企業価値を向上させるESG指標TOP30
~ESGを起点としたデータドリブン変革の実現に向けて~

2022年6月20日

1. ESGと企業価値の関係性を分析する「ABeam Digital ESG Data Analytics」

ESG(環境、社会、ガバナンス)やSDGsの重要性は年々高まり続けている。この動きの中、いま企業は財務のみではなく非財務にも注目し、ESGをはじめとするマルチステークホルダーへの価値提供を中心とした事業への転換や、自社のESGと企業価値との関係性の積極的な開示を進めている。その一方で、ESGの開示に対するガイドラインなどが複数乱立する中、自社のESGの価値を定量的に説明し、説得力のある訴求を実現できている企業は少ないのが現状だ。
そこで、アビームコンサルティングでは、社内外のESGデータを管理・活用できる「ABeam Digital ESG Platform」を提供し、ESGと企業価値の関係性を定量的に可視化することで、実効性のあるESG経営の実現を支援している(図1)。


図1 ABeam Digital ESG Platformの構成

図1 ABeam Digital ESG Platformの構成

「ABeam Digital ESG Platform」は、ESGデータの収集を行う「Data Connection」、ESGと企業価値との関係性を分析によって解き明かす「Data Analytics」、ESGデータを可視化する「Cockpit」で構成されている。その中の「Data Analytics」では、社内外から収集した過去データを用いてESGを定量的に分析し、ESGが企業価値にどのような影響を与えるかを解明しており、すでに数十社の日本企業がこの取り組みに着手している。
「Data Analytics」で実行する分析手法の1つである俯瞰型分析は、早稲田大学客員教授の柳良平氏が提唱する「柳モデル」※1に従ってESGと企業価値との関係性を分析する。「柳モデル」では、上場企業の時価総額のうちPBR(株価純資産倍率)の1倍までにあたる部分は財務資本が影響しており、1倍を超える部分はESGをはじめとする非財務資本が付加価値を与えていると考える。「ABeam Digital ESG Data Analytics」で実行する俯瞰型分析では、財務資本の代表値としてのROEがPBR(≒企業価値)へ与える影響を調整し、非財務資本(≒ESG)とPBRとの相関性を分析する。また、ESG活動が企業価値向上に影響を与えるまでに数年のラグ(遅延浸透効果)があると考え、ESGが何年後のPBRと相関するかを併せて分析する(図2)。


図2 俯瞰型分析検証イメージ

図2 俯瞰型分析検証イメージ

 

2. 日本企業の企業価値を向上させるESG指標TOP30

2-1.ESG潮流を反映する「日本企業の企業価値を向上させるESG指標TOP30」

アビームコンサルティングが上述の「柳モデル」を使用して過去に実施してきた日本企業の分析結果をまとめると、多くの企業で企業価値と相関が認められやすいESG指標が明らかになってきた。その上位30指標をご紹介する。

順位 ESG区分 ESGトピック 指標名(一般指標名に統合) 単位
1 E 循環型社会の実現 原材料使用量 t
2 S 従業員の採用 キャリア採用数(男性)
3 S 従業員の採用 キャリア採用数(女性)
4 S 従業員の定着 退職者数/離職者数(女性)
5 S 人材の登用 新規管理職登用数
6 S 人材の育成 総研修時間 時間
7 S 知的財産の獲得・保護 登録特許件数
8 S 労働災害の防止 労働災害度数率
9 E 循環型社会の実現 産業廃棄物排出量 t
10 E 循環型社会の実現 リサイクル率
11 S 地域社会との関わり 工場・ミュージアム・ショールームなどの見学来場者数
12 E 循環型社会の実現 排水量 m3
13 S 従業員の採用 社員数
14 E 循環型社会の実現 紙消費量 t
15 S 仕事と育児の両立 子の看護休暇取得者数
16 E 気候変動への対策 CO2排出量-スコープ2 t-CO2
17 S 仕事と育児の両立 育児休職取得者数(女性)
18 S 仕事と育児の両立 育児短時間勤務利用者数
19 E 循環型社会の実現 グリーン調達率
20 E 大気汚染物質の排出削減 NOx排出量 t
21 E 気候変動への対策 CO2排出量原単位 t-CO2/円
22 S 従業員の定着 退職者数/離職者数(男性)
23 S 従業員の採用 女性採用比率
24 S 人材の育成 海外トレーニー制度利用者数
25 S 人材の育成 従業員一人あたり研修費用 円/人
26 S 人材の育成 従業員一人あたり研修時間 時間/人
27 S 労働災害の防止 休業災害度数率
28 G 役員体制の強化 社外監査役人数
29 E 気候変動への対策 電気消費量 kWh
30 S 従業員の採用 障がい者雇用率


