「グローバルトップ10や財務諸表といった数字にばかり意識が向き、社会やマルチステークホルダーに対する価値が創出できず、株価がアンダーパフォームした」
このような苦い経験から、本質的な社会的価値と経済的価値を追求する経営方針に切り替えた企業があります。それは食品メーカー大手、味の素株式会社(以下、味の素)です。
味の素は2018年度から業績の伸びが停滞し、「2017-2019中期経営計画」の目標達成が難しくなりました。その理由を投資家だけではなく顧客や社会の期待に応えられていなかったことによるものだと分析し、経営層が主体となって「社会的価値と経済的価値の両立」を具体的に事業へ落とし込み、従業員へ浸透させることに邁進しました。同社はハーバード大学のマイケル・ポーター教授らが提唱するCSV(共通価値の創造)を基に独自のASV(Ajinomoto Group Shared Value)を掲げ、「食と健康の課題解決」というパーパスを起点とした社会的価値と経済的価値の両立を促進しています。
例えば、主力となる「食」と「アミノ酸」の知見をもとに自社製品を用いた献立を提案する「勝ち飯」は、人々のたんぱく質・野菜摂取量を2016年度比7%増加させ、健康なからだづくりと充実した生活の実現に貢献したと同時に、家庭用製品の売上2016年度比3%増を達成しています。このように実際の事業において二つの価値を両輪させることは可能なのです。
(引用・参考:Harvard Business Review 2021年10月号 「味の素が取り組むASV パーパスドリブン組織への変革で真のステークホルダー主義を実践する」)
いまや「SDGs」という言葉を目にしない日はないといっても過言ではないほど、社会課題解決に向けた取り組みは大きなトレンドとなっています。もともとSDGsとは2000年に設定されたMDGs(Millennium Development Goals)の後継目標として設定されました。MDGsでは「途上国の開発」に重きを置き、貧困撲滅や衛生問題の改善、教育など8つの目標が設定されましたが、その成果にはしばしば懐疑的な議論がなされました。例えば、最優先課題であった貧困・飢餓の撲滅については、1990年に比べ世界全体で貧困者比率は半減しましたが、その大半が中国の経済成長によるもので、依然として南アジアやアフリカでは貧困数は増加しています。さらにはMDGsでは気候変動という最重要課題について、「⑦環境の持続性確保」という抽象的かつ低優先度で目標設定がなされましたが、今この瞬間も海面は上昇し、いくつかの生物が絶滅し、感染症で亡くなる子どもが存在するのです。このように、MDGsに課題感が残る理由の一つとして、「主体が政府や国連であり、企業の経済活動の観点が含まれていなかった」という点が挙げられます。そのため、現代社会における企業の新たな命題は「社会的価値と経済的価値を両立した経営を行うこと」と言えるのです。そして前述した味の素の例が示すように、双方の価値の両立は企業価値そのものに影響を与えるものとなっています。