金融機関における経費業務の
デジタライゼーション

~電子化・ペーパレス化の新展開~

2023年1月19日

1. 経費業務のトレンド
~電子帳簿保存法改正・インボイス制度対応で加速するデジタル化~

COVID-19の影響により、リモートワークが推進され、コア業務のデジタル化やオンラインで執務するためのインフラが整備され、ニューノーマルな働き方が定着しつつある。
しかし経理業務  では、紙の請求書の受領、申請・承認時の押印、決算処理、小口現金の管理など物理的な出社が残り、コア業務に比べると対面を前提としたオペレーションが残っているケースが見受けられる。
加えて、経理業務では、労働人口の減少に伴うリソースの減少、社会のデジタル化を受けた法改正などの外部環境や、慢性的な労働力の不足から効率的なリソース配置・活用が各社で求められている内部環境のトレンドもあり、場所を選ばない業務運用のためのペーパレス化やデジタル化が迫られている。

経理業務においてデジタル化の必要性を認識した契機として、2021年度の税制改正による電子帳簿保存法とインボイス制度を挙げておきたい。本インサイトでは、あらゆる企業の従業員に影響するであろう経費領域(請求・立替)の業務改革にフォーカスし、次いで金融機関ならではの経費業務の特徴や、今後の変革の方向性について述べていく。

まず、2021年度の税制改正による電子帳簿保存法では、帳簿書類の電子的保存に関するスキャナ保存の大幅な要件緩和と電子取引における電子データ保存の義務化がなされた。これまでの法制度下では手続きの手間や厳しい電子化要件があり、広くペーパレス化は浸透したとは言えない状況であったが、本改正を契機に、本格的に電子保存に向けた検討や導入に踏み切るケースが増えている。
また、2023年10月には、適格請求書等保存方式(以降、インボイス制度)が導入され、今後は仕入税額控除を受けるためには、条件を満たす適格請求書の発行と保存が求められるようになる見通しである。

インボイス制度では、紙の請求書と電子請求書が認められているが、国際標準規格「Peppol」をベースとした国内標準規格「JP PINT」のデジタルインボイスの普及が注目されている。「Peppol」は、請求書などの電子文書をネットワーク上でやりとりするための世界規格で、売り手のシステムから買い手のシステムへ自動連携することを想定したプロトコルである。それらを日本の標準仕様としたものが「JP PINT」として提唱されており、主要な電子請求プラットフォームが対応を表明している。こうしたプロトコルの浸透とインボイス制度導入を併せて俯瞰すると、複数税率の計算や適格請求書か否かの取り扱いなど、電子化していないオペレーションが例外的なものとして切り出されて残っていく可能性は高いと言えよう。一方で、標準化された電子請求書の活用浸透により、将来の取引慣行への適応や、計算・確認がシンプルになることに加え、請求・立替処理を行うシステムと会計・税務システムの間でのシームレスな連携が期待されている。

これら電子帳簿保存法の改正とインボイス制度の導入に伴い、経理業務はデジタル化の流れを無視できない状況である。直近で、特徴的なソリューション機能の一例を紹介する。

① Back to Backでの取引明細取得の浸透
従来の経費業務では、取引の実在性を紙の請求書や領収書に依存していたが、現在は取引明細を過不足なく経費精算システムに取り込む仕組みの浸透により、担当者が証憑を取得しない運用も可能となった。例:法人カード決済、旅行代理店との取引、交通系ICカード乗車、レンタカー、タクシーアプリなど

② AI-OCR
電子取引に寄せきれない取引における紙の請求書については、AI-OCR機能という文字認識スキャンを用いて、紙を電子化するスキャナ保存が可能となった。従来のOCR機能は、発行元によって異なるフォーマットの文書の取り扱いに制約があり、実運用上の課題があったが、AI-OCRでは、機械学習によりフォームの柔軟性が向上している。また、OCR機能に対応した専用アプリのカメラを利用して、経費の必要項目が自動で入力され、経費システムでのレポート作成そのものが簡略される「入力レス」も実現できる仕組みも登場している。これらを活用することで申請者の入力を省力化し、ヒューマンエラーを防ぐため、承認のチェックを大幅に簡素化することが期待できる。

