失を招いていた。そこでGinco社では、月次で数千億円規模の市場となるこの領域において、自社発行のステーブルコインに置き換えることで、取引機会の最大化を目指している。
同社が発行するステーブルコイン「XJPY/XUSD」は、金銭信託型のスキームであり、発行基盤は信託銀行などの連合によるProgmat(プログマ)を使用する予定だ。(引受先は三菱UFJ 信託銀行)
こうして、ステーブルコインを自社発行する一方、企業に対して開発支援を行うソリューション事業では、ステーブルコインを活用した「国際貿易決済システム」に参画し、ステーブルコインの決済、ウォレットの管理などを担当するという。
この開発支援においても、課題は取引可能時間の制限による機会損失だが、他にも新興国において、取引相手がドルでの受け取りを求められた際、新興国にとってドル入手のハードルは高い場合も多く、これも課題として意識されている。こうした課題も、ステーブルコインの活用で解消を狙えるという。

5年後、10年後の「Web3 Finance」を見据えて

今後、短期的にはさまざまなプラットフォームによるユースケースの実装が、今年から来年にかけて立ち上がってくる状況にある。ひとまずは、特定用途・特定商圏のデジタルアセットの流通を軸にした取り組みが中心となりつつ、今後は2号や3 号のユースケースへと広がっていくことが予想される。一方、セキュリティトークンについても流通市場である大阪デジタルエクスチェンジ株式会社(ODX)が設立され、セキュリティトークン(ST)のセカンダリー市場として「START」も稼働している。今後、デジタルアセットの流通の面でも活性化が図られるだろう。

一方中期的には、新しいユースケースの内容やプレイヤーの立場によって、預金担保型か金銭信託型かの選択が問われ、そうした選定により発行形態の個性が明確になってくると予測される。
長期展望に目を移すと、ステーブルコインが一層普及することで、大きな特長である商流と金流のリンクという利点の活用が進み、いまだ非効率な部分の多い企業間決済のDXが進んでいくだろう。
こうした将来展望を見定める際、ポイントとなるのは、ステーブルコインなどのブロックチェーン技術をベースとしたWeb3 Financeを、単なる法定通貨の決済の置き換えと捉えるだけにとどまらず、さまざまな取引における課題解決にどうつながるのかを見極めることだ。

例えば法人取引における入金消し込みや振り込み手数料削減、本人確認の効率化、安全性向上、資金調達の流動性の向上など、既存取引において非効率性につながる課題が、どう解消されるのかを追究していくことが事業開発プロセスの出発点となるだろう。

そこでは目先のユースケースをどう実現していくかのみにとらわれず、ブロックチェーン技術などを基盤とするWeb3 Financeやトークンエコノミーが5年先、10年先のビジネスをどう変えているのかをイメージし、ありたい未来からバックキャストして今すべきことを見定める「ビジョニング」を優先すべきだ。

その後に、ユースケースを探索する「ビジネスコンセプト」、次いで具体的な「ビジネスモデル」立案へと進んでいく。この段階では、想定しているエコシステム上のステーブルコインの流通範囲や決済量、あるいはスマートコントラクトを実装する上での条件、また意思決定権者を規定することなどが、重要な検討項目になるだろう。また、インセンティブについても、法定通貨に代替した手段として使う理由を、しっかり整理し定義しておく必要がある。そして、いよいよ構築されたモデルに沿って実装・運営していくことになる。

最後に、法定通貨による既存の取引がいまだ主流である中、「なぜブロックチェーンを使わなければいけないのか」「なぜステーブルコインに置き換える必要があるのか」といった声は多い。しかし、2030年を目途に、EUのCBDC(中央銀行デジタル通貨)が発行され、国際通貨システムの安定を確保するためにステーブルコインに置き換える動きがでてくるためだ。CBDCの検討については、日本も含め国・地域によって差はみられるものの、世界の動きは今後さらに加速する可能性がある。
Web3 Financeやトークンエコノミー、そしてBtoB決済DXの将来像を具体的に思い描いたときに、時流を見極め、ファーストムーバーとして参入するのか、それともマーケットが普及したあとに参入するなど選定すべきタイミングと施策を見定めて実行に移す必要があるべきと考える。

アビームコンサルティングは、決済やデジタルに関する知見と実績を元に、Web3 Financeに関する調査分析、構想策定、また事業ポートフォリオの最適化や新規事業の開発など、金融業界のアジェンダを実現する支援を通じ、金融業界のビジネスモデル変革の加速に貢献する。


Contact

相談やお問い合わせはこちらへ