当ランキングは、アビームコンサルティングが過去に分析を実施した数十社の日本企業のESG指標を、企業価値と有意かつ望ましい相関※2が検出された割合が高い順に並べたものである。指標の詳細の定義は各社によって異なるが、該当するESGトピックやその指標の意味から、同類と考えられるものを一つの指標として取りまとめて集計した。
ランクインした指標を確認すると、既にESGの活動を測るものとして定番の指標が多数を占め、日本企業が意志を持って取り組んできた活動が、外部のステークホルダーの期待意識と一致していることが確認できる。これらの活動は、企業価値向上のためには最早どの企業も必ず取り組むべき重要な活動であると言える。

しかし、定番の指標がランクインしつつも、近年の潮流をも反映している点が当ランキングの興味深い点である。
指標全体の割合としては従来注視されてきた環境領域や人的資本関連の指標が多いが、「工場・ミュージアム・ショールームなどの見学来場者数」(11位)といった、近年重要性が高まっている「関係資本」関連と捉えられる指標も見受けられる。本指標を「地域社会との関わり」の一つとして見れば、日本企業の生い立ちを考えると古くから重視されてきた概念ではあるが、一時はその関わりの希薄化が指摘されていた中で、広義のステークホルダーエンゲージメントとして再度重要性が高まっている注目のトピックである。

このように、当ランキングが示す指標には総じて、企業側の意識とそれを受け取るステークホルダー側の意識の変化が反映されている。特に、多くの指標がランクインしている環境領域・人的資本のトピックについては、その詳細からさらに興味深い結果が見えるため、以降で考察を述べていく。

2-2.環境領域における重要指標とその考察

環境領域においては、15位以内の指標と16位以下の指標で、くっきりと潮流が表れている。特に、15位以内の指標は「循環型社会の実現」に関する指標、16位以下に「気候変動への対策」に関する指標が多く登場するという特徴がみられる。

■ 循環型社会の実現
環境領域における15位以内の指標は、そのすべてが「循環型社会の実現」に関する指標である点が特徴的である。資源の有効活用という概念は古くから存在するものの、「そもそも廃棄物や汚染を生み出さないデザイン」を原則とするサーキュラーエコノミーの概念は比較的新しい。「原材料使用量」(1位)「産業廃棄物排出量」(9位)「リサイクル率」(10位)といった上位の3指標は、まさにこの原則に則った考え方を示しており、企業が早々にこの概念を生産現場に反映・実現した結果が、ステークホルダーの認識と合致し、ランキングにも反映されていることが見てとれる。

■ 気候変動への対策
16位以下の指標を確認すると、気候変動対策という世界的な潮流を反映する結果となっている。
中でも、代表的なCO2排出量を示す指標は、その発生元によりスコープ1~3に区分されるが、他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出を示す「CO2排出量-スコープ2」(16位)が最も上位にランクインした。これは、各社で対策の検討が進められているスコープ2※3において、既に多くの企業で企業価値向上に貢献することが実証されたと言える。一方、イニシャルコストの大きさなどの課題により対策の検討が難航しているスコープ1、3※3はランクインしておらず、スコープ2と比べると企業価値向上の貢献に遅れを取っているとも考えられる。「CO2排出量原単位」(21位)がランクインしていることから、効率的なCO2排出量の削減も非常に重要であるが、今後のさらなる企業価値向上のためには、スコープ1・3に対する対策でいかに価値を発揮できるかが鍵となるだろう。

2-3.人的資本関連における重要指標とその考察

人的資本に関連する指標は、様々な活動がランクインしている。特に注目するトピックは「従業員の採用」「従業員の定着」「人材の育成」の3点であり、この人材フロー(採用→定着→育成という流れ)の中でダイバーシティ&インクルージョンに関わる考察が見えてくる。

■ 従業員の採用
まず「従業員の採用」においては、性別を問わず優秀な人材を獲得することが重要であると示唆される。特に、「キャリア採用数」(2位/3位)の指標で男性・女性が並んで上位にランクインしていることが特徴的だ。また、女性の採用に関しては「女性採用比率」(23位)がランクインしているが、実数値をみると、日本企業においてその値が50%に達する企業はまだ少ないのが現状である。このことからも、性別を問わない採用の実現を目指す重要性が認識できる。また、当ランキングでは女性の採用に関する指標がランクインしているため性別に着目して言及したが、これは複数社の結果を総合した結果にすぎない。企業は性別に限らず個社の状況に応じて多様性を考慮し、今までリーチできていない層からも積極的に優秀な人材を獲得していくことが重要だろう。

