アビームコンサルティングでは、通信事業者がDXを軸とした次世代型サービス提供を考えた場合に有望な領域を見出すにあたり、大きく下記のようなクライテリア(評価基準)があると考えている。
① 新技術(5G/IoT/AIなど)による業務高度化・業界変革が期待できること (新技術との親和性)
② 業務改革に対する切迫感が高い領域であること(業務改革の緊急性)
③ 市場規模が大きいこと
上記のクライテリアを踏まえて昨今の環境を見渡した場合に、日本社会の課題感と業界従事者の課題感、さらにDXソリューションを推進したい通信事業者の思惑とが合致する領域、すなわち通信事業者のDX支援対象として有望な領域の一つとして浮かび上がってくるのが「医療・ヘルスケア」だと考えている。同領域の現状と、上記のクライテリアとを照らしながら概観してみよう。
まず「①新技術(5G/IoT/AIなど)による業務高度化・業界変革が期待できること」であるが、現在日本の医療機関はICT化が非常に遅れている領域の一つとされている。電子カルテやコミュニケーションツールといった最低限のツールでさえ普及が進んでいるとは言えない状況である上に、情報が医療機関内で閉じているために患者個人や他機関との連携が紙やFAX・CD-ROMといった前時代的な媒体でなされている。個人にまつわる各種のデータがアナログの状態で散逸的に収集・使用・管理されているため、「複数の情報から患者個人の症状や治療法を見出す」ことは完全に医療従事者の力量に委ねられており、結果として現場業務は過度に労働集約的になっている。
次の「②業務改革に対する切迫感が高い領域であること」について、政府は「健康寿命の延伸」を大目標に掲げつつ、前述のような現場業務のひっ迫にも照らし、医療現場でのICT技術活用により医療の効率や質を向上させる「医療DX」を本格的に推進すべく検討に着手している。
「健康寿命」とは、日常的・継続的な医療・介護に依存せず、自分の心身で生命維持し、自立した生活ができる生存期間を指す。2016年における平均寿命と健康寿命の差(つまり人が寝たきりになるといったような自立した生活のできない期間)は男性で8.84年、女性で12.35年であった。健康寿命を延ばすためには「健康維持・管理は医療機関にお任せ」という従来の考え方はもはや通用しない。「日常生活全般を医療・ヘルスケア行為につなげ」つつ「病気を未然に防ぐ」など、生活活動全般を通じた健康維持向上が不可欠との考え方が一般的になりつつある。
こういった生活活動・人生全般を通じた健康維持向上、言い換えれば次世代型の医療・ヘルスケアを実現するうえでのインプットとなるのが生活者のデータであり、これを適切に分析し健康維持・向上活動にフィードバックすることがこれからの医療・ヘルスケアの基本となる。そのためには、あらゆるデバイスから吸い上げられるこれら膨大なデータに、必要な医療・ヘルスケア従事者が適切にアクセスでき、適切に閲覧・編集できるようなデータプラットフォームが必須である。これらのデータは秘密性が高いうえ、画像を多く含むこともあり多くの場合大容量となる。また人々の日常生活全般からデータを吸い上げることを想定すると、あらゆるデバイスをシームレスに接続するしくみが不可欠である。
しかしながら①で概観した通り、日本の医療機関はICT化が非常に遅れており、そういったプラットフォームを構築する素地が整っていない。そこで政府主導による「医療DX」推進、つまり各種データとICT技術を駆使することにより、診療・治療などの業務や医療機関のビジネスモデルや業務プロセス、組織文化や風土を変革し、課題の解決を目指そうとの動きが出てきた。政府は全国医療情報プラットフォームの創設や電子カルテアプリケーションの標準化といった一連の施策を通じ、保健・医療情報の利活用を積極的に推進して、次世代型医療を早急に実現したい考えである。
最後の「③市場規模が大きいこと」について、経済産業省では、公的保険外サービス産業群をヘルスケア産業と総称しており、2025年までに約33兆円規模に成長するものと見込んでいる。なお、経済産業省は「医療・介護」と「ヘルスケア」を下記のように定義している。
- 医療・介護(公的な医療保険・介護保険の対象となるもの):医療機関による医療サービス、医薬品、医療機器、介護関連機関による介護サービス、介護・福祉用具
- ヘルスケア(公的な医療保険・介護保険の対象とならないもの):健康保持・増進に寄与するもの(運動、衣食住、睡眠、健康経営など)、患者/被介護者の生活を支援するもの(民間保険、患者/被介護者向け各種商品・サービスなど)
既述のクライテリア①・②・③は、図2のように整理される。