個人データ利活用が製造業のコト売りシフトを加速する

 

デジタル社会の進展は製造業を取り巻くビジネス環境にも大きな変化をもたらしている。一定品質のモノを多くの消費者に届ける少品種大量生産の時代は終わりを迎えつつあり、多様化するニーズを的確に捉え、自社の付加価値と組み合わせてよりパーソナライズされたサービスとして提供していくことが求められている。そのカギとなるのが “個人データ”活用だ。データ流通の仕組みや新規サービス、法規制などの検討・整備が官民を挙げて進められている。本稿では、個人データを取り巻く現状を整理しながら、今後個人データの利活用がもたらす製造業へのインパクトについて考察していく。

第1章:個人データを取り巻く現状

そもそも個人データとは、個人の属性情報、移動・行動・購買履歴など、個人と関係性が見出される広範囲の情報を指すものとされている。デジタルトランスフォーメーション(ICTの浸透)により、取得可能な個人データは、今後一層増大していく。しかしながら、現状では国内企業でのデータ活用におけるコンプライアンス違反や情報漏洩がクローズアップされやすく、企業がデータの流通や利活用に及び腰になっている面が否定できない。さらには、企業側が個人データの価値を見出せていないということはないだろうか。
企業においては、まず自社が目指すゴールを設定し、その実現に向けどのように個人データを活用していくかを検討する必要がある。次に個人データの利活用を考える場合、その価値(消費者の便益)を最大化するためには散在する個人データをどれだけ集約できるか、いかに最適にデータを掛け合わせるかが重要になる。 一方で、消費者の視点からは、個人データ登録の煩わしさや情報漏洩リスクなどに対する個人データ提供への抵抗感は未だ日本国内で根強く残っているのが現状である。
こうした現状を打開するためには、以下に挙げる個人データの流通・利活用における“心技体”の醸成を企業同士が連携しながら、一丸となって取組んでいかなければならない。

・心:企業・消費者の意識変容

個人データはこれまで企業が仮説や想像の域を脱しなかった消費や生活のリアル(例えば製品の使い方など)を、他社情報も含めて把握可能になる。まず企業はそうした個人データが持つ本質的な価値を今一度、見つめ直すべきだと考える。次にその価値観に基づき、個人データを守るための情報セキュリティ・コンプライアンス強化、個人データを得るための消費者への便益の追求も意識しなければならない。これまでの企業主導型の個人データ収集から、今後は消費者が自らの個人データを企業側に開示・提供するか否かを判断していく潮流にシフトしようとする中で、企業は改めて個人データは消費者のものであるということを強く認識し、どのような価値・サービスとして消費者に還元できるかを示していかなければならない。企業側の意識や環境が変わっていくことで、消費者側の個人データ提供への抵抗感は、段階的に解放されていくものと考える。

・技:個人データの登録・共有や信頼性確保を実現する技術

消費者視点での個人データの提供・開示(登録の煩わしさ)においては、例えば、個人の預金や支払状況など至る所に散在している資産情報を、API(Application Programming Interface)連携を活用して一つのサイトに集約するサービスが既に登場している。またスマートディバイスによるQRコード読取も一般化してきており、個人データの簡易的なやり取りを後押しするだろう。さらには画像認識技術も高度化してきており、消費者自身がアクションを起こさずとも、インターネットを介してカメラの映像から利用状況を分析するといったことも現実的に考えられる。、企業においては、自社内で取得できる情報だけでなく、他業種との連携なども通じて消費者の生活の一部となるようなプラットフォームをいかに構築していけるかが重要であると考える。

また、個人データの円滑な流通・利活用のためには、データ項目や構造、APIの標準化、データの精度(鮮度)・真正性の確保などが必要となる。データ流通やデータ保管・分析のアーキテクチャ構築はクラウドサービスやブロックチェーンなどのテクノロジーの活用で現時点でも十分対応可能である。

・体:ビジネスモデル

企業が個人データの利活用を推進しようとする場合、いくつかの選択肢がある。個別サービスごとに取得可能な個人データの幅を増やす、グループ企業間連携、異業種企業間連携、近年では広告代理店や信託銀行等が手掛ける情報銀行の活用という選択肢も出てきている。持続可能なビジネスモデルを目指したときに、いかなる選択肢を取るべきか、判断軸は取得する個人データにより、どのような便益を消費者に提供できるかという点が改めて問われているのだ。「心」で挙げたように、ビジネスモデルとしての成功は、継続的に消費者が魅力に感じる便益を提供し続けられることが前提条件となる。