■ 従業員の定着
一方、「従業員の定着」に関する指標では、性別により順位に差が出ている。「退職者数/離職者数」は男性よりも女性の指標がより上位にランクインしており、企業は特に女性の人材をいかに定着できるかが重要であると考えられる。そして、その第一歩となる活動として、「仕事と育児の両立」があげられる。TOP30にランクインした指標の中には「子の看護休暇取得者数」(15位)、「育児休職取得者数(女性)」(17位)、「育児短時間勤務利用者数」(18位)など、女性の定着とは切り離すことができない指標が多く含まれる。このことからも、企業は女性が働きやすい環境を整備し、実際に活用できる環境・風土を醸成していくことが重要であると言える。
また、「仕事と育児の両立」は女性だけではなく、すべての従業員の働きやすさに関係する。「子の看護休暇取得者数」(15位)、「育児短時間勤務利用者数」(18位)は、女性に限らず全社合計数の指標がランクインしており、女性が働きやすい環境の整備が、すべての従業員にとって働きやすい環境へつながっていると捉えられる。まずはどの企業においても、「仕事と育児の両立」を実現し、女性の定着を進めていくことが、企業価値向上への土台となるのではないか。

■ 人材の育成
「人材の育成」という観点では、「総研修時間」(6位)や「従業員一人あたり研修費用/時間」(25位/26位)といった指標がランクインしており、育成の重要性が示された。特に、「海外トレーニー制度利用者数」(24位)は、グローバル人材の育成といった具体的なトピックに対しての潮流を反映している点が興味深い。一方で、アビームコンサルティングが過去に実施してきた分析の中では、人的資本に関してこれ以上に詳細なKPIを設定し、定量的な情報が収集できている企業はまだ多くはない。研修や育成に対しても本来は従業員の属性ごとに方針や目的、それを達成するための施策があるはずで、それを受けとる側の成長も併せて、属性ごとに細分化して成果を確認していくべきである。これは人材の育成に限った話ではなく、人材フロー全体、ひいては企業活動全体で、一貫して施策と効果の繋がりを確認していくべきと言えるだろう。

 

3. ESGを起点としたデータドリブン変革へ向けて

上述のように、過去に実施した数十社の分析結果から、企業価値の向上と望ましい相関が検出されやすい指標と傾向が明らかになった。これらはいずれも多くの企業で企業価値向上に貢献することが実証されており、どの企業においても取り組むべき重要な指標であることは否定の余地がない。

一方で、各社の個別の分析結果を確認すると、ランキングに登場した指標が必ずしも自社の企業価値と相関が認められるとは限らない。企業によっては、ランクインした指標でも望ましい相関が検出されない場合もあれば、逆に上記以外の指標で企業価値と望ましい相関が認められるケースもある。これは、業界や事業内容、重要なステークホルダー、ESG活動の取り組み状況など、各社個別の背景が影響している。

さらに言及すれば、俯瞰型分析は過去のESG活動から企業価値向上との相関を分析する手法であり、一社の中であっても取り組みが変わり新しいデータが蓄積されれば、結果も変わりゆくものである。これからの自社の活動次第で企業価値との関係性がどのように変化していくかは、継続して分析することでモニタリングしていく必要がある。また、さらに詳細に個社の状況を把握し課題を発掘していくには、それぞれのESG活動間で与える影響や、ステークホルダーの属性ごとの価値に焦点を当てた分析も必要である。

アビームコンサルティングでは、ESG活動による価値の連鎖を解き明かす「価値関連性分析」や、マルチステークホルダー価値に焦点を当てた企業変革を推進する「Value Tree Analytics」など、複合的な視点から企業価値の向上を支援するアプローチを用意している。
日本企業の更なる価値向上を実現するには、様々な分析によって自社の内部に埋もれている価値を発掘し、自社にとって本当に重要な活動を見極めて注力していくことが重要であり、散在するESGデータを広く収集・管理し、継続的に分析・モニタリングできる体制の整備が不可欠である。「ABeam Digital ESG Platform」は一連のデータ管理と経営判断に必要な要素を提供し、真に実効性のあるESG経営を運用可能とすることで、クライアントの企業価値の向上を後押ししていく。ESGデータを単なる開示の一要素とするのではなく、その数字が持つ意味を紐解くことが、真の意味でのデータドリブン企業変革に繋がる一歩となるだろう。

  • ※1 【参考文献】柳良平(2021)『CFOポリシー第2版』中央経済社
    ※2 有意かつ望ましい相関とは、ESG KPIの値が目指すべき方向に推移した場合にPBRの向上と有意な相関性が認められた関係性を指す。例えば、CO2排出量は減少、女性管理職比率は増加を目指す指標と考えられる。なお、当プロジェクトの有意水準はp値0.05未満、かつ自由度調整済決定係数0.5以上である。
    ※3 CO2排出量はスコープごとに対応の検討状況が異なっており、検討が進むスコープ2に対し、スコープ1、3は対策検討の遅れが指摘されている。詳細は当社発行のホワイトペーパー「エネルギー需要家企業におけるGX(グリーントランスフォーメーション)実現に向けて」を参照。

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