イノベーター育成のための「越境経験」をデザインするポイント

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2022.02.02
イノベーター育成のための「越境経験」をデザインするポイント

以前のコラム「イノベーターを育成するために「越境経験」が有効である理由」では、新規事業などの変革を起こすイノベーターを育成するために「越境経験」を積ませることが有効だとお伝えしました。当コラムで取り上げる越境経験とは、世代や組織、国などの境を跨いだ経験のことを言います。
今回は、イノベーター輩出につながる越境経験を、企業が自社の社員に対して、具体的にどのような視点で「越境プログラム」としてデザインしていくべきかについて考察していきます。 

執筆者情報

  • 迎 美鈴

    Senior Manager

「越境プログラム」を4つの要素から考える

まず、越境は大きく分けると、「世代」「部署」「国」「企業」の4つの要素に分類できると考えています。そして、どの要素を含むかによってプログラムが具体化・細分化されていくと考えています。
具体的な越境プログラムを例にとり、それぞれ、どの要素が関与しているのかを下図に示しています。越境する要素が多いほど、難度は高くなります。

図1 具体的な越境プログラムの例 図1 具体的な越境プログラムの例

次に、この中から、実際に越境プログラムを自社の人材育成に取り入れている企業の事例を見ていきましょう。

#4:組織横断プロジェクト
人材採用・派遣を行う株式会社学情では、※1若手社員10名を「青年重役」として選抜・任命しています。彼らは1年間、自社改善の検討を進め、改善施策を代表取締役へ上申します。上申内容は、足元の制度改善から新規事業への参入など、多岐に渡ります。

参加者からは、「部署・拠点横断のメンバーで話し合うことで社内人脈が広がった」「全社的な視線で物事を考えることで会社の経営を支える一員としての自覚が生まれた」「経営層を交えて議論することで物事の見方が変わった」といった声が挙がっています。部署や世代の境を越えることで、社内ネットワークの形成・社内活性化の促進や、若手社員の視座の引き上げにもつながっていることが分かります。

  • ※1

    2018年時点の情報を元に作成

#6:企業横断プロジェクト
ホンダ技研工業株式会社は、※22016年に「HondaイノベーションラボTokyo」という研究拠点を設置しました。外部企業と連携する際の「出島」となる役割が期待されている拠点です。また、パナソニック株式会社など45社は、組織を超えた交流により、企業家との連携・イノベーションを模索することを目的に、交流組織「ワン・ジャパン」を立ち上げました。いずれも、外部にオープンな組織を設けることで、企業の枠を超えたネットワークの形成による刺激の獲得を目的に設立されています。

  • ※2

    2017年時点の情報を元に作成

#7:パラレルワーク
オンラインショッピング事業を中心に手掛ける株式会社エンファクトリーでは、※3”専業禁止”を人材ポリシーに掲げ、従業員の複業を奨励しています。同社社長は「会社の外で仕事をすると社員の目線が変わり、人材が大きく育つ」、そして「新規事業や新規サービスのネタもたくさん得られる」という点を複業のメリットとして挙げています。企業組織だけでは得られない経験を外部で経験し、本業へと還元されることを狙いとして実施していることが窺えます。

  • ※3

    2020年時点の情報を元に作成

以上のように、越境経験の要素を含んだ取り組みを実施する企業が増える一方、自社にあったスタイルを確立できず、悩んでしまう企業担当者がいるのも事実です。
次の章から、越境プログラムの実施サイクルに合わせた検討のポイントを見ていきましょう。  

越境プログラムの実施サイクルと、起こりがちな課題

越境プログラムを成功させ、イノベーターを輩出するためには、「社内の理解を得る/広げる」「越境プログラムを設計する」「越境プログラムを実施する」「越境プログラムを改善する」「越境プログラムを仕組み化する」というステップがあると考えています。
それぞれのステップ毎に、陥りやすい問題点や、解決のための視点をご紹介していきます。

図2 越境プログラムの実施サイクル 図2 越境プログラムの実施サイクル

① 社内の理解を得る/広げる
越境経験という、既存の垣根を超えた新しい取り組みに対する関係者の心理的ハードルが高い組織では、「社内の理解を得る/広げる」ことから着手する必要があります。その際、キーパーソンに、越境経験の重要性を訴え、認識してもらうことが要諦となります。例えば、越境経験を人事施策の一環として実施した一部の企業では、新規事業立ち上げなどといった結果を着実に出しています。越境経験の必要性については、以前のコラム「イノベーターを育成するために「越境経験」が有効である理由」でご紹介していますので、ぜひご覧ください。

