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M&Aを新規事業にどのように活かすか?

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M&Aを新規事業にどのように活かすか?
新規事業の目的と必要とされる事業規模

新規事業の目的と必要とされる事業規模

 「何のために、新規事業開発を行うのか?」
 あらためてこう問われたときに、新規事業開発の担当者ならばどのように答えるでしょうか。「競合がやっているから」「中期経営計画で掲げられていたから」などいろいろな理由があると思いますが、アビームコンサルティングは新規事業の目的は、将来の中核事業を作ること、だと考えます。
 それはなぜでしょうか。
 端的にいえば、それは、企業には、持続的な企業価値の向上を求めれられているからです。事業にはライフサイクルがあり、新しい商品・サービスの出現によって、既存事業は必ず衰退します。故に、常に新規事業開発に取り組み、次の中核事業を創出することが求められるのです。

参考図表1:製品・事業のライフサイクル

 では、中核事業とは何でしょうか。それは、字義通り、自社あるいは自グループの中核となる事業です。ただ、中核という言葉も曖昧です。それは売上規模で10億円なのか、100億円なのか、1,000億円なのか。それとも利益規模をもって中核とみなすのか。恐らく多くの企業において、マネジメント陣と新規事業開発部門との間でもイメージの共有ができていないのではないでしょうか?新規事業開発では、「目指す事業規模は明確になってますか?」「それをどれくらいの時間軸で実現しようと考えていますか?」この二つの問いに明確に答えれない、あるいはマネジメント陣と認識共有ができていないと、現場が疲労し、新規事業開発は失敗に終わるケースが多くなります。
 結論から言うと、中核事業の規模は、企業規模によって異なります。売上高1兆円の企業、1,000億円の企業、100億円の企業を比較すると、中核事業の規模は、当然のことながら売上高が大きい企業の方が規模は大きくなます。そのため、将来の中核事業として新規事業が目指す規模も大きくなり、新規事業開発の難易度は高まります。
 100億円規模の企業が検討する新規事業は、一般的にいう新製品・サービスを開発するレベルで中核事業をつくるという目標を達成できるかもしれません。ただ、売上高1兆円規模の会社が目指す新規事業は、5~10年で最低1,000億円規模は必要となるのではないでしょうか。この規模になると新製品の売上だけで目標を達成することは到底困難な水準となります。
 そのため、特に売上規模の大きい企業において、検討対象となるのが、M&Aです。ただし、検討にあたり、あらめて認識しておく必要があるのは、M&Aはあくまでも手段の一つであるということです。昨今M&Aが一般的な手段となったことで、事前にM&Aの金額枠を予算設定するようなケースも多くなったと思います。ただ、枠があるとそれを消化したくなり、結果M&Aすること自体が目的化してしまうことが多々あります。この手段の目的化を防ぐために、新規事業のコンセプトおよび目的を明確にした上で、M&Aを検討するというステップを踏む必要があります。

買収目的とシナジーの考え方

 新規事業開発のステージとして、「0→1(商品・サービスのローンチが完了)」、「1→10(単年度黒字化を達成)」、「10→1,000(売上規模・利益共に中核事業化を達成)」の3段階ありますが、どの段階から中核事業を目指すのか、それによってM&Aの対象企業は当然ながら変わります。
 多くの企業が「0→1」の段階から自社で取り組んでいると思いますが、ピボットを繰り返すこの段階が最も時間がかかります。しかし、スピードと変化対応力が重要となるVUCAの時代に、この段階に時間を掛けているとビジネスチャンスを逃してしまいます。そこで重視されているトピックがリーンやアジャイルです。リーン/アジャイルに関する方法論は、必要な検討領域に限られたリソースをどこに集中するかを見定めるために有益だと考えます。こうした手法を活用することで、検証する仮説に対し早期に白黒をつけることが全体の検討スピードアップに一役買っています。一方で、昨今のベンチャーキャピタル市場の盛り上がりを受けて、「1→10」の段階には多くのスタートアップ企業が存在しています。また、下図にある通りスタートアップにおいては「販路拡大」が2番目の経営課題となっており、すでに強固な顧客基盤やチャネルを保有している企業がスタートアップを買収する意味がここにあります。例えば、2015年にKDDI株式会社がIoT通信プラットフォームを提供するソラコムを買収しましたが、KDDIのリソースを活用して、回線数は8万回線から200万回線へ急成長を遂げています。

参考図表2:ベンチャー企業の当面の経営ニーズ

 M&Aの対象はスタートアップに限りません。新規事業とはあくまで検討主体となる企業におけるものですから、他社がすでに手掛けている事業・企業であっても、自社の新規事業のコンセプトに合致しており、自社にとっての将来の中核事業となり得るのであれば、M&Aの対象となります。
 少し古い話になりますが、楽天グループ株式会社の現在の中核事業である証券とトラベルははいずれも買収事業です。「旧DLJディレクトSFG証券(楽天証券)」、「旧マイトリップ・ネット(楽天トラベル)」の買収後、自社の顧客基盤の活用を通じてシナジーを生み出し、急成長を果たしています。

 通常、不足している機能・リソース、顧客基盤やチャネル獲得を目的にM&Aを実行するということはよくあることかと思います。ただ、新規事業の文脈での買収目的やシナジーの考え方としては、KDDI株式会社や楽天グループ株式会社の事例で分かる通り、顧客基盤やチャネル獲得というよりも、被買収企業に足りないもの(顧客基盤やチャネルなど)の提供を通じて事業成長を加速させることができるか、という観点からM&Aを検討した方が、最終的な新規事業開発の目的=中核事業の創出、の成功確率が高くなると考えます。
 過去私たちがご相談頂いたケースで、「自社の顧客基盤を活用することを前提にしたM&Aによる新規事業の検討を行いたい。事業アイデア自体は社内公募で決めるので、それを踏まえてM&A候補先を一緒に検討してほしい。」というものがありました。この会社は西日本を基盤に積極的な事業展開で知られる売上高1兆円を超える企業ですが、自社の実態を踏まえた新規事業開発のコンセプトおよびM&A目的が明確であり、スピード感を持って事業展開できている理由の一端を垣間見ることができました。

 最後に、多くの新規事業開発のプロジェクトでは、事業の根幹となるVP(提供価値)とCS(顧客セグメント)は自社が保有あるいは開発することを前提に検討し、足りないリソース・機能、顧客基盤、チャネル等をパートナーとの提携やM&Aでの補完を検討する、というステップで行っていると思います。多くの新規事業開発で実績を上げているステップではありますが、従来のやり方で目標とする事業規模を実現できるのか、一度立ち止まって考えても良いかと思います。

戦略ビジネスユニット ダイレクター     

田邉 俊史