保険毎日新聞:持続的成長と社員のための四つの視点 企業風土・仕組み・業務プロセス・情報技術が重要に

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2017.12.01
  • 保険

アビームコンサルティング 、金融・社会インフラビジネスユニット シニアマネージャー 阿部 司が、株式会社セールスフォース・ドットコム エンタープライズビジネス本部 執行役員 セールスエグゼクティブ エロン スナンドー氏と共同で、保険毎日新聞へ『持続的成長と社員のための四つの視点 企業風土・仕組み・業務プロセス・情報技術が重要に』と題し寄稿しました。

サマリー

近年、大手企業における違法残業問題が相次いで発覚し、企業の過酷な労働実態が明らかとなり、社会問題へと発展している。
政府は、2017年3月に働き方改革実行計画を取りまとめ、労働制度の抜本改革を打ち出した。
昨今、保険各社も取り組みに積極的で、残業上限規制、ノー残業デーなどの長時間労働の是正、在宅ワーク、サテライトオフィスの導入による通勤・移動時間の削減、子育て休暇、介護休暇など特別休暇制度の導入など、働き方改革に関連する言葉を目にしない日はない。
本稿では、現在、国を挙げて取り組んでいる働き方改革がどこに向かうべきなのかを今一度確認し、働く現場の実態に目を向けてそこに潜む問題点を明らかにした上で、労働者の立場に立った真の働き方改革について論じたい。

日本人労働の実態

厚生労働省によると、日本の労働者一人当たりの年間総実労働時間は、2015年には1734時間と3年連続で減少しており、1994年からみると約200時間も減少している。パートタイム労働者と一般労働者に分けてみると、パートタイム労働者の年間総実労働時間は微減で推移しているが、一般労働者の年間総実労働時間は2000時間前後で高止まりしている。
近年、パートタイム労働者の割合が増加傾向にあることから、日本の労働者一人当たりの年間総実労働時間の減少は、それによるものである。
では、なぜ一般労働者の労働時間が減らないのか。
日本経済団体連合会の調査によると、長時間労働につながりやすい職場慣行は、「業務の属人化」が27.3%と最も多く、「時間管理意識の低さ」「業務効率の悪さ」が続く。
そのほか、「残業が当たり前、美徳とする雰囲気」「過剰な品質追及」も長時間労働の原因に挙げられている。
「業務の属人化」を防ぐのは、基本的に管理者の役割であるが、「業務分担する人員の不足」「ノウハウを共有する仕組みの欠如」などの理由から、業務の脱属人化を進められず、労働時間が削減されないのではないかと推察する。
また、”従業員の意識”や”職場の雰囲気”を改善していくことも、労働時間の削減に不可欠であることが分かる。

アジア1位 シンガポールの働き方

世界の一人当たりの名目GDPをみると、日本は、経済協力開発機構(OEDC)加盟35カ国中22位、アジアの中では4位である。
アジアの中では、マカオを除くとシンガポールが1位で、日本の約1.3倍である。
これはシンガポールにおける富裕層割合が高いことが要因とも考えられるが、資源を持たない小国でありながら急速な経済発展を遂げていることから、日本が参考にすべき生産性の高い働き方のヒントがあると考える。
「人材サービス世界第2位のランスタッド(オランダ)が世界各国で実施した労働者意識調査によると、シンガポールと香港の従業員の83%が『終身雇用の概念はなくなった』と転職を当然と考えていることが分かった。(17年8月18日付 日本経済新聞)」という記事から、シンガポールでは、人材の流動が活発であり、職務上の役割が明確で、仕事内容や進め方が形式知化されている可能性が高いことが読み取れる。
また、根本的な考え方として、人生を豊かにするための手段として仕事があり、仕事のためにプライベートの時間を残業に費やすことはほとんどない。
シンガポールの雇用法において残業代の支払い義務は、月給が4500シンガポールドル以下の肉体労働者に定められており、シンガポールのホワイトカラーは、業務時間内に仕事を終わらせるために集中して仕事をこなしている。

本質的な働き方改革への四つの視点

保険会社には、持続的な成長とそれを支える社員のために、四つの視点からの自社の”働き方改革”を再度見直すことを期待する。

1. 文化・風土の視点:多様な働き方を尊重する企業風土の醸成

経営層は、残業時間の削減や特別休暇等の制度作りのみならず、「上司や同僚が働いているから」「評価に影響するから」という理由から長時間労働を行う社員の意識を変えるよう積極的に啓発していくことが必要である。
そのためには、経営方針に実現すべき働き方を明確に掲げ、経営トップから社内外に向けて継続的にメッセージを発信し、率先して取り組みを実践することが望まれる。