第2章:製造業へのインパクト

昨今、とりわけ製造業では“モノ売り”から“コト売り”へのシフトが叫ばれている。 すでにBtoBの世界ではコト売りの成功事例が散見される。工作機械メーカーが開発した建設機械の稼働情報を遠隔で一括管理するシステムや、通信会社がオフィスのIT活用を一括管理するようなサービスが代表例として挙げられる。 さらに、個人データを提供・開示することで利用できる新サービスの意向について、官民データ活用推進基本計画実行委員会による調査(※1)では自分にとって日常的な特典や利便性のあるサービスには、4割を超えるサービス利用意向が示されている。このことからも今後BtoCの世界においても個人データの活用を起因として、コト売りがさらに加速していくことは間違いない。では、前述した“心技体”の醸成がされることで、具体的にはどのような新サービスが考えられるだろうか。

例えば、保有する衣服の情報に基づくコンシェルジュサービスが挙げられる。 カテゴリー、ブランド、サイズ、素材、写真画像、購入価格など、ワードローブにある、あらゆる衣類や装飾品類の情報を登録してもらうことで、日々の生活シーンでは、着回しコーディネートの提案から不要な(利用頻度の低い)衣服の買取り提案、購入シーンでは、自分にあったサイズや色、在庫がある商品のみのレコメンドや、既に持っている商品に似た商品を手に取った際にはアラートを出すといったサービスが提供されれば、消費者にとっては大きな便益となるかもしれない。衣服の情報や利用頻度は、わざわざ全てを自分で登録せずとも、カメラ映像やSNS画像などの分析技術も活用可能と考える。企業側(アパレルメーカー)は、それらの情報を活用することで、従来の“衣服を売る”というビジネスに留まらず、消費者への提案サービスを、“暮らしを豊かにする”という観点などから新たな価値提供を試みても良いのではないだろうか。

続いて、複数の家電情報を一括管理できるサービスだ。 保有している家電製品の情報登録や使用情報の収集を消費者に許諾してもらうことで、故障やメンテナンス時の一括一次受付や、メーカーからの保証期間延長、周辺機器購買時のクーポン、家電の使い方サポートなどを提供するサービスが考えられる。もちろん情報の登録作業も、QRコードや製品そのものを撮影するだけで容易に登録完了できるなどの工夫は必要となる。企業側(家電メーカー)にとっても、これまで自社製品の愛用者登録情報などしか取得できていなかった状況から、他社製品の保有情報や各機能の使用情報等が得られるようになる。ライフスタイルやライフステージごとに、メーカーや製品、機能に対する嗜好を把握できれば、モノ作りに対するアプローチやそれに伴う投資の考え方が従来とは異なるものになるだろう。

第3章:個人データ活用による今後の企業経営の可能性

企業が提供すべきはモノの価値だけに留まらず、そのモノをいかに消費者にとって効果的・効率的に利用してもらうかといったサービスだ。第2章に挙げたように、業界・業種に縛られず提供していくことが問われており、事業ドメインの転換すら迫られる契機にもなりうると考える。

また、不変と思われていた日本の製造業の技術開発を軸とした業務プロセス(商品企画開発、購買、生産、販売、マーケティング、アフターサービスなど)にも、個人データが与える影響は大きいだろう。例えば、製造業における需給予測精度の向上は、常に追求しつづけなければならない課題である。個人データを通して、誰が・何を・いつ欲しているかの情報が把握できれば、個人データの収集・分析機能と共に生産販売計画を自動化し、廃棄ロスの削減、もっと言えば在庫を持つ必要がなくなるような可能性すらあるかもしれない。また、既存製造業のプロダクトアウト思考のモノづくりから抜け出すことで、これまでの莫大なマスマーケティング費用は不要となり、本当にターゲットとすべき特定の個人へ集中的にリーチしていくなど、費用の使い方が大きく変わっていくことも考えられる。

消費者の価値観が変わりやすく多様化している状況下においては、企業経営はまさに消費者に寄り添っていくべきである。個人データは消費者と企業経営を繋ぎ続けられる唯一無二の情報である。これまで通り、製品の差異化に固執してタフなグローバル競争を戦い続けるのか、個人データという新たな武器にも着目し、消費者に新たな価値・サービスを創出していく道も探求していくのか、本稿をきっかけに考えていただけると幸いである。

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