③ 電子帳簿保存法に対応した電子化機能
複合機やスマートフォンで撮影により電子化した領収書、電子の請求書では、電子帳簿保存法に対応した経費精算システムで申請することで、法令要件を満たしたタイムスタンプなどの付与が行われたうえでのペーパレスを実現できる。
システム上で経費申請を行うため、申請者・承認者共に、時間・場所を問わない手続きが可能となり、証憑類の物流が発生しない。

2. デジタライゼーションと「セルフサービス化」

経費精算において紙への押印といった従来のプロセスを実施している企業では、担当者と事務担当者の連携も紙の指示書や、対面、電話でのコミュニケーションをベースとした業務プロセスとなっていることが多いため、検印や確認のコミュニケーションに時間を要しているのが現状である。また部署の総務担当者などが各部の経費事務をサポート(とりまとめ)し、部員への指導や事務の代行をしているケースも散見される。

そのため、経費申請のデジタル化にあたっては、紙の領収書を電子化する単なるデジタイゼーションでは、経理担当者の業務負荷は変わらないものとなる。経理業務の効率化を成し遂げるためには、経費承認まで、人の手を介さず、申請者や経理担当者自身で自走できるような「セルフサービス化」への転換が必要となり、経理業務全体の業務プロセスの改革が必要だ。ここでは、電子帳簿保存法対応の経費精算システムを活用した「セルフサービス化」への要点を考察していく。

① 経費使用の決済手段の再考
経費使用時は、従来の現金での個人立替から、法人カード・交通系ICカードのキャッシュレス決済へシフトし、可能な範囲で利用明細をバックトラックできる手段の利用を奨励することが求められていくだろう。
電子取引では利用明細がデータで連携されるため、経費精算システムへの自動取り込みにより経費申請者の入力負荷が大きく軽減されるだけでなく、管理者の立場でも、システム上にデジタルデータとして証憑が保存されることによる利便性に加え、明細が過不足なく取り込める仕組みであれば不正申請の余地を極小化させるため、統制面の向上も期待できる。

② システム制御の最大限の活用
人の手で入力すべき項目については、必須項目への設定・自動計算機能を用いて、ヒューマンエラーを最小限に防ぐ仕組みが有効となる。
また、上限金額を超過する申請など制御すべき項目においては、システムのチェック機能を設定して、物理的に申請させない、また申請前に警告させるなどルール・運用を気づかせる仕掛けを用意する。これらにより、差し戻しの負荷軽減、承認観点や承認フローがスリム化され、経費管理者の負荷軽減と統制面の深化に繋がっていくものと考える。

③ 自動化・省力化を前提とした、わかりやすい標準業務設計
先進的な経費申請システムや電子取引の導入の際には既存の業務にとらわれず、セルフサービスを前提とした全社員が習熟しやすい業務を目指す必要がある。そのためには、企業のビジネス特性に応じた経費科目設定や、シンプルな承認フローなど、わかりやすく使いやすい業務設計を行うことがポイントである。ここ5~7年でクラウド型の経費精算ツールや電子請求システムが一定の広がりを見せ、オペレーションの標準像がある程度見えてきた今の段階では、個社要件やシステム外の運用は最小限にし、デジタライゼーションの恩恵を享受しやすいモデルに移行することが推奨されるだろう。
その上で、標準化のもう一つのメリットとして、アウトソースへの移行障壁が少なくなる点も付言する。紙類の物流がなく、かつ適切な標準化がなされたオペレーションは、担い手を選ばないものとなるからである。結果、特にバックオフィス側の業務をプロセスごと自社から切り出してBPOに移行し、本業へのリソースシフトを図るケースも増えており、この流れは続くと考えられる。

上記3点のポイントを押さえたうえで経費精算業務をデジタル化することで、ペーパレス化に留まらずレガシーなプロセスに従事していたリソースの解放や、内部管理・統制のレベルアップにも寄与するものと考えられる。

3. 金融機関が直面するデジタライゼーションの障壁

金融機関特有のポイントについて、さらに考察したい。お客様の金銭を取り扱う金融機関は、他の一般事業会社に比べ、高いレベルの内部管理を自らに課してきた。  多くの金融機関では重層的な検印体制の下、「紙文化」「印鑑文化」「再鑑文化」の企業文化が根強く残る。例えば、請求書の受け入れ・個人立替経費とも、複数の承認・検印などの事務処理が規程で定められているだけでなく、ごく少額の利用であっても事前申請が必要であったり、証憑の要件に高いハードルを課していたりするケースが多く見受けられる。これらの堅確さを維持したまま、ユーザビリティの向上やオペレーションの効率化を図っていくことは難しく、本業ではない間接業務ということも相まってデジタライゼーションが遅れがちな領域になっていたと考えられる。

また、外回りの多い営業部門や、購買活動の多い部署では、経費を執行した本人が経費精算・請求書受け入れの事務を行わず、部署の総務担当や秘書担当が集中的に事務を代行するケースもあるだろう。社内規程や運用に熟練したスペシャリストが経費処理プロセスを代替することで、費目の判断や特例処理などに複雑な事務が残っていても、適確な処置が維持可能となっていたが、こうした取り扱いは、デジタライゼーションの進展に伴い、執行当事者が自ら事務を行う方式へ転換を求められている。

さらにデジタル化を進めるにあたっては、金融機関の経費業務は勘定系システムと一体的に構成されていることが多く、このことも金融機関がレガシーなプロセスを継続している一因と言えそうだ。特に一部の金融機関では、請求書および立替経費の送金処理を、勘定系システムに伝票を起票して打鍵することで実施しているケースも見られ、汎用機能を利用して従業員口座へ送金している運用も散見される。こうした勘定系システムの運用に依存した業務は、デジタライゼーションの進展や最新の標準業務の取り込みが難しくなるだけでなく、過剰な堅確性を排除できなくなる潜在的な背景となり得るため、金融機関固有の課題として残存するものと考えられる。

4. 変革の将来

経費業務のデジタライゼーションは、ここ5年ほどで大手企業を中心に取り組みが始まり、段階的に標準的なプロトコルや製品が定まり、局所的な対応から業界横断的・面的な浸透に移行しつつある。COVID-19との闘いを経て、デジタライゼーションに対応してきた企業とそうでない企業に明確な差が出始め、人員の採用や従業員のリテンションにおいて、デジタル後進的な企業に厳しい評価が下される傾向も出てきている。また、紙で処理されていたものが電子化されたということは、間接購買にかかるデータが構造的に収集できる基盤が構築されたという側面も持ち合わせており、データドリブン経営の一要素をなすものと捉えることができるだろう。

データに蓄積された経費の履歴は、様々な分析と経営管理高度化への応用が可能である。例えば、トップラインと経費のバランスをセグメント単位で比較・追跡することで、より効果的な経費の執行を検討することができるほか、購買データの構造化・精緻化により品目ごとに適正な調達価格のコントロールにもつながる。

特に金融機関においては、貸出の金利収入を考えた場合、採算管理はトレジャリー部門との仕切りレートに多くを依存しているが、経費データの蓄積と間接コストの適切な賦課により、より精緻な採算の把握も視野に入る。コンプライアンス面では、AIを活用した解析により、不正な執行を割り出すことも可能になる。こうしたデータドリブンな経営コントロールこそが、単純な伝票類の電子化の先にある次なる変革テーマであり、さらなる競争力向上のためのアクションになり得るだろう。

金融ビジネスにはデジタル技術を活用した異業種参入が続いており、地域に根差した基盤を持つ金融機関であっても、相続などのイベントをきっかけに資金流出を招くケースも増えていくと想定されている。本業のビジネス変革に割く経営資源の創出といった観点でも、間接業務かつ標準化余地の大きな購買・経費領域のデジタライゼーションは一層重要な取り組みになっていくと言えるだろう。
アビームコンサルティングでは、こうした変革をスピーディーに実現させるために、請求書DXや経費精算DXの実現を支援するサービス  などを提供しており、クライアント規模や業種・業態に応じた変革を提案している。金融機関における上記の特徴を踏まえ、実績あるソリューションを提供することで、変革の実現を支援していきたい。  

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