2. 組織・役割の視点:新しい業績評価と社員のライフスタイルに合わせたサービス提供

経営層は新しい働き方に合わせた業績評価の仕組みづくりを行うことが重要である。
多くの保険会社では、生産性やスピードなどの客観的指標がなく、成果に至るまでに費やした労力やチームワークを重視した業績評価を採用しているが、いよいよ成果主義を取り入れる時期が来たのではないだろうか。
成果主義の特徴は、職務上の役割・ゴールを明確にし、「ヒト」ではなく「仕事」を評価する点にある。
「どのような志向で働いているか」ではなく、「何を成し遂げたのか」で評価する。
ただし、業績評価に成果主義を取り入れるには、定量化された経営指標を各部門の職掌レベルにまで配分していく必要がある。
今後、成果主義を根付かせていくためには、先に述べた企業風土の醸成度を的確に測りつつ管理職以上の業績評価から導入していくことが望ましい。
また、今後ますます多様化する社員のライフスタイルに合わせて、タイムリーに活用可能な制度を提案する「会社と社員の1to1マーケティング」の仕組みを構築することが望まれる。
この仕組みは、社員一人一人の内定時から退職するまでをジャーニーと捉え、入社前、入社後の年次・期次でのライフスタイルの変化や、業務内容や役職の変更、心身の健康変化等のデータを一元管理し、活用可能な人事制度を会社から発信して、利用促進を図ることが目的である。
また、顧客の360度ビュー(全体像)を見える化するCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)の仕組みを社員向けの「ERM(エンプロイ・リレーションシップ・マネジメント)」に発展させる考え方でもあり、生産性を高いレベルに引き上げていくために、社員が会社と合理性を持って1to1で対話していくことを実現するものである。
特に、新しい世代の社員は、自分たちの働き方、学び方、興味を理解してくれることを期待していることもあり、ERMを取り入れていくことは重要と考えられる。

3. 業務プロセスの視点:コミュニケーション手段の変革と形式知化

経営層は、社員が成果を挙げていくための業務プロセス効率化の仕組みも提供する必要がある。
社員が担う必要のない単純な業務プロセスは、AI(人工知能)や、RPA(ロボティクス・プロセス・オートメーション)のような自動化ツールによる代替を進めている。
社員はこうした最先端のテクノロジーをうまく活用して生産性を高め、労働力をもっと顧客対応に割くべきである。
さらにコミュニケーションのやり方を変えていくことが必要である。
これを実現するためには、CRMと連携するサービスプラットフォームやSNSやコミュニティサイトなどのいわゆるコラボレーションや情報共有を行うためのテクノロジーを取り入れていくことも必要であると考える。
例えば、問い合わせが入った際に、顧客を待たせることは絶対に避けなければならないが、サービスプラットフォームで、対応する社員がこれまでの顧客の契約・保全履歴、営業やマーケティングなど他の部門とのやり取りを参照でき、FAQ集にアクセスできれば、顧客への対応が円滑に行われるに違いない。
また、SNSやコミュニティサイトを活用して、社員や社外の代理店と情報共有ができれば、業務プロセスはさらに加速する。
評判の良い企画書や報告フォーマットを誰もが利活用できるようSNSにアップすれば、それを活用した別の社員がさらにブラッシュアップしてアップしてくれ、個人の持つ暗黙知が形式知化されて、その会社、あるいはコミュニティの中で情報資産として蓄積されていく。
この取り組みは、デジタルネイティブと呼ばれる世代の社員を中心に進められるだろう。

4. 情報技術・インフラの視点:新たなセキュリティリスクへの対応

働き方改革は、新しい情報技術を活用して実現されることが多く、今まで想定していなかった不正アクセスや情報漏えいなどの情報セキュリティ対策が必要となってくる。
情報セキュリティ対策を行うにあたっては、情報セキュリティポリシーを定めに立場にある経営層が率先して取り組む必要がある。
大局的な立場から守るべき情報を俯瞰して捉え、セキュリティ脅威の所在がどのように変化するのかを定期的に見直し、監視し、必要に応じて追加の対策基準の策定を指示するという、継続的に情報セキュリティ対策を見直すことが望まれる。

これまで見てきたように、会社は、労働市場が変化する中でも事業を継続・発展させるためには、多様な働き方ニーズを持った社員を積極的に生かしていくことが必要となる。
そのためにも、社員がより良い将来の展望を持ち得るような時間をどれだけ確保できるのかが問われている。

著者プロフィール

阿部 司(あべ・つかさ)
アビームコンサルティング  金融・社会インフラビジネスユニット シニアマネージャー
外資系コンサルティングファームを経て、アビームコンサルティング株式会社入社。
保険業界を中心に、チャンネル戦略、オペレーション改革、アナリティスク、IT戦略・ITマネジメントなど広範囲の領域におけるコンサルティングサービスを担当。

エロン・スナンドー 氏
セールスフォース・ドットコム日本法人 エンタープライズビジネス本部において、執行役員として営業戦略を担当。20年以上にわたり、米国、香港、シンガポール、日本で多くの業界に携わりながらさまざまな担当を務めている。

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