② 越境プログラムを設計する
社内理解を得られた後には、具体的なプログラム設計の段階へと移ります。では、実際にプログラム内容を検討し、設計する場面で、企業の担当者はスムーズに着手し、実行できるのでしょうか。
やはり、実績や経験の少ない担当者ほど、「どのような内容をどのような手法でプログラムに織り交ぜるべきなのか」と悩み、計画が暗礁に乗り上げてしまう傾向にあります。一方で、越境経験に関して知見があり、慣れている担当者でも、表面的な手法や形式に主眼を置いてしまい、本来参加者に体験してほしかった観点で越境経験を積ませられていない、というケースも存在します。

そのため、初めてプログラムを設計する場合でも、一定の実績がある場合でも、「どの要素の越境をねらいに置いたプログラムなのか」という「目的」を具体化することが不可欠です。
そこで、前述した「世代」「部署」「国」「企業」の4つ要素の何に主眼を置くかを見定める必要があります。例えば、「世代」を超えた経験を積ませることで、若手社員の視座の引き上げや、責任者層の意識の活性化につなげることが期待できます。また、「部署」や「企業」を超えることで、所属組織の枠組みを超えたネットワークの形成、それによる新たな刺激をもたらすことが期待できるのではないでしょうか。

企業の置かれている状況から、どんなイノベーターが求められているかを描き、そしてその理想像からバックキャストした上でプログラムの目的を明確にすることができます。目的の明確化はプログラムの根幹となる重要なステップですので省略せず、社内の関係者全員で共有しながら進めることが重要です。

③ プログラムを改善する
目的を実現するプログラムを設計し、実際にプログラムを実施した後にやるべきことは「プログラムの改善」です。様々な関係者が関わる越境プログラムを実行まで進めたことは、大きな前進だといえますが、ここで終わってしまっては、単なる社内イベント止まりになってしまいます。イノベーターの輩出やイノベーションに向けたマインドの醸成には、単発でのプログラム実施だけではなく、継続的な取り組みと改善が必ず必要になります。

「越境プログラムを実施すること」をゴールとせず、継続的な実施によるイノベーターの育成を目標に、プログラムを振り返ってみてください。そうすると、参加者の記憶や熱が色あせないうちに適切なフィードバックを集めたり、運営サイドの効率化観点でも反省点を洗い出したりしておく必要があることに気づかれるのではないでしょうか。

越境プログラムには、唯一絶対的な正解のあるフォーマットはありません。各社毎に実情や目的に即したプログラム提供を目指してアップデートを繰り返し、独自のプログラムへと進化していくものです。その第一歩として、プログラムを運営する担当者は実施後の振り返りと改善点の反映までを含めて越境プログラムの運営と認識し、実行する必要があると言えます。

④ 越境プログラムを仕組み化する
社内理解を得たうえで、プログラムを設計・実行し、反省点を洗い出し、次のプログラムへ反映する。これらのステップが越境プログラムの実施サイクルではありますが、このサイクルが安定的に、継続的に実行されていた方がプログラムの精度向上につながりやすいことは想像に難くないでしょう。

どんなに良いプログラムでも、不定期にしか開催されなかったり、実施の間隔が開きすぎていたりしては、イノベーターの輩出につながるまで長い年月を要することになってしまいます。
「③プログラムを改善する」で前述した通り、越境プログラムを1回だけ行ったからと言ってイノベーションの発現に必ずしも直結するとは限りません。場合によっては、「プログラムの効果がなかった」と短期的な目線で判断され、打ち切られてしまうこともあり得ます。

このような、越境プログラムの効果の発現を妨げたり、実施サイクルを断ち切られたりしてしまわないよう、継続的な実施を仕組み化することが1つの解決策として挙げられます。
ここでいう仕組み化とは、通常業務の中に越境プログラムの内容検討や改善のための議論の実施に必要な人員や時間を組み込み、確保することを指しています。

例えば、中小企業向けにITソリューションなどを提供するスターティア株式会社は、※4経常利益の1%を人材育成プログラムに投資することを定めています。彼らは、国内マーケットは縮小傾向にあるという課題感のもと、企業存続には海外進出が必須であると考え、選出した社員に国内・海外拠点視察の機会を与えています。  同社社長は「自社の魅力を実感できるようなプログラムを継続的に掲げ、費用をかけて真剣に取り組む」としています。

  • ※4

    2017年時点の情報を元に作成

イノベーションの創出や越境プログラムを一朝一夕で実現するのは難しいことがほとんどです。しかし、「社内の理解を得る/広げる」「越境プログラムを設計する」「越境プログラムを実施する」「越境プログラムを改善する」「越境プログラムを仕組み化する」というプロセスに沿い根気強く取り組むことで、自社ならではのイノベーターの育成につながり、企業成長を加速させるブースターの役割を担ってくれることでしょう。
イノベーション創出のための変革や実行に向けたアイディアをより詳しく議論してみたいという担当者の方々は、是非一度ご相談